009
『塔に入る資格が無い者が、無理に塔に入ろうとすれば、
火傷を負って、塔から吹き飛ばされるんだ』と、
四季を司る塔の事を教えてくれたホンブレが、
バンピーロが何故、「塔に入ろうとしたか?」について語る。
『俺は会った事が無いのだが』と言う出だしで始まったお話は、
十数年前、バンピーロが、「悪夢」と言う意味を持つ、
「ペサディリャ」と言う幼女を必死で探していた時の御話で、
バンピーロとホンブレの初対面の時の話だった。
その話に、ホンブレの脚色がどの位入っているか分らないが、
『それがバンピーロにとっての初恋だったのかも知れん』と言う。
そんな言葉で締め括られる。
『今の話に何の関係が?』と、シンセロが言うと、
バンピーロが「ペサディリャ」と言う幼女と、
シンセロの姉の「ファーシル」を混同してしまっている事を聞かされ、
結局の所、
本気でファーシルの安否を心配していた事は確かだが、
「何か、思い込みと、押し付けがましい気持ちが重たくて怖いな」
と言う感想しか、シンセロは持たなかった。
『あ、そうそう、言い忘れていたんだが、
お前のねぇ~ちゃんを俺の関係者の手を借りて、助ける条件の、
俺からのお前に対するお願いってのはな……。』と、
唐突に知らされたホンブレからの通達は、
『今回、ファーシルを殺し掛けて、ファーシルの体の脆さを知って、
今後は高確率で、同じ失敗はしない筈だから……。
ファーシルに、バンピーロが付き纏うのを許してやって欲しい。
そう言う事でよろしく。』と、言うモノだった。
『え?それって、
ねぇ~さんに憑いた「ストーカーを見逃せ」と言う事ですか?』
シンセロが凄く嫌そうな顔をする。
『ストーカー…あぁ~うん、まぁ~……。そうなるのか?
取敢えず、俺は全力で、バンピーロに、
「ファーシルをバンピーロの影の中でしか生きられない
バンピーロの従属にさせたりはしない」と言う約束をお前とするし、
元より「純血種保護」の観点から、
バンピーロにファーシルとの混血を作らせたりはしない予定だ。
バンピーロに、自分の命を半分使って、
「ファーシルを吸血鬼に変化させるような事」は、絶対にさせないと、
宣言しておく』
シンセロに取って、このホンブレからの言葉は、
理解の範疇を少しばかり超えていた。
『何ですかそれ?そんな事、宣言されましても、意味不明……。
それより、性的に弄ばれたり、
「嫉妬心からねぇ~さんが殺されたりしないか?」とか、
同じ理由で、
「ねぇ~さんが大事にしている者を殺されたりしないか?」とか、
そもそも「食糧」と認識されて、「血を吸い殺されないか?」とか、
心配事が尽きないのですが?』
『それは心配ない!吸血鬼の主食は精気だ!
「精神と気力」を取っても、瀕死の重傷者でないかぎり死なんし
吸血鬼のとって血液は嗜好品で、腹を満たす程に飲む物ではない、
腹が空いたら普通に物を食べたりした方が満たされるらしいから、
そんな心配は無いだろう。
それにな、若いまま長寿な生き物と、
俺等みたいな普通に年を取る生き物とでは、感覚が違って、
直ぐに年を取って死ぬ生き物相手に、そこまで強い気持ちは抱かない、
寧ろ、幸せにしたがって、子供を増やしたがって、
相手の好みをチョイスして、繁殖計画を練って実行するのが、
若いまま長寿な生き物の通常運転だ』
『えっと、それは、
ペットを飼うブリーダー的な感覚って言う事でしょうか?』
『その通りだ!』
『あぁ~じゃぁ~そっちは良いとして、
ねぇ~さんを操るのは止めて欲しいのですが……。』
『あ、それも暫くは許してやって欲しい!
ファーシルの記憶の中にある「にぃ~様」と言う存在に、
自分を当て嵌めて貰えたら、アイツの性格上、もうしないと思う。』
『あのぉ~…
僕には、その「にぃ~様」と言う存在に心当たりが無いのですが』
『そりゃ多分、あの譲ちゃん、操られてる時、
舌足らずな話し方してたし、表情もやたら幼かったからなぁ~、
もしかしたら、本人も覚えてない様な昔の、
本当に小さな頃の記憶にある存在だったりするんじゃないのか?』
『何か…それは、それで嫌なのですが……。妥協します。
ただ、ねぇ~さんの自由は保障して貰える様に、
バンピーロと交渉してください。』
『了解。その代り、駄目なシスコン兄ちゃんができたとでも思って、
アイツを身内だと思って、温い目で見守ってやって欲しい。
アイツは一人っ子だからか、妹弟フェチなんだ。
それと余談だが、弟役を買って出たら、無償の愛情傾けて貰えるぞ』
『それは…気持ち悪いお話ですね。』
『正直だな、お前』
そんな会話をしながら、
ウェアウルフが経営し、運営する道具屋で買い物を済ませ、
ホンブレとシンセロは打ち解け、
「バンピーロは、男を操る事が出来ない」と言う情報に、
シンセロは、心底、安心感を持ち、
ファーシルとバンピーロが待つ、ウェアウルフの診療所の、
女医である白狼の診察室へと戻り。
そこからシンセロは、
密かにホンブレを兄貴のように慕う様になり始め。
その日は、診療所で一夜を明かした。
失念していたファーシルの犬嫌いについては・・・
女医の白狼の処方した薬と、指導の元、
シンセロが思っていたより、小心者だったバンピーロの暗示を利用し、
ウェアウルフの「子供向けの絵本」の一部を読み聞かせ、
「悪い狼男の群れから、ホンブレに助けられた設定」に、
記憶を書き換え、ファーシルの犬嫌いは修復される。
「助けた設定に自分を登場させないとか、
ホンブレさんの言った通り、
ねぇ~さんを愛玩動物の様に愛してくれているのか?」と、
シンセロは、自分の中で納得できる点を見付け、気持ちに決着を付け、
『育った孤児院には、イヌ科の子供も多いから助かりました。
孤児院に帰った時に、
ねぇ~さん自身が子供等を傷つけて、傷付かなくて済むから』と、
バンピーロにお礼を言った。
『そうか…役に立てて良かった。』と返したバンピーロは、
『……所で、何で逃げ出したのか、訊いても良いだろうか?』と、
椅子に座ったまま膝に肘を突き、指を組んだ手に額を当てて、
表情を見せずに、シンセロに質問する。
質問されたシンセロは、
自分の心の中にあった本当の事を言うに言えず。
『実は、同じ孤児院に住んでいる子供達が……。』と、
事情と、この国の王様が出した「お触れ」の事を話し、
北の塔の中にいた「インビエルノ」に頼まれた事。
これから、東にある国の城の中にある「四季を司る塔」に、
滞在している筈の「春を司る女王プリマベーラ」に、
ファーシルと2人で会いに行く事を告げた。
すると、『私も一緒に同行する。』とバンピーロが宣言する。
「「言うと思った。」」
ホンブレは、バンピーロとの長年の付き合いから・・・
シンセロは、ホンブレから聞いた情報で推測し、
生温かい目でバンピーロを見る。
『だって、危ないだろ?
私がいれば、野営する場合でも100%の安全を保証できるし、
昼間は、ホンブレがちゃんと護衛してくれるんだぞ』と、
バンピーロが力説してくれた。
この時、シンセロは・・・
「僕もねぇ~さんも、行商の仕事する時期があるから、
2人で旅するのに慣れてるんだけどなぁ~」
ホンブレは・・・
「俺を巻き込まない設定で話さない所が、バンピーロらしいな」と、
それぞれの感想を持っている。
それからホンブレがシンセロの肩をポンっと軽く叩いて、
『すまねぇ~な』
『良いですよ、
バンピーロさんの管理は、ホンブレさんに任せますから』と話し、
それなりに紆余曲折はあるが、普通並みに仲良くなった3人は、
シンセロの提案で、ファーシルが断れない様にする為に
東への旅支度を開始する事にした。