王妃様は対面します④
今日のクルツ村も賑わっている。
商業区画四番は早朝から行列ができていた。私設ギルドは開店前から盛況である。
受付に立つ予定だったアルメニアであるが、ベネーラに一緒に行った村娘にその役目を渡した。元々、アルメニアが去った後は村娘が担当する予定だったので準備はできていた。経理の青年も今日は臨時で受付に並ぶ。
そんな状況を、偵察に出した人形がアルメニアに伝えてくる。
昨夜の内に、偵察人形を住居区画と商業区画に五体ずつ配備していた。今は人になって村に紛れている。
祭りの翌日のせいか、知らない顔がいてもそこまで注目されない。元より、クルツの村民以外の者が多く滞在している状況だ。怪しむ者はいない。
アルメニアは、人形の瞳と自身の瞳を同調させて景色を見た。
「うわぁ、初日から盛況ね」
「姫様、疲労が溜まりますから同調はお止めに」
ウルがカーテン越しにアルメニアに注意した。
いつものように鉄鋼馬車内である。アルメニアは旅路の間、この馬車以外で寝たことはない。ここが一番安全な寝床なのだ。
「ちょっと見ただけよ。もう止めたわ」
アルメニアは口を尖らせた。
アルメニアの傀儡師としての能力は、人形との同調まで可能であった。もちろん、力を使う代償は疲労になる。
そのアルメニアを、メリッサが忙しくなく『聖女』に仕立てている。
クランベルトに送った姿絵の出で立ちだ。
真っ白な絹のドレスは、手足足首、首筋を全て覆い、肌の露出のないデザインである。胸元と裾に金糸と銀糸で刺繍が施されてはいるが、華美さはない。
華やかさは、アルメニアの髪で十分だからだ。その髪は、一部をサイドで編み込みされ後ろで括られている。そこに髪飾りと一体になった白く薄いベールが差し込まれた。
残した髪の長さとベールの長さは同じだ。腰辺りまである。
「姫様、できました」
メリッサが汗も出ていないのに、額を拭く仕草をした。
「ありがとう」
アルメニアは姿見を確認する。
鏡に映る姿は見飽きるほど見てきた。
「未だにしっくりこないわ」
そう言って、アルメニアはカーテンを開けた。
「その姿が一番しっくりしますよ」
ウルが反対のことを言った。
アルメニアはムッと不機嫌になる。
「それがお役目ではないですか。そのおかげで、我々は前線に立っておりました。『聖女』の存在ほど心強いものはないのです」
ウルの言葉にアルメニアは小さく頷く。
「そうよね……そうやって役割を担って国が安定し、民の安寧がある。分かっているわ」
アルメニアは、振り返ってクランベルトの姿絵を見る。
『きっと、クランベルト様も同じ……私達はきっと同じ。自身の安寧が先にあることはない。だからこそ』
アルメニアは気を引き締めた。
「クランベルト様を引っ張り出すわ」
アルメニアは馬車を出た。
すでに、ラレーヌの兵士姿の人形が十名並んでいる。
その先頭にレンジが立っていた。
「レンジ、どうせならラッパでも吹いたら?」
「お! そりゃいいな」
二人のやり取りをウルが睨む。
「馬鹿なことを言っていないで、さっさと先触れに行ってください。間髪入れず、こちらも向かいます」
「そうね、ベラクルスの使者が準備する時間を与えちゃいけないもの」
アルメニアはレンジの背中を見送るも、すぐに動き出す。
隊列は、ウルを先頭にアルメニアを囲むように六人の兵士、メリッサが続き四人の兵士で後方を固めた。
獣道を出た一行に、ギルドに並んでいる者達の視線が集まる。
「うわぁ、姫様、綺麗」
村人の感嘆の声に、アルメニアは穏やかな笑みで返す。その笑みを真正面で見た者は、ポーとなっている。
ギルドだけでなく、馬車工房からも流れ大工の者らも、驚いた表情でアルメニアらを見ていた。
新顔の兵士らにも驚いているのだろう。
ヨザックだけがアワアワと口を泳がせている。きっと兵士らが人形だと分かっているからだ。寝床を二晩共にしたから分かるのだろう。
アルメニアは一瞬聖女の仮面を外し、ヨザックにウィンクしてみせた。
ヨザックの口が泳ぎを止めて、あんぐりと開く。
アルメニアは内心笑いながら歩いた。
さっき見送ったばかりのレンジが戻ってくる。背後には慌てたように、宿から出てくる者が見えた。
「向こうも準備万端だったぞ。だけど、こっちからアクションがあると思わなかったようだぜ」
レンジが親指で後ろ指す。
宿からバタバタと出てきた者は五人。三人が同じ服。使者の警護をする者だろう。そして、髭面とつり目の者。
だが、アルメニアの視線は髭面にしかない。
「姫様、打ち合わせ通りに」
ウルの小声でハッとして、アルメニアは背筋を伸ばした。
「はけよ」
アルメニアの声で、六人の兵士が左右にはけた。
ウルがアルメニアの手を取って、前に促す。
アルメニアは一旦先頭に立った。
前では、慌てたように使者の警護三人が並ぶ。
髭面が一歩前に出て、つり目が背後に控えた。
使者は髭面なのだろう。確かに衣服は軽装ながらも上等である。しかし、なぜベラクルス国の使者服ではないのかとの疑問が頭をかすめた。
『先手が効いて、ちゃんとした服装を着られなかったのだわ』とアルメニアは内心ほくそ笑んだ。
つまり、先手必勝なのだ。
アルメニアは、ウルに合図する。
ウルがアルメニアを紹介するため、使者との合間に立った。
レンジは入れ替わるようにアルメニアの背後に着く。
ウルが仰々しい所作で告げる。
「ラレーヌ国、アルメニア姫様にございます」
アルメニアは髭面の使者をジッと見据えた。
一国の姫が使者如きに膝は折らないのだ。
アルメニアは使者の動向を見つめる。
微動だにせず、アルメニアを見ている。
ここで、アルメニアは不審に思った。こちらの挨拶に頭を下げるどころか、動じない様はある意味慇懃無礼だ。
動揺が感じられるのは、背後の四人だけ。目前の男にはいっさいのブレがない。
アルメニアは、何とも表現しづらい屈辱を感じ声高に宣誓する。
「私、クランベルト陛下自らがお迎えにいらっしゃらなければ、王城には参りません!!」
「は?」
使者の男がやっと反応を見せる。訝しげにアルメニアを見ている。
アルメニアはここぞとばかりに続けた。
「このアルメニア、お前程度の者の迎えなどお断りです!」
使者の顔色が変わる。
アルメニアは、スーッと息を吸った。
ビシッと指を使者に差す。
「お呼びじゃないわ!」
昨日から練習した台詞を高らかに告げた。
そして、姿絵のように前で手を組む。祈るように、そして焦がれるようにアルメニアは声を出す。
「同じ空色の瞳でも、私が惹かれるのはクランベルト陛下よ。空のように万民を慈しむ色。藍よりも濃い紺色の髪は、まさに愛(藍)を超越する神々しい艶めき。一国を背負うに相応しい存在の強さが肖像画に表われていました。自身の安寧よりも王であることを課すお姿に、私……私……心動いたのです」
アルメニアは、恋する乙女全開の言葉を紡いだ。
目前の使者が、頬を赤くする。それは、まるでアルメニアの告白を自身が受けたような反応だった。
アルメニアは、キッと使者を睨む。
「お前が赤くなってどうするのよ!?」
またもアルメニアは使者にビシッと指差した。
「いい? よーくお聴きなさい! 私の先ほどの言葉を一言一句漏らさずに、クランベルト陛下にお伝えするのです。私、陛下自らのお迎え以外受け入れませんから」
アルメニアはニッコリ笑って続けた。
「おととい来やがれ、このすっとこどっこい!」
打ち合わせにない発言に、ウルが顔をしかめた。
アルメニアはフフンと調子づく。
「薔薇を携え片膝になり、愛よりも濃いお言葉で乞うていただきたいのです。だって、私……陛下と恋をしたいのです。愛を育みたいのです。そして、家族になりたいのだもの」
アルメニアは、頬を両手で包みはにかんだ。
使者の男の顔が耳まで赤くなる。
そして、咳払いした。
「な、何よ!?」
使者の赤面がアルメニアにも伝染した。
「つまり、私の言葉を口にできないって言うなら、クランベルト陛下をここにお呼びすることね!」
アルメニアはやっとここで大きく息を吐いた。
次回更新→5/22(木)予定




