王妃様は運命に出会います③
ギルド構想を打ち出した日、クルツに新たな住人が現れる。
「ようこそ、クルツへ」
アルメニアは、ゼッペルを快く迎えた。
「嬢ちゃんに頼まれた仕事をしにきたぞ」
人形劇の代わりになる紙芝居がその仕事である。
ゼッペルに声をかけたのは偶然だ。ウルと一緒に馬を引き取りに行った際、なぜか似顔絵を描いてもらい、アルメニアが気に入ったのが始まりである。
馬小屋の住人にしておくにはもったいないと思ったのだが、ちゃんと絵師だということが分かった。弟子の代わりに馬小屋の番をしていたというから驚きだ。
紙芝居はウルの提案である。
人形を操るアルメニアの負担を避けたいためのもので、アルメニアもそれは分かっていた。土砂災害の時、犠牲になったのは……ウルとレンジだからだ。アルメニアが受けていた死にうる痛みを体感した者だから。
ゼッペルが荷馬車から荷物を下ろす。
「馬車の注文に来たぞ」
ゼッペルを乗せてきた荷馬車は、食器売りの三兄弟のものだった。
「お久しぶり! 馬車工房は奥にあるわ」
アルメニアは、ゼッペルと三兄弟を案内する。
まず、ゼッペルに新しい家屋を見せた。
「こんな上等な家は、私にもったいない。もっと寂れた小屋みたいな所がいいのだが」
「あの馬小屋みたいな?」
アルメニアはクスクス笑った。
「ああ、ああいう廃れた感じが好きなのだ。それに絵を描くと、部屋が汚くなる。新築は遠慮したい」
「うーん、廃れた感じ? なら、馬車工房付近の小屋がいいかしら」
廃墟の大半は撤去して整地したが、使える幾つか小屋は残していた。元は武器庫や兵士の休憩所だった小屋である。
結局、ゼッペルも三兄弟も奥の馬車工房の方へと進んだ。
ゼッペルに、幾つかの小屋を見学してもらっている間に馬車工房を覗く。
「ヨザック! お客さんだよ」
アルメニアは、意気揚々と馬車工房に入った。
工房の中では、一般的な手押しの荷車を作っている最中だ。町でなく、村で商売するなら手押しの荷車ぐらい在庫がなければいけない。大中小の荷馬車も作る予定である。
「お、お客!?」
ヨザックだけでなく、工房内がざわめく。
「ええ、言ったでしょ。お店馬車の注文が入るって」
「いやいや、市に二回行っただけで冗談だろ?」
ヨザックが信じられないと言わんばかりの顔で言った。
「本当だぜ」
三兄弟の一番上の兄が言った。
アルメニアは、ヨザックに三兄弟を紹介する。
「食器売りの行商をしている仲良し兄弟よ。お店馬車を注文したいって」
続けて、三兄弟にヨザックを紹介する。
「こちらが、お店馬車を作った馬車職人のお頭ヨザック。それと職人仲間の皆。彼らが要望を形にしてくれるわ」
ヨザックは驚きと嬉しさのあまり、顔が真っ赤になり興奮している。それは仲間も同じで嬉しさが滲み出ていた。
「俺らに任せてくれ! 納得のもんを必ず作ってみせるぜ」
ヨザックと三兄弟が握手を交わす。
アルメニアはソッと馬車工房を出てゼッペルの元に向かった。
ゼッペルが選んだのは、井戸に近い小屋だった。
絵の具を溶くにしても、汚れを落とすにしても水が近くにあった方が便利だからという理由からである。
馬車工房の材木置き場の裏で、ひっそりした所だ。
「そんで、弟子もきっと追いかけてくるんだが、いいかい?」
「ええ、歓迎するわ。じゃあ、村長に伝えなきゃ。クルツに新たな村民が増えるんですもの」
アルメニアとゼッペルは、村の方に戻った。
村長が難しい顔で何やら書いている。
そこそこの村に発展するために、ちゃんと村民台帳を作成することになり、数日前から記述が始まっていた。
「住所をどうしようか迷っております」
村長がアルメニアに相談する。
今までは、なくても問題はなかった。村は十二軒の円形の集落で、特に住所はいらなかったからだ。
「そうね……。良いこと思い付いたわ!」
アルメニアはゼッペルにニンマリと笑いかけた。
「何やら悪寒が……」
そう言いながら、ゼッペルは楽しげだ。
「村の地図を描いてちょうだい。そこに番号を振ってしまえばいいでしょ」
「村での最初の仕事か。引き受けた」
ゼッペルが村長を見る。
「お願いします」
村長が了承を口にし、二人は握手を交わした。
*クルツ村掲示板* 毎日必ず確認!
『七月十七日(水曜日) 新入村者 ゼッペル・ガジェッド』
『連絡事項一 次の土曜七月二十日のかご屋営業はなし クルツ商会より』
『連絡事項二 次の土曜はクルツ自由祭りを開催します。詳細は明日発表!』
『祝 クルツ商会完成!』
『村の区画の名称募集中 村長まで』
*村の新店舗*
商会管理→かご屋・宿屋・不動産
その他一→馬車工房(頭ヨザック)
その他二→ギルド(建設中)
その他三→大工屋
その他四→絵師
※七月二十日 (土曜日)朝一に働きの対価を皆で分けます! 掲示板の前集合
※七月二十一日(日曜日)から、仕事はギルド経由になります 仮ギルド本部 鉄鋼馬車
「よし! これでいいわ」
村長宅の横に大きな掲示板が設置された。
「それにしても、次から次へとよく色んな事を考え付きますね」
ウルが呆れながらも、感心したように言う。
「そう?」
アルメニアは小首を傾げた。
「水を得た魚のようです」
「魚より、羽ばたいた小鳥と言ってほしいわ」
村の生活は、アルメニアにとって楽しいものだ。あれもこれもと思い付く事を、どんどん実践する。楽しくないわけがない。
「ずっと、この生活が続きはしませんよ」
「ええ、分かっているわ」
そこから会話もなく、アルメニアとウルは、開発途中の村へと歩く。
茜色が薄闇に消え、空は闇へと進んでいる。
村と村とを繋ぐ道の両脇に建てられた新しい家屋に、明かりが灯った。三兄弟が泊まっているからだ。
「生き急いではいけません、姫様」
開けた視界を前に、ウルが静かに言った。
アルメニアは眉尻を下げる。
「鳥かごに入る前にしておきたいのよ。私が『聖女』でも『姫』でも……『王妃』でもない時は、今だけだもの。私が私である唯一の時間。たぶん、もう訪れることのない、私として生きる時間」
アルメニアは足を止める。
クルツに来て、自身が開いた土地を見回した。
ここも、ほぼ円形の配置で建物が並んでいる。一カ月弱で成し遂げたアルメニアの夢の成果がそこにある。
アルメニアは全力で取り組んだ。アルメニアとして生きるために、挑んだ結果なのだ。
ウルにしてみれば、それが生き急いでいるように見えるのだろう。
「ベラクルス王城が鳥かごかどうかは、行ってみないと分からないですよ。もしかして、野山のような王城の可能性だってありましょう。『今』に詰め込みすぎて、抜け殻にはならないでください。姫様の全力限界突破は、もう見たくありません」
ウルがハッキリ言ったのはここまでで、続けて『姫様に、心の死までも経験させたくありません』と呟いた。
死を幾度も経験したアルメニアを、身近で見てきたウルだから言えることだ。
そして、ウル自身もその死を経験している。いや、死の経験など一生に一度のもので、それを語る時が訪れないのが本当の死である。
ウルにもう死は訪れない。いや、アルメニアと連動している。ウルはウルの命でなく、アルメニアの命に並行している物体にすぎない。
「あの災害の日は、忘れません」
それだけで、アルメニアにはウルの気持ちが痛いほど分かった。
体の死は、生きる体で幾度も幾度も経験している。そんな状況下で、死んでいないのは心だけ。アルメニアの精神力の賜物だ。
その心を、ここで使い果たさないでほしいと願うウルの気持ちに、アルメニアは答える。
「そうね。ちゃんととっておきの夢は残しているわ。生きる屍の経験なら、もう十分したものね」
ウルが顔をしかめた。
「そんな経験をもうさせませんよ」
アルメニアはウルをしっかり見る。眉尻はもう下がっていない。
「本来するべき、いえ、したい経験をしていないわ。敗れても、きっと強くなれる経験!」
アルメニアの表情が明るくなる。
「敗れても?」
「そう、敗れてもよ。いいえ、敗れてこそ強くなる『恋する経験』よ。一人じゃ叶えられず、一方の想いだけでも無理で、……想いが通じ合うなら奇跡!」
ウルがやれやれと肩を竦めた。
もう二人にしんみりした雰囲気はない。
「三十五の陛下には、夢見る乙女の視線はこそばゆいでしょうね」
ブツブツと言うウルを無視して、アルメニアは言う。
「本当なら、運命の出会いもしてみたかったわ」
その出会いがもう少しでやってくるとは知らずに……。
次回更新→5/14(木)予定




