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王妃様のお仕事は  作者: 桃巴


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12/25

王妃様は運命に出会います④

 ゼッペルが言ったとおりに、弟子が翌日昼過ぎに現れた。


「先生!」


 とんでもなく貧相な馬は相変わらずで、アルメニアは笑ってしまう。しかし、この馬はそんな見た目にかかわらず、それこそとんでもなく強いのだ。


 市の日に、馬小屋の中でアルメニアをゼッペルが描いていた間、ウルを中に入れまいと通せんぼするように、出入口から頑として動かなかった。


 ゼッペルと弟子が再会をする横で、ウルと馬の戦いの幕が上がる。

 ウルが手綱を引いて、馬小屋に移動させようとするも、例の如く全く動かない。


「主に似て、頑固者ですよ、この馬」


 弟子が笑う。


「頑固者?」


 ウルが、頑固者にはほど遠そうな弟子を見る。


「その馬、僕のじゃなくて、先生の所有です」


「お前は、私を頑固者だというのだな?」


 ゼッペルが、弟子の両耳を摘まんで引っ張った。


「イテテテテ、先生離してくださいよぉ。先生に頼まれた絵の具を遠出して買ってきたんですよ!」


 ゼッペルが、フンと鼻を鳴らしながら、手を離す。その手がウルから手綱を取ると、馬はすんなり歩き出した。

 ウルのこめかみに青筋が浮かぶ。


「僕でも、三年はかかったんです、あいつを手なずけるの」


 弟子が、ウルに同情する。


「だけど、あのお嬢さんは一発だったな」


 お嬢さんとは、アルメニアのことだ。

 ゼッペルも弟子も、まだアルメニア一行を村のかご屋だと思っているだろう。滞在中の三兄弟も。


 アルメニアがベラクルス国王に嫁ぐラレーヌの姫であることを分かっているのは、クルツ村ではヨザックだけである。村民らは、王太子の見合い相手のどこかの姫様であると思っている。


 最初に滞在するときに、王城に向かう姫だと名乗ったからだ。つまりは、身分年齢問わぬ『自称才女』のご一行の滞在だと思っている。

『姫様』と呼称するが、どこのどういう理由の姫だとの詳細は知らないのだ。


 村に来たばかりのゼッペルと弟子、三兄弟はこれからアルメニアが姫であると知れるだろう。


「先生! 待ってください」


 弟子が、馬を引くゼッペルを追いかけた。



*クルツ村掲示板*

『七月十七日(水曜日) 新入村者 ゼッペル・ガジェッド』

『七月十八日(木曜日) 新入村者 マルコ』

 夕方、掲示板前に集合!

※祭りの詳細と、区画名を発表します



 早速、新入村者の名が掲示される。

 弟子の名はマルコ。馬小屋の小僧マルコは、ベネーラに住所籍を置きながら、入村するという。今後、お店馬車がベネーラで営業するとき、マルコの馬小屋が拠点になる。


 マルコはいわゆる孤児だ。ベラクルスの孤児は、馬預かりという仕事に就くことが多い。町に住むほどの財力はなく、町の外で廃材を使って馬小屋を建て、日銭を稼ぐことで暮らしている。


 孤児が路頭に迷う国々に比べたら、ベラクルスは住みやすい国でもある。それでも、ヨザックのように騙されて工房を失う者もいれば、流れ者のように暮らす者もいる。

 楽園のような国などないのだ。どんなに統治者が有能だろうと、悪事が無くなることはない。


「いや、驚いた。姫様だったのか」


 ゼッペルがアルメニアに声をかけた。


「どこからどう見ても姫でしょ?」


 アルメニアは、立ち上がりクルンと回ってみせた。

 ウルがギロッと睨みを効かせる。

 アルメニアは、例の制服着用中である。


「面白い姫様だな」


 ゼッペルに萎縮はない。姫だと知れても、かしこまりなどせず、そこら辺にいるおじさんのような雰囲気だ。


「もう、皆掲示板の前に集まっているぞ」


 ゼッペルが、言いながら村の略図をアルメニアに見せた。


「これで、間違いないか?」


「村長に訊いた方がいいんじゃない?」


「あっちの区画は確認済み。こっちの区画の確認だ」


 アルメニアは、略図を確認する。


「こんな短期間で、ここまで描けるなんて……ゼッペルさんは何者?」


「落ちぶれ絵師だ」


 アルメニアは、クスリと笑いそれ以上追及しなかった。ゼッペルも、アルメニアにどこのどういう姫だと確認しなかったからだ。


「今度、似顔絵でなく姿絵をお願いするわ」


「ちゃんと、ギルドを通してくれよ」


 ゼッペルがニヤリと笑った。


「受付嬢最初の仕事だわ!」


 アルメニアもゼッペルにのる。

 そうなると、やはり冷気を漂わせるのはウルである。


「姫様の姿絵は、宮廷絵師がすることです」


「そりゃ、選ばれればだろ?」


 アルメニアとウルは、ゼッペルの返しに一瞬目を見合わせる。

 アルメニアはもうすでに王であるクランベルトに選ばれている。だが、ゼッペルにしてみれば、『自称才女』の姫との認識であるから、そう言うのはもっともだ。


「ゼッペルの描いた姿絵ならきっと選ばれそうだわ。追加の書類申請でもしようかしら」


「その姿じゃ、姫様だと認識できる者はいないな。せめて、ちゃんと身なりを整えたらその依頼を受けよう」


 ウルが素早くゼッペルの手を握る。


「いやあ、ゼッペルさんの言うとおりです!」


 アルメニアはアワアワと焦り出す。


「嫌よ! せっかくの受付嬢の制服なのに!」


 アルメニアは、掲示板のある集落の方へと走って逃げた。

 もちろん、すぐにウルに追いつかれていたが。



 そんなに多くない村民でも、集まればそれなりの人だかりになる。掲示板前は活気に溢れていた。

 村長が区画の名前を発表する。


「簡単で覚えやすい区画名が多数だった。『住居区画』と『商業区画』、二つを繋ぐ道は、姫様に名付けてもらおうと思う。どうだろう?」


 村長の言葉に、村民達は皆賛成だと声を上げた。

 アルメニアはすぐに村長の横に立つ。


「住居に商業! 分かりやすくて間違いないわ。私も賛成よ。それから、二つの区画を繋ぐ道は、『再生通り』と呼んだらどうかしら?」


 拍手と同時に、皆がまた賛成だと声を上げた。

 ゼッペルが出来上がったばかりの略図を掲示板の横に設置された案内板に貼り、空白だった区画名を付け加えた。それから、通りの名も入れる。


「建物に番号を振るから、屋敷の入口に番号板でも掲げてくれ」


 村長宅がもちろん、一番だ。住居区画は今のところ、一から十二までの番号が割り当てられた。商業区画は商会が一番になり、同じように番号が割り当てられ、今後建物が増えたら番号も続いていくことになる。通りも同じである。


「今後、クルツは『再生の村』と呼ばれることを目指しましょう!」


 アルメニアは高らかに発し続ける。


「新生クルツの始まりを祝う祭りを開催するわ。ベネーラの自由市には到底及ばないけれど、雰囲気はあの自由な感じで。皆、好きなように屋台なり何なりを出して盛り上げていきましょう! 今回は食器の行商人がクルツに滞在中で、出店を約束してくれたわ」


 三兄弟が、手を上げて合図する。


「それから、似顔絵も……ゼッペルとマルコが描くわ」


 こちらもすぐに『俺の似顔絵は高値、こいつは修行中で安値だ』と、ゼッペルが村人を笑わせる。


「私達は、人形劇を開演するの。皆も、何かしてみたいことがあったら、明日一日準備できるから、挑戦してみてほしいわ。それが、またクルツの再生に繋がるのだから」


 アルメニアの言葉にいち早く反応したのは大工屋だ。


「俺らは、野宿飯屋を出店するぜ! 野宿の飯は手慣れたもんだしな。皆には……迷惑かけた。恩返しさせてくれ」


 村を襲った流れ者達は、いっせいに頭を下げた。

 パラパラと拍手を起き、村人が大工屋になった流れ者達に声をかける。


「本当に、『再生の村』ですな」


 村長が呟いたのだった。




 クランベルトとジェロの攻防は、クランベルトの勝利で決着したようだ。


「整えているから、そんなにおかしくはないだろ?」


 クランベルトは、髭を擦る。


「せっかく身綺麗にできる一日があったというのに、無精髭のままとは嘆かわしい……」


 ベネーラで一日休憩し、英気を養った。

 その間に、王城の王太子にも状況を知らせたり、反対に王城の現状の報告を受けたり、滞っている政務をこなしたりと、クランベルトは結局忙しかった。


 それでも、一所で腰を落ち着かせれば、自然と体の疲れは癒やされる。

翌日、朝陽を拝める時間に目覚めることができた。

 そして、朝一で昨日から続いている攻防が再燃し、クランベルトの髭は守られた。


「今日の朝市は、観劇の演目が変わったようで、そう混雑しておりません」


 仏頂面ながら、ジェロが報告する。まだ、髭が気に入らないようだ。


「『王太子のハーレム』は別の町に行ったのだな?」


 ジェロは頷きながら、白湯をクランベルトに渡す。


「はい。その代わりに『王太子の花園』なる絵本が本日から販売されるそうで、裏通りではすでに行列ができているようです」


 クランベルトは、ブホッと噴き出した。


「花園……、何とも言えないな」


 王城の王太子を思い、クランベルトは内心で詫びる。


「ま、まあそれは置いておくとして、かご屋を確認するのと、分かれた班と落ち合わねばならない。さあ、行くぞ」


 クランベルトらは、早速宿を出てかご屋が出店していた通りへと向かう。

 すでに、絵本が販売されているようで、主に女性らが本を胸に抱えて歩いていた。


「こうなると実は予想していたのではないですか?」


 ジェロが何気なく言う。


「こうなるとは?」


 クランベルトも自然に返した。


「馬鹿げた大騒ぎの本質は、ベラクルスの発展ということです」


 ジェロがニッと笑った。


「だって、そうでしょう。『自称才女』達が各国から押し寄せれば、それに伴い『人・物・金』が動く。観劇や絵本のような新たな商機が起こる。注目の的となったベラクルスの物品は、各国に知れ渡り取引される」


 クランベルトは肩を竦めた。


「そこまでは思っていなかったさ」


「そこまでは、ということはある程度はということです」


 ジェロがすぐに返した。


「勘ぐりすぎだ。私はただ王妃を望んだだけ。王太子にも妃をと思っただけにすぎない」


「我が主はいつだって、真実を隠したがりますね。その髭のように」


 そこで、目的の通りに入った。


「私はいつだって真実を探求しているさ。さあ、姫を……我が王妃を捜さねば」


次回更新→5/15(金)予定

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