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王妃様のお仕事は  作者: 桃巴


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23/25

王妃様は奔走します③

 草原には村人達が集まっていた。

 アルメニアの姿を見ると、その瞳は乞うている。『助けてくれ』と。

 そして、同じ視線をクランベルトにも向けていた。


「この森で犠牲者が出れば、もう……再生の村にはなりません」


 アルメニアの背に村長の声が降りかかる。


「どうすればいいでしょう?」


 村長がアルメニアを越して、前に出た。

 村民と同じ瞳をアルメニアとクランベルトに向ける。


「さっき、伝令を出した。早くて明日には捜索隊が来よう」


 クランベルトの言葉に村民らが頷くも、表情は冴えない。


『この森をどのように捜索なさるおつもりか』


『半日経ってしまえば戻れる者なんていないって婆は言っていた』


『俺だって十歩が限界だった。この森は感覚を鈍らせるからな』


 コソコソと村民らが口にした。

 ジェロがコソッとクランベルトに耳打ちする。


「捜索隊も戻ってこなくなっては、二次被害が出ましょう」


 クランベルトが、ジェロを手で制した。そんなことは十分に分かっているからだ。


「皆さん、落ち着いてくださいませ」


 アルメニアは、悠然と皆の前に立った。

 それは、聖女たる堂々とした風格で。


「皆さんに、申し遅れましたわね。私は、ラレーヌの聖女です。森の捜索など造作もありませんことよ」


 アルメニアはスッと両手を左右に上げる。

 何かの楽器を奏でるようにアルメニアの指が動き出す。


 ヒューン


 風を切って、兵士人形が草原に現れた。幌馬車から草原まで飛んできたのだ。


「皆、行きなさい」


 アルメニアの言葉と同時に人形が兵士へと変幻した。

 突風のように兵士が森へと入っていく。


 アルメニアはそのまま兵士らの瞳と同調する。

 森の景色がアルメニアの脳内に鮮明に浮かび上がる。それも十体の人形達の景色が。


「見つけた」


 フワリとアルメニアの周囲の空気が振動する。

 クリーム色の髪が光り出し、金髪へと変わる。


「ウル、行きなさい」


「はっ」


 ウルも突風のように森へと入った。

 少し経つと、二体の兵士とウルが出てくる。

 蒼白の顔をした流れ者が、兵士を振り払い村民らの方に駆けてくる。


「た、助けてくれぇぇ、あいつら、顔なしの化け物だ!」


 村民らが兵士を見る。


「ヒッ」


 仕方がないだろう、兵士は能面なのだ。多くの人形を操る際に、表情まで力を使えない。

 アルメニアはズキッと痛む心に蓋をして、森の兵士と同調する。


「いたわ」


 レンジが構える。


「レンジ、行きなさい」


「承知だ!」


 レンジもシュッと姿が消える。動きを追えないほどの速さで森に消えた。


 アルメニアの周囲が、徐々に広がっていく。あれほど、近くに存在していた村民らが遠巻きになったのだ。

 ただ、クランベルトだけはアルメニアの傍にいた。


「は、離せよ!」


 流れ者が暴れている。

 レンジが首根っこを掴んで森から出てきた。

 アルメニアの周囲の雰囲気を察したレンジが、ポーンと集まっている方に放り投げた。

 ウルもレンジもすぐにアルメニアの傍に控えた。


 もう村民らの方を見ない。どういう風に見られているか、想像できる。

 兵士もアルメニアに侍る。そこしか、安住の場がないように。


「あと一人……」


 アルメニアは呟いた。


「姫様、あまり同調が長いと疲労が」


 ウルが苦しげに告げる。


「あと少しだけ」


 アルメニアは森を駆け回る。兵士とアルメニアは一体だ。いや、全ての人形とアルメニアは一体なのだ。

 森の奥、さらに奥、アルメニアは進んだ。


「巨木……、大きな株もある。足跡があるわ」


「それ以上は、戻れぬ場になる!」


 クランベルトが突如叫んだ。


「その奥は、森人しか案内できぬ罪人の場だ」


 アルメニアは小さく頷いた。

 森に放っていた残りの兵士をそこに終結させた。

 アルメニアはいっそう傀儡の力を発揮する。

 全身から光が溢れ出した。

 両手の指を前に出し、ピアノを奏でるように動かした。


 兵士が足跡を追う。

 奥へ、奥へ、深く、深く、奥へ、奥へ、そこにしか向かえないような道だ。振り返っても、自身の痕跡が分からない。

 光が射してくる。きっと希望の光に見えるだろう。


「その道は断崖に繋がる。だから、戻れない『罪人の森』」


 クランベルトが告げた。

 アルメニアは急ぐ。

 落ちたら、死を意味するのだろう。

 前方に背が見えた。光に向けて走っている。


「止めなきゃ」


 兵士が流れ者に向かっていく。


『な、なんだ、お前ら! 離せ、あそこに行かねばぁぁ』


 森に惑わされた流れ者が暴れる。

 兵士の腹に拳が入る。

 アルメニアは『ウッ』と声が出た。


「姫?」


 クランベルトがアルメニアを窺う。


「平気ですわ、この程度」


 そうは言うものの、全身に倦怠感が襲ってきた。


「姫様!」


 ウルがふらつくアルメニアを支えようと動いたが、クランベルトがサッと腰に手を回し支えた。


「メリッサ!」


 もう、名で命じるしかできない。

 メリッサが瞬時に森に消えた。

 アルメニアの息が上がる。


「クランベルト、様……く、ぐつ……しですわ」


 アルメニアが言葉にすると同時に、森から残りの一人が救出された。


「化け物ぉぉぉぉ、離しやがれ」


 聞きたくない言葉がアルメニアを襲う。

 メリッサもウルやレンジ同様、草原に出たら流れ者を解放した。


 アルメニアは激しい疲労に襲われながら、何とか意識を保っている。

 兵士らをすぐに人形に戻し、体が楽になった。

 アルメニアはクランベルトに礼を言い、体を離す。


「姫様、もうここには……」


 ウルの言葉は、最後まで続かない。


「ええ、分かっているわ」


 アルメニアは、村民らと森から救出した流れ者らを見る。

 たったそれだけで、皆が一歩後退った。

 悲しい気持ちはいつも心の中にしまう。聖女時代の癖だ。いや、課せられたものだ。


「皆さん、どうやら出発の時間になりました。フフ、陛下自ら迎えにいらっしゃったので」


 アルメニアは、クランベルトに助けを乞う。

 どうか、受けてくださいましと願いながら。


「ああ、まさか出発前に『聖女の力』を拝見できるとは、嬉しいことよ」


 クランベルトの腕が、またアルメニアの腰に回る。


「では、皆さん。ご機嫌よう」


 最後まで笑みは崩さず。奇異なる者を恐れるのは、普通のことだから。どんなに尽力しても、受け入れられないことはラレーヌで経験済みだ。


 あの土砂災害の時だって、感謝され称えられたが、皆距離があった。恐れを伴った称賛に、アルメニアの心は泣いたが、表情は聖女の微笑みをしたままだった。


「姫、離宮に案内する」


 暗い気持ちになっているアルメニアに、クランベルトが労るように声をかえた。


「離宮?」


「ああ、王城はハーレムだから」


 クランベルトがフッと笑う。


「どうか、我が民を嫌わないでくれまいか。あれは……」


 アルメニアは苦笑した。


「分かっておりますわ。そういうものであると。私だって、陛下の姿絵に後退りましたから。フフ」


「参ったな。ああ、そういうものだ。あの姿絵はゼッペルが描いたのだぞ。あれが皆の視点の私らしい。たぶん、姫の聖女としての姿と同じなのだろう」


 アルメニアの体が弛緩する。

 クランベルトの腕に力が入った。


「もう、一人で立たなくても良い。私がいる」


「陛下、ありが、とう、ございます」


 アルメニアは初めての支えに、ただただすがった。


次回更新→5/25(月)予定

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