王妃様は運命に出会います⑤
アルメニアは姿絵を眺めている。
「おはようございます」
答えぬそれに挨拶をして、手元に転がった人形を手に取る。姿絵と見比べて、フフッと笑みを溢した。
「すごく良い出来映えだわ」
アルメニアは、昨日作り終えた人形の王様を胸に抱き外に出た。
「姫様、相変わらず早起きだな」
今日のアルメニアのお側付きはレンジのようだ。
「ウルはどうしたの?」
「野宿飯屋の材料の買い出しに出かけた」
「ああ、そういえば昨日言っていたわ。ベネーラの朝市なら良い食材が手に入るでしょうね」
レンジの子分二人を連れて買い出しに向かったようだ。その二人が家族をクルツに呼び寄せたいそうで、買い出しついでに手紙も出しに行った。
「また、村民が増えるわ」
そこに、メリッサがやってくる。
「姫様、皆に対価を支払い終えました」
「そう、良かったわ。祭りが楽しみね」
アルメニアは、晴天を仰ぎ見る。
「きっと、良い日になるわ。そんな予感がするの」
祭りの開催は夕方からである。
しかし、村民達は朝から準備に余念がない。
メインステージを住居区画の真ん中に作り、再生通りの脇にお店や似顔絵などの出し物が並ぶ算段をする。奥の商業区画では、馬車や手押し荷車などの大物が展示された。
メインステージ周辺にベンチが並べられ、休憩所と飲食場所になっている。
クルツの村人だけでなく、隣村にも祭りの宣伝は出しており、少しは集客が見込めそうだ。ベネーラで一緒に出店したアクセサリー屋も端布屋も、買い出しに行っていたウルから祭りだと聞きつけ一緒に村にやってきた。簡易屋台で出店するそうだ。
お店馬車の見学の商人も何人か引き連れての帰還で、クルツ始まって以来の人の多さになっている。
「姫様、『王太子の花園』なる絵本が売っておりました」
ウルがアルメニアに絵本を差し出す。しかし、スッと誰かの手が絵本を奪った。
「ゼッペルも絵本に興味があるの?」
「そりゃあ、絵師だからな」
「どう、出来映えは?」
「ん? まあまあってとこだ」
ゼッペルがパラパラと絵本を捲りながら言った。
アルメニアはゼッペルの開くページを目で追う。
ゼッペルの手が一瞬止まる。
「それが、王様?」
開いたページには、アルメニアが毎朝眺める王の風貌と似通った姿が描かれていた。
「……のようだな」
言い淀んだゼッペルに、アルメニアの視線が動く。
ゼッペルがパタンと絵本を閉じた。
「さて、似顔絵の準備でもしよう」
絵本はアルメニアに渡り、ゼッペルが戻ったばかりのマルコを引っ張っていった。
「俺らも野宿飯屋の準備だ」
子分らの後にソーと着いていこうとするレンジの首根っこをウルが捕まえた。
「何をサボろうとしているのかな、弓士殿?」
「い、いやあ、今日も絶好調だな、双剣士殿」
ウルがレンジを引っ張って、森に向かっていった。
「……もしかして、模擬戦でも見せるの?」
アルメニアが呟く。
ウルが振り返ってニッコリ笑った。
「祭りには盛り上げが必要でしょう?」
「あ、うん。そうね。レンジ頑張って!」
「姫様ー、助けてー」
アルメニアは笑って手を振った。
クランベルトの馬が先陣を切る。
ベネーラではいっさいの収穫は得られず、加えてもう一班からの情報もなく、結局唯一の手がかりを求めクルツに向かうことになった。
内心、これならやっぱり昨日向かっていた方が合理的だったではないかと、思っているが口にしない。
そんなことを言ってしまえば、ジェロの冷ややかな視線が突き刺さるだろうから。
空が最後の粘りを見せる時間に、クルツ村の隣村に着いた。ここから、クルツへはそうかからない。
「もう夕刻前になるというのに、何やら大勢外に出ていますね」
ジェロが村を見回しながら言った。
近衛が村人を捕まえて、どうしたのだと訊いている。
「クルツで祭りが開催されるようです」
「あそこは……確か罪人の森、だったところだな。祭りなどやっていたか?」
クランベルトはクルツの情報を脳内から引き出す。
先代王の頃、刑の執行は森から鉱山へ移ったのだ。どうせなら、労働力を得るためにと。
「クルツの近況の報告は……受けていないと思うが」
クランベルトの視線はジェロに向く。
「国内に幾つかある税の徴収が免除された村ですので、何か異変でもない限り報告は上がりませんね」
ジェロがすぐに答えた。
「確か、クルツは王家直轄だったな。『罪人の森』だった土地の管理など貴族らが引き受けなかったからだったか」
先代の頃、森の下賜を試みたが貴族らが皆難色を示したはずだと、クランベルトは思い出す。罪人の森のイメージが強すぎたのだ。
「税の代わりに、毎年薪を王城に納品させていたはずだな」
冬前に、クルツより届く薪が王城を暖めている。
「それも持ってして、報告にしていたのです。確か、担当の役人もいなかったかと」
ジェロが言った。
クランベルトは、あご髭を擦る。
「ベラクルスは、宝の持ち腐れをしているのかもしれないな。貴族らは、宝になるまでの労力をかけたくないからな」
だからこそ、豊かな森が保たれているのかもしれない。いや、その余力こそがベラクルスの国力なのだろう。伸び代がまだあるからこそ、国が保たれているのだ。
「ついでにクルツの視察も兼ねよう。村には、確か幼い頃に行ったっきりだしな」
一行は、クルツに向かった。
クルツに着いたのは空が鮮やかな茜色の時間だった。
「ずいぶん、賑やかだな」
クランベルトは馬を下りながら、村の入口の騒がしさに目を細めた。小さな村祭りを想像していたが、それなりの規模のようだ。
「馬預かりがいるようです。預けてきます」
近衛が皆の馬を受け取る。
クランベルトは、ジェロだけを供にして村に入っていった。
祭りだというだけあって人が多い。
「何だが、本当に賑わっていますね。村だと思えません」
ジェロが辺りを見回す。
その時、パーンと音花火が上がった。
「クルツ再生の祝い祭りの始まりを宣言する!」
ステージの中央で、村長らしき者が高らかに発した。
「こんな村だったか……」
クランベルトもジェロ同様に村を見回す。
「道を挟んだ向こうまで、出し物があるから楽しんでくれ! 次の音花火で『剣士と弓士の模擬戦』、その次の音花火で『人形劇』になる。場所はあの案内板を見てくれ」
村長らしき者が、指を差した所には大きな村の略図があった。
「ずいぶん、しっかりされている村ですね」
ジェロが案内板を遠目に見ながら感心している。
「あんなもの、前に来た時はなかったが……」
クランベルトには、こじんまりした村の記憶しか残っていない。それ以外の思い出は、森の中にある開けた草原で思う存分走り回った記憶だけ。
木に登ったり、虫を追いかけたり、捕まえたりと王城内ではできない子どもの遊びをしたことを覚えている。村よりも森の中の方を鮮明に覚えていた。
「お腹すきましたね」
クランベルトが思い出に浸っていると、ジェロがお腹を擦りながら言った。
「何か、すごく良い匂いがします」
匂いの方を見ると、ここから奥へと続く道に出店が並んでいた。匂いはそこからだ。
「ゼッペルよりも腹か?」
クランベルトはクックックと笑う。
「い、いえ、アハハハハ。良い匂いに負けそうになっただけです」
ジェロが頭を掻いて首を竦める。
「まずは、案内板を確認しよう」
クランベルトは、人混みを掻き分けて案内板の前に移動した。
クランベルトだけでなく、隣村から来た者らも案内板を見ている。
「すごく分かりやすいなあ。これ、俺らの村にも欲しいな」
横からそんな会話が聞こえてくる。
「それなら、この村の絵師ゼッペルさんに依頼してくだされ」
さっきステージで祭りの宣言していた村長らしき者が声をかけている。
「ああ、村長さん! クルツに絵師が?」
「ええ、数日前から住んでおります。案内板の商業区画の……七番かな? ああ、でも今は似顔絵の出し物で再生通りに居りますよ」
クランベルトはその会話を耳にしながら、ジェロと頷き合う。
「それから、何か仕事をしたかったり、頼みたかったりしたら、明日から営業するギルドを使ってくれ」
「ギ、ギルド!?」
「ああ、ギルドを設立したのさ。村にちょくちょく寄ってくれよ」
村長がポンポンと肩を叩き、朗らかに笑んで歩いて行った。
隣村から来た者が目を見開いて驚いている。
「……クルツは、何かすげえな。俺らの村もあやかりたいものだ」
などと言って、良い匂いのする再生通りの方へと歩いて行った。
「何やら、頭が飽和しそうです。姫様を捜し、かご屋を探し、ゼッペルを追い、クルツの現状に驚かされ、自分が何を目指して動いているのか……分かってはいますが、単に人捜しとは分かっていますが、何というか……」
ジェロが両手で頭を抱えた。
「そう、考え込むな。クルツの現状に惑わされすぎだぞ。まあ、私もびっくりはしたがな」
「そうですよ! 村でギルドって、おかしさ満点です。ゼッペルさんもここに居るというし、似顔絵に……人形劇、そう人形劇ってことはやっぱりかご屋? 駄目だ、もう頭が混乱してきた」
ジェロが頭を掻きむしっている。
「ジェロ、落ち着け。まずはゼッペルだ。それから、考えよう」
クランベルトは、案内板を再度確認して再生通りの方に向かった。
次回更新→5/16(土)予定




