王妃様は対面します①
結局、アルメニアは影武者アルメニア人形を操り、人形劇を披露した。人形に人形劇をさせる構図は、ベネーラの町の時と同じである。
題目は『王太子の花園』。新しく売り出された絵本をそのまま演じた。
王太子
行かないでくれ!
姫 様
いいえ、私はあなたの隣に相応しくありません
王太子
君しかいない! 私の隣は君しかいないんだ!
姫 様
麗しい花々の中にいる野花が物珍しいだけですわ
王太子
いいや、君は花ではない。花は観賞するだけの存在だ。私が望むのは、その花園を一緒に歩く存在。我が花園をともに歩んでくれないか?
** 王太子が姫の手を取った。
** 姫がゆっくり顔を上げる。
** 王太子と姫の顔が近づいていく。
** 動きに合わせて幕が閉まっていく。
** 重なる寸前で幕が閉まった。
観客から感嘆が漏れると同時に拍手が巻き起こった。
アルメニアは、奏でていた手を止めた。
幕内で人形がパタリと倒れる。
アルメニア人形だけが、動いて観客の前で頭を下げた。
「ありがとうございました」
それだけを言って、いったん下がらせる。
アルメニア人形と入れ替わるように、アルメニアは観客の前に姿を現した。
観客には、一瞬で服装が変わったように見えるだろう。
アルメニアはギルドの受付嬢の服装で、観客を驚かせる。
「明日から商業区画四番で私設ギルドがオープンします! 仕事を請け負いたい方は、ギルド員登録を! 仕事を頼みたい方は受けつけでご依頼ください!」
アルメニアは、声を張り上げて言った。そして、ゆっくり会場を見回していく。
「あっ」
思わず漏れた声を止めるように、手を口に当てる。
先ほどの男がアルメニアをジッと見つめている。
ドクンドクンと心臓が主張し出す。
サッと視線を逸らして、軽く呼吸を整えた。
「村長、後はよろしくお願いします」
アルメニアは村長と入れ替わった。
幕内に入るとすぐにステージ裏から下りて、人目を避けるように家屋の裏を移動する。
「姫様、どうしたのです?」
すぐにウルがアルメニアに追随する。その後ろにはもちろん人形を抱いたメリッサもいる。
「早く馬車に戻ろうと思って」
「急ぐ必要はありますか?」
「き、着替えるのよ。姫様らしくないってウルだって言っていたじゃない」
「人前に出て、やっと自覚しましたか。それは良い兆候です」
アルメニアは満足げなウルにウンウンと頷いてみせる。
「姫様、何やらつけられております」
メリッサが言った。
アルメニアは後ろを振り返りそうになるが、ウルが制した。
「メリッサ、上手くまけるか?」
メリッサが答える前に、アルメニアは二人に言う。
「こんな時のアルメニア人形だわ」
アルメニアはメリッサに抱かれたアルメニア人形を受け取る。
「では、二手に分かれましょう。メリッサと影武者で森に行ってください。私は姫様を馬車まで送ります」
すでに再生通りに入っていた。
「商業区画に入ったら左右に分かれ、姫様と私は草むらに身を隠しますよ。メリッサは森へ」
ウルが指示を出した。
「森に入ったのを確認したら、人形に戻すから」
呼吸を合わせて、三人で動く。
商業区画が見えてきた。
先頭のアルメニアのすぐ後ろにウルがピタリと連なる。これで、背後からアルメニアの存在は分からなくなる。
アルメニアは、影武者のアルメニアを起動させた。
「疑われないように、分かれるわよ」
アルメニアは、足を止める。
アルメニア人形とメリッサが右にずれる。
背後からは、ウル一人とアルメニアとメリッサの二人の構図に見えるはずだ。
「私達は、森を散歩してくるわ」
アルメニア人形が言った。
「そうですか。では、私は祭りの片付けをしておきます」
ウルが通る声を出す。
「手伝った方がいいかしら?」
アルメニア人形が小首を傾げた。
「いいえ、大丈夫ですよ。力仕事ですから」
至って普通の会話をして、左右に分かれる。
ウルは森に向かう二人を見送る。
それから、ゆっくり草むらの方に移動した。
背後の者らは、どう動く? どっちをつけるのか。
アルメニアは気配を隠し、ウルと連動した。草むらをガサガサ分け入る。
「……こっちにはつけてきていません」
ウルが眉間にしわを寄せた。
「つまり、私をつけているの?」
「まあ、そうなりましょう」
「何が目的なのかしら?」
「女性をつける目的など、一つしかありません」
「つまり?」
「不埒な輩でしょう」
アルメニアは目をパチパチ瞬かせた。
「それは、私がとっても魅力的だということ!?」
ウルが呆れた顔になる。
「姫様のそのポジティブな思考、どうにかなりませんか?」
ハァとため息をつくウルに、アルメニアはクスクス笑った。
『姫様、森に入りました』
メリッサの声が聞こえてきた。
「分かったわ」
アルメニアの意思で森の人形達は元の姿へと変わる。小さな人形が草丈で移動しても、きっと周囲には気づかれない。
『姫様、あの者です』
メリッサの言葉は続く。
『あの森で姫様に声をかけた男、それと……加えて四人。何やら、おかしな集団です。見張らなくていいですか?』
アルメニアは、メリッサの言葉に焦る。何がどうという理由なく焦る。
「待って、さっきの男?」
その呟きに、ウルが反応した。
「姫様、どうしましたか? メリッサは何と?」
アルメニアはトクトクと動く鼓動を鎮めるように、胸に前で手を組んだ。
「えっと、とりあえず戻って」
『了解しました』
メリッサの返答で、一旦アルメニアは気を収めた。
「姫様?」
ウルがアルメニアを覗き込む。
「要するに、私は魅力的なのよ。うん、そう……だけど、私の心はクランベルト様のものだもの。あんな髭面『お呼びじゃないわ』」
「……そんな台詞、どこで覚えたのです?」
「端布屋のおばちゃんが露店で言っていたじゃない」
ウルがガクンと肩を落とす。
「姫様を野に放つと悪影響しか受けないようですね」
嘆かわしいと、ウルが頭を振る。
「戻りました」
メリッサが戻ってきた。小さな人形のままだ。アルメニア人形も一緒である。
「お帰り」
アルメニアの言葉と同時にメリッサが大きくなる。
「姫様が目的のようです」
メリッサが続けて『王城からのお迎えの者らかもしれません』と告げる。
「クリーム色の髪と桃色の瞳を口にしていましたから」
アルメニアは瞬時に身構えた。そして、呟く。
「楽しい時間っていつだって短いのね」
弱々しい笑みに、ウルもメリッサも返す言葉が思い浮かばなかったのだった。
次回更新→5/19(火)予定




