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ナイネンキ  作者: リッキーポエム
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少年はイグニッションされた

2月。少年は憂いていた。

彼の名はアリワラ。ファーストネームはタメオ。駄ヶ谷市内に住む平凡な家庭の長男である。


もうすぐ高校を卒業すると同時に大したことのない自分の学力を振り絞ってからがら合格した大学に通うことになっている。そうは言ってもタメオは学年で一番ランクの高い大学に合格している。合格発表の日は、それはそれはSNS上大騒ぎだった。祝福と、妬み嫉み。

彼はクラスメイトとなるべく連絡しないようにしていた。


大学生ということで、恐らく将来はなんらかのマネジメント職につくのだろう。大したことはないが一応カチグミということだ。


カチグミとは何だ。

マケグミも人間ではないのか。

言ってしまえば自分はカチグミの中のマケグミ予備軍ではないか。

いつ競争に敗れ蹴落とされるかわからない不安や焦燥と隣り合わせたまま、このまま一生過ごしていくのか。


冷たい空気の中、ネックウォーマーにすがる。

別にそれを不自由とも思っていなかったが、タメオはボッチだった。


進学が決まった多くのクラスメイトと同じように、タメオは自動車教習所に来ていた。この時期の教習所は教習生でごった返していた。


学生時代と同じように自転車で駅まで行き公共交通機関で移動するゲンバ職の多くとは違い、将来マネジメント職に就けば玄関から目的地まで自動的に連れて行ってくれる自動車で移動をするようになる。

その運用にまつわる法律や緊急時の運転技術などの教習を受けるわけだが、運転免許証はほぼカチグミ証であり、さまざまな電子マネーなどのサービスと統合されている。そのかわりに各種の税や手数料がかかるため、現在では収入の少ないゲンバ職者の多くは免許をもたず、元々免許を持っていた者も返納余儀なくしたと言う。


何十年か前までは誰もが免許を持っていて自由に走ることができ、自分もここらの一般道を時速100㌔で走っていたとか年配の教官が教習生に語っていた。そりゃあそんな勝手な走りをするクルマがそれぞれの都合で走ってた時代には交通事故もなくならなかったはずだ。


今も時々そうした旧時代の違法車両が走行して危険だなんだと社会問題になっているが、まあ実際そうした車両が事故を起こしたり歩行者や自転車に危害が及ぶような事は起きていないので、一般的にはああバカな奴がいるなって感じだ。タメオもそんな感じで特に気にも止めていなかった。


そう。その日までは。



教習の休憩時間、駐車場が騒然としていた。

パンパン!!パイーン!!

ゲンツキ乗りの無免が現れたらしい。

ゲンツキとは、電子制御装置を持たない内燃機関で動く旧世代の乗り物、違法車両、通称ナイネンキの一種で、自転車程度の速度で走行できる比較的入手しやすいものである。ゲンバ職の若者の間で流行っているらしいが、違法性が低く事実上野放しである。


「おう!?お前もしかしてタメオじゃないのか!?」


ゲンバ職らしい紺色のガテンジャンバーを纏い黄色いヘルメットを被ったゲンツキの男はタメオの同級生ヤマベ=ルカだった。180㌢を超す長身痩躯で女性的な顔立ちの美しい男である。成績がタメオほど良くなかったため別々の高校に行ったが中学時代は仲の良い親友だった。


「お前……それってゲンツキって奴だろ?」

「おう!いいだろう。普段のアシだ。タメオ免許取るのかよ!やっぱお前アタマいいんだな〜!ダガヤ大?マジかよ県知事とかなれるんじゃね!?」


屈託の無い笑顔。

目の前の男が騒ぎの中心人物だということを忘れ、タメオは旧交を温めに掛かっていた。

小学5年の頃に引っ越してきたルカは、クラスにあまり馴染めなかったタメオと意気投合し、何をするにも一緒だった。引きこもりがちなタメオをグイグイ引っ張っていくルカは天衣無縫な遊びの天才だった。

学業成績だけでクラスを振り分けられ、努力を強制され、今の立ち位置で自覚する以外誰からも褒められもせず、苦にもされない日々、長身で女ヅラのルカだけはいつもタメオの事を凄い、凄いと言っていた。


聞くとルカは女の子を探しに来たとか。

「相変わらず女子にモテるんだな……イイなぁw」

「何言ってんだお前の事イイって言ってる女子もいっぱいいたって何度も教えてやっただろ?なんで付き合わなかったんだってw」

「ハハ……成績落とすわけにいかなかったし」

「そうだな。タメオは偉くなってから充分遊べるもんな」

ルカは何につけても楽天的で、高校受験の時もタメオは彼に何度も励まされ、志望校を合格することができた。


「お前のアタマが良いだけだって。俺の顔が良いようにお前はアタマが良いんだ」


「俺レプも一機持ってるんだけどさ、お前なら俺みたいにタンシャだけじゃなくて、スポ車とかドリ車だって手に入れられるんだろうな〜w」

やがて彼女を見つけたらしいルカは「ヤベ!見つけた!」などと言いながら人混みの奥へ入って行った。


レプ?

スポ車?ドリ車??




その夜スマホのニュースを眺めていると、違法車両の話題が掲載されていた。

爆音と煙幕とともに山道を走り抜ける「ドリ車」や、車体を深々と傾け、乗り手が路面に膝を擦り付けて走る「タンシャ」が取り上げられていた。


なんとなく寝付けずタメオはコンビニまで菓子でも買いに行くかと外へ出た。


大通り。

遠方から何やら共鳴音が聴こえてきた。

ドゥーーーン……ドゥーーーーーーン…………


その正体はタンシャだった。

猛烈な速度で群れを成し、一瞬で迫りくる!!


ドゥコォォォォォオオオオオオオンンンン!!!!!!!


振動、爆音、腹の底が揺れるのを感じた。

「ルカ!?」

いま先頭を走っていたタンシャはルカじゃなかったか?

ルカは紅く塗られたマシンに深く伏せ、空気抵抗を極力抑えるよう直線を駆け抜けたおよそ5台のタンシャのアタマを取っていた。

腹の底が物理的に震えるとともに、タメオの中で何かがイグニッションされた。



約束された並のカチグミ人生。

誰からも褒められず、苦にもされぬ人生。

ただ現在の立ち位置と偏差値で自覚する人生。

毎日、競争に敗れ蹴落とされることに怯えて過ごす人生。


説明できない何かが引っ掛かっていた。


今のタンシャのような、SFじみた圧倒的速度。

物理で身体を揺さぶる爆音。

タメオの眼から涙がこみ上げてきた。

嬉しくも悲しくもない、辛くも厳しくもない。

なんだというのだこの気持ちは!


たまらずタメオはルカに連絡を取った。

翌々日また教習所で会うことができた。


「ルカ!お前、一昨日……」


ルカは動揺を抑えていた。

訊かれることは察しがついた。


「ダメだよ。俺たちキッズは……」

「一度で良い……どうやったら手に入る!」

「3ナイない運動知らないのかよタメオ」


ナイネンキを作らない

ナイネンキに乗らない

ナイネンキに興味を持たない


ある程度の専門知識があれば、3Dプリンタでナイネンキを錬成することは個人で充分可能である。

持ち込まれたピースストーンから在りし日のナイネンキを錬成することを生業とするメカドックという職人もアンダーグラウンドに多数存在し、年々検挙件数が増加している。


「……タメオ、落ち着け。お前は俺たちのようなマケグミじゃないんだ。もっと相応しい生き方…」


そこに、ひとりの少女が慌ただしい様子で現れた。


「ルカ!コーキに見つかったっぽいヨ」

「オッケー、じゃあ行こうか」


少女はフルフェイスをルカに手渡した。

「ごめんタメオ。つまりそういうことだよ。俺たちキッズはお尋ね者なんだよ」

ルカはそれを被りながら立ち去る。


「タメオくんってキミのことだネ。ルカがお世話になってるネ」

金髪碧眼の色白な彼女はツクモガミのようだ。

身長は女子としては高く、スリムで、脚も長く、抜群のプロポーションをしている。そしてその胸は豊満だった。

政策によって理不尽に廃棄されたナイネンキほど巨大な未練を残した製品には、例外なく等身大の人の姿をした精霊が宿る。最近では家電製品にも等身大ではないにしろツクモガミが宿ってたりするし、ワザとツクモガミ付属のまま売りに出してるリサイクル製品もあるから決して珍しいものではない。

「私たちはもっと走りたいんダ。キミにもきっとお似合いのナイネンキが待ってるはずだヨ」

「ルカはどうやってキミと?」

「ルカはたった一つのピースストーンから私を蘇らせたんダ。キミもキミのピースストーンを探しに出かけたらいいヨ」


ルカのタンシャはあの夜に見た真紅のカウリングを纏ったマシンだった。サイドに「996R」と書かれていた。


ルカは跨るとすぐに始動した。

ガッシュガッシュガッシュ……

スターターの音と一緒に動力断続機がカチャカチャ音を立てる。まるでガラクタみたいな音だが、


ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥ!


火が入ったナイネンキはあの日聴いたビートの効いた低音だった。腹に響くとはこの事だ。

「ルカ?またケチったネ??私は基本イタリア産じゃなきゃヤダって言ったヨ!これコンビニで売ってるテーブルワインだよネ!?」

「ごめん今度はいいの飲ませるからサ」


ナイネンキは酒で動く。

彼女の場合はワインらしい。


黒革の冬季装備に身を包んだ交通機動隊、通称コーキの白バイが静かに近づいてきた。コーキはプログラム障害等で暴走した自動運転車を制圧するためという名目のもと、運動性能でその比ではないガソリンエンジンを有する旧世代型の自動車で活動することを許された特殊任務部隊で、事実上ナイネンキを駆り出すキッズを専門に取り締まる武力組織である。


ルカはコーキの白バイ二台を充分引きつけると最後にタメオの方を見てフルフェのシールドを閉じた。

半実体のツクモガミである彼女はシートカウルに腰掛けると姿を消した。その刹那ルカはスロットルを開け、左手で操作する断続機をミートした。


ドゥーーーン!!!


後輪を滑らせ、後方から迫る白バイに向け180度その場で

方向転換をし、次いで前輪を浮かせながら猛烈な勢いで二台の白バイの正面に向かって加速した!

意表を突かれたコーキの二人は反射的に身を躱すしか出来ず、まんまと中央突破を許し、片割れは転倒してしまった。周囲は騒然とし歓声が巻き起こる!

「キサマーーーーッ!!!」

転倒を免れた一台は即座にフルロックターンで転回し、サイレンと赤灯を起動してルカの996Rを追跡した。

デューン、ビュルゥーーーーーー!!!!


その一部始終を見ていたタメオは居てもたっても居られなかった。今すぐにでもルカと同じように走りたいと思った。


「ピースストーン……」


ガソリン乗用車の一斉廃棄。

あれは本当に「エコ」だったのか。

それを深く考えることはタブーだった。


あの頃大量に発生したスクラップの欠片。

特に内燃機関の核心である円筒状の鋳造部品は、それだけを基に搭載車両の全体を錬成可能なほど純度の高い情報を持っているという。


『キミにもきっとお似合いのナイネンキが待ってるはずだヨ』


タメオはそれを探しにいくと決めた。

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