王妃様は対面します③
「クランベルト様」
アルメニアは、姿絵に語りかける。
「私、髭面なんて嫌いよ。ええ、好みじゃないわ。それに、あの瞳も……」
ステージ上から一瞬重なった瞳の強さに、たじろきながらも心の中で何かが灯った。そのくすぶりがまだアルメニアを動揺させている。
アルメニアは、姿絵のクランベルトをジッと見つめる。
同じ瞳の色がそこにいる。
「あの者が王城からの使者なのね」
伏し目がちになるのは、夢のひとときの終わりに対してだ。
そう言い聞かせる。
「幻想だったのよ。儚くて脆くて、すぐ消えてしまえる程度の……想い」
そう口にしても、アルメニアの脳裏に『星の川』での出会いが鮮明に再現されていた。
アルメニアは頭を横に振って、なぎ払おうとするが、あの強い瞳が追いかけてくる。
だから、姿絵のクランベルトをジッと見つめる。
「早く迎えに来て」
アルメニアの心中は複雑だ。
会ってもいないクランベルトにも想いを寄せている。姿絵を初めて見た時、アルメニアは『ほぉ』と甘美な息を漏らした。フワフワと浮遊した気持ちと、甘い泉に浸かってしまって抜け出せない感情がアルメニアを包んだのだ。
箱庭で育ったアルメニアには、クランベルトの姿絵は鮮烈だった。一瞬で恋に落ちるほどに。乙女の恋と称した方が合っているかもしれない。
そして、今は髭面の瞳に落ち着かない感情を持て余している。直感が『この人だ』と告げた。幾度、『星の川』の幻想だと自身に言い聞かせても、鼓動が黙ってくれない。
「同時に二人の人に想いを寄せるなんて、私って恋多き女なのかも」
アルメニアはそこで、自身の不謹慎な言葉に少し笑ってしまった。悩みを口にしてしまえば、そんな内容だったからだ。そして、何だか可笑しくなってくる。
「そうよね、初めての外の世界だもの。たくさんの好きを見つけてしまうのも、仕方がないことかもしれないわ。良いじゃないの、クランベルト様もあの髭面の男も気になるのだもの」
アルメニアは姿絵に『ごめんなさい、クランベルト様。私は、もっと好きを追及したいわ』と続けた。
口元が上がる。アルメニアは、明日を楽しみに眠ったのだった。
翌朝、ゼッペルが訪問してくる。
訪問といっても、馬車は井戸の横につけていたので、本当に数歩で行き来できるゼッペルの訪問だった。
「おはようございます、『姫様』」
ゼッペルが仰々しく頭を下げた。
「どうしたの? そんな他人行儀なことを」
「いえいえ『ラレーヌの姫様』、もしくは『ラレーヌの聖女様』に失礼のないように致しませんと」
アルメニアはびっくりする。
「えっと、それを誰に?」
ゼッペルが答える前に、アルメニアは続ける。
「やっぱり、王城からの迎えだったのね」
「昨夜、足止めしておきました。夜中に女性を訪ねるとは不届きだと」
ゼッペルがニンマリ笑った。
アルメニアはゼッペルが与えてくれた時間に感謝した。その時間でアルメニアは切り替えができたからだ。
「ありがとう、助かりました。このまま逃げてもいいのだけど、フフフ……」
「何やら、お考えがおありですかな?」
ゼッペルがアルメニアの笑いに好奇心を出す。
「お楽しみに」
アルメニアはゼッペルにウィンクしてみせた。
「それに付き合わされる私達には、是非そのお考えとやらを明かしていただきませんと」
ウルが冷気を漂わせて言った。
「そうそう、打ち合わせしよう姫様」
レンジが続く。こっちはゼッペル同様楽しげだ。
「姫様、本日のお衣装は『受付嬢』でよろしいでしょうか」
メリッサが参入する。
「いいえ、『聖女』を用意して。ちゃんと対面するわ」
この時、ゼッペルがクランベルト王自ら迎えに来ていると告げていたら、勘違いは解消されていたかもしれない。
いや、ゼッペルも勘違いしていた。王太子関連の『姫様』だと。ジェロの言葉に『陛下に輿入れしてくる』姫様だとなかったからだ。
元より、ラレーヌの姫の輿入れは公表されていない。王城内にしか伝わっていないことだった。
皆が少しずつの勘違いをしていた。クランベルトとてゼッペルのように、どこかの『姫様』の可能性もあると思っていた。たまたま、クリーム色の髪と桃色の瞳のどこかの姫の可能性もあるのだと。王太子に集結しているどこかの姫様かもと。
不確かな状況がアルメニアとクランベルトの面会を可笑しな方向に進ませていくのだ。
全てを知っている者が見たら、きっと喜劇に見えたであろう。
『王太子の花園』、いや『王太子のハーレム』よりも上をいく観劇が始まろうとしていた。
次回更新→5/21(木)予定




