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王妃様は村おこし中です②

「ウル、お帰りなさい」


 お使いに出していたウルが、昼過ぎに帰ってきた。


「姫様、お変わりなく?」


「ええ、馬車作りを始めた程度よ」


 ウルの口角がヒクリと上がって、悪魔的笑みをさらす。


「それはどの程度のことでしょうか? 普通の程度が日常的な事ならば、馬車作りはどの程度に匹敵しましょうか? あれほど、私が帰るまで大人しく待つように言いましたのに」


「へ、へへへ」


 アルメニアは、数歩ウルから離れながら、唇を引き上げ笑う。


「笑って誤魔化さないでください」


「だ、だって、ヨザックが馬車作りなんて朝飯前だって言うから!」


「おい、こら! そんなこと俺は一言も言ってねえぞ」


 樫の木を加工しているヨザックから、大声が飛んできた。

 ウルがズンズン足を進め、ヨザックの前に仁王立ちする。


「貴様、姫様を『おい、こら』呼ばわりか。いい度胸だな」


「ヒッ、違うって。論点がずれているから。俺のことは気にせず、姫様とお話を」


 ヨザックが、抜き足差し足で逃げようとしているアルメニアのことを知らせるように視線をウルの背後に向ける。


「姫様、まだお話は終わっていませんよ」


 ウルが振り向かず言った。

 アルメニアはヨザックを恨めしそうに睨む。

 振り返ったウルがしかめ面でその顔を見つめると、アルメニアは『へへへ』と瞬時に笑って誤魔化した。

 ウルが小さくため息をつき、口を開いた。


「まず、先方への知らせの手紙ですが、王城に滞在中のラレーヌの使者宛に出しました。あちらが対処してくれましょう」


「やるわね、ウル。手紙が届くまで数日かかるわ。発覚が遅くなれば、冒険を長く続けられるものね」


 スキップでもし出しそうなアルメニアを、ウルがギロリと睨む。


「へ、へへへ」


 アルメニアは、またも誤魔化し笑いを披露した。


「それと、夜盗達ですが、証拠不十分で散り散りに釈放されました」


 アルメニアは小さく『うん、そうね』と頷いた。


「妥当だわ。状況からして、見事返り討ちにあったと分かっていても、証拠も証人もいないから、釈放されて当然よ」


「姫様の指示通り、釈放後に一声かけてきましたから」


 ウルの報告を聞き、アルメニアはヨザックに向き合った。


「夜盗にしては弱すぎよ、ヨザック。狙っていたのは、金品じゃなくて道具だったんでしょ? あの者らは、工房仲間かしら?」


 ヨザックが頭をガシガシと掻く。


「はぁ、全てお見通しだったか。そうだ、夜盗じゃねえ。ずぶの素人だ」


「プロなら、私達を襲わないわ。鉄鋼馬車なんて怖くて近寄らないのが普通だから」


「ああ、そうだ。だけど俺らはあんたらの馬車に魅了された。……騙されてさ、工房や作った馬車も奪われて、皆、必死に生き存えるために頑張った。気付いたら、少しずつ悪事に足を突っ込み始めていたんだ」


 ヨザックが、鉄鋼馬車に視線を移す。


「俺らにゃ、眩しかった。自然とあんたら一行の周辺に仲間が集まっていた。馬車を見る皆の瞳は輝いていた」


 ヨザックが苦笑する。


「それで、皆で決めたんだ。どうせ成功しなくても、夢を見たいってさ。一か八かの最初で最後の大悪事。道具を奪って、もう一度馬車を作ろうって」


「だから、馬車作りを固辞したのね。自分一人が夢を叶えるなんてできないから。仲間に対して、裏切り行為になるから」


「ああ、今だってそう思っている。だけど、姫様の言うように、『夜盗』か『馬車職人』かなら、俺は『馬車職人』だ」


 ヨザックは、これで全部言ったとばかりに、体の力が抜けている。


「クルツでお頭を預かっていると、ウルが釈放された皆に伝えたわ。あなたを見捨てない者だけが来ると思う」


 ヨザックが驚き目を見開く。


「皆を助けることはできない。あなたを見捨てない者だけを信じるわ」


「そうか……、姫様、ありがとう」


 ヨザックから、始めて感謝の言葉が出た。


「いいえ、どういたしまして」


 ヨザックが気合いを入れ直し、樫の木に挑む。もう迷いはないようだ。


「仲間が来れば二週間もかからないぞ、姫様」


 アルメニアは頷くと、村長の方へと歩いて行った。

 ウルも後に続く。


「村長、村民が増える予定よ。明日からウルとレンジと……あそこの四人を使って、簡易宿舎を建設するわ。馬車工房も建てられるいい場所はあるかしら?」


 村長はもう何度目か分からぬ衝撃を受けて絶句した。森の入口で、レンジに特訓されている四人の流れ者へと視線が移る。


「あの者らで?」


「ええ、悪人で野に放つより、大工になってもらった方が良くないかしら?」


 アルメニアは、ヨザックを見る。

 村長もアルメニアの視線を追った。

 夜盗から馬車職人に戻ったヨザックが生き生き作業している。


「はい。確かにそうですね」


 村長が『宿舎と工房か』と呟き思案する。ハッと顔を上げ、草の生い茂った方向を見た。


「遺構ですが役人が使っていた廃屋と、兵士の詰め所の残骸があちらにあります。もう朽ち果てていますが、どうぞ好きなようにお使いください。案内します」


 村長に案内された廃屋は、生い茂った草むらをかき分けながら行き、ほんのり汗を掻く程度の、村の中心から近からず遠からずの場所にあった。


「昔は、この辺りまで村があったのですが、役人や兵士がいなくなって、寂れてしまったのです」


 アルメニアとウルは、朽ち果てた廃墟を眺めた。

 郷愁を誘う何かを感じるのが普通であるが、アルメニアは違うようだ。


「開墾、開発、発展、目指せ村おこし!」


 アルメニアは拳を天に突き上げた。


「当初の予定と違っていませんか?」


 ウルがすかさず指摘した。

 森を冒険するはずが、始めたのは村おこしである。


「ウル、急がば回れよ」


 アルメニアの思考についていけず、ウルが首を横に振った。

 そこに、レンジと手下四人がやってくる。


「姫様、こいつら何気に体力あるぞ。まだ、特訓続けるか?」


 レンジの特訓のせいで、手下どもがぜいぜい息を吐いている。だが、足取りはしっかりしている。


「特訓と、草刈りどちらが良いかしら?」


 手下どもは『鎌をくれ』と即座に答えたのだけど。




 充実した一日が終わり、寝具に体を埋める瞬間の幸せは言葉で表せない。

 アルメニアは、至福の時を堪能している。


「姫様、お休みのところ申し訳ありません」


 声をかけたのはメリッサだ。

 アルメニアはもそもそ起き上がり、仕切りのカーテンを開けた。


「どうしたの?」


「ヨザックが幌馬車で就寝することを拒んでおりまして」


「あら、昨晩はそこで寝ていたわよね?」


「私の人形姿で気絶して寝かされたので、自覚はないでしょう」


 アルメニアは、落ちてくるまぶたを何とか留め、ガウンを羽織って外に出た。

 幌馬車の前に、ウロウロと落ち着きのないヨザックが見える。


「ヨザック!」


 アルメニアは歩くのも億劫で、ヨザックの名を呼んだ。

 ヨザックが走ってアルメニアの元にやってくる。


「俺を人形と一緒に寝かせるな!」


「あら、白ちゃんや黒ちゃん、茶様と同じは嫌なの?」


 なぜ、茶髭だけ様付けなのかというと、茶ちゃんでは言いづらいからだ。

 ヨザックにそれを突っ込む余裕はないが。


「み、皆、人形じゃねえかよ。姫様、魔術師なのか?」


 ヨザックが震えた小声で訊いてくる。


「あっ、まだ教えてなかったわね。私、『傀儡師』なの。たくさんの人形を操ることができるのよ」


 アルメニアは、秘匿を簡単に明かした。


「な、何だよ。何なんだよ……俺、とんでもない奴に捕まったのか」


「失礼ね。私はクランベルト陛下に乞われ、王妃になるためやってきたラレーヌ国の姫よ。ちゃんとした身元でしょ」


 ヨザックの頭が真っ白になり、フラフラと後退しよろめく。そして、『傀儡師の王妃……やっぱりとんでもない奴だって』と呟いた。


「それに、引退したけど『聖女』よ。どう、安心したかしら? さっさと、幌馬車で寝てよね。私以外皆人形だから、寝なくても平気だけど、ヨザックは人だから寝てちょうだい」


「……俺の思考の領域を超えた。もう無理だ。寝る。明日になれば、きっと俺は夢から覚めるんだ。もう寝よう」


 そう言って、ヨザックは今日も白目を剥いて気絶したのだった。


次回更新→5/8(金)予定

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