不眠症ヒーローと再会の嵐。
「……なぁ、一暁」
「なんだよ。話があんなら後にして」
蒼弥は私の返答に大きなため息をついた。
おもむろに自分のデスクから立ち上がり、私が座るデスクの隣まで歩いてきた。
「もうそろそろ終業時間だぞ。まだ帰んねーのか」
「……」
「……お前のそういう頑固な所、新人の時から変わってねーよな」
そう言ってから、蒼弥は私の背後に周り、脇の下に手を入れて私を無理やり立たせようとした。
突然の事で、完全に油断していた私の体はいとも簡単に持ち上げられる。
「ちょ、お前!」
「こうでもしないとお前帰んないだろ。ゴリラでも睡眠は必要だぜ?」
「一言余計なんだよ猿!」
腕力では対等だと思っているが、確かに疲れが出ているのか、私は抵抗できずに更衣室まで引きずって連れていかれた。
「さっさと着替えて帰るぞ」と言い残し、蒼弥は男子更衣室の方に入った。
私は女子更衣室の自分のロッカーを開ける。キィ、と錆びた金属が擦れる音がした。
中には、優紀ちゃんから貰ったあの手紙。私はもう一度手に取ってそれを眺めた。
……目を閉じればすぐ聞こえてくる、脳裏に染み付いたあの声。
……ごめんね、父さん、母さん。私、まだ無理だ。
そっとロッカーの中に封筒を戻して、スーツに着替える。更衣室から出れば、先に着替え終わったのであろう蒼弥が、壁に寄りかかりながらスマホをいじって待っていた。
「お前危なっかしいからな。1人で帰らせらんねぇんだよ」
そう言ってから、歩き出した。
廊下のはめ殺しの窓から見える煌びやかな都会の光は、数時間無機質なブルーライトしか浴びていなかった私の目に、とても優しく映った。
*
「おはよー…」
「おはようございます」
「一暁先輩おはようございまーす!!」
「はよ」
十人十色の挨拶を聞きながら、私は自分のデスクに歩いていく。
やっぱり昨日も眠れなかったなぁ。最近どんどん悪化してる気がする。
眠気で重い頭と身体を無理やり働かせながらデスクに座り、パソコンを立ちあげた。
……ん、なんかメール来てる。
手紙の形をしたアイコンが、パソコンの中で点滅している。私宛にメールが届いているらしい。
マウスを操作してアイコンをクリックする。
差出人は署長だった。
ヒーロー課 課長 天野一暁殿
突然のメール申し訳なく思っている。
実は昨日の夜この事を話に行こうかと思ったのだが、息子に止められてね。
「その事今話したらこいつまた徹夜しようとするからやめてくれ」……ってな。
……さて、本題だが。
今度新しく、ヒーロー課が増えることになった。
君たち、天野君が率いるヒーロー課は“第1ヒーロー課”となる。
君には第2ヒーロー課の彼らに、君たちヒーロー課の仕事内容を教えてやって欲しいんだ。
今日挨拶しに新しく加わる者が君の所に挨拶に来ると思う___
そこまで読んで、私はデスクに落ちた黒い影の正体を見ようと顔を上げた。
そこには、艶やかな青髪をショートカットにした気の強そうな女が、何故か得意気な表情をして私を見下ろしていた。
「……あんた、」
「久しぶりね。天野さん」
「……………………蒼弥、こいつ、誰だっけ」
途端、第1ヒーロー課の3人は芸人ばりにずっこけた。