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王妃様は聖女です①

 ラレーヌ国にベラクルス国から親書が届いたのは、クランベルトが泥酔事件を起こす一カ月も前である。それは、ちょうど良い頃合いだった。アルメニアの『聖女』引退が間近だったのだ。


 ラレーヌ国は、王族の姫が『聖女』として神殿で祭祀を行う。ラレーヌ国の姫は、特殊な力を持って生まれてくるため『聖女』として崇められてきた。特殊な力が『癒やし』や『加護』、『未来視』や『天候を操る力』といったものであったこともある。


『聖女』の任期は、次代の『聖女』が十歳になり、三年間の引き継ぎが終わるまで続く。姫が誕生しなければ、長期間『聖女』で在り続けねばならない。それ故、行き遅れがちになる。

 だが、そこに目をつけたのがクランベルトであった。


 アルメニアは現在二十五歳で、所謂行き遅れである。クランベルトから乞われるまで、『聖女』を引退しても王宮か神殿に留まざる得ない状況だった。鳥かごか、箱庭かの違い程度しかない。


 引退間近の『聖女』に婚姻の打診がきたことは、神様のおぼし召しであるとしか、ラレーヌ王も神官らも思えなかった。

 ただし、アルメニアを除いては。


 アルメニアは、羽ばたきたかった。王宮か神殿か、他国の王宮か。その違いはあまりない。物珍しい別の箱庭に移動するだけとしか思えなかった。アルメニアは、どうせおぼし召しするなら、羽でも生やしてくださればいいのにと、内心口を尖らせていたほどだ。


 そんなことを思うアルメニアには、夢があった。鳥かご生活の中で唯一許されていた読書から、見たことのない外の世界に憧れを持った。いつか、数日でも一日でも、一時でも構わないから、文字で描かれている外の世界を見てみたいと。

 世界を旅する冒険者のように、自由に羽ばたいてみたいと。


 だから、旅を急いだ。承諾の旨を伝える使者が出発すると、その半刻後にアルメニアらも出発するという迅速さで。


 だが、使者のベラクルス到着予定より、アルメニアらの到着予定は一カ月以上遅い。早く出て遅く到着する日程を組んだ。

 アルメニアにとって、ラレーヌからベラクルスまでの旅路は、始めて許された外の世界のひとときであるのだ。


 その間に、クランベルトの泥酔事件が起こることは予期していなかったが。


「まずは、森に向かいましょう。さあ、出発よ!」


「森?」


 ウルが、問うように呟く。


「姫様の思考なら、森に決まっているだろうよ。『冒険』といったら『森』って安易な発想だろうからな」


 レンジの言葉に、ウルの目がまた細くなった。もちろん、アルメニアに向いている。


「な、何よ。いいじゃない。森を体験したいわ。人生で一度ぐらい『森』に入ったっていいじゃない」


 宮殿と神殿だけの世界で生きてきたアルメニアの言葉に、流石のウルもレンジも頷く以外なかった。今回の旅路で、毎日瞳をキラキラ輝かせていたアルメニアを思えば仕方がないだろう。


『聖女』を課せられてきたアルメニアにとって、見るもの聞くもの全てが輝いて見える。ベラクルスを見聞して回るは文字通りの意味なのだ。


「まあ、いいでしょう。王妃となられるのですから、ベラクルスを見て回るのもお務めと言えなくもありませんから」


 アルメニアは満面に笑みを弾けさせた。


「た・だ・し! その旨、先方にお知らせせねばなりません」


 ウルの続く言葉は真っ当なものである。


「城門前の役人に伝えてあるわよ」


「どうせ、『また来るわ』程度の物言いでしょう?」


「も、もう少し丁寧に伝えたわ」


 アルメニアの目は泳ぐ。行き着く先には侍女がいた。


「正確に言いますと、『この騒ぎが沈静化した頃にまた来ますわ。クランベルト様によろしく』になります」


 アルメニアは、侍女にアワアワと手を忙しなく動かす。それ以上言うなともとれるが、それ以上の言葉はない。アルメニアの発言は、先ほどで全てだ。


「姫様らしいや」


 レンジがそう言って爆笑している。


「要約すると、『また来るわ』で間違いありませんね?」


 ウルが、腕組みしアルメニアを見下ろしている。


「ひゃい」


 アルメニアはビクビクしながら、答えた。声が裏返るのは、ウルの強烈な圧を受けているからだ。『氷の双剣士』に相応しい凍てつく波動だ。いや、視線だけど。


「侍女殿、どうか一筆お願いします。こちらの状況を……濁してお伝えしましょう」


「濁してですか?」


 侍女が、ウルに意図を問う。


「少しばかり、姫様の冒険に付き合いましょう。行き先は濁してください」


 つまり、ベラクルス側がこちらの行き先に辿り着くまでは、アルメニアの冒険に付き合うらしい。


「やったー! ウル、ありがとう」


 アルメニアは飛び跳ねる。


「何だかんだ言っても、ウルは姫様に甘いな」


「貴方もでしょうに」


 ウルが呆れたように言う。

 なぜなら、レンジがすでに出立の準備をしていたからだった。




 三台の馬車が夜道を進む。

 いくら、王都に近く治安が良いからといっても、豪華な馬車は狙われやすい。実際、自称才女を乗せた馬車が襲われる事件が起こっていた。


 アルメニアらも、それを把握している。


「姫様、左右に挟まれた。ちょっとばかし、無理するぞ」


 後部御者席から、レンジが窓越しに伝えてくる。


「分かったわ。思う存分怪我してきて」


「なんか、送り出す言葉が違うだろ」


 そう言い残し、レンジが駆ける馬車から降りる。本来なら、その時点で怪我するものだ。しかし、ドスンと地に足が着くや否や、レンジは左へと駆けていく。


 同時に馬車は右へと急旋回した。

 アルメニアの体が浮くことはない。慣れているためだ。しっかり、掴まり棒を握り、遠心力に身を委ねている。


「姫様、突っ込んだ後に止まります」


 今度はウルの声だ。


 ガッシャーン、ガコ、ガガガガガ……


 ウルの言葉はすでに実行されている。ウルの言動に猶予の時間がないのが通常である。


 アルメニアは慣れたもので、舌を噛まないように口を閉じていた。

 シュッタッと軽やかに地に着く音が聞こえる。ウルが着地したのだ。

 アルメニアは何も発せず、ただ座っている。

 外では、ウルが夜盗を蹴散らしているのだろう。激しい音と悲鳴しか聞こえない。


『そろそろかしら』


 アルメニアは、ふわぁと欠伸をした。

 と同時に扉がノックされる。


「姫様、終わりました。処置は?」


 ウルの報告にアルメニアはしばし思案した。それから、腹づもりを決めると扉を開ける。


「一括りにして放置しておきなさい。朝には、この辺の兵士が見つけるか、才女馬車が見つけるわよ。どっちにしても、ベラクルスの管轄だから任せるしかないわ」


「そうですね。引き渡しなどすれば、冒険は終わりますから。あっ、その手もありましたね」


「ちょ、ちょっと、ウル! 冗談は止してちょうだい」


 アルメニアは、慌てて鉄鋼馬車から下りた。

 すでに、ウルが夜盗を一括りにしている。

 夜盗の半分は気絶し、残った半分は戦意を失いしなだれている。


「こっちに頭はいないようです。やはり、レンジの方でしょう」


 アルメニアは振り返った。

 三台の馬車の内、幌馬車を夜盗は狙ったのだろう。そこにお宝があると思い込んで。


 アルメニアらは、先頭に鉄鋼馬車、その後に幌馬車、最後にこぢんまりした箱馬車の隊列で進んでいた。


 通常、幌馬車に荷物が積んであるものだ。だが、幌馬車の中は空っぽだ。いや、ふかふかの寝具が敷かれ、数十体の人形が寝かせられているだけである。


「よおっ! こっちも終わったぜ」


 そう言って、レンジが幌馬車を引いてくる。

 その後ろで、括られた夜盗達が引き摺られていた。


 その一人が散々喚いている。


「チックショー! 騙すなんて汚ねえぞ! 真っ当な貴族の風上にも置けねえなあっ!」


 アルメニアは、その物言いに笑いが込み上げてきた。真っ当な貴族は間抜けにも、この馬車にお宝が詰まっていますよと、宣伝でもしているのだろうかと。


「珍しいわね。レンジが新鮮なまま引っ捕らえるなんて」


「姫様、生ものじゃないんだから、新鮮って可笑しいだろ!」


 レンジが笑い出す。


「フフ、それもそうね。こういう場合は傷一つない体で?」


 アルメニアは言いながら、これも可笑しな表現だとまた笑い出した。

 それを、ウルと侍女が表情筋をピクリとも動かさず、平静に見ている。


「てめえらぁぁ! 俺で遊ぶんじゃねぇぇ!」


「ほら、やっぱり生きが良いから、新鮮であっているわ」


「ブッハッハッハ、そりゃあ間違いない」


 そんな二人を無視し、ウルが夜盗の頭の喉元に剣をあてた。

 とたん、叫びが止まる。


「我らは先を急ぐ。ここにお前らを放置する。朝には誰かしらに発見されよう」


「ケッ、お優しいこったね」


 口ではそんな事を言いながらも、夜盗の頭は明らかに安堵した表情だった。本来なら、切り捨てられてもおかしくない状況だ。


「姫様、行きましょうか」


 ウルがアルメニアに馬車に乗るように促す。


「……その馬車の車軸が少し歪んでるぜ」


 夜盗の頭がそっぽを向きながら言った。


「あら、そうなの?」


 アルメニアは馬車の車軸を覗き込む。


「夜盗の言うことなど信じるに値しませんよ」


 ウルが胡散臭そうに夜盗の頭を見やった。


「お、俺は、夜盗に落ちるまで、馬車職人だった! 放置の礼に言ったまでだし、信用しなくても……どうせ、信用なんてしねえだろうよ」


 しんみり終わった台詞であるのに、アルメニアはまた笑い出す。


「『放置のお礼』って、可笑しっ」


「それを言うなら、命までは奪わなかった礼だろうに。ブッハッハッハ」


 また、笑い出すアルメニアとレンジを無視して、ウルが馬車を覗き込んだ。


「確かに、少し歪んでいますね。さっき急旋回したせいでしょう」


「あら、そうなの。じゃあ、メリッサを起こすから、直してもらうわ」


 そう言うや否や、少し離れたこじんまりした箱馬車から侍女が降りてきた。

 甲冑を装着しているウルやレンジでは、体躯が大きくなりすぎて馬車の下に潜り込めないのだ。


「メリッサ、鉄鋼馬車の車軸が歪んでいるの。直してちょうだい」


 侍女のメリッサが、スルリと馬車の下に滑り込み、歪んだ車軸に手をかける。


「女の手でできるわけが……」


 夜盗の頭が信じられないとばかりに、馬車の底で作業するメリッサを凝視していた。

 メリッサはいとも簡単に鉄の車軸を素手だけで真っ直ぐにした。


「お、おい、嘘だろ」


「朝になったら、新しい車軸に交換致します」


 メリッサが、アルメニアの次の指示を仰ぐ。


「特に、もうないわ。馬車で待機していて」


 メリッサの体がフワフワと宙に浮き、小さな人形へと変化して、馬車の中に吸い込まれていった。


 項垂れている夜盗達には見えていなかったが、夜盗の頭にはハッキリと見えている。

 異様な光景に、夜盗の頭が白目を剥きながら気絶した。


「まあ、そうなるわな」


 レンジが夜盗の頭を担いだ。

 ウルが眉間にしわを寄せている。


「どうするのです?」


「旅は道連れって言うじゃねえか。それに姫様はもうこいつを気に入ってるぜ。そうじゃなきゃ、見せねえしな」


 ウルがアルメニアを窺う。

 アルメニアは、ニンマリと笑った。


「馬車職人がいた方が良いでしょ?」


次回更新→5/5(火)予定

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