王妃様は離宮暮らし?
「是非、肖像画を描きたいものです」
労り合う二人に、ゼッペルが声をかけた。
クランベルトの絵師だったゼッペルには、聖女の威光など恐れるほどではないのだろう。それが、本質を見極める絵師としての目なのかもしれない。
クランベルトが、振り向き心底嫌そうに『断る』と答えた。
「私は、ラレーヌの姫様に申したのです」
「光栄だわ」
アルメニアは聖女をまだ脱がない。
「……ええ、聖女を描かせていただけませんか?」
ゼッペルがアルメニアの前に膝を着く。
「威光を目の当たりにすると、普通の者は恐れを抱くのです。ですが、その威光が紙を媒体にすると、神聖な物に変わります。そして、それを目の当たりにできた自身を幸運に恵まれたと自覚します」
ゼッペルが顔を上げる。
「どうか、描く許可を賜れないでしょうか?」
アルメニアはクランベルトをチラッと見る。
クランベルトが、肩を竦めて頷いた。
アルメニアはパァッと喜色を浮かべる。
「『奇跡の聖女』の肖像画だ。頼んだぞ、ゼッペル」
「かしこまりました。『永遠の薔薇』と『奇跡の聖女』、必ず完成させます」
アルメニアは、小首を傾げる。
「『永遠の薔薇』って?」
「ひ、姫、それは」
クランベルトが焦っている。
「姫様に乞うための薔薇ですぞ」
ゼッペルの言葉にもアルメニアは気付かない。
メリッサがスッと横にやってくる。
「『薔薇を携え片膝になり、愛よりも濃いお言葉で乞うていただきたいのです。だって、私……陛下と恋をしたいのです。愛を育みたいのです。そして、家族になりたいのだもの』との言葉に出てくる薔薇ではないかと」
アルメニアの顔が紅潮する。
クランベルトも同様に、血色が良い。
「い、言わないでぇぇ」
アルメニアは羞恥のあまり叫んだ。
クランベルトが『コホン』と咳払いする。
「作品ができたら知らせよ」
ゼッペルが頷く。
「作品が出来上がりましたら、離宮に知らせを出しましょう。きっと、ここの者らは、お二人が笑顔でご訪問されることを願うでしょう。悔恨の念を胸に抱いて待ちわびるはずですから」
ゼッペルが静かに言った。
「ええ、そうしますわ。だって、私まだギルドの受付嬢をしていませんもの」
アルメニアは口を尖らせる。
「姫様、まだそのような戯れ言を」
ウルが冷気を漂わせた。
「森だって、冒険していないし」
レンジが付け加える。
「ええ、そうよ! 私、まだまだ世界を見て回りたかったわ」
アルメニアの発言に、クランベルトらが目を丸くする。
「姫は、本当に……」
「お転婆なのです」
メリッサがクランベルトの言葉を察した。
「へ、へへへ」
アルメニアは照れ笑いする。
「とんだ聖女様ですね」
ジェロが呟いた。
クランベルトがまたゲンコツを落とした。
アルメニアは離宮の花園を散策する。
「うーん、暇ね」
アルメニアはそこかしこで駆け回っている人形を眺めた。
幌馬車から全ての人形が離宮に運ばれている。いや、自立して動いたけれど。
「陛下もいないし、暇すぎるわ」
「仕方ありませんでしょう。陛下は『王太子のハーレム』やら『奇跡の聖女』の輿入れ準備やらで王城につめておりますから」
ウルが言った。
「ええ、分かっているわよ。でも、準備期間中を有意義に過ごしたいと思わない?」
ウルの眉がピクンと動く。
「ほら、ここにいても何も生産性がないじゃない?」
ウルから冷気が漏れてくる。
「王妃の仕事として、やっぱり、この期間はベラクルスの視察をするのが懸命な判断だわ」
アルメニアの発言に、ウルが冷たく青い目を細める。
それでも、黙ってアルメニアの言葉を聞いていた。
「冒険もしていないし、クルツとベネーラしか見聞していないわ。これで、ベラクルスの王妃が務まるわけがないと思うの」
「屁理屈ですね」
ウルがスパンと言い放つ。
アルメニアは口を尖らせた。
「いいじゃねえか、ウル。俺もここで毎日花ばかり眺めて過ごすのに、いい加減飽きた」
レンジが二人の会話に入ってきた。
なぜか、背中にたくさんの花を背負っている。
「次は、花屋なんてどうだ?」
「それもいいわね!」
ウルがレンジの花を奪い、メリッサに預ける。
「姫様が調子づくことを言うな、レンジ」
「でもな、ここじゃラレーヌと一緒だ」
レンジには珍しく湿った声だ。
「……そうかもしれないが」
ウルが離宮を見渡す。
普通の令嬢なら、ここで過ごすことになんの違和感もないだろう。
「アルメニア人形だけでも置いていってください」
ウルがそっぽを向きながら言った。
アルメニアの代わりをさせるためだ。
「ウル! ありがとう」
アルメニアは、ウルとレンジの腕に自身の腕を絡めた。
「メリッサ、出発よ!」
メリッサがフワリとアルメニアに侍る。
メリッサだけではない、全ての人形がアルメニアに集った。
「『冒険』を始めるわよ」
***
クランベルト陛下へ
少し散歩に出かけますわ。
私、離宮の花を眺めるのに飽きてしまいましたの。広いベラクルスですから、目にしたことのない花があるかと気づきました。
陛下が戻るまでには、散歩は切り上げますから、ご心配なく。
では、陛下もお体には気をつけて、のんびりと準備くださいませ。
アルメニアより
***
クランベルトは、その文の内容に気が遠くなった。
「あ、あの……」
諸処の連絡で、ラレーヌの使者を離宮から呼び寄せたのがまずかったのだろう。
その隙に、易々アルメニアは離宮から出奔したに決まっている。
「これを、見よ」
クランベルトは、使者に文を渡した。
「ああぁぁ、なんと言うことでしょう!?」
ラレーヌの使者が膝から崩れ落ちた。
「また、野に放たれてしまったぁぁ」
言い得て妙である。
クランベルトは、なんだが可笑しくなってきて、笑うしかなかった。
ラレーヌの使者が突っ伏している。
「申し訳、申し訳ありません! ん? 申し開きできません。いやいや、申すこと山ほどです」
このラレーヌの使者も相変わらずだ。
クランベルトは、開き直った。
「いいのだ、アルメニア姫はこれでいい。彼女なら、何度だって我は捜しに行くさ。惚れたが負けだから」
次回更新→5/26(火)予定
次回最終話です。




