(ターニャの視点)ブレンダ vs ルフィーナ
「何やらおかしなことになってしまって、ごめんなさいね、ルフィーナ」
「いえ、ブレンダ様が剣に生きていると聞いた時から、いつか申し出があるかもしれないと思っていました」
学校から離宮に帰ると、私はすぐにルフィーナに謝ったが、どうやらアグネーゼにブレンダの話を聞いた時から、こういうこともありかねないと想定していたようだ。
「で、どうかしら、ルフィーナ。ブレンダ姉様と試合をすることについては」
「ターニャ様は私の主なのですから、お命じ下さればよいのでは?」
「……ルフィーナが嫌なら私は命じません」
「フフ、それでは課題がクリアできませんよ」
「まだガブリエラが期限とした一ヶ月には十日ほどあります」
「十日しかない、というのが正しいのでは? ターニャ様、私は試合をお受けします」
「……本当に良いのですか?」
「ただの試合です。死ぬわけでもありませんし、なによりこちらとしても、ブレンダ様の剣の実力を知ることは無駄ではないと思います」
なるほど、ウェンディから魔術を教えてもらえる上に、ブレンダの剣の腕前も知ることができると考えれば、得られる情報は多い。ただ、こちらもルフィーナの実力を知られてしまうことになる。
「力を抑えつつ戦う……なんてわけにはいかないのですよね?」
「私が手を抜けば、ブレンダ様はすぐに分かるでしょう。二年前の闘技大会にはブレンダ様もいらっしゃいましたので」
毎年王都で行われる闘技大会には、フィルネツィア各地から剣技自慢が集まる。一般人でも参加は可能だが、騎士も参加するため、実質は騎士のための大会となっている。
二年前、王宮騎士団からも有望な若手が多数参加していたその大会で、当時十三歳だったルフィーナが優勝したのだ。
本当に申し訳ないことをしました……。
その時のことを思い出すと今でも胸が痛む。ルフィーナは目立つのが嫌いで、大会に出るつもりなど微塵も無かった。だが、お爺さまが半ば無理矢理ルフィーナを出場させたのだ。
領主にあれほど頭を下げられたらルフィーナも断れませんよね……。
お爺さまがそのような無理強いに近いお願いをする羽目になったのは、他の貴族との些細な意地の張り合いが原因だ。ある貴族から「ヴィーシュは大きな領地だが弱い」と言われたお爺さまが、「ならば闘技大会を見ているといい」と意地を張った結果、ルフィーナに出てもらうしかなくなったのだ。
嫌々出場したルフィーナは、騎士たち相手でも危なげなく勝ち上がり、とうとう優勝してしまった。それ以来、騎士団への勧誘は凄いし、試合の申し入れがフィルネツィア各地から殺到し、さらには縁談も数多く持ち込まれて、ルフィーナは大変困っていた。
「私は生涯、ターニャ様の護衛です。それ以外に興味はありません」と言ってくれたことを思い出すと、今でも胸が熱くなる。
「私が言うまでもないかもしれませんが、お互い怪我をしないよう気を付けてくださいね」
「大丈夫ですよ、ターニャ様。訓練用の剣ですし、傷を作るような危ないことはありません」
私は後宮のブレンダに使いを出し、試合をお受けする旨を伝えた。ブレンダからは試合は明後日、学校が休みの日に行うと返事が来た。
瞬く間に試合の日はやってきた。私たちが後宮に着くと、ブレンダが直接出迎えてくれた。やはりずいぶんと楽しみにしていたようだ。
控室に通され、ルフィーナが試合の準備を整えると、後宮の内庭に作られた訓練場のようなところに案内される。訓練場といっても、周囲に観客席も設けられ、ずいぶん立派な施設だ。観客席を見回した私は、目を見張ることになる。
国王陛下!? なんで国王陛下がここに……。教えておいてくださいよ、ブレンダ姉様!
観客席に国王陛下を中心とした一団を見た私は思わず声が漏れそうになった。国王陛下の隣には第一王妃が座り、逆側の隣に座っているのは、その格好からおそらく騎士団長だろう。その周りは騎士たちが取り巻いている。
私たちは国王陛下の方向に跪いて、一礼する。陛下がちょっと頷いたように見えたのを確認して、私たちは訓練場の中央に向かう。すでにブレンダとウェンディの二人が待っている。
「お待たせいたしました、ブレンダ姉様」
「いや、時間通りだよ。それより、試合の話を聞いた国王陛下がぜひ見たいと仰ったので、このようなことになってしまって申し訳ない」
「いえ……、仕方ありませんね。ルフィーナは大丈夫ですか?」
「はい、ターニャ様。問題ありません」
「では始めようか」
私とウェンディが訓練場の端に下がると、ブレンダとルフィーナが中央で剣を構える。試合の開始だ。
一瞬の静寂の後、先に動いたのはブレンダだ。「いくぞ! ルフィーナ!」と言い放ち、剣を振りかぶって走り出し、ルフィーナとの距離を急速に詰める。
「はっ!!」
素早い剣を二筋、三筋とルフィーナに打ち込むブレンダ。長い手脚を生かして、遠い間合いから鋭い剣を打ち込んでくる。しかし、ルフィーナはそれらすべてを交わして、少し後ろに下がっただけだ。
そこから激しい剣の応酬が始まる。ブレンダが押しているように見えるが、ルフィーナの顔色は変わらない。ブレンダの剣を受けたり、交わしたりしながら、小さく反撃を入れているようで、押しているように見えるブレンダが苦しそうだ。
「ならば、これでどうだ!」
ブレンダはいったん後ろに下がったかと思うと、また剣を構えて突進する。その刹那、ブレンダが四つに分身した。
「分身!?」と思わず私も声が出る。
四つに分身したブレンダがそれぞれ違う方向からルフィーナに剣を浴びせる。しかし、その瞬間、私はまた驚くことになる。なんと、剣を受けるルフィーナも四つに分身したのだ。
「え!?」
あまりに一瞬の出来事に私の目は追い付かないが、ルフィーナは分身攻撃をすべて受けきった。
攻撃を防がれたブレンダがちょっと距離を取り、肩で息をしている。遠くてはっきりしないが、その目にはちょっと諦めの色が見えるような気がする。
「ブレンダ様の攻撃は見せていただきました。私も剣技をお見せしましょう」とルフィーナが言う。おそらく観客席では聞こえないだろうが、闘技場の端にいる私とウェンディにはギリギリ聞こえた。その言葉を聞いたブレンダが少し微笑んだように見えた。
「いきます!」
ルフィーナがそう言ったと思うと、その姿が私の視界からは完全に消えた。いや、実際には消えていないのだろうが、私の目では見えない。ブレンダの周りに少し土埃が舞い、その土埃が消えると、ルフィーナに抱えられたブレンダが見えた。ルフィーナが勝ったようだ。
「ブレンダ様!」
駆け出すウェンディに、私も続く。ウェンディはルフィーナからブレンダを受け取り、介抱を始める。
「大丈夫ですか? ブレンダ様」
「ああ……、大丈夫だ、ウェンディ。心配するな。良いものを見せてくれた、ルフィーナ。礼を言うぞ」
ウェンディに抱えられたブレンダがルフィーナに礼を言って、目を閉じた。怪我はないようだが、力をすべて使い果たしての戦いだったようだ。私の目にはほとんど見えなかったし、一瞬の勝負だったが、ブレンダは満足したようだ。
「ターニャ様、私はこれからブレンダ様を介抱せねばなりません。魔術のお話は明日でもよろしいですか?」
「もちろんです。ブレンダ姉様にしっかり付いてあげてくださいませ」
とっても強いルフィーナでした。
次話は明日です。




