王妃様は運命に出会います②
翌日。
「思えば、すぐ見つかるものと、宿屋しか調べていないな」
今までは、宿屋のみの聞き込みだった。
クランベルトは通りを歩きながら、周囲に目を凝らす。
「そうですね。『ラレーヌ一行は泊まっていないか?』と訊くだけでした。早々に見つかるものと思っていましたし、この前の市のように捜したりはしませんでした」
ジェロも言いながら、人混みに目を凝らしている。
「あのかご!」
ジェロが指を差す。
少女がかごを腕にかけ、歩いている。
ジェロが少女に駆け寄った。
「そのかごはどこで買ったの?」
突如知らぬ男に声をかけられ、少女はびっくりして走って逃げた。
「ま、待って!」
「いや、待つのはお前だ、ジェロ」
クランベルトは、ジェロの首根っこを掴む。
「どうやら、あのかごは流行りらしいな」
クランベルトは顎をクイッと上げてみせた。
ジェロがそこに視線を移す。
少女だけでなく、町行く婦人の腕にも例のかごがかかっていた。
「一品物だが、かごの形は同じだ。カップのような形が特徴なのだろう。そこに布やらアクセサリーの装飾で一品物に仕立て上げる。頭のいい商売だな」
朝市の時の感心が蘇る。
「姫も、それに感心して買ったのだろうか?」
クランベルトは頬を緩ませた。
「自分と同じクリーム色の髪と淡い桃色の瞳の者に興味が湧かないわけありませんからね。かご屋で足を止めたのでしょう」
ジェロもウンウンと頷きながら言った。
「そうだな。あの人形劇の娘に……」
クランベルトは娘を思い出した。しかし、娘を形容する言葉が出てこない。まだ、人形の方が言い表せるほどだ。
「かご以外も何か購入しているでしょう。それに、似顔絵です!」
クランベルトは文を思い出す。
「ああ、そうだ。絵師は、行商でなくこの町に住んでいるだろう。市を回る絵師など聞いたことはない」
行商ならともかく、似顔絵で日銭を稼ぐため町を移動するような絵師はいないだろう。旅費の方が高くつくのだから。ベネーラに住み、依頼された絵を描きながら、市で腕を上げるために似顔絵をしていると思われる。
「ならば、絵師捜しと店への聞き込みか」
五人でゾロゾロ動いても効率が悪いということで、分かれて聞き込みをすることになった。もちろん、王であるクランベルトを一人にするわけもなく、ジェロが供する。
近衛に店の聞き込みを任せ、クランベルトは絵師捜しに向かった。
役所に行き、絵師の名簿を手に入れる。
「登録絵師じゃなく、弟子とかが描いている可能性もありますね」
ジェロが名簿を見ながら言った。
「この名簿の者は、名が知れた者ばかりです」
クランベルトも名簿を見ながら同じように思っていた。
王都に近い町には、宮廷絵師や神殿絵師、教会絵師などが住んでいる。絵師の最高峰は、王族専属になることだ。そんな者が、市で似顔絵商売している可能性は低いだろう。
「……この老絵師の所に行くぞ」
クランベルトは、名簿の最後の名を指差す。
「ああ! ゼッペルさんですね」
頑固な宮廷絵師で、三年前に引退している。クランベルトの幼少期の専属絵師でもあった。
クランベルトを描くのでなく、クランベルトに読み聞かせる絵本を描く仕事をしていた。
宮廷絵師の仕事は以外に多い。王族の姿絵、王城の壁画といった知れた仕事は、極一部の者だけが賜れる。
絵本のように雑多な仕事が大半だ。儀式の記録絵、修復、兵法の絵、罪人の人相書きと様々である。それだけでなく、町や村の見取り図や、山岳地帯の地図なども仕事である。
「あの者が描いた姿絵が、姫の手元にある」
クランベルトがまだ長髪だった頃を描いたものだ。
絵師の何人かを選抜し、クランベルトの姿絵を描かせた。髪を切る前にと。
「あれは傑作です」
ジェロがそう言うが、クランベルトはムスッとした。
「私は、あんなに美丈夫ではない」
「何をおっしゃいますか。あのように美しく神々しく描かれた絵を、私は見たことがありません」
クランベルトはさらにムスッとした。
「美しく描かれて嬉しい男がいるのか!? 私はもっと力強く描いてほしかった」
「はあ、まあ、そうですかね。でも、あの絵は、陛下そのものですよ」
今回の婚姻の打診時に、立派に表装され姫の元に送られた。姫と共に戻ってくる予定である。
そして、姫の姿絵はクランベルトの懐だ。立派な額に入っているでもなく、表装され巻物にもなっていない。
聞けば、ラレーヌでは姿絵は肌身離さず持ち歩くものらしい。特に聖女の姿絵ともなれば、護符の役割もあり懐に忍ばせるようだ。
持ち歩くなら、額には入れられまい。巻物にしても邪魔である。
「とりあえず、ゼッペルに訊いてみよう。あの偏屈者なら、市で似顔絵描きもやってそうだしな」
絵師が多く住む観劇通りでなく、かご屋のいた通りに居住しているようだ。名簿を頼りに二人は進んだ。
「かご屋が出店していた場所に近いな」
通りから路地に入る。奥まで行くと防壁で行き止まりになった。
「この辺りなのですが……」
ジェロが周囲を見回す。ブツブツと不満げな表情の爺さんと目が合った。
「あのお、この辺にゼッペルという絵師が住んでいるはずなのですが」
「ああん? お前らあのおっさんの知り合いか!」
爺さんが、ズンズンとジェロの元にやってくる。
「ええ、まあ」
「じゃあ、伝えとけ! 部屋を汚すんじゃねえって。あれじゃあ、次の住み手が見つからねえ。さっさとトンズラしやがって」
「あ、いや……」
ジェロが、爺さんの勢いにたじろぐ。
「ご老公、ゼッペルが失礼したようだ。部屋の清掃代は出そう」
「おお! そうかい、そうかい」
爺さんの機嫌が良くなり、クランベルトに手揉みして笑顔を見せる。
クランベルトは、ジェロに手持ちのお金を渡すよう促した。
「ゼッペルがどこに行ったのか知っているか?」
「いえ、知りませんなあ。弟子にでも訊いてくだせえ」
爺さんから弟子の住所を教えてもらい、クランベルトとジェロはそこに向かうことにした。
「何か、当初の目的から外れていませんか? 捜す人物がコロコロ変わっています。ゼッペルさんと弟子より、他の絵師に聞き込みした方がいいような」
「まあな。だが、一つずつ潰していくことも必要だろう。ここでゼッペルを諦めて、次にいってから、実は似顔絵はゼッペルだったと分かったら二度手間だ。特に、部屋を引き払ったなら、今追いつかねば訊けまい」
「それもそうですね」
二人が向かった先は、王都と反対側の入口だ。
弟子の本業は馬小屋の小僧らしい。
「ここですね」
小さな馬小屋と家屋が並んでいる。どちらも朽ちかけていて、営業しているか疑わしいほどだ。
馬小屋から荷物を背負った青年が出てくる。貧相な馬が青年の後に続いた。
「あ! すみません。休業ですので、他を当たってください」
クランベルトとジェロを見た青年は、バッと頭を下げた。勢いがありすぎたのか、背中の荷物が青年の頭を越して、バサバサと落ちた。
青年が慌てて荷物を拾い集める。絵師の道具のようだ。
「馬は別に預けてある。訊きたいことがあって来たのだが」
クランベルトは、青年の荷物を拾いながら言った。
「僕にですか?」
「ああ、ゼッペルと君になるかな」
荷物を背負い直し、青年がクランベルトにお礼を言った。
「先生はもうベネーラにいませんよ」
「らしいな」
クランベルトは顎を擦りながら青年に問う。
「訊きたいことは、似顔絵に関してだ。自由市で、クリーム色の髪と淡い桃色の瞳の女性を描かなかったかということだ」
青年の目が大きく開く。
「もしかして、君が描いたか?」
「いいえ、いいえ! 先生が描きました。この馬小屋で」
クランベルトは無意識に朽ち果てそうな馬小屋を見た。
顔がしかめ面になっていたのだろう。青年が身を縮める。
「あ、の、えっと、馬を預かっていまして、先生が番をしていたのです。僕は市で似顔絵の修行中でして、一寸帰ってきたら、小屋で娘さんを描いていたみたいな。それで、先生は追っかけたんですよ」
拙い言葉を要約すると、ゼッペルが馬小屋の番をしている時、預けた馬を引き取りに娘が来た。そこで、娘を描き……なぜか、娘を追っかけたということか。
クランベルトは要約した考えを青年に確かめる。
「はい、そうです!」
「なぜ、ゼッペルは追いかけたのだ?」
「娘さんが、先生の似顔絵を気に入って勧誘したのです。先生は部屋を解約して、クルツ村に向かってしまって、僕もこれから追いかけるんです!」
クランベルトはチラリとジェロを見る。
昨日、村ではないかと可能性を思い付いていたからだ。
ジェロが頷く。
「私達もその娘を捜しているのだ。クルツ村だな?」
「はい。あの、もう僕は行きますけど。途中寄る所があるので」
「ああ、すまないな。また、クルツで会うことになろう。ゼッペルによろしくと伝えてくれ」
「先生の事を知っているのですか?」
「ああ、昔、絵を描いてもらったことがあってな」
絵本を描いてもらっていた時の事を思い出して、クランベルトは苦笑いした。ずいぶんせがんで、英雄の物語を描いてもらっていたなと、クランベルトにしたら少し恥ずかしい思い出だ。
さらには、あの長髪時の姿絵のこともある。
「ゼッペルが描いたなら、きっと素晴らしい似顔絵なのだろう」
クランベルトは、懐の姿絵を思い浮かべる。と同時に、文にあった文言の『違う出来映え』に興味が湧いた。
ゼッペルが、もし姫を描いたならどんな似顔絵になるだろうかと。
「また、後日会おう」
クランベルトは、貧相な馬に乗り離れていく青年を見送り、ホッと一息漏らした。
「どちらとも言えませんね」
ジェロが腕を組んで悩んでいる。
「ああ、あのかご屋と一緒にいた人形劇の娘か、ラレーヌの姫か」
クランベルトも顎を擦って考える。
「一国の姫が馬小屋に足を運ぶでしょうか?」
「どうだろうな、お転婆なのだから。姫でないにしても、かご屋へ聞き込みをしたい。ゼッペルが描いたのが姫でない場合は、かご屋の娘になるわけだろ。自身と同じ髪色と瞳の姫に、かごを売っているはずだ」
「そうなると、姫を描いたのはゼッペル以外になりますね」
「……ベネーラで別の絵師を捜すか、クルツにすぐに向かうか迷うところだな」
クランベルトとジェロは、一旦ベネーラの町に戻る。店に聞き込みをしていた近衛と合流し、情報を交換した。
近衛からの情報は、奇妙な馬車のかご屋を二週連続で見たというものだ。
「やはり、かご屋を追うしかあるまい」
すでに昼を過ぎていたため、クルツ村へは翌日以降向かうことにし、絵師への聞き込みを行ったが、結果は芳しくなかった。
それもこれも『王太子のハーレム』を絵本にする仕事で、絵師はかり出されており、ここ最近似顔絵描きはしていないそうだ。
「ゼッペルとかご屋が唯一の手がかりのようだな」
「ですね。明後日は自由市開催の日です。どう致しましょうか?」
ゼッペルが居るだろうクルツに向かうか、かご屋を待つべくベネーラにいるか迷うところだ。
「朝一でかご屋を確認後、クルツに向かってはどうでしょう」
ジェロが言った。
「クルツでゼッペルに確認後、朝一に戻ってもいいのでは?」
クルツはここから半日で往復できる距離である。ジェロの案では、明日一日棒に振ることになる。
ならば、先にクルツに行った方が効率的だ。
「昨日も、明日もとんぼ返りでは、体の負担が多くなります。どうか、一日お休みください!」
ジェロが、珍しく厳しい口調でクランベルトに詰める。
「もう、三十五なのです! 勢いで行動できるのは若い時だけです。姫に会うときに、ゲッソリ、目の下隈なんてことになったら、第一印象で引かれますよ?」
流石、従者ジェロである。傍仕えの長いジェロが、クランベルトの疲労に気付かないわけがない。
「とんぼ返りの連続でもしたら、姿絵とはほど遠い有様になりましょう。どうか、休息を! いえ、強制的に休ませます!」
「あ、ああ。分かったから」
クランベルトは、無精髭を擦る。
「本当は、ゼッペルにはこんな私を描いてもらいたかったのだがな」
クランベルトの呟きに、ジェロがギロリと眼光鋭い。
クランベルトは、降参と手を上げた。『ジェロは、相変わらず私の容貌を気にしすぎだ』との言葉は、呑み込んだ。
そして、宿屋の窓から星空を眺める。
『姫は、どこで星空を眺めているのだろうか』と思いながら。
二人は、もう少しで出会う……。
次回更新→5/13日(水)




