(アグネーゼの視点)お爺さまとの会見
門の衛兵に取り次ぎを頼むと、「お待ちしておりました、アグネーゼ王女殿下」と城内に案内された。どうやら私が会いに来ることはネーフェ王には分かっていたようだ。ここまで誰にも名乗っていないし、先触れもしていないのに、さすがの情報網だ。
「よく来た、我が孫アグネーゼ。もっと側に来て顔を見せておくれ」
謁見の間で待ち構えていたネーフェ王は、私の顔を見るなり椅子から立ち上がり側まで歩いてきた。
「はじめまして、ネーフェ王。フィルネツィア王女アグネーゼです」私が慌てて礼をすると、ネーフェ王はそれに構わず、跪いている私の手を取った。
「アグネーゼ、悲しみはなかなか癒えぬと思うが、ここネーフェは母の故郷。そなたの実家と思って、心安く過ごすと良い」
「ありがとうございます、お爺さま」
ネーフェ王は私の手を取って、謁見の間の隣にある会見の部屋に誘うと私に席を勧め、そして自分も着席した。
初めて会う祖父は、六十を少し越えた年齢と聞いていたが、痩せていて、髪には随分と白いものが混じり、フィルネツィア王よりも年を取っているように見えた。
王の側近らしき女性がお茶を出してくれた。私の好きなネーフェ産のお茶だ。色々な銘柄がある中でこれを出すということは、私の嗜好も知っているのだろう。
「ネーフェ王、こちらがフィルネツィア王からの親書です」私はフィルネツィア王からの手紙を手渡した。「フィルネツィアは、これからも変わらぬ友好を望んでいます」
「うむ」ネーフェ王は親書を一読すると、大きく頷いた。「もちろんネーフェも友好を望んでいる。変わらぬ友誼を約束しよう」
すると、笑顔で微笑んでいたネーフェ王は、スッと真面目な顔になり、私の目を見つめた。
「アグネーゼよ。我が孫であるそなたが友好の使者としてネーフェに来てくれたことを嬉しく思う」
「はい、お爺さま」ここからが本題だ。私は気を引き締めた。
「だが、ここから先は国と国との話だ。フィルネツィアが隣国に留まらずさまざまな国に諜報員を送って、何かの情報を求めていることは分かっている。なにゆえに、そして何の情報を求めているかを詳らかにしてもらわねば、協力は難しい」そう言うと、ネーフェ王は側近たちを下がらせた。部屋には私とネーフェ王の二人だけになった。
何が知りたいのか、そのわけも話せということだ。私は順を追って話し始める。「ベアトリーチェの魔導書が失われたことで、大昔に彼女が施した封印が消えました」
「うむ」ネーフェ王はゆっくり頷いた。
「それにより、封じられていた悪魔が世界に放たれました」
「悪魔とな……。そなたがダヌシェから連れてきた少女がそうだと申すか?」
私がコルヴタールをベルタに連れてきたことは知っているようだが、何者かまでは知らないようだ。
「はい、彼女は五人の悪魔の中の一人です。ダヌシェ近郊の祠で、アルヴァルドの槍に封じられていました」
「アルヴァルドの槍か……。おとぎ話ではなかったのか」
「槍は触れただけで崩れてしまいました。彼女が解き放たれるのは時間の問題だったでしょう」
ネーフェ王の目の色は、この話をまだ疑っているように見える。無理もないが、これを信じてもらわなければ話が進まない。
「私たちがダヌシェからここまで、どうやって来たかはご存じでしょう?」
「飛行魔術は古に失われて久しいと聞いている。だが、それだけで悪魔とは判断が付かぬ」
「悪魔とは言っても、一般的にイメージされるものとは違うのです」私は神々と悪魔の関係について説明した。天に上らなかった神を悪魔と呼ぶことも含めて。
「なるほど。それで、他の悪魔の情報を求めているというわけか」
「はい」さすがに物分かりが早くて助かる。「他の悪魔、ヴィットリーオとクラインヴァインについては分かっています。いまだに所在が分からないのは、パーヴェルホルトとクローヴィンガーの二人です」
「ふーむ」ネーフェ王は一つ唸ると、苦々しげに言葉を続けた。「そのような重要な情報が集まっていないとは、我が国もまだまだだな」
「フィルネツィアでも、この件について知っているのは王族含め十人ほどです。たまたまヴィットリーオを最初に見付けたことで知ったに過ぎません」私は、ヴィットリーオはすでに私たちに協力してくれていること、クラインヴァインが世界を滅ぼそうとしていることを説明した。
「なるほど。それでそのクラインヴァインとやらはどこにいるのだ?」
「エーレンスです。エーレンスの魔術士団長として、この夏にも第一王子と婚姻の儀を挙げる予定です」
「なっ!?」ネーフェ王は驚きのあまりいったん立ち上がると、ゆっくり座り直して頭を抱えた。「アグネーゼよ、そなたはすでにフィルネツィアを出た後で、まだ知らぬと思うが、エーレンス王は亡くなったのだ」
「え?」
「つい昨日、情報が入ってきたばかりだ。近日中には葬儀が執り行われ、その後、その第一王子が即位することになるだろう」
まさかクラインヴァインが手を掛けた?……、と頭によぎったが、エーレンス王はかなりの高齢だった。亡くなってもおかしくはない。それはともかく、これでそう遠くない日にクラインヴァインが王妃になることは確定した。
「そうですか……。クラインヴァインについては私たちがなんとかするつもりです」私はネーフェ王の目を見つめて言った。
「……策はあるのか?」
「はい。何重にも練っています。しかし、他の二人の悪魔の動きは想定していません。おかしな動きがあると困ります」
「ふーむ……」
ネーフェ王は顎をさすりながら考え込んでいる。頼むならここだと私は感じた。
「そこでお願いがあるのです。これから後、何か悪魔に関係しそうな情報があったらフィルネツィアに送って欲しいのです」
「ふむ。今のところ他国で悪魔が見付かったという話はないが、これから先、関係しそうな情報は送ると約束しよう」
「ありがとうございます」
何か条件を付けられるかと思っていたが、すんなり承諾してくれた。よく考えると、悪魔の話を信じてくれたのは、私たちがコルヴタールと飛んできたことが大きいのだろう。今や飛行魔術を使える魔術士はどこを探してもいないのだ。
そんなことを考えつつお茶に口を付けると、ネーフェ王が思い出したように話し始めた。
「そう言えば、今にして思えば悪魔が関わっているとしか思えないような情報が一つあった」
「え? どのような話ですか」私は少し身を乗り出した。
「二ヶ月ほど前に、村が一つ消滅したという話が諜報から上がっていたのだが、どうも雲を掴むような話で、真偽のほどを確認できていないのだ」
「それはどこで起きた話なのですか?」
「ゼーネハイトだ」
孫がかわいいネーフェ王でした。
今年もよろしくお願いいたします。
※誤字を修正しました(2018/2/16)




