(ターニャの視点)エーレンスにて
「本当によろしいのですか?」ルフィーナが心配そうに私の顔を伺う。「せめてブレンダ様かケイティ様には相談された方が良いのではありませんか?」
「相談しても心配を掛けるだけです。ちょっと話して帰ってくるだけなのですから問題はないでしょう。明日は学校ですからなるべく早く帰ってきましょう」私はヴィットリーオの方を向く。「さぁ、ヴィットリーオ。よろしくお願いします」
「かしこまりました」と言ってヴィットリーオが祈りの言葉を呟くと私たちの足元に魔術陣が浮かび上がった。転移魔術だ。光に包まれ私たちは転移した。
「……また、あなたたちなのね」
光が収まって目を開くとちょっと、いや、かなり呆れ顔のクラインヴァインが目の前にいた。またと言われても私から現れたのは初めてのはずだ。
「あなたたち姉妹は先触れを知らないのかしらね。人のところに転移してくるときは、まず手紙を送って許可を得なさい」
「あー、そうですね。思いもよりませんでした」私はポンと手を叩いた。たしかに突然では迷惑なこともあるだろう。
「私はターニャです。こちらは護衛のエレノアとヴィットです」遅ればせながら礼を執る。周りにクラインヴァインの側仕えもいるので、クラインヴァインの名前は呼ばないし、私もフィルネツィアとは言わない。気遣いができてる私。
「知ってるわ。私がレナータよ。あなたたちは下がりなさい」と言ってクラインヴァインは側仕えを下がらせた。これで部屋には私たちだけだ。
「まぁ、お掛けなさい。お茶はそこのセットから入れてちょうだい」
「私がいれます」と言ってルフィーナが部屋の隅に置かれたワゴンでお茶の支度を始める。私はクラインヴァインの向かいのソファーに腰掛けた。
「あなたたちとは、フィルネツィアの庭園で会った以来ね。もっとも、あの時の私は違う姿だったけど」
とても可愛らしい幼女姿だったことを思い出す。今のクラインヴァインの姿はすっかり成人した女性だ。そう言えば第一王子と結婚するらしいので、あの姿では結婚は無理だ。
「あの時とはずいぶん状況が変わっていますので、あなたの話をお聞きしようと思って来たのです」
「私の方はあまり変わりないのだけど、あなたの姉たちは色々動いているみたいね」
「そうみたいですね。でもそれとは別に、あなたとキチンと話をしたいと思ったのです」
私はルフィーナがいれてくれたお茶をひと口飲んだ。
「私にはベアトリーチェの魂が宿っています。いえ、宿っていたという方が正しいでしょうか。それに、アレクシウス様とも会ったことがあります」
「そうね、あの庭園で会ったときはベアトリーチェの気配を感じたのに、今は感じないわね。消えてしまったの?」
やはりあの時もバレていたのか。
「どこに行ったのかは分かりません。突然コルヴタールを狙撃したと思ったら、消えてしまったのです」
「ああ、それでコルヴタールがアグネーゼが連れてきたのね」
「その折はアグネーゼ姉様を助けていただいてありがとうございます」私は頭を下げた。
「前にもテオドーラの剣に刺されてるらしくてなかなか治らなかったけど、回復して良かったわね」
エヴェリーナの時か。何か影響があるのだろうかと気にかかったが、今はその話は良い。
「なので、私はアレクシウス様やベアトリーチェ側の話しか聞いていないのです。ですから、あなたの話も聞きたいのです」
「フフフ、あなたたちは良く似た姉妹なのね。両方の意見を聞かないといけないって、それは王族的な考え方なのかしら?」
「そうかもしれません」
私は王族というより領主の家族の中で育ったけど、物事を決めるときには色々な意見を聞くようにと育てられてきた。
クラインヴァインはお茶を飲むと、私の目を見つめて話し始めた。
「アグネーゼやケイティにも話したのだけど、そんなに大層なことではないのよ。私とアレクシウスの対立にあなたたち人間が巻き込まれてるだけ。もっとも、巻き込んでいるのはアレクシウスだから、文句ならあれに言うといいわ」
「対立の原因は何なのですか?」
「最初は些細なことよ。争いなんてそんなものでしょ。でも、対立が終わらないのは理由があるわ」
「理由ですか?」
「そう。あなたはアレクシウスと会ったと言ったわね。では、姿を見たでしょう?」
「ええ、とても神々しいお姿でした」
「フフフ、彼女の目を見たでしょ?」
「目?」黒い髪や不思議な装飾の杖に目が行ってしまっていたが、目はどうだったかな?「あ、瞳が金色でした」
「そう、アレクシウスは私たちとは違う種族なのよ」
「神々にも種族があるのですか?」
「人間を創ったのがアレクシウスなように、私たちのことを創った存在もいるはずでしょう? それがどんな存在なのかは分からないけど、アレクシウスの創造主は私たちの創造主とは違うのよ」
神々にも創造主がいるとは驚きだ。
「でも、そんなことが対立の理由になるのですか? 仲良くできないほどに大きな違いではないと思うのですが」
「フフフ、人間なんて住んでいる国が違うだけでも対立するでしょ。私たちは違いを気にしてなかったけど、アレクシウスには気になるんでしょ。ね、ヴィットリーオ?」
クラインヴァインは私の後ろに立つヴィットリーオに視線をやった。
「そうですね。疎外感を感じていたのでしょうね」
「それで、自由に暮らしていた私たちを規律に当てはめようとした。それを気に食わない私たちがここに残った。だからアレクシウスはそれが気に入らないんでしょ」
案外根が深そうだ。アレクシウスはみんなで仲良く暮らしたかっただけなような気もするが、自由気ままな暮らしを望むクラインヴァインたちとは分かり合えなかったのだろう。
「そうね。アレクシウスはみんなで仲良くしたかっただけかもしれない。でも、ここまでこじれてはもう元には戻れないわね」クラインヴァインはそう言うと肩をすくめた。
「でも、ちょっと目の色が違うだけで、こんなに仲違いなんて悲しすぎます……。本当にどうにもならないのですか? 和解する道はありませんか?」
私の言葉にクラインヴァインはちょっと驚いた顔を見せる。後ろからヴィットリーオの「ほぅ」という声も聞こえた。そんなに驚くことかな?
「そんなこと言われるとは思ってなかったわ。アグネーゼもケイティも争うなら人間を交えずにやってくれと言うだけだったのに」
「それはそう思いますけど、それじゃ解決したとは言えないじゃないですか。なんとかわだかまりを解消する方法はないのですか?」
「フフフ、私にそれを聞かれてもね」クラインヴァインは乾いた笑いを見せた。
方法はあるのではないだろうか? 種族が違うとしてもどちらも同じ神なのだ。
「クラインヴァイン、あなたはアレクシウス様が歩み寄ってきたら、話を聞く気はありますか?」
「……」
「仲良くしろとは言わないまでも、争いを止めることはできませんか?」
「……争いは不毛だと思ってるわ。なにしろどちらも死ねないからね」
「分かりました」
私は後ろのヴィットリーオに視線を向ける。
「ヴィットリーオ、あなたはアレクシウス様と会ったことがあるのですよね?」
「はい。ですが、直接会ったのはそれこそベアトリーチェに封印される前のことです」
「なるほど。アレクシウス様がいる天には行けますか?」
「……まさか?」
「はい。私がアレクシウス様と直接話を付けます」
ターニャも動き始めました。




