010
ファーシルが、白狼に処方された薬の影響からの眠りから覚めた時、
ファーシルとシンセロが思っていたのとは違う種類の旅支度が、
バンピーロとホンブレによって、準備されていた。
『うぅ~わ、黒塗りだよ!高そう…だけど、これ……。馬車?
雪道で馬車って走れないんじゃないの?』
ファーシルの疑問にバンピーロが答える。
『大丈夫!車輪に付属の板を固定したら橇になるから』
『馬より大きな犬ですね。狼でしょうか?』
シンセロの疑問にホンブレが答える。
『黒妖犬は、犬だな!
コイツ、地獄の女神である魔女の女王のヘカテーの猟犬の引退犬で、
引退犬の養老施設から頻繁に脱走しては、
夜中に旧道や十字路に出て来て通行人を襲うから、
番犬として貰って来たんだ。野盗対策は、これでバッチリだろ?』
貰った答えに、シンセロは一瞬、言葉を無くし、
『あはは……。
他の対策が必要になりそうですけどね』と、愛想笑いをし、
近くで話を聞いていたファーシルは、
『そんな犬、制御できるのかよ』と呟いていた。
更にファーシルとシンセロは、
自分達と、バンピーロとホンブレの旅の定義の違いに付いても、
色々驚いていた。
基本、ファーシルとシンセロの旅は、
寒冷地でしか取れない物や、
寒冷地で加工した物を売る為に、荷馬車で運んで持って行き。
行った先でしか取れない物や
寒冷地で加工しなければいけない物を買って帰るのが王道の、
金を稼ぐ為の行商の旅。
革張りの椅子に座って、小奇麗な格好しての旅ではない。
なので2人は、
何故か格式のある服装に着替えさせられ、意味が分からず動揺し、
正装したバンピーロとホンブレにエスコートされて、
凄くぎこちなく、高価な馬車に乗せられる事になる。
その旅は、着ているモノが落ち着かなくても、
途中、雪道が終わるまでは、
2人が経験した事の無いレベルで、とても快適な旅であった。
の、だが、しかし・・・
雪が無くなり、橇板を外して車輪で走った道は、
金を稼ぐ為の貧乏旅行である。
「広くて、立って時間が潰せる荷馬車での旅」と、
この豪華な仕様の、
「柔らかさはあるが、狭くて自由に身動きが取れない馬車での旅」。
どちらがマシなのか?と言う。疑問符が残る代物だったりする。
そんな苦痛のどんぐり背比べの後に続く、
其処から、南東に進んだ「山を越えた場所」は、
春の陽気漂う春の気候。
冬の寒さを凌ぐ為に着込んだ服を脱ぎ、着替え、
苦痛は更に、少しづつ増え続けて行く。
ファーシルとシンセロは、とうとう、その状況に耐えられなくなり、
東の国に入ってから一軒目の宿屋で、
『もう嫌だ!高価な馬車なんてもう、乗りたくない!』
『僕も同意見です!馬車で移動したいのなら、
できれば、幌付きの荷馬車での移動にしてくれませんか?』と、
苦情と意見を申し立てる事と相成った。
その結果、バンピーロに、値切りが得意なファーシルが同行し、
幌付きの荷馬車を調達している合間に、シンセロは、
人間や草食系動物の獣人が多く買い物に不利な、
ホンブレと一緒に、買い物と、情報収集に奔走する事となる。
それで分かった事は、東の国でも、
春の女王プリマベーラが塔から下りて来ない事が問題となっており。
春に取れる作物は取り尽くし、
春に種を撒く植物や、春に植える苗は弱々しく育つだけで、
収穫する物が育たない状態になっている事を知る事となった。
バンピーロとファーシル。ホンブレとシンセロ。
それぞれの目に、コノ国でも、食糧難に陥る国民の姿が映り、
東の国の国王のお触れも、北の国の国王のお触れと、
類似した物となっている事をそれぞれが知る。
『もしやこれは、
サスペンスの予感!殺人事件が勃発していたりして?』と
幌付きの荷馬車を手に入れて、宿屋に戻ったファーシルが、
物騒な事を言いながら、
宿屋の掲示板に張られた「東の国のお触れ」を見上げる。
『ねぇ~さん、冗談は、その辺までにしておいて下さい。
この国の四季を司る塔は、この国の王が住む城の中にあるそうです。
それを踏まえて、この状況って、如何思いますか?』
『え?だから、サスペンスの序章?
何時まで待ってても来ない待ち人の家を訪ねたら、
死体発見フラグ的な落ちがあるのかも?な、
サスペンスドラマ的な期待をしてたり、してなかったり?』
『ねぇ~さん!
インビエルノさんからの話、頭に入って無いんですか?
次の朝が来る以上、春の女王は100%生きてますよ……。』
『そうだろうけど…あ、じゃぁ~……。
やっぱ、恋愛絡みとかか?前、そうじゃないかって話したよな?
例えば、春の女王が、東の国の王子様と大恋愛繰り広げてて、
「私は、此処から離れたくないのです!」的なアレとか!』
等と話していたら、宿屋の女将に、
『それはないね!ウチの王様ってば、妾にした魔女に騙されて、
浮気なんてしてない無実の王妃と、
魔女に呪われて人間以外の要素を追加された子供達を追放してから、
SecondVirgin極め込んで、
愛さなければいけなかった者達が戻るまでは、
世継を作らないし、後継者も決めないって我儘通して、
王子不在の状態を現在進行中だもの』と、
東の国民なら誰もが知り、
他国にはそれ程、知られていない事柄を教えて貰った。
ファーシルとシンセロのじゃれ合いと、
女将の乱入を静かに見守っていたバンピーロは、
幌付きの荷馬車に黒妖犬を繋いで戻ったホンブレを見て、
『そろそろ、この国の王様に会いに行きましょうか……。』と、
ファーシルとシンセロを連れて城へ向かう。
城には、ファーシルとシンセロにとって、想定外な事に、
バンピーロとホンブレの顔パスで簡単に入れてしまい。
現在、北に滞在中の冬の女王インビエルノから預かった手紙。
インビエルノから、東の国の王様宛ての書状の効果で、
待ち時間無しの東の国王との謁見が可能となった。
東の国の国王は、エルフの老人を従えてはいたが「人間」だった。
ファーシルとシンセロは、
「あのエルフの人は、いったい何歳なんだろうか?」と、
気を散らせながら、バンピーロとホンブレの後ろで、
片膝を突き、王様の顔を直接見ない様に黙って俯いていた。
その立ち位置について、バンピーロとホンブレは不服そうだったが、
『身分を持たない人が守らなければいけない規則ですから』と、
近衛隊長の人に言われ、
『季節の塔の事で来たんだし、
この国のお触れで出てる「季節を廻らせる」成功報酬が、
成功した際に、
「隣国の国民である私とシンセロに支払われる。」と、
「嘘偽り、誤魔化し無く、約束される」と、オジサンが保証して、
「約束を違えた時」には、「オジサンが支払う」と、
私達だけにではなく、バンピーロとホンブレにも約束するなら、
従ってあげても良いよ』と、
ファーシルが先手を打って了承を取り付け、
「バンピーロとホンブレ」対「東の国の近衛隊長」との、
面倒な押し問答を回避したのは、ちょっとした余談。
最後に、ファーシルが自国の地元の案内板から剥がし、
一度、バンピーロに取り上げられ、
バンピーロの蝙蝠から、シンセロが返却して貰って、
持ってきた羊皮紙をバンピーロが係りの者に渡し、
東の国王に見せて、スイスイと話が進む。
で、結局、
春の女王プリマベーラが住んでいる季節を司る塔に、
ファーシルとシンセロが許可を得て塔に上ったのは翌日の昼。
当日、謁見後、風呂に入れられ・・・
「昼の会食」とやらに付き合わされ・・・
『基本は出来ているみたいだけど、
食事マナーが完璧とは言えないから練習して下さい』と、
ファーシルとシンセロが、
メイドさん達からの強制的な指導を受けさせられ・・・
また風呂に入れられ、ドレスやタキシードを着せられ・・・
夜の立食パーティーに参加させられ・・・
更に朝と、朝の御茶の時間に、昼・・・
『食糧不足なのに、何なんですか?
この水と食料を無駄遣いして、必要な事なんですかね?』と、
シンセロが、この国の事を嫌いになり。
ファーシルは、元から高い身分を持ってる者が嫌いだったらしく、
『バンピーロとホンブレが、規格外なんだろ?、
権力者ってのは、普通、そんなもんなんだ!』と吐き捨て、
『国内情勢を読めない権力者は、滅びれば良いのに……。』と、
小さく呟いていた。