(ターニャの視点)天へ その1
「たしかに二人が言っていた通り、反対はされませんでしたね」
「はい」私に夕食の給仕をしてくれながらルフィーナが頷く。
昨夜ルフィーナとヴィットリーオと話をしていた時に、私はケイティとアグネーゼにはきっと反対されるだろうと言ったのだけど、二人は違う意見だった。
「ヴィットリーオは、おそらくあまり期待されないだろうと言ってましたけど、その辺ははどうなんでしょうね?」
「私は席にいませんでしたので表情などが分かりかねますが、ルフィーナ殿、いかがでしたか?」ヴィットリーオがルフィーナに話を振る。
「そうですね」ルフィーナはちょっと考えて言葉を続ける。「表情からはあまり見て取れませんでしたが、ケイティ様は驚いてらっしゃいました」
ルフィーナから二人の反応を聞くとヴィットリーオは楽しそうに頷いた。「なるほど。アグネーゼ様には想定内、ケイティ様には意外だったと。面白い違いですね」
「面白いですか?」私には何が面白いのかよく分からない。
性格だけでなく、バックボーンも違うのだとヴィットリーオが説明する。アグネーゼの策を考える才はネーフェの者に囲まれて育った賜物だろうし、神を説得するなんて思いもよらないのは聖堂関係者に育てられたケイティらしいとヴィットリーオは言う。
「聖堂の者にとって神は崇め奉るものです。そして、ケイティ様は神に疑問を持たれているのです」
「疑問を?」
「祈っても救わない神とは何なのか、と考えてらっしゃいます」ヴィットリーオは言葉を止めた。「失礼しました。話が大幅に逸れました。とにかくケイティ様は神を、話ができる相手とは考えていないのでしょう」
なるほど。私も少し前まではそう思っていた。でもヴィットリーオやクラインヴァインと話をして、彼らも人間と同じではないかと考えるようになったのだ。
「ケイティ様は、これはブレンダ様もですが、我々とあまり接点がありません。少し遠く感じられているとしても不思議はありません」とヴィットリーオ。たしかに私にはヴィットリーオが側にいて、アグネーゼの側にはコルヴタールがいる。ブレンダとケイティが私たちほど彼らを身近に感じられなくてもおかしくはない。
「この先はどうなりますか?」
期待されていないとしても、私はなんとかしたい。
「アグネーゼ様とケイティ様としては、最終的にアレクシウスとクラインヴァインを別の世界で二人だけにしたいわけです」とヴィットリーオ。「そして、ターニャ様の説得を止めないのであれば、策は見えてきますね」
私には見えませんが……。
「私がアグネーゼ様の立場なら、ターニャ様に、クラインヴァインと二人きりで話をするようアレクシウスを説得することを勧めます」
「二人で話をして和解させようということですね。そんなに悪い手ではありませんよね?」
「最悪です」ヴィットリーオは苦笑した。「二人きりにすれば必ず戦いが始まるでしょう。つまり、アグネーゼ様とケイティ様の作戦通りです」
なるほど。でも和解させるには二人で話をしてもらうのが一番だと思う。
「これは私の提案ですが」ヴィットリーオは言葉を選ぶように話を続けた。「他の神々の力を借りてみる手もあると思います」
「他の神々……ですか?」
「はい。天には数百柱の同族がいます。彼らの前で和解させれば良いのです。アレクシウスも、他の神々たちすべてを敵に回したいとは思わないでしょう」
「協力してくれるのですか?」神々はみな気ままに暮らしていると聞いた気もする。
「話次第でしょう。他の神々が動けばアレクシウスも動く気にはなるのではないかと思います」
他の神々が協力してくれるのかどうかが分からないし、そもそもどういう人たちなのか知らないので想像が難しい。そんな私の気持ちを察したか、ヴィットリーオが言葉を続ける。
「ですので、一度天に上ってみませんか?」
「えっ!?」私とルフィーナは同時に驚きの声を上げた。
「他の神々と会ってみて、それから考えても遅くはありません」
たしかにそうかもしれないけど、危なくないのだろうか?
「危険が全くないとは言いませんが、私もご一緒しますので大丈夫ですよ」
「ヴィットリーオは危険ではないのですか? アレクシウス様と会っても問題ないのですか?」
「さすがターニャ様、お優しい」ヴィットリーオは満足そうな笑みをたたえる。「アレクシウスはまだ私がベアトリーチェと協力関係にあると思っていることでしょう。それでも安全を期してアレクシウスには会わないように動いた方が良いとは思いますが」
「なるほど。ルフィーナはどう思いますか?」
「私も同行できるなら賛成です」
「もちろん、ルフィーナ殿もご一緒に。ではターニャ様の夕食が終わられましたら、さっそく参りましょう」
「夜の間に帰ってこられるのですよね?」
「はい。ターニャ様は明日も学校ですし、手短に参りましょう」
明日は学校だし、放課後にはアグネーゼたちが桔梗離宮に戻るので、内緒で行くのなら今しかない。
ヴィットリーオが手を前にかざすと青い渦が現れた。人一人は余裕で通過できそうな大きさだ。
「転移魔術ではないのですね?」
「はい。あれは同じ世界内でしか使えません。では、私の後に続いてください」
ヴィットリーオに続いて渦に入るとすぐに外に出た。
「これは──」
あまりの美しさに絶句してしまった。以前ベアトリーチェと来た世界も草原に花が咲いていたが、この世界は一面の花畑だ。遠くに小高い山が見えるが、その山さえ頂上まで花に覆われているように見える。
「綺麗ですね。見たことのある花もあります」
「以前ターニャ様が夢で訪れた場所とは違うのですか?」とルフィーナも辺りを見回しながら聞く。
「ええ、前に訪れたところは草原にチラホラと花が咲いているくらいで、これほどには美しくはありませんでした」
頭上を白い鳥たちが飛んでいる。
「建物はないみたいですね?」
「ええ、我々は本来、建物などは必要としません。気のままに暮らしていますので」
「では、神々がどこにいるのか分からないではありませんか」
「大丈夫です。仲間の気配は分かります。近くに一柱居そうですので、行ってみましょう」
ヴィットリーオに続いてしばらく歩いていくと、なにやら優雅な音楽が聞こえてきた。
「おや、ヴィットリーオではないか。久しいの」
青々と茂った木の根本で、一人の女性が見たことのない形をした弦楽器を弾いている。曲も聞いたことのないものだ。
「久しぶりだな、イグナシオ」
ヴィットリーオがイグナシオと呼んだ女性は、片方の肩だけ露出した、長いワンピースのような白い服を着ている。
「そこな二人は人間かえ? ここに人間を連れてくるとは珍しいの」
「私はターニャ・フィルネツィアです、イグナシオ様。こちらは護衛のルフィーナです」
イグナシオと言えば誰でも知っている炎の女神だ。私は最上級の礼を執った。
「フフフ、火を司る神など珍しくもあるまいて。さに畏まることもない」
イグナシオは優雅に楽器を弾き続けているが、目は興味深そうに私を見つめている。
「お話することをお許しいただけますか?」私は恐る恐るイグナシオに尋ねた。
「よいぞ。ちょうど退屈しておったからの」
私はイグナシオに、アレクシウスとクラインヴァインが対立して、そのおかけで人間が困っていることを話した。二人の不仲は知っているだろうから、人間が巻き込まれて迷惑しているあたりを強調した。
「クラインヴァインが目覚めたと思ったら、また始まったのか。まぁ、仕方ないの」
「仕方ないで滅ぼされては、人間には良い迷惑です」
「それはそうじゃが、アレクシウスが作ったものをどう使おうと我らにはどうにもできぬわな」
「私たちは物ではありません」ここで引いてはいけない。「アレクシウス様が創られたのかもしれませんが、私たち人間は自分の意志を持っています。みなさんと変わりません」
「ふむ、それもそうじゃな」イグナシオはちょっと考えて、続けた。「それで、汝はどうしたいのだ? どちらかを止めねば争いは収まらぬであろ?」
「私は二人を仲直りさせたいのです」
「仲直り?」ちょっとキョトンとして、イグナシオは笑いだした。「フフフ、面白いことを言うな、汝は」
「面白いですか?」
「ああ、面白い。他の連中にも聞かせてやろう」
イグナシオはそう言って、置いていた楽器を手に取り、ポロロンポロロンと弾き鳴らした。
すると、私たちの周りのあちこちの空間が歪んで、いくつもの渦が現れた。転移魔術かな?と思ったら、それらの渦から続々と何人もの男女たちが現れ始めた。みな一様に黒髪で、イグナシオと同じような白い服を着ている。神々だ。
「何の用だ、イグナシオ」
「お、久しぶりだな、ヴィットリーオ」
「あなたが呼ぶなんて珍しいわね」
などと言いながら、続々と渦から神々が出てくる。みな久しぶりなのか、いくつものグループになって話が始まっているようだ。
「おや、人間ではないか?」
「ヴィットリーオが連れてきたのか?」
「人間が来るなんて久しぶりだな」
私とルフィーナに気付いた神々が興味深そうにこちらを見ている。
私はアレクシウスがこの中にいたら困るなと思いつつ探してみたがいないようで良かった。
「みな良く来てくれたの」イグナシオが立ち上がりみなを見渡す。「ここにいるのは人間の娘じゃ。我らに話があるそうなので、聞いてやってくれい」
五十人はいそうな神々の目が一斉に私に注がれた。正直いたたまれないが、こうなっては頑張るしかない。私は腹を括って呼吸を整えた。
神々のいる天にきました。
次話は続きです。




