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第3話 狼の好物

 炎と雫の間に挟まる勢いで腕を伸ばす。

 否、それは腕だけではない。

 腕よりも高い位置から何かが飛び出している。

 それは黒く、太く、邪悪。

 意志が有るかのように動くソレは霧のように形がなかった。

 だが、炎に近づくにつれて形を変えて、狼の頭部へと変化する。

 そして、雫へ襲いかかる炎を飲み込んだ。

 負けじと勢いを強め、燃え盛る炎。

 それは狼の口から燃え広がり頭部全体を包み込む。


「なんなのよそれは!」

「知るか!」 


 呼び出したであろう自分ですら正体のわからない狼は、学校の時のように消えることなく唸り声を上げる。

 今にでも襲いかかる雰囲気を醸し出していた。

 その迫力に押されたのか金髪の少女は自身の身を護る火の壁を作り出し、それに反応するかのように狼が壁に食らいつく。


「ちょ、まっ!」 


 そしてその狼に引っ張られるかのように和樹は引きづられた。

 その姿を見た金髪の少女はなにかに気がついたかのようにまるでフリスビーの様に火の円を横に放り投げた。


「止まれよぉぉぉぉ!」


 狼はそれを追いかけ和樹を地面に引きずっていることなどお構いなしに猛スピードで飛んでいく。 

 土煙が上がり口に入る砂利を気にもとめず叫ぶ和樹の姿を見て少女は追加の円を投げた。


「火にそれは反応するようね! 制御できてないみたいだし。そこで遊んで――」


 咄嗟に横へ飛ぶ。

 先程まで彼女の体があった場所には水の弾が通っており、通った場所には細い水残滓が残っていた。

 雫はその発射元、金髪少女を睨みつける。


「黒須さんは早くそれをどうにかしてください!」

「止まれよ! 止まれってば!」


 止まる気配のない狼。その愚直なまでの姿を見て彼は少女の言葉を思い出す。


『火に反応するようね!』


 この狼は火を食べていた。好物なのかは知ったことではないがそれが事実なら、もしも言葉を理解できるのならば。


「おい! よく聞け! そんなちゃちなもん食ってお前は満足なのか! 少しでいいから俺の言うことを聞いてみろ! もっとでかいもん食わせてやる!」


 狼の動きが止まり、和樹へ振り返る。瞳に和樹を映し唸った狼は一度吠えると静かに和樹の後ろに移動した。


(分かってくれた……のか?)


 内心ほっとし、力が抜けそうになるがそんな姿を背後にいる狼に見せたら自分まで食われかねないと気を引き締め、少女たちへ目を向ける。


 雫はこのまま戦っていたらいずれ負けることを理解していた。

 札の枚数にも限度がありこの調子では十分も持たないであろう。

 もちろん、他の手段で魔術を行使も出来るが、少しでもテンポの違う魔術の使用を許すほど、目の前の少女は優しくない。


 なら持久戦を狙うのは止めよう。最大の力を一撃に込めるまでだ。


 蔦を一気に札から出し切り自分を覆うように展開する。

 どうせ火によって燃やされるだろうが、それでいいと彼女は蔦の暗闇の中で作戦を整理した。

 七五三縄を取り出し自身を覆うように空中に展開させる。

 そして、蔦が燃え始めた。

 有害なガスを撒き散らす蔦はまるで七五三縄を避けるように広がっていく。


 襲いかかってくるガスへの金髪少女の対処は早かった。

 懐から模様が書かれた正方形の紙束を取り出し宙へ放り投げる。

 模様は輝き、風を生み出す。それが数十枚の紙が一斉に起こり暴風を巻き起こすだろう。

 少し離れた安全な場所から彼女は静かに毒ガスが渦巻く暴風の中に札を数枚放ち、睨みつけながら呪文を紡いだ。


「──暴れし火精と土精の混じり精業」


 七五三縄が結界を作り出し、雫を守っていた。

 ガスや暴風、高熱から身を守っているため、ただじっと雫は戦いの決め手になる札を組み合わせ、新たな魔術を構築している。


 カン。ガリッ!


 嫌な音が響いた。

 横目に発生源を視ると結界に傷ができている。

 そして音は四方八方から連続で鳴り響いてくる。

 彼女はようやく音がなる正体を突き止めた。礫だ。金髪の少女が地面から礫を放り投げて風に乗って攻撃してきているのだ。


 結界のヒビが爛れ始める。熱に耐えきれなくなり熱気が結界内に広がった。

 サウナ状態になった結界内。

 動かない状況。

 雫は一体この状況が何分続くか検討もつかず額に浮かぶ汗を腕で拭く。


 風が止まる。

 先に動いたのは金髪の少女だ。

 もうすぐ終わると自身の魔術の有効時間を知っていた彼女と、いつ終わるのかと警戒していた雫とでは動き出しの質が違う。

 しかし、雫の兵器はそんな状況をひっくり返す。

 雫が構築した新たな魔法により複数の札がまるで生きているかのように動き出し金髪少女へ飛んでいく。


 金髪少女は溜め込んでいた力を開放。灼熱の炎が札ごと彼女に襲いかかった。

 才能。

 魔術と関わった時間。

 それらは雫の奥義など跳ね返す。


 負けだ。 

 口には決して出さないが雫は自身の敗北を察してしまった。

 せめて、和樹が逃げ出せることを願ったその瞬間、視界に彼が飛び込んできた。

  

「ここだぁぁぁ!」

  

 灼熱の炎を塗りつぶすかのような暗闇が炎を飲み込む。

 それは狼の頭部の形をなしており口から漏れた炎と混ざり合い、まるで燃え盛る狼毛を纏っているかの様だ。


 見えない壁のせいで公園からは抜け出せない、無力な和樹はただ彼女たちの戦闘を見ているしか無い。

 だが、目の前で涙を堪えていた少女が負けそうになっていたら、奇跡にすがって飛び込んでしまった。


 闇が出てくる確証はない。間に合わないかもしれない。

 間に合わなかったら、雫の代わりに自分が怪我をしてしまうだろう。

 だが、あるのだ。奇跡さえ起これば勝機が見えてくる。そんな微かな希望が。


「なっ!」


 驚きのあまり金髪少女は声を上げる。

 そんな彼女の手足に張り付くのは雫の札たちだ。六枚の札が手足に張り付き、一枚は額にそして残りの一枚と頭上に浮いている。

 張り付いた札はまるで重しのような力で彼女を地面へと引っ張った。


 存在を忘れていたわけじゃない。だが、あまりにも弱すぎる相手に油断していなかったと言えば嘘になる。

 その慢心で彼女は地に伏せる事になった。

 彼女の力では立ち上がることすらままならないと、悔しさのあまりに握りこぶしを握る彼女に影がさす。


 和樹が呼び出した黒い霧上の狼の頭部が、金髪少女の頭上にいた。

 化物は彼女の頭上に浮いていた札ごと彼女をを食べようと大口を開けていた。

 金髪の少女はその狼の大口を見ているというのに、黒く染まったそれは自身の未来を表すかのように黒く染まっていて何も見えない。


「止ま――」


 そして

 和樹の静止よりも

 雫の防御魔法よりも

 金髪少女の叫びよりも速く

 狼は切られていた。


「おうおう、やられてんな。ったく」


 一刀両断された狼の頭部が黒く霧散する。

 その中から現れたのは剣を振りかざしている男。

 狼にも負けない眼光は和樹たちに向けられていて彼らの体は竦む。

 いつの間にか夕焼け空になり、刀に反射する赤い光がまるで血のようだ。

 あまりの迫力に自然と距離を二人は取る。


「さてと」


 彼が一歩進むだけで彼らの心が凍りつく。ここにいては危険だと警鐘が頭の中に鳴り続けた。

 声が聞こえた方向には既に人はいない。雫の真横に高速で移動した男はそのまま剣を横へ薙ごうとしている。

 あまりの速さに防御は間に合わない。

 回避をすることも不可。


 今度こそ、奇跡は起こらない。


 だがそれでも雫に剣が当たることはなかった。

 ジュワっとそんな音が響く。

 雫が恐怖で瞑った眼を開けると文字が鎖のように連なり剣を受け止めていた。


 これは奇跡でも偶然でもなく、必然。


 防がれた剣士はすぐさま金髪少女の元まで下がる。


「趣味の悪いやつだぜ」


 剣士は和樹と雫ではなく更にその先を見る。

 雫は男から目を離せずに警戒を続けていたが和樹は振り返った。

 そこにいたのは若い黒髪の男。どこか気怠げな雰囲気を醸し出している。


「お守り持たせておいて正解だったな」


 首に手を当てて気怠げに言う彼だがその目線はまっすぐ剣士に向けられていた。


「誰だあの人」


 和樹は味方なのかと疑いの目を向けながら雫に問う。

 彼女の表情は恐怖から一転しており少なくとも敵ではないみたいだと察せられた。


「宗方さんです。私の心強い味方です。だからきっと大丈夫です」


 相手に聞こえないよう小声で少女が答える。その声はどこか安堵が混じっていた。


「白金はそこの男を連れて逃げろ」


 宗方は視線すら向けずに指示を出す。

 雫は自分がいては足手まといにしかならないと悔しげに和樹の手を取った。


「逃げますよ!」

「逃が「呪札覚炉」」


 追いかけようと足に力を込めた剣士の声を遮り宗方が淡々と、しかし力がこもった声で呪文を唱えた。

 剣士は隣で伏せている金髪少女から禍々しい力が放たれたことを察知する。

 横目で少女を見るといつの間にか貼り付けられていた札から黒い鎖のようなものが現れ溢れ始めた。


「テメェ……!」

「そう怒るなよ。お前ならそれを解除しながら俺と戦うくらいできるだろ」


 溢れる鎖は金髪少女を飲み込み、カマクラのように盛り上がる。

 助けるべきか、剣士がそんな逡巡をした時、鎖の塊が焼けたように赤く光った。

 宗方に向かって火の柱が鎖のカマクラから放たれる。

 咄嗟に避けた宗方は苦々しい顔で前方を睨みつけた。

 そこには竈のようになった鎖の塊の中で膝をついた少女。ただ一人。剣士の姿はどこにもない。


「目くらましかっ!」

 

 和樹は雫に連れられて公園の反対側まで来ていた。

 すぐそばには破れることはなかった結界が張られている。

 そんな壁に雫は数枚の札を貼り付け始めた。


「壊せそうか?」

「ええ、任せてください。すぐに穴を開けられます」


 すぐにここから脱出できることを知り安堵する和樹の耳元に、声と音が届いた。


「させるかよ」


 パリン。と割れるような音がした。

 何が起こるかを理解できていない和樹だが、彼の視覚は全てを捉える。

 眼の前の壁が割れた。その先から出てきたのはドクロのピアスに、ドクロのタトゥーを腕に入れた男が足を突き出していた。


(やばい)


 そして、その足は突如飛び出してきた剣で受け止められた。

 剣を持つのは先程まで宗方とにらみ合いをしていたはずの剣士。

 もしも剣が遮ってさえ居なければその足は彼らに直撃していたであろうことを理解する間もなく、新たな恐怖が和樹を襲う。


 眼だ。

 値踏みをするかのような足を突き出した男に向けられていた。そしてソレは獲物をみる視線へと変わる。


(なんで見られただけでこんなに怖いんだよ)


 だが、その目線は彼だけに向けられたものではない。


「人の足を切ろうとしておいてその態度はないんじゃないかなァァ! 竜馬ァァァ!」


 ドクロの男は剣士に向かって飛びつく勢いで跳躍し、腕を振るう。


「どうしてテメェがここにいやがる! クソッ! 面倒な。 アイツラにも逃げられてるしよ!」


 既にそこには雫と和樹の姿はなかった。 

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