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王妃様のお仕事は  作者: 桃巴


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21/25

王妃様は奔走します①

 アルメニアは馬車内で、膝を抱えて顔を埋めている。


「姫様、良かったですね」


 メリッサが言った。


「良くないわ!」


 アルメニアはバッと顔を上げた。

 目を真っ赤に充血させている。


「明日はきっと腫れてしまいますね」


 メリッサが井戸水で絞った冷たい布をアルメニアのまぶたに当てた。


「私、あんな恥ずかしいことをしたのよ。きっと、陛下は呆れているわ」


 ズビズビィィと鼻をすする。


「恥ずかしいとは、本人に二度告白したことでしょうか?」


「いやぁぁ、言わないでぇぇ!」


 アルメニアは両手で耳を塞いで、メリッサをキッと睨んだ。


「姫様のご要望通り、陛下本人が迎えに来ましたのに」


 どんなに耳を塞いでも声は聞こえる。


「ちゃんと、陛下に姫様のお言葉は一言一句漏らさずに伝わっておりますよ」


「メリッサ! もう言わないでったら!」


 アルメニアはまた膝を抱えて踞った。


『姫様、陛下から文が届きました』


 ウルの声が外からする。


「姫様、取ってきます」


 メリッサが外に出た。

 アルメニアはここぞとばかりに、馬車の扉に鍵をかける。


『姫様!』


 扉がドンドンドンと叩かれたが、アルメニアはベッドに倒れ込みうつ伏せになった。


「一人にして!」




 クランベルトにアルメニアの籠城の話が伝わったのは、昼過ぎだ。

 伝えたのはゼッペルである。


「なぜ、籠城など」


 クランベルトは思わず呟く。


「そりゃあ、あんな恥ずかしい思いをしたからでは?」


 ジェロが答えた。

 クランベルトはウッと喉を詰まらせる。クランベルトとて、かなり恥ずかしかったのは言うまでもない。


「これも全てゼッペルの姿絵のせいだぞ!」


 クランベルトは、ゼッペルに矛先を向けた。


「何を仰いまする? あの姿絵に心が動いて、姫様は遠路はるばるベラクルスに輿入れにいらっしゃったと思いますがね」


 ゼッペルがすかさず返した。

 今朝の対面をゼッペルは遠巻きに見ていたのだ。


「まさか、陛下がラレーヌの姫様の尻を追いかけているとは知らず、このゼッペルもとんだ『勘違い』をしておりました」


 ゼッペルがわざと勘違いを強調した。


「お、お前なあ」


 クランベルトは返答できずに頭を掻く。

 その二人の様子をジェロが悔しそうに見ている。


「陛下、その老いぼれの言うことにまともに返答する必要はありません。本当に無礼な爺ですね!」


「お主は本当に控えぬ従者だな」


 ジェロとゼッペルがお互いに張り合う。

 クランベルトは、そんな二人を残して部屋を出た。


「陛下!」


 ジェロが慌てて着いてきた。


「どちらへ?」


「お主は本当にあほぅよの。姫様のところに決まっておろうに」


 ゼッペルがジェロの足先を踏んで、クランベルトと並ぶ。


「お主は従者だ。ちゃんと着いてこい」


 ジェロがムググと声を抑えた。正論には太刀打ちできない。

 クランベルトはそんな二人に肩を竦める。


「ゼッペル、案内を頼む」


「かしこまりました」


 宿を出て、再生通りを進む。

 今朝方、ここでアルメニアと対面した。クランベルトの鼓動は少しだけ早くなる。

 そして、心が浮き立った。姿絵の自分にも、髭面の自分にも惹かれたと告白されたのだ。嬉しくないわけがない。


 だから、クランベルトも正直に文に書いた。


『私も初めて会ったとき、『こいつだ』と直感が先に答えを出した。懐に忍ばせた姫の姿絵の神秘に吸い込まれそうになる感情を持ちながら、生身のアルメニア姫に一瞬で心惹かれた。私達は同じだ。互いに絵と本人に惹かれたのだから。薔薇も乞う言葉も用意していない。だから、私に準備する猶予を与えてはくれまいか? まずは離宮に案内したい』


 クランベルトは、文の内容を思い浮かべる。


「どこで薔薇は手に入るだろう?」


 思わず、声に出してしまう。


「私が、描きますよ」


 ゼッペルが言った。

 クランベルトは、目を見開く。


「そうだな! そうすればいい。そうすれば、永遠の薔薇になる。永遠の宣誓になろう!」


「陛下も姫様に及ばず、ロマンチストですな」


 ゼッペルの返しに、クランベルトは口をパクパクさせて赤くなる。


「お、お前なあ」


 クランベルトはまたも上手く返せなかった。

 そして、ジェロがまたも悔しそうにゼッペルを睨んでいた。



 村民達は、ぎこちない。殿上人が村に居ることにおっかなびっくり状態のだ。加えて、恩人のアルメニアの素性も分かり、恐縮している。さらに、そのアルメニアが王太子でなく、クランベルト王への輿入れだと知り、どうしていいのかと心身共に魚竿状態だ。


 それをゼッペルがなだめ、至って普通に知らぬふりで通せば心の平穏が保てると説いた。『新婚夫婦を温かい目で見守るようなもの』だと聞けば、皆が納得したのだ。

 クランベルトやアルメニアの動向を気にするも、できるだけ普通に……にはできないが、商会やギルド運営、祭りの後片付けやら手持ちの仕事に集中するようにしている。


 そんな気遣いをクランベルトが分からぬはずはない。

 クランベルト本人もできるだけ普通に……には見えないだろうが、仰々しくなく歩く。


「……ゼッペルが手回しをしたのか?」


 クランベルトは訊いた。


「そりゃあ、しませんとてんやわんやの大騒ぎになりましょうから」


 ゼッペルの手回しのおかげで、要らぬ挨拶やらおもてなしを受けずにいる。動きやすい状況を作ってくれたゼッペルに、クランベルトは感謝した。

 すでに、小道へと進み村民らの視線はない。好奇心に負けて後をつける者もいないようだ。


「あそこです」


 ゼッペルが指差す。

 小汚い小屋の扉は、大きく七と書かれていた。

 そして、見たこともない厳つい馬車と、幌馬車が並んでいる。


 その前には、今朝方もいた青い髪と赤い髪の男が二名並んでいる。その横に、侍女らしい女、さらに兵士が十名。

 クランベルトは、昨夜まかれたことを思い出す。


「あれが、アルメニア姫の守護騎士か」


 ラレーヌ国からは、聖女を守る守護騎士が二名と専属の侍女がベラクルスに移国する旨を聞いている。もちろん、異論はせず了承はした。

 だが、兵士十名の随行は聞き及んでいない。


「やはり、たった二名ではなかったのですね」


 ジェロが呟く。


「まあな。遠くラレーヌ国からベラクルス国までたった二名の警護で来られるはずもない」


 クランベルトは、整然と並ぶ兵士らを見る。


『まるで……人形のようだ』


 それは、人形劇を観たときにも思っていたこと。


「あの兵士らは、私も今日初めて見ましたな」


 ゼッペルが言う。


「気味が悪い兵士らですね」


 ジェロが訝しげに兵士らを見ている。


「さて、行くぞ」


 クランベルトは馬車の方へと進んだ。



 青い髪の守護騎士が、クランベルトらに気付いた。


「よく、お越しくださいました」


 丁寧な所作の挨拶を受ける。

 だが、その手には今朝方送った手紙が握られていた。


「……まだ、文を渡していないのか?」


「申し訳ありません。姫様は……」


 守護騎士が言いづらそうに厳つい馬車の方を見る。


「籠城中と聞いたが」


 クランベルトも同じように馬車に目をやった。


「少し時間をいただけませんか。心の落ち着きを取り戻すまで」


 守護騎士の言葉に、クランベルトは首を横に振る。


「心が落ち着くなど望まぬ」


 あの熱烈な告白のままの心でいてほしいとクランベルトは望んでいる。


「私も、心は落ち着かない。アルメニア姫を身近にして心落ち着いてなどいられぬ」


 守護騎士が目をパチクリさせた。


「そ、それは?」


 クランベルトはスーッと息を吸い込んだ。


「私も初めて会ったとき、『こいつだ』と直感が先に答えを出した。懐に忍ばせた姫の姿絵の神秘に吸い込まれそうなる感情を持ちながら、生身のアルメニア姫に一瞬で心惹かれた。私達は同じだ。互いに絵と本人に惹かれたのだから。薔薇も乞う言葉も用意していない。だから、私に準備する猶予を与えてはくれまいか? まずは離宮に案内したい!」


 手紙に書いた文言と同じ内容を、クランベルトは耳まで真っ赤にして叫んだ。

 それは、アルメニアの告白と同じように羞恥の状況になる。

 それでも、クランベルトは言い募る。


「一緒に恋をしよう! いや、私はすでに……コッホン、すでに惹かれている」


 クランベルトは、周囲からの生温かい視線を感じながらも言い切った。

 カチャン

 馬車の施錠が開く。

 皆が、そこに集中する。

 扉が遠慮がちに開く。

 出てきた聖女にジェロらがホッと息を漏らした。

 しかし、クランベルトは眉を寄せた。


「……お前、誰だ?」


次回更新→5/23(土)予定

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