011
東の国の四季を司る塔は、精霊系種族や、神に仕える妖精、
それ等の人間との混血と、純血種の人間が使用人として働き、
「季節を司る女王達にオモテナシをする場所」と、言う事で、
その女王様達、それぞれの要望に合わせた。
至れり尽くせりな宿泊プランが、設定されているらしい。
近衛隊長に説明を受けながら案内された先、
『「北の国の塔には行きたくない」って気持ちが、
分らんでも、ないかもしれない』と、
ファーシルが感想を言いながら、
次に案内される予定の祭壇のある部屋を覗き、入り込むと、
周囲に動揺が広がった。
祭壇のある部屋で、清掃作業をしていた者達が、
ファーシルを見て、二度見して、ざわめき立つ。
近衛隊長も『ホントに、何の抵抗も無く入り込めるのか』と、
意味深な事を言い出す。
「不味い事をしてしまったのか?」と、考えたシンセロが、
ファーシルに手招きをし、
気付かず、戻ってくる様子が無いので、連れ戻しに入ると、
更に清掃作業をしていた者達のヒソヒソ話が大きくなる。
そんな不味そうな雰囲気に不安になり、ファーシルとシンセロが、
助けを求める様にバンピーロとホンブレを見ると、
『こっちに戻っておいで、私達は、入る事が出来ないから』と、
指先を差し出して、
『ほらね、火傷させられる程に、場所に嫌われているんだ』と
バンピーロが指先から上がった煙を吹き消し微笑んだ。
ファーシルとシンセロが、ビクッと体を震わせ、
『うわっ…マジでかぁ~……。火傷するとか、怖!』
『確かに、ちょっと、そうなるってのは怖いですね……。』と、
少し慌てた様子で、祭壇のある部屋を出る。
2人が出て行く後に続いて、
先に部屋の中に居た者達の『神獣系の混血なんじゃないの?』
『神系に手を出した「物理的証拠」がいるだなんて、縁起の悪い』
『嫌だわ!近くに居るだけで、一緒に祟られるわよ』と言う風な、
「生まれてきた方には、責任の無い筈の設定を弄る」
陰口が、後を付いて行った。
誹謗中傷に慣れているファーシルとシンセロは、
特に、気にした様子も無く、『次は何処だよ?』
『僕としては、
もう、いい加減に、目的地へ案内して欲しいですけどね』と、
面倒臭そうな表情を隠す事無く、
態々案内をしてくれている近衛隊長を急かす。
近衛隊長が溜息を吐き、立ち止まり。
指示する赤毛氈の敷かれた階段。
近衛隊長に『その階段を昇った先が、目的地だ』と、言われて、
ファーシルとシンセロが立ち止まる。
バンピーロが『いってらっしゃい』と言って手を振り、
ホンブレもその隣で、
『俺等は付いて行ってやれんから、気を付けて行って来い』と、
送り出してくれた。
近衛隊長も、一緒に来るつもりは無いらしい。
「2人だけで行って来いって言う事か……。」
ファーシルとシンセロは、そう理解し、
「近衛隊長さんも、もしかしたら、
聖域って言われる様な場所には、入れない人種かな?」と、
勝手に判断し、興味を無くした様に、まっ直ぐ上へ向かい歩き出した。
そう長くない階段を上り、遠くまで景色が見える窓を覗くと、
城が既に高い位置に存在している事と、
城と言う空間の仕様で、1つ1つの部屋の天井が高い事の効果で、
地上から現在地までの高さが凄い事になっている事に驚かされる。
重厚感のある焦げ茶色の木の扉を目前に、
『この窓から落ちたら、地上では、
何が落ちて来たか分らなくなるレベルで潰れるんだろうな』と、
ファーシルが怖い事を言いながら、
窓から身を乗り出して、下を覗こうとする。
勿論、ファーシルは、シンセロに服をガッシリ掴まれ、
『危ないじゃないか!落ちたらどうするんです!』と叱られた。
ファーシルが弟に怒られ、意気消沈していると、
重たい扉が内側から開かれ、
肩の高さまでで切り揃えられた金髪を揺らして、
人間であれば、10歳程度と推定する事が出来たであろう。
100歳くらい行ってるかも知れない。
白衣姿のエルフの少女が顔を出す。
『ちょっと!アナタ達!その髪どうしたの?染めてるの?
それとも天然?』
扉から出てきたインビエルノと同じ様な空色の瞳を持つ、
エルフな少女は、ファーシルとシンセロからの答えを待たず。
まず、近くにいたシンセロの髪に手を伸ばして、
やっとの事で、手の届いた襟足引っ張り、
続いて、ファーシルの長い髪の一房を手で掴んでから、
『凄い!凄い!』と歓声を上げ、
『髪の毛、1本、1本に縞模様がある!』と、テンションを上げる。
髪の毛を掴まれたままのファーシルは、身動きが取れず、
髪を引っ張られ、痛い思いをするのも嫌だったらしく、
抵抗する事を諦めた様子で、その場に座り込み。
シンセロに眼で合図を送った。
先にその少女から解放されたシンセロは、深く溜息を吐き、
扉の方に移動し、少女が出てきた扉の中を覗き込む。
大きなテー物の上に実験器具が並べられた部屋の中に人影は無く、
「少女の正体が誰なのか?」をその空間が無言で語っていた。
『春の女王プリマベーラさん?』シンセロが振り返り、声を掛けると、
ファーシルの髪に夢中な少女が、ファーシルの髪を観察しながら、
『そうだけど?』とだけの返事を返してくれる。
ファーシルとシンセロは目で会話し、頷き合ってから、
シンセロが、
「冬の女王インビエルノからの手紙」をプリマベーラに手渡した。
プリマベーラが一度、封筒を受け取り、
『開けて』と、シンセロが手紙を突き返され、仕方なく、
シンセロが封筒を開封してから、中身をプリマベーラに手渡す。
東の塔にいた「春の女王プリマベーラ」は、手紙を読み終えると、
見掛けよりも更に、小さな子供の様に御怒りになってしまって、
『アタシが悪い訳じゃないんだからね!悪いのは、夏の女王よ!
ベラーノってば、こっちは連絡したのに、
何時まで経っても、出発の合図を送って来ないんだから!』と、
地団駄踏んで見せてくれた。
暫くの間、春の女王プリマベーラの怒りは収まらなかった。
ファーシルとシンセロは、孤児院でも頻繁に目の当たりにする。
癇癪持ちの子供に対する対応と同じ様に、
プリマベーラの怒りが収まるのを黙って静かに待ち続け、
冷静に話ができる様になるのを待っていた。
エルフの人に対してでも、この対応は間違っていなかったらしい。
怒りが収まったプリマベーラは、気持ちを切り替え、
ファーシルに詰め寄り、
『目立つような所からは取らないから!』と言って、
ファーシルの髪を一房切って試験管に入れ、
『お礼はちゃんとするから!』と、
ファーシルとシンセロの血液を採取した。
ファーシルとシンセロは、
「また、御怒りモードに突入されると困る」ので、大人しく従い、
やっとそこから、プリマベーラが大人な対応をしてくれたので、
2人は胸を撫で下ろす。
プリマベーラの引っ越し準備で残っているのは、
「机の上の実験機材だけ」らしく、、
「殆ど準備はできている」と、プリマベーラが言う。
ファーシルとシンセロは、プリマベーラから、
夏の女王ベラーノへの手紙を預かり。
「サンプルを貰った代わり」にと、
南にある国の「南の季節を司る塔への地図」と、
小瓶に入った「エルフの万能薬a、プリマベーラミックス」と言う。
少しばかり、使うのに勇気が必要になってきそうな薬を貰い。
『早く北の塔へ移動したいわ、
この貰ったサンプルの解析が楽しみで仕方がないの』と言う。
プリマベーラに見送られ、
ファーシルとシンセロは、次の国へと向かう為に、
「東の季節を司る塔」を足早に降りて行った。