少年は契約を交わした
タメオはジャンク屋をハシゴしていた。
旧友ルカに触発されて以降、別に欲しくもない運転免許と言う名の自動運転乗用車の運行許可証を取得するための教習などそっちのけで、新学期を迎える間の期間をジャンク屋巡りに費やしていた。
ピースストーンを探すためである。
ガソリンエンジンは乗用車の電動化への移行に伴い、一時期急速な勢いで車体ごと廃棄されまくっていた。そのジャンクを集め、部品に遺った記憶を辿り4Dプリンタで出力する事で在りし日の全容を錬成し復元することが個人レベルでも可能である。
特に内燃機関の中核に存在する円筒状のピースストーンと呼ばれる部品を発見できれば、それ一点に含まれる情報のみでほぼ事足りるとされている。
ただしそれによって錬成された車両、通称「ナイネンキ」は完全なる違法車両であるため当局から厳しく取り締まられており、近年では相当数が潜在していたピースストーンも違法廃棄物として粉砕処理が進められ入手困難となっている。
「もしかしてピースストーンを探してるのかい」
「あ、いえ……」
どこのジャンク屋も必ず警戒する。
マケグミ確定の連中ならいざ知らず、名門大学に数えられる有名校に合格しているタメオがジャンク屋に現れるということはいかにも不自然だし、違法廃棄物Gメンとして政府が派遣した刺客的なものだと考えるのが妥当だからだ。
入店時に示すIDで、否応無しにタメオの身分は知らされる。そしてタメオは、IDの提示だけで大概の飲食店で好きに飲み食いできる程度の階級である。
これで何件目だろう。
今春から取り組む研究素材のレアメタルを漁る建前でスクラップを閲覧したが成果はサッパリだった。
「すまんなァ。国立大の研究材料になりそうなモノなんて滅多に出ないからさ」
「ありがとうございます。また見せて下さい」
「ありがとう」
タメオも一応は様々な情報を集めた上で店舗を当たっていたわけだが、近年はいよいよ入手困難な様相である。
ジャンク屋常連客らしき男に店外で声を掛けられた。
「春から駄ヶ谷大学かね。すげえお利口なんだな」
「いえ……ありがとうございます」
「ピースストーン探してるんだろう。だったらいまどきジャンク屋に聞いても無駄だぞ」
「?」
「ルカのツレだろう」
「えっ」
「あいつはバカだからなw」
ID名刺を受け取ると男の名はサカガミ。個人経営ながら株式会社「マニクール・エレクトロニクス」の代表で、電子部品の修理、販売を生業としているようだった。今春からタメオが通う予定の国立駄ヶ谷大学理工学部の研究に協力する技術者とのことであった。
タメオは疑いながらも、このツナギ姿の如何にもゲンバ系中年男についていくことを決めた。
「駄ヶ谷大受かるカチグミのくせにナイネンキに興味を示し始めた奴がいる。絶対にピースストーンを渡すなってみんなに宣伝してるんだよ。バカだろw」
「はあ……」
「アタマいい奴だからきっと辿り着いて買い求めに来る、だから絶対に売るなってさ。危険なキッズに引き込みたくないらしいぞw」
「……」
「あいつは顔も良いしウソもつかないし腕も凄いキッズだがバカだからな」
自動運転バンで移動する。事実上国立大所属であるタメオの権限でバンのIDを読む限り、この車両はたしかに国立大に帰属するリース車両で、行動範囲も限定されていた。
何かあっても、タメオの知識とID権限があれば身に危険は及ばないと判断した。
それにしてもこんな汚いクルマは初めてだ。物流カーゴもこんな感じなのか。そしてタバコ臭かった。
着いたのは街中にある普通のビルの一階テナントだった。店の名前を書いたオーニングが看板となっていた。そして明らかにそれとわかるナイネンキの部品がエントランス周辺には無造作にゴロゴロ転がっている。
「あの……これ大丈夫なんですか???」
「そりゃ内燃機関で走りたいお偉いさんも相当数居るから俺ら業者が成り立ってる」
「……ピースストーンも?」
「まあコッチ来なさい」
店内スペースには旧世代のコンピュータモジュールらしきものが多数ショーケースに並んでいた。これは昔のゲーム機だろうか。
奥の事務所デスクにはそうした旧型基盤が多数、ハンダゴテ等を用いた加工中の状態で置いてあったが、中央のデスクに6個の金属の塊があった。
紛れもなくピースストーンと呼ばれるものだった。
あんなに探しても辿り着けなかったのに、こんなところに普通に置いてある事に驚きを隠せなかった。
「ウチはヨリン専門だから、たまたま入荷したこのタンシャのものと思われるピースストーンは必要ない。だからキミに譲っても良い」
「ー!!」
突然の話にタメオは困惑した。
「アリワラ君、これはスカウトだ。もしかしたら既に先約があるかもしれないことを承知でオファーする。国立大の学生アルバイトをいまどこも欲しがっている。新学期が始まるまでにほとんど全てのダガヤ大生は売り切れるだろう。どうかウチでアルバイトしてほしい。契約金がわりにこの中から一つ差し上げよう」
そんなことを喋ってるクラスメイトも居た気がする。
国立大で勉強している優秀な学生を時給で雇用できる機会は、特に経営者が直接やり取りできる個人経営のゲンバでは極めて貴重である。国立大生と雖もバイトはゲンバ職に限ると厳しく制約されている。
怪しいオッサンだが、実際学府の関係者でもあるようだ。少なくともこの店内に堂々と展示されていたり、無造作に転がされているナイネンキ関連パーツを見る限り、絶対に只者ではない。
「わかりました」
早速IDで内容を確認し、電子雇用契約を交わした。
月間20時間以上の出勤、半年間の契約で時給は1500円という内容だった。勤務内容は、取り扱う部品(ジャンク扱い)の開発と店長不在時の店番である。
「安く感じるだろうが例えばルカより給料良いからなwあいつは月間16万円で働いてるけど、結構サビ残させられてっからな」
内容も労働基準法に則っており、思ったほど危険な業者ではないようである。
「こんなお話は初めてです。少し緊張してます」
「アリワラ君、キミは国立大生で、よほど挫折がなければこのままカチグミだ。これからこんな話が山ほど舞い込む。キミは自分の優秀さを証明し続けるだけで良い」
「……」
「国立大合格する数学力があればモジュールの解析と最適化は容易い筈だ。やり方は教える」
こんなことは学校では教わらなかった。
「すぐこのピースストーンを換金しても良いかもしれないな。タンシャ屋からチラッと聞いた話だとどっちも一台分揃ってるから100万円近い値段はつくだろう。俺はヨリン専門だから分からんがね」
「……!!」
「繰り返すがキミの卒業後の初任給を想像すればこちらとしても充分お買い得なんだよ。キミには既にそれだけの価値がある」
「ありがとう……ございます」
「サカガミさんはなぜルカと?」
「俺はローカルネット・ブレーターの専門だからな。物理ブレーターでない仕様のタンシャも扱う」
ブレーターとは、ナイネンキの燃料制御システムのことである。ナイネンキは元々ガソリンで動いていたが、ガソリンは現在では自衛隊や機動隊などしか所持を許されない。身近なアルコール飲料で動くように仕様変更する職人の一人がサカガミだということだ。先程のモジュール類はそのための制御システムということだ。
「特に元々海外で製造されたものは他所では診れないから、ここらの外車は全部ウチに集まる」
そういえばルカのタンシャのツクモガミは南欧風の姿をしていた。
「ワインが好物らしいですねあのタンシャ」
「ああ。イタリー製の天使のようなマシンだ」
ピースストーンに目を戻す。
「2シリンダと4シリンダのピースストーンがそれぞれ一台分揃っている。おススメは安パイの4シリンダだな。その縦に長い形状のピースストーンはツーストらしいから危険すぎるかもしれない」
「ツースト?」
「ピースストーンが動弁機構を兼ねるシンプルなナイネンキだ。ビールで動くなど手軽な面もあるが、エミッションが極めて悪くすぐにコーキが嗅ぎつける。違法性最高レベルの危険なシロモノだ」
そんな話を聞いてツーストを選択しない手はなかった。
「学業は疎かにするなよアリワラ君。契約条件はキミが国立大の学徒だという前提だからな」
タメオはピースストーンを手に入れた。
「できたら今週の土日から入って欲しい」
「はい」
「うむ、じゃあ時刻等はメールする。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「よかったら駅まで送るが」
「いえ、自分で帰れます」
「ん」
「失礼します」
その夜のうちにタメオは自宅の物置にある、家庭用としては最高級の部類に入る高性能4Dプリンタを起動した。タンシャの原料として予想される合計200㌔㌘程度の鉄やアルミニウム、樹脂やゴムはジャンク屋巡りのついでに収集してあった。
そして恐る恐るピースストーンをスキャンした。
一台ぶんが揃ったピースストーンの持つ情報量は恐るべき密度であった。タメオは弾き出された分量の材料になるジャンクを投入するだけで他にはほぼやるべきことがなかった。
夜が明ける頃、マシンの錬成が完了していた。
同時にツクモガミも具現化していた。
やや小柄な少女の姿をしたツクモガミは、地面に届きそうな長い髪をツインテールに縛っていた。
潤みがちな瞳はバサバサ音がしそうな睫毛に囲まれており、低い鼻筋がスッと通った白粉を塗ったように色白の童顔で、やや開きがちな唇はぽってりしており、頬骨のあたりが薄紅色に赤らんだ教科書に載っているようなロリフェイスだった。
作業台に突っ伏したまま居眠りしてるタメオのチェアの脚をツインテールツクモガミは思い切り蹴飛ばした!
「あう!!」
「何を寝ぼけているの?早くビールを頂戴」
「えーーーーーーーーーーー!!!!!?????」
タメオはラノベ主人公的に狼狽した。