004
唯一、一人、男が休憩所に残された。
ファーシルが休憩所に入って、最初に話し掛けたその男の影から、
黒猫が姿を現し、シンセロの後を追い、
男自身は、『ちょっと、様子を確認しておくか……。』と呟き、
休憩所から幻であったかの様に消え去る。
そして、ファーシルだけを連れて行った兵士達。
ファーシルから話し掛けた獣人系の兵士の集団。
その中で一番偉い、ウェアウルフの前に突然、現れた。
石造りの部屋の中に居た狼要素の強いウェアウルフは、少しだけ驚き、
『おう!バンピーロ……。
丁度、お前に相談したい事があったんだ』と
唐突に現れた男に話し掛け、その男、バンピーロは周囲を確認し、
『ホンブレ!いったい何がどうしてこうなった?』と、
腹を抱えてのた打ち回る人狼や、
自分に着いた火を消そうと、床を転がり回る狼男を眺めた。
『ちょっと、あのお譲ちゃんが、世間知らずそうだから、
社会勉強させてやろうと、冗談で連れ出したんだが、
まさか、「乳臭いガキ」を弟達が「抱ける対象に入れる」とは、
思ってなくてな、俺は脅かすだけのつもりだったんだが、
弟達が手を出そうとして、本気で抵抗されて、
抵抗されると思ってなかったらしい弟達が暴走してしまったんだ』と、
ホンブレは『失敗、失敗』と、照れた様に笑う。
バンピーロは、『小娘ちゃんが無事そうなのはいいんだが』と言い。
ホンブレに対して残念そうに、
『何でそれで、ここまでこうなったかは分らんが
それは迂闊過ぎだな、お前の所の弟達が、
どんな小娘ちゃんにでも、手を出す事は皆が知っている事だぞ?』と、
大きく溜息を吐き、『え?マジで?』と、本気で言うホンブレに、
現実を見せる為に用意していた言葉を吐き出した。
『私が此処で、嘘吐いて何の得がある?
ホンブレ、お前の所の弟達、お前の権威を笠に着て、今までもずっと、
悪さをし続けていた事をお前は知っとくべきだったな。
取敢えず調べてみろ、弟だからって信じてないで、時には疑えよ?
お前の弟達が握り潰した資料は、
密かに、私の所の蝙蝠達が集めて管理している。
私の家の地下洞窟にある書庫を訪ねてみると良いだろう』と・・・
言われた方のホンブレは、
『世話掛けてたな、ありがとう、お邪魔させて貰う。』と答えた。
『で、バンピーロ、俺はこの状態をどう収拾するべきだと思う?
あの茶虎猫縞模様の髪しか、獣人要素の無い。
ウェアキャットのお譲ちゃん、
普通の人間寄りのミックスだと思ってたんだが、
人間並みを超えない身体能力しか持っていなくても、
2種以上の良い所を所持した「ハイブリット種」か、
「能力持ち」だったらしい。
聖水が平気で、加護を受けた銀製のナイフにも触れる事が出来て、
火打で浄化の炎を打ち出して、周囲を火の海にしながらも、
平気な顔してやがるんだ』と、ファーシルを指で指す。
『あぁ~…えぇ~っと……。
じゃぁ~あの小娘ちゃんが濡れてるのは「聖水で」でなのか?』
『あぁ~、聖水だ!ヤバイだろ?』
2人は、ファーシルを目で追う。
着ている服をある程度犠牲にして、
ウェーブの掛かった茶虎の様な色合いの髪を靡かせ、
突っ込んで来る相手の力を利用して戦うファーシルと、
同志討ちさせられているホンブレの弟達の様子を見ていると、
自然と2人から溜息が漏れた。。
『今のあのお譲ちゃんに、
不用意に触ると、こっちがダメージ受けるぞ!獣人である俺は勿論、
上位の吸血鬼であるお前でも、聖水は不味いだろ?』
『それ以前に、砦の一室が浄化の炎で燃やされてる事がヤバイけどな!
何でまた、此処まで、反撃態勢を整えさせたんだ?』
『簡単に説明すると、だな……。お譲ちゃんは何もしてないのに、
俺の弟に頬を殴られて、押し倒され掛けて、
お譲ちゃんの持ってた自己防衛本能に火が点いたみたいでな……。
弟達を追い払うのに、弟達に向けて聖水を撒き散らした後、
自らに振り掛けて、次に聖水と見せかけて酒を撒きやがってな、
俺達が聖水と思って逃げた為に、火打ちを止められなかった。
而も酒が、純度の高い蒸留酒だったみたいで、
引火して燃え広がって、今に至る。』
『「今に至る」って……。』
ホンブレとバンピーロが見守る中、
体力の限界を感じたらしいファーシルが、炎を背にする様に移動する。
「不味いな、もう少し弱ってから捕獲したかったんだが……。」
バンピーロが眉間に皺を寄せる。
ファーシルは、決着を早める為に、
襲ってくるホンブレの弟達をそこへと、誘い込むつもりなのであろう。
明らかに、ホンブレの弟達を挑発していた。
「あぁ~ぁ、悠長なことを言ってられなくなりそうだ」
バンピーロは小さく舌打ちをした。
そこの奥は木造の壁、
石造りの基礎や基礎が剥き出しな場所とは違って、
そちら側が燃え出すと、収拾がつかなくなる。
『なぁ~……。俺の弟達は、俺と違って混血なんだが、此処まで、
虚仮にされる程に弱かったかな?』と言うホンブレに言葉を制して、
バンピーロは、手近にあった毛布を広げる。
『ホンブレ!小娘ちゃんは17歳らしい、
お前等が小娘ちゃんに、性的暴行を加える可能性を考慮して、
隠蔽の為に「ウェアキャットの刹処分」を命令した奴もいる。
私は小娘ちゃんと、その弟君を殺すのには反対だ。
取敢えず、この火事の全部の責任を押し付けられたくなかったら、
暴れてる弟達を止めて、
そのまま、消火活動に尽力してくれ』と言い残して、
ファーシルにゆっくり近付いて行く。
『あぁ?何だそりゃ?って、まぁ~いっか!
今の説明では、俺的に意味が理解しきれんから後で説明してくれ!
此処の事は任された!』と、ホンブレは言い。
遠吠えで弟達の行動をに制限を掛け、行動を開始した。
獣の咆哮と共に、大きな音を立てて、扉が開いた。
ファーシルが、そちらの方向に視線を一瞬だけ向けると、
深紅の瞳の見知った誰かが立っているのが見えた気がする。
「今の誰だった?」
ファーシルがもう一度、そちらに視線を向けると、
深紅では無く、自分と同じ、
緑がかった濃い青の瞳をした弟のシンセロが、一人で立っていた。
「赤く見えたのは目の錯覚か?」と
ファーシルは、少し疑問を感じてはいたのだが、
シンセロが、こちら手を差し伸べ、
『ねぇ~さん!早くこっちに来て!』と言うので、それに従う。
従った次の瞬間、
ファーシルは毛布に包まれて目を閉じ、意識を手放した。
弟達を威嚇し、大人しくさせながら、
その現場を見ていたホンブレは、一瞬、茫然として、
『「来い」って言っただけで、
お譲ちゃんが「自分から捕獲されに来る」って……。
いったい、何をどうしたら、そんな事ができるんだ?』と質問する。
バンピーロは毛布で包んだファーシルを抱き上げ、
『私は、バンピーロって、吸血鬼と言う名前を代々受け継ぐ、
由緒正しいバンパイアの公爵だからね。
異性を惹き付けて、食事をする為の催眠を施す異能くらいは、
普通に持ってるんだよ』と、
毛布に包まれ、眠ってしまったファーシルに視線を落として笑う。
笑ってから、何かを思い付いた様子でホンブレに微笑み掛け、
『あ、大変だ!』と演技掛った物言いをし、
『小娘ちゃんは無理をしていたんだな、熱があるみたいだぞ。
黒猫に捕獲させた弟君に、小娘ちゃんの世話をさせよう。
と、言う事で、私は家に帰るから、
小娘ちゃんと弟君は、公爵の「ブリーダー権限で持ち帰る」と、
皆に伝言しておいてくれ!』と、
バンピーロは、来た時と同じ様に、今度はファーシルを連れて、
一瞬の内に消え去った。
『あっ!全部押し付けて帰りやがった!』
その場に、傷や火傷だらけになった弟達と取り残されたホンブレは、
『俺も同じ一番上の爵位だぞ!伝言役に使うなよな』と、
舌打ちしながら小声で悪態を吐き、弟達には、
『土嚢の土を掛けて火を消せ!』
『お前等は雪持って来て、燃えてる物の上に掛けろ!』等、
大声で指示を出して、浄化の炎の消火活動に勤しんだのであった。