王妃様は対面します⑤
新たな局面が始まる。
アルメニアが踵を返そうとすると、ジェロが『お待ちください』と呼び止めた。
ジェロが、クランベルトの耳元でコソコソと告げる。
『さっさと名乗ってください』
クランベルトもジェロに小声で答える。
『薔薇がないし、乞う言葉など考えていないのだぞ』
ジェロがイライラしながら言う。
「名乗ればいいだけでしょう!!」
「すっとこどっこい呼ばわりされて、私が本人だと言えるものか!!」
「まさしくすっとこどっこいでしょうに! だから髭を剃れと言ったのです」
「うるさい! お呼びじゃないとも言われたのだ。どの面さげて『私が本人だ』などと言えるものかぁぁ!」
「その髭面で言えばいいでしょうに!」
「剃るに決まっておろう。面を姿絵に仕立ててからだ!」
突如始まった口論に、周囲は静かになっていた。
「えっと……つまり?」
アルメニアは小首を傾げる。そして、ハッとした。
ウルとレンジが顔を見合わせてお互い状況を理解した。
『髭面様が陛下のようです』
ウルがそう教えようとした。
しかし、アルメニアは明後日の方向に会話を解釈する。
「お、お前なんかに名乗ってもらわなくてもいいわ! い、いくらお前が私の焦がれるクランベルト陛下に似せようと努力しようが、私の心はお、お前のつけいる隙なんてないわ。ど、どんなにお前が私を振り向かせようとしたって無駄よっ!」
アルメニアは、勘違いを発動させていた。
髭面の使者がアルメニアに恋心を抱いていると。そして、精一杯努力しようとしていると、……ハッと気づいたのだ。いや、勘違いだが。
アルメニアは、トクトク主張し出す鼓動を抑えるように胸に手を当てた。
「私は、陛下に心を寄せているの! 決してお前になど、と、ときめいたりしていないからね!」
つまり、ときめいているのだ。
「『星の川』の出会いのせいで、『この人だ』なんて思っちゃったけれど、素敵な出会いが間違った感情を芽吹かせただけなのよ!」
つまり、一目惚れの言い訳である。
「ちゃんと、私は立場を理解しているわ! 自制して、『惹かれてなどいない』と言い聞かせたもの! お前、ちゃんと陛下に伝えてよね。私、恋多き女だって!!」
つまり……クランベルト本人に、二度告白したのだ。
当のアルメニアは気づいていないが。
さて、二度も熱烈な告白を受けたクランベルトは、瞳をさ迷わせて告げる。
「その、つまり何だ……私がクランベルト本人だ。アルメニア姫よ、こんな無精髭のおじさんですまなかったな」
クランベルトは申し訳なさそうな声で言った。
「ど、ど、ど、ど、ど、どうしましょう!」
突如アルメニアが叫ぶ。
「へ、陛下ですの!?」
「あ、ああ。アルメニア姫を迎えに来た」
アルメニアがアワアワとし出す。
「陛下、私婚姻前に浮気をしてしまいましたわ! どうしましょう! 一大事です。私の鼓動を取り返さねば! あの髭面をとっ捕まえましょう! そう、陛下のような髭……あれ? 陛下ですの?」
ますますクランベルトの瞳はさ迷うことになる。
「ああ、クランベルトだ。だ、大丈夫だ。鼓動は返す必要はない」
クランベルトはコホンと咳払いした。
泳いでいた瞳をしっかりアルメニアに合わせる。
「もう一度言う。私がクランベルトだ。アルメニア姫を迎えに来た。薔薇も乞う言葉もないが、どうか私と一緒に王城に行ってくれぬか?」
アルメニアが石化する。
やっと状況を理解したようだ。
「アルメニア姫?」
「きゃあぁぁぁぁぁぁ」
クランベルトの体はドンと押される。
「わた、わた、私、まだ恋に恋する乙女ですの! つまり、えっと、だから、そう! ここは仕切り直しましょう!」
よろけたクランベルトに早口にまくし立てると、アルメニアがバビューンと駆けていった。
それは、森の時と同じでクランベルトは置き去りにされたのだった。
次回更新→5/22(金)予定




