王妃様は奔走します②
アルメニアは馬車の中でその問いを聞いた。
ドクンと胸打つ。
「へ、陛下?」
この声はつり目の従者であろう。
「こいつじゃない」
クランベルトの言葉にアルメニアの心臓は激しくなる。歓喜が溢れ出そうだ。
「姫様、陛下はご真贋をお持ちです。いつまで、そこに居るおつもりですか?」
ウルが言った。
アルメニアは、胸を押さえながら扉に近づきヒョコッと遠慮がちに顔を出した。
「へっ!?」
最初に反応したのは、つり目の従者だ。
「お、お、お、同じ顔だ!」
アルメニアを指差して叫んだ。
その指をゼッペルがバシンと叩き落とす。
「ジェロ、失礼だぞ」
クランベルトも従者にゲンコツを落とした。
ジェロが頭を擦る。
「ど、どっちが本物なのです?」
ジェロがアルメニアとアルメニア人形を交互に見る。
「馬車に居る方に決まっておろう」
クランベルトが答える。そして、その視線はアルメニアに向いた。
微笑んだその顔に、アルメニアの頬は紅潮する。
「やっと、会えた」
クランベルトが手を差し出した。
アルメニアは瞬きして、その手をジッと見つめる。
「姫様、こういう場合は手を添えるものですよ」
ウルが小声で伝えた。そして、クランベルトにコソッと告げる。
「姫様はこのような扱いに慣れておりませんので、少々強引でもよろしいかと」
「ウ、ウル!」
アルメニアは焦った。
「姫、手を」
抗議の叫び虚しく、クランベルトがクッと笑って一歩近づき、アルメニアの目の前に手を出した。
アルメニアは背筋を這う恥ずかしさを味わう。
「あぅ」
何とも可笑しな返事でクランベルトの手に自身の手を添えた。
それだけで、心臓は早鐘を打つ。
「ところで、この者は?」
ストンと馬車から降りると、クランベルトがアルメニア人形を見た。きっと、人形だとは思っていまい。
アルメニアはウルとレンジを見る。
二人が頷いた。
「姫様を見抜ける真贋をお持ちですから、もう打ち明けても大丈夫でしょう」
ウルの言葉を受け、アルメニアはクランベルトに向き合う。
「聖女の力は……」
そこで、別の胸の鼓動へと変わった。
アルメニアは添えた手を胸の前で握る。
傀儡師だと告げたら、さっきの優しい顔が、奇異なる者を見るような表情になったらどうしようか。嫌悪されたら、罵声を浴びせられたら、婚姻の申し出を破棄されたらと、次々に負の感情が押し寄せる。
アルメニアはギュッと目を瞑る。覚束ない声が出る。
「く、ぐつ」
その時、草むらがザワザワと音を出した。
「た、助けてください!」
村長が転がるように草むらから出てきた。
皆の視線がいっせいに村長に移る。
咄嗟に、アルメニアは傀儡を解いた。兵士人形とアルメニア人形が一瞬で幌馬車の中に入る。
視線が村長に移っていることと、瞬時のことでクランベルトらには気づかれない。
「どうした?」
クランベルトが村長に訊いた。
「あ、あの、罪人の森に迷い込んだ者が!」
皆の顔色がサッと変わる。
「草原へ!」
アルメニアは咄嗟に叫んだ。
クランベルトよりも先にアルメニアが走り出す。
クランベルトもすぐにアルメニアの横に並んだ。
もちろん、皆も二人の後を追った。
小道を抜け商業区画に入ると、さっきまでの生温かい雰囲気でなく、緊迫感が漂っている。
「姫様!」
流れ大工の四人が血相を変えて近づく。
「俺らの……知り合いなんだ。あ、の、村で一儲けしようと来たけど……」
つまり、流れ者なのだろう。祭りの村を襲い、金品を奪おうと考えたのだ。
言い淀んだ流れ大工達の視線がウルとレンジへ向く。
「二人の模擬戦を見たら、腰が引けたのね?」
流れ大工達が項垂れる。
あれを見させられたら、手出しなどできない。
「一晩草原に野宿して、今朝方から酒浴びて、気分良くなっちまって、昼過ぎに『罪人の森なんて怖くねえ』って息巻いて入って行っちまった」
流れ大工達が、止めたが振り切って入っていったらしい。
「何人だ?」
クランベルトが問う。
「さ、三人です!」
恐縮したように流れ大工が答えた。
「村長、森を案内できる者はいるか?」
「先代から、すでに森の仕事はなくなり……目の悪い婆ぐらいしか……」
村長の顔が青ざめている。
つまり、もう森を案内する森人はいないのだ。
「今から森の捜索隊を要請しても、すぐにはクルツに来られまい。早くて……明日以降、到着が遅れれば二日後か」
クランベルトが顎を擦る。
アルメニアは決断した。
「陛下、聖女の力お見せ致しますわ」
「姫?」
どう思われようが、アルメニアは助けたいと思った。こういうことに躊躇しないのがアルメニアである。
「まずは草原に」
アルメニアはまた駆け出した。
次回更新→5/24(日)予定




