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悪夢の原因を突きとめろ


 くすのき警部は愛車で県道15線を南に向けて走行している。助手席には、彼の部下の桐生きりゅうが眠そうな目をして、コンビニで買ったおにぎりを食べている。2人とも今日は仕事が休みだったが、楠がどうしてもある場所にいっしょに行ってくれと桐生を誘ったのだ。桐生はどこに行くんですかとたずねたが、それは車の中で話すと言葉を濁した。

 車内には、めずらしく警部のお気に入りのインド音楽は流れていない。警部は普段よりも無口でひたすら運転に集中している。警部がこんなに深刻な顔つきなのは、桐生がK警察署に勤務してから初めてのことだった。

 ナビの音声が『あと10分で目的地に着きます』と告げた。

「楠さん、どこに向かっているのか、そろそろ教えてもらえませんか」

 警部は考え事をしていたのだろう、時間差で反応した。

「うん?ああそうだった。まだ言ってなかったな。心療内科だよ」警部は禁煙補助ガムを口に放り込んだ。

「心療内科?事件ですか?」

「いや、個人的なもんだ」

 それを聞いて桐生は笑うのをこらえた。警部とのつきあいはそれほど長くはないが、どう考えても警部が心療内科にかかるような性格には思えなかったからだ。

「なにか悩みでもあるんですか?」

「うーん、それがな、最近へんな夢を見るんだ」

 桐生はますます笑いそうになった。笑いをかみ殺しながら、

「夢ですか、どんな夢を見るんですか?」質問をする声もうわずる。

「オネエに追いかけられる夢を見るんだ」

 桐生は笑いをこらえることができなくなった。

「はははは、楽しそうじゃないですか」

 警部は桐生の反応にムッとしたようだった。ガムを窓から吐きだして、

「相棒はそうやって笑ってるけどな、一週間、全く同じ夢を見てみろ。ノイローゼになりそうだよ」

「一週間同じ夢ですか」桐生は興味が湧いてきた。

「そうだ、なにからなにまで一緒なんだ。それで先生にオレの心を診察してもらおうかと思って」

 ナビの音声が『目的地周辺です』と告げた。

 車は県道15号線を左に曲がり、のどかな田畑が広がる地帯に入っていった。曲がって100メートルほどのところに、『本上心療内科』という看板が大きく掲げられているのが見えてきた。その先に10台くらい停められる駐車場があった。警部はそこに車を停めた。2人は車を降りて入口に向かった。入口ドアにはかわいらしい動物の絵が描かれている。中に入ると、室内にはクラシック音楽が流れていた。待合室には誰もいなかった。警部が受付で手続きを済ませて待っていると、間もなく警部の名前が呼ばれた。

「ちょっと待っててくれ」警部は大きな扉を開けて別室に入っていった。

 桐生は退屈しのぎに、スマホでゲームを始めた。

 およそ20分ほどで扉が開き、警部が出てきた。顔を見る限り悩みが解消された様子はなかった。

「待たせたな」

 支払を済ませて外に出ると、桐生が、

「原因は分かりました?」とたずねた。

「先生は30代半ばのやさしそうないいやつだったよ。いくつかテストをやったんだが、結論を言うとどこも悪くないそうだ。いたって健康な精神状態だって」

「ぼくもそう思ってましたよ。でもそうすると、その悪夢はどういう原因で起きてるんでしょうね。たまたま同じ夢を一週間見ただけなんですかね」

「先生にも正直分からないらしい。夢はいろいろな解釈ができるって話だ。だが、同じ夢を見続けるというのは聞いたことがないそうだ」

「じゃあ、これからどうするんですか?」

「さっきの先生が、心理的にはオレは問題ないが、脳に何らかの異常がある可能性もあるから、ある人を紹介しましょうかと言ってくれたんだ。名前を聞いたら、オレの知ってるやつだった。これからそいつのところに行こうと思う」

「知り合いですか、顔が広いですね」

「広いもなにも、そいつは科捜研で働いてるんだ」


 心療内科を出て、およそ30分で科捜研に到着した。警部は車内でその男に電話をしていたので、警部たちが着いた時には玄関に立って待っていた。白衣を着た男は30代後半くらいで、あごひげで覆われた顔は青白く慢性的な睡眠不足の顔をしていた。目には学問に対する探究心が現れていた。

「久しぶりです、警部」見た目よりもかん高い声だった。

「忙しいとこ悪いな、むろ君」

「いえ、僕も興味がありますから」男の鋭い視線が桐生に注がれた。桐生は思わず後ずさりそうになった。

「こいつはオレの相棒の桐生だ」

「よ、よろしくお願いします」

「警部の部下の方ですか、よろしく」男は意外そうな顔をしながらも手を差し出して握手した。

 桐生は、目の前にいる男について警部から簡単にプロフィールを聞いていた。脳科学が専門で、それを犯罪捜査に応用し、いくつもの実績をあげているということだった。

「じゃあ、私の研究室に行きましょう」室を先頭にして3人は科捜研に入っていった。エントランスには何人もの職員が行き交っていた。室は右手にあるエレベーターに向かって歩いていく。

「警部も大変ですね。仕事では難事件を解決しなくちゃならないし、プライベートでは悪夢に悩まされるし」室は5階のボタンを押した。

「事件っていっても、最近は科学捜査が発達して、オレなんか出る幕がないくらいだ。それもここのおかげだな。あとこいつか」警部は桐生の肩をたたいた。

「桐生さんて、すごいんですってね。このまえの製薬会社の爆発事件を解決したのは、ここでも話題になってますよ」

「あ、あれですか、あれはたまたま推理が当たっただけです」照れながら言った。

「謙遜するなんて、奥ゆかしいですね」

 エレベーターが5階に着くと、室は右手に曲がってすぐのドアに入っていった。

「どうぞ」

 室内は警部たちが見たこともないような機械で溢れていた。室内には1人女性がいた。室によると、彼のアシスタントだという。3人は手近にある丸椅子に座った。室はテーブルにあったメモ用紙を手にして、警部の話を聞き始めた。

 聞き終えると、室はボールペンをくるくる回しながら、どうしようか考えているようだった。それから立ち上がって、ロッカーのような扉の前に歩いていった。そこを開けながら、

「楠警部、ちなみに今から眠ってくださいって言っても、無理ですよね」と聞いた。

「たっぷり8時間睡眠をとったからなあ」

「睡眠時の脳波を測定したいんですが。睡眠導入剤もあるんですけど。そうだ」そう言って、室はロッカーからヘルメットのようなものを取りだした。

「警部、今日自宅に帰って眠る時に、これを装着してください。これが自動で警部の眠っている時の脳波を測定します」

 室は大きめのヘルメットを警部に手渡した。警部はしかめ面をして、そのヘルメットを受け取った。桐生はその横で、警部がそのヘルメットをかぶって寝ている姿を想像して笑みを浮かべた。


 その日の深夜、警部はなんでオレがこんなものをかぶって寝なきゃならないんだと愚痴をこぼしながら、ヘルメットをかぶって布団に入った。その日は休日だったので、警部は科捜研を出てからずっとボウリング場に入り浸っていて、くたくたに疲れていたので、横になるとすぐに眠りにおちた。

 翌日、警部と桐生が科捜研の室の研究室に入っていくと、室はすでに警部の脳波のデータに目を通していた。データは自動的に室のパソコンに送信されていたようだ。警部は入るなり、

「どうだった、何か分かったか?」と聞いた。

 室はプリントしたデータをテーブルに並べた。

「結論を言いますと、警部の脳波は外部からの電波によって、影響を受けていました」

「影響を受けていた?」

「おそらく、警部の寝室にある何らかの装置が電波を発生させ、その電波が警部の脳波に影響を与えたと思われます」室はグラフが書かれているプリントを警部に見せた。グラフの一部が異常な高さを示しているところがあった。

「その電波でオレは悪夢を見てたのか」グラフを憎らしそうに眺める。

「正確に言いますと、警部が悪夢を見たのは電波による副作用みたいなもので、おそらくこの電波は記憶に影響するものと思われます」

 警部はプリントから室へ視線を移した。

「どういうことだ?」

「言葉の通りです。警部の記憶に大なり小なり影響を及ぼします。ところで、最近ある時期の記憶がないといったようなことはありませんでしたか?特に悪夢をみるようになった一週間くらい前から」

「オレは記憶は良い方だからな、一週間くらいならほとんど覚えてるぞ。ちょうど一週間前の昼飯は牛丼だろ、それからボウリングに行って…」

 桐生は、警部の言葉を聞きながら心の中でつっこんだ。昼飯はいつも牛丼を食べてるし、ひまができればボウリングに行ってるから、記憶が良いわけじゃないと思いますけど。桐生のつっこみなど露知らず、警部は記憶をたどっている。

「そういえば、8日前の午後3時ごろに警察署からオレの携帯に着信があって、あれ?どういう用件だったかなあ」警部はそう言って、しばらく思い出そうと努めた。

「だめだ、その後のことが思い出せないぞ」

 真剣な表情で警部を見ていた室は、

「やっぱり、記憶の一部がなくなっていますか。他に思い出せない時間や日にちはないですか?」

「そこだけだな。あとは全部思い出せる。オレの記憶の一部は消されてたのか」

「間違いなさそうですね」

「でも、オレの部屋に電波を出すような怪しいものなんかないけどな。引っ越したばっかりで、ものも少ないしな」警部は自分の部屋の間取りを思い浮かべた。書斎兼寝室はベッドとデスクと本棚があり、まだ段ボールから出していないものも多い。

「その電波を出す装置は何かに隠してあるんでしょう」

 警部は立ち上がった。

「相棒、オレの家に行くぞ。その装置を探しだしてやる。もうあんなへんな夢を見るのはこりごりだ」

 立ち去りかける警部たちに向かって、室が声をかけた。

「私はここで、警部の脳波の分析を続けてます。うまくいけば、警部の記憶を夢に映像化することができるかもしれません」

 室の説明によると、夢はもともと、個人の記憶や空想、願望などが入り混じった複雑な構成物だが、そこから空想などの要素を取り除けば、純粋に個人の記憶だけの夢が見られるという。夢を映像化する技術は最近、科捜研が開発して実験段階を経て、まもなく実用化されるらしい。

「夢を映像化できるのか、すごいな。他人の夢を見れることになるんだろ?」

「もちろん見れますし、記録媒体に残すこともできます」

「相棒がどんな夢を見てるか見てみたいな、どうせへんな夢ばっかり見てるんだろうな」

「楠さんほどへんな夢は見ないですよ」

 警部は2,3時間で戻って来ると室に言い残して部屋を出て行った。


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