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王妃様は聖女です②

 クルツ村の村長は、決断を迫られていた。


「なあ、村長さんよぉ。俺らが獣から村を守ってやるっつってんだ。涙を流して感謝するのが普通じゃねえのか?」


 村に横暴な流れ者らがやって来て、村を助ける体を装った脅迫をかける。どの村も見舞われる最も敬遠したい恒例行事だ。


 守るから、対価を寄越すのが人情ってやつだとかなんとか。

 獣から守ってくださいとでも言おうものなら、きっとそう展開するのだ。結構ですなども言えたものじゃない。そうすれば、流れ者はきっと村を襲撃する者に変わる。


 流れ者はだいたい一カ月程度で村を離れる。それが相場なのだ。そうやって流れ、一年を食い繋げていく。


 だが、今は時期がいい。どの村も懐にゆとりがある。カツカツで金品を出し、世話をせねばならない状況ではない。


『一昨日泊めた方々からのお礼を、こんな奴らに奪われねばならんのか』


 村長は、村人らの不安げな瞳を見る。それは、今までのような悔しさや悲しさ、恐怖以上に憤りも見え隠れしていた。


『そうだろうな。あの方々のおかげで村が良くなったのだ。そのお礼をたった二日で奪われるなど、悲しみより憤りの気持ちが勝るだろう』


 村長は、ゴッホンと咳払いした。


「遠いところ、足をお運びいただきありがとうございます。ささ、どうぞお酒でも飲んでください」


 村長は、あえて返答せず流れ者らに迎え酒を振る舞う。その行いで、流れ者らもすぐに言質を取りにはこないはずだと考えて。気分を良くさせて、上手く切り抜けられないかとの期待もある。


「おお! そりゃあ、気が利くじゃねえか。さて、じゃあ『守ってください』といただこう。ほら、ここにサインしろ」


 流れ者が村長の手をガシッと掴み、契約書を持たせた。


 これがあるから、流れ者らの横暴がまかり通っているのだ。どこに訴えても助けてはくれない。そればかりか、流れ者と役人が結託している場合もある。


 村長は、もう駄目だなと諦めた。村人達を見回すと、皆小さくコクンと頷いている。


「では……」


 村長は、契約書をテーブルに置いた。準備が良いことで、流れ者が筆を持たせてくれる。


「ずいぶん、高級な筆ですな」


 それが他の村で奪った代物であることは十分承知していた。他の村もクルツ村同様に、少しばかり潤っている。そこから巻き上げた品だろう。


「どこの村も、臨時の宿場になっていますから、儲けているのでは?」


 村長は、サインしない。抗ってみたくなったのだ。あまりに似つかわしくない高級な筆が、村長の心を動かした。


「ああん、何だと!?」


「才女馬車の一行から、村にお礼がされますからな。あなた方もあっちの村こっちの村と忙しいでしょう。獣などに構っていられますかな?」


 村長は、筆を離した。


「……へえ、この村がどうなっても構わねえんだな?」


 流れ者が、テーブルを蹴り上げた。


「さあて、大暴れだ。この村は獣に襲われて大惨事!」


 ギャハハと下品に笑いながら、流れ者らが暴れ出した。


 その時……


 ドゴーン!!


 盛大な音が村に響く。


「人の皮を被った獣よ! さあ、駆逐しなきゃ!」


 村長が見たのは、一昨日泊めたアルメニア一行だった。村の入口に見知った馬車が並んでいる。

 そして、さっきの大きな音は、どうやらレンジの着地音だったようだ。


 村長と流れ者らの間にレンジが仁王立ちしている。鉄鋼馬車から跳躍し、上空から二人の間に降りてきたのだ。砂埃が舞っていた。


「本当だな、おい。獣としか言いようがないな」


 レンジが流れ者らを一睨みする。


 こうなれば、流れ者の未来は決まっている。

 何十人もの夜盗の相手ができるレンジが、たった四人の流れ者に手を焼くわけがない。

 抵抗する間もなく一瞬で、流れ者らの襟首が掴み取られた。

 流れ者らがレンジの両腕からぶら下がっている。


「何だか、ウサギでも狩ってきた猟師のようね」


 アルメニアはレンジの姿をそう例えた。


「じゃあ、捌いて火に炙るか?」


「絶対、美味しくないわ」


「まあ、同類の餌ぐらいにはなるさ」


「同類? ああ、獣ってこと」


 相変わらずのアルメニアとレンジの会話に、村人らが泣き笑いの表情になっていた。


「何と、何とお礼申し上げればいいのやら」


 村長がアルメニアに声をかける。


「一昨日ぶりね、村長さん」


 アルメニアは、何事もなかったように挨拶したのだった。




 時は少しさかのぼる。アルメニアがちょうど王城に着いた頃だ。


 ベラクルス王城では、朝の攻防が始まっていた。

 クランベルトは今日も狸寝入りをする。


「起きてください! 父上」


 自称才女達が押し寄せてから、息子の機嫌は最大に悪い。

 自身が原因であることは重々承知だ。


「今日は、水でもぶっかけましょうか?」


「やめてくれ!」


 クランベルトは瞬時に起き上がった。

 昨日は、耳元で太鼓を打ち鳴らされた。一昨日は、足の裏をコチョコチョされた。日々、起こし方が荒くなっている。


 寝起きの髪はピョンピョンと跳ねている。紺色に銀色が混じった髪は、クランベルトが年をとった証だ。三十を過ぎてから、長髪から短髪に整えたのはそのせいでもある。

 空色の瞳を虚ろにして、クランベルトはハァーとため息をついた。


「ため息をつきたいのは私ですよ!」


「ああ、すまないな、ケイン」


 クランベルトの嫡男ケインは、先月十五歳を機に立太子したばかりだ。それを祝う夜会でしでかしたのは言うまでもない。まあ、計画通りであったのだが。


「私だけでは、『ハーレム』の書類精査が追いつきません。さっさと起きて、仕事をしてください」


「自分で『ハーレム』とか言うのか?」


「仕方ないでしょう。そう広まったのですから。今さら、他に言いようがありますか? 王都に入りきらない妃候補を集めておいて」


「は、ははは。ま、まあ三年ぐらいかけてゆっくり選べばいい」


「それこそ、愚行でしょう! 乙女の花盛りの三年を奪ったら、否応なしに受け入れねばなりません。本当に『ハーレム』に突っ走ってしまう。一見後、書類精査でどんどんお帰り願わねば!」


 ケインに急かされ、クランベルトはベッドを下りた。


「そういえば、そろそろ入国なさるのでは?」


 クランベルトの覇気のない顔に生気が戻る。


「早く会いたいものよ」


「『聖女』とは、本当でしょうか?」


「ああ、特別な力を持っていると聞く。秘匿故、婚姻してから明かされるそうだ」


 ラレーヌ国の『聖女』の力は、秘匿が掟だ。特に他国に輿入れする場合は、婚姻まで明かされない。加えて、婚姻相手だけがそれを知る者になる。


 大々的に発表されないが、『聖女』の功績が目に見えることならば、自然と民に広まっていく。『癒やし』や『天候への祈り』などがその類いになる。


「父上だけ先に幸せになるなど、許しませんからね。私の妃候補が決まるまで、離宮で過ごしてもらってはどうでしょう?」


「なぬ、そんな無体な」


 クランベルトは、新たな妃とイチャイチャしたい。先の結婚で得られなかったふわふわした時間を望んでいた。


「王城に溢れる花達を見て、女好きの王家だと思われる恐れがありますよ。最初が肝心なのでは?」


「うむ、確かにそうだな」


 いきなり、不況を買うことがないようにと、クランベルトははやる気持ちを抑え、離宮を整えるように命じた。


「迎えの騎士団をもう向かわせたらいいのでは?」


「だが、まだ入国の知らせが届いていない。勇み足にはならないか?」


 アルメニアののんびりした旅路の希望を叶えるため、こちらからあえて到着日時は指定しなかったのだ。入国してから王城に知らせが届き、迎えを出す算段である。


 だが、ある程度の日程はラレーヌからの使者から伝えられ、ベラクルス側も承知している。そろそろアルメニア一行が到着する日にちだった。


「あっ! ああ、もしや……」


「どうした、ケイン?」


「確か、伝令じゃなく文の知らせにしてありますよね?」


「ああ、そうだが問題があるのか?」


 少し焦り気味のケインの表情に、クランベルトの眉間にしわが寄る。


「精査する書類と混ざっていないかと、少々懸念したのです。現在、自称才女の入国の知らせが連日連夜届いておりますから、そこに紛れてはいないかと」


 ケインは言いながら、もしやと思っていたことが、現実に起こっているように感じていく。

 それは、クランベルトも同じであった。


「す、すぐに国境に騎士団を送れ。万が一手違いでもあったら大変だ。ケイン、早急に書類を確認しよう」




 四日後、国境に向かわせた騎士団から伝令が到着する。

 その焦った顔が何を意味するか、クランベルトが察しないわけがない。


「もう到着していたのか!?」


「到着どころか、すでに王都に向かったと!」


「は?」


 クランベルトの口がポカンと開く。


「十日前に入国し、その足で王都に向かったようです」


 クランベルトの頭が混乱する中、ケインが転がるように王間に入ってきた。


「父上、城門前の台帳から、『ラレーヌ国アルメニア一行』の記録が!」


 もはや、クランベルトは頭も目も回っていく感覚に襲われる。


「役人が急ぎであると、何度か取り次ごうとしたらしいのですが、この騒ぎですので、妃候補なら順番にとの命令順守が働き、こちらに上がってこなかったようです」


「……して、いつの記録なのだ?」


「四日前です」


 クランベルトは気が遠くなる。ちょうど騎士団を向かわせた頃だ。


「なぜ、入国時に知らせが届かなかったのだ?」


 そんなこと、もはや分かりきっているが、クランベルトは伝令に問うた。


「『王妃様』でなく、『自称才女』の入国と勘違いしたようです」


 放心するクランベルトに、ケインが声をかける。


「父上、心中お察し致します。きっと、こちらの手違いは理解しておりましょう。どこかに滞在しているかと思います。一行の足跡を辿り迎えに参りましょう」


 クランベルトは、頭をグシャグシャ掻いた。


「ああ、もちろんだ。まずは、城門前で対応した役人を呼べ。何か、言づてがあるかもしれん」



 役人が真っ青な顔でクランベルトの御前に進んだ。


「責は問わぬから安心しろ。ラレーヌ国一行を迎えに行かねばならんのだ。何か、言づてはないか?」


「は、はい。騒ぎが終わった頃にまた来るとのことでした。何とかお伝えせねばと、取り次ぎを願いましたが!」


「ああ、分かっている。この騒ぎではままならなかったのだろう。さて、お前の目だけが頼りだ。どんな馬車だった?」


「普通の、ごく一般的な箱馬車でした」


「待て、一台だけなのか?」


 役人がすぐに答えようと口を開くが少し考え込む。


「……はい、一台に侍女と御者一人ずつのお供でした。現在、城門前は混雑しておりますので、気を使ったのではないかと思います。他の馬車がどこかで待機していたかもしれません」


 クランベルトは顎を擦りながら考える。


「他に気になることはなかったか?」


「とても、素晴らしい方です。私のような下っ端な役人を気遣っていただけました!」


 役人が、思い出したかのように感極まる。


「それに、王妃になるからベラクルスを見て回るともおっしゃっておりました!」


 重々しかった気持ちが、一瞬にして晴れる。クランベルトは頬を緩ませた。


「そうか、王妃になると言っていたか。こちらの対応の失態に気分を害することなく、そのような発言をするとは。まさに『聖女』であるな」


 役人が、王の御前にもかかわらず、ウンウンと頷いている。


「四日前からか。どこの町に滞在しているかだな。まずは郊外の町の宿屋からだ。いや、その前に滞在中のラレーヌの使者に説明し、謝罪せねばな。ケイン、悪いが私が陣頭指揮を執る」


「仕方ありませんね。必ず、王妃様を見つけてください」


「互いに、伴侶を見つけようではないか」



 かくして、アルメニア捜しは始まった。

 クランベルトは、すぐに見つけ出せると思っている。もちろん、ケインもだ。まさか、アルメニアが郊外の『村』にいるとは思っていない。

 クランベルトがアルメニアに辿り着くのは、まだ先の話である。


次回更新→5/6(水)予定

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