王妃様は村おこし中です①
バリバリッ ガサガサ ドーンッ
大木が豪快に倒れる。
「さて、あと一本」
レンジは斧を担ぎ、次の木へ向かっていく。
「村長、こいつで最後か?」
レンジは、背後からついてきた村長に訊いた。
「はい。樫の木は堅くて切り倒せなかったのです。ありがたいことです」
「いんや、こっちの方がありがたいね。姫様の道楽に付き合わせちまって悪いな」
村長が滅相もないと恐縮している。
アルメニアがクルツ村に向かった理由は、森に近い村だからだ。
「あの……王城に向かわなくて、本当にいいのですか?」
「ああ、ちゃんと受付してある。そのうち、入城の日取りの知らせが届くさ」
村長がホッとした表情に変わった。
「こんな村に滞在していただきありがとうございます」
クルツ村は、王都に近いといっても馬で駆けて半日はかかる場所だ。直線距離は近いのだが、大きく迂回した地にある。
王都から二つの町と一つの村を通りやっと到着するため、地理的に近くても遠い村になる。
「いくつか村や町に寄ったが、クルツほど小さい村はなかったぞ。なぜなんだ?」
レンジの問いに、村長は苦笑いを返した。
「この森は、昔『罪人の森』と呼ばれていました」
「罪人?」
「ベラクルスには死刑がないことをご存じでしょうか?」
「ああ、知っている。この国のことは少し習ってきた」
「死刑はありませんが、代わりに、森の奥深くに捨て置くのです」
「まあ、生き残れないのが普通か。死刑ではないが、同等の扱いになるってことか?」
「はい。クルツ村は、その刑の執行を行うため、森に向かう経由地として作られた村です。大昔は役人も兵士もいたのです」
レンジは村長と会話しながら、樫の木の周りを歩き、どう切り倒そうか思案している。
「まあ、それじゃあ発展しねえわな。望んで住む者もいなかったわけか」
「いえ、私達の先祖は望んでこの村に住み着きました」
「へえ、どういうわけで?」
「私達の先祖は元々森に住んでいたのです」
「森人ってことか?」
「はい。森を熟知していました。森の奥の戻っては来られぬ場なども」
「なるほど。刑の執行は森人の案内で行われたってことだろ?」
レンジは、村長をチラリと窺う。
村長が、言葉にせず頷いて答えた。
「だが、今は『罪人の森』ではないわけだ」
「はい。今は、『生涯鉱山行き』が死刑相当になっていますから」
「そんで、森人が村へ移住したってことか?」
「はい。森で生活するより雨風しのげる村を、先代は選んだのです。ですが、『罪人の森』だったことから、クルツ村は敬遠され、村民が増えることはありません。森の管理を任され、細々とやっておる次第です」
レンジは村長の話を聞きながら、斧で樫の木に印をつける。
「静かに暮らしていたのに、悪いな。姫様の道楽を止める手立ては俺らにゃないんだ」
レンジは大きく振りかぶり、樫の木に斧を食い込ませた。
「いえいえ、我々だけでは、森の管理もままならなくなっていました。本当に、ありがたいことです」
レンジの斧が軽快に樫の木を打っている。ギギギとかすかに木の悲鳴が聞こえ出す。
「そろそろ、倒れるぞ」
レンジが最後の一振りを打ちつけると、木はバリバリッと音を立てて倒れていった。
村に切り倒された樫の木が運ばれる。
アルメニアは、それを見てワクワクした気持ちを抑えられない。
「さあ、やるわよ! 出ていらっしゃい」
アルメニアは、パンパンパンと三回手を鳴らした。
幌馬車から、背丈の低い髭面の男三人が下りてくる。どこかの絵本から飛び出してきたかのような小人だ。いたずら好きの森の妖精だと子供達に紹介すれば、きっと信じてしまうだろう。
「姫様、ご用ですか?」
白髭の男が言った。
残りの二人は黒髭と茶髭の男だ。
「ええ、そうよ。そこのヨザックと一緒に、新しい馬車を作ってほしいの」
突然名を呼ばれたヨザックがビックンと体を揺らす。
「お、おい! 聞いてねえぞ」
夜盗の頭ヨザックが騒ぐ。
「あら、今聞いたじゃない。馬車職人に戻ってもらうわ。この三人を使って新しい馬車を作るの。材料は、さっきレンジが運んできた樫の木よ」
「簡単に言うんじゃねえよ。……道具がなけりゃできないさ」
「あら、あるわよ。メリッサ、持ってきて」
ヨザックが、メリッサを見て引きつり笑いになる。昨晩見たことを思い出しているのだろう。メリッサが小さな人形になって馬車に入っていくという。
ヨザックの様子を、アルメニアはクスリと笑った。
「私達の馬車は独特だから、修理なんか頼んでも断られることが多いの。だから、道具一式は揃えてあるわ」
メリッサが、ヨザックの前のテーブルに道具を並べた。
どれも一級品の道具だ。
ヨザックの喉が鳴る。職人なら触ってみたいはずだ。いや、使ってみたいに違いない。だが、ヨザックは道具からそっぽを向いた。
「三台もすでにあるのに、要らねえだろ? 俺はつ、作らねえぞ!」
「それでね、作りたいのは、お店馬車なのよ」
アルメニアは、ヨザックの言葉を無視して続ける。
「屋台をアレンジした感じのもの。人力では移動が困難な大きな屋台。屋台と言うよりも小さなお店かな」
「勝手に、話を進めるんじゃねえ!」
黒髭がペンを持ち、何やら描き始める。
「黒ちゃん、車輪は小さくて頑丈でお願いね。二重車輪にして、八輪つけたらどうかしら?」
「おお、そりゃ良い考えだ。店の重さに耐えられる」
「それでね、片側カウンター仕様にして、幌を広げて雨と日差しをしのげるようにしてほしいわ」
アルメニアの希望を、黒髭が図面にしていく。
それを、そっぽを向いたヨザックがチラチラ覗き見ている。
「ケッ、そんな奇妙な馬車で何を売るって言うんだ?」
ヨザックが聞こえる程度の小声で吐いた。何ともわざとらしい言いようだ。
「クルツ村の工芸品よ。この村で作られる編みかごは可愛らしいし、素敵だわ。きっと、売れるわ」
「ふへ?」
アルメニアの発言に反応したのは、少し離れた場所でかご編みをしていた村長だ。
「あ、あのどういうことでしょう?」
「商売をするのよ。儲けましょうね、村長」
「え、ええ!?」
そこで、村長の肩をレンジがポンポンと叩き、『まあ、こういうことだ。道楽は木だけじゃねえ』と達観した表情を見せた。
「単なるかごならそう売れ行きも良くないと思うけど、ここのかごは独特な編みで色んな模様があるし、何より可愛くデコレーションされているから、流行ると思うの」
クルツ村の男達が森で蔦を採り、素朴な編みかごを作る。そこに手を加えるのが女性や子どもの役割である。
造花を端布で作り、かごの縁を飾ったり、持ち手付きのかごには、刺繍した隠し布をあてがったりと見栄えする一品に仕立てている。
アルメニアもその可愛らしさに、一ついただいたほどだ。すぐに裁縫道具入れにした。
「村のかごは日用品の域を超えているわ。きっと町のご婦人達が目をつけると思う」
「はんっ、ご気楽なこった。商売人ごっこか?」
ヨザックが嘲笑った。
「当たりよ、ヨザック」
アルメニアは、ヨザックの嘲笑いを真に受けない。ヨザックの嘲笑いは、自身に向けたものだ。ヨザックにその自覚はないが。
「元手がほとんどいらない仕事だもの。商人ごっこも悪くないでしょ? ヨザックは、仕事があるのに、『夜盗』を選ぶの?」
「……分かったふうな口を開きやがって。あんたら金持ちには俺らの苦労や絶望が分かるわけねえぜ!!」
「そんなの誰にだって分からないわ。私はヨザックじゃないし。ただ、単純に『夜盗』がしたいのか、『馬車職人』がしたいのか訊いているだけ」
アルメニアも本当はヨザックのように叫びたい。『あなただって、聖女の苦労も絶望も分からないでしょ!』と。
「……村長、気を付けろよ。耳に良い言葉に流されると、俺のように全て失うってことだ!」
ヨザックは苦虫を噛み潰したような顔付きで言い捨てた。
「ねえ、私の問いにそれじゃあ答えていないわ。『夜盗』がしたいの? 『馬車職人』がしたいの?」
アルメニアはいっさいぶれずにヨザックに問う。
「うるせえ、うるせえ! 命令すりゃいいだろ! どうせ、俺はあんたらに捕まったんだから、奴隷のように扱えばいいんだ。これしろ、あれしろって命じろよ!」
ヨザックはそう喚きながら、涙を一筋流した。素直になれないのでなく、今までため込んだ心の傷を吐き出すように。
「『夜盗』がしたいの? 『馬車職人』がしたいの?」
アルメニアは問いを変えたりしないし、説得もしない。労いもしないし、同情もしない。
「チクショウ! 馬車を作れって命じろよ! 俺の意思なんて訊く必要もねえだろ!」
ヨザックの目から涙が溢れ出すのを見つめて、アルメニアはまた同じ問いを続ける。
「『夜盗』がしたいの? 『馬車職人』がしたいの?」
「俺は! 馬車職人だ!!」
ヨザックの叫びが村に響いた。
シーンと静まる中、『残念だが、お前は馬車職人お頭だ』と、今まで黙っていた茶髭が呟いた。
「確かにそうよね! お頭、三人を預けるからよろしく」
アルメニアのあっさりした口調に、ヨザックの涙が乾いていく。
「何だよ……何だってんだよ。そんなあっさり大したことじゃないみてえに。俺の涙を返せって」
ヨザックが袖口で目を擦った。
「二週間くれ」
ぶっきらぼうだが、そこに剣呑とした感じはなく、むしろ恥ずかしさを隠しているような言葉だ。
「村長、二週間で商品を納入してね」
アルメニアはニコニコしながら言った。
呆けている村長に、皆の視線が注がれる。村民達は期待の眼差しだ。
村長が、皆の意を汲み大きく頷いた。
「やらせていただきます。確かに元手はほとんどかかりませんし、楽しくお気楽にできましょう」
小さな歓声が上がった。優しいザワザワした声に、村が活気づく。
「お頭、責任重大ですね」
アルメニアは、ヨザックにニヤリと笑んだ。
「お、お頭って言うな!」
「ええ、分かりましたわ、お頭」
アルメニアはチロリと下を出す。
ヨザックが真っ赤な顔で怒るが、全くアルメニアは気にしていない。
それどころか、髭面三人衆が『お頭』とヨザックを呼ぶものだから、村民もヨザックをそう呼ぶ始末だ。
アルメニアは、村民にはやし立てられながらも樫の木に向かうヨザックを、嬉しそうに眺めていたのだった。
次回更新→5/7(木)予定