1 動き始めた時
プロローグ
空の日は完全に落ち、海岸線を走る車もどこか1日の終わりの切なさを静かに語っているかのように、ここに居る1人の男も今日という1日を無意味な時間を費やし終わらせようとしていた。
男は道路を走る車と海を静かに眺める。
「今日も北浜で飲むかぁ」
安達 誠 [あだち まこと] は地元のパチンコ屋で散々負けた挙句、パチンコで負けた憂さ晴らしに飲みに行く所だった。
勿論、財布に金なんか入ってる筈も無くポケットの中をジャラジャラと誠はかき混ぜ中に入ってる物を確かめる。
「えぇ〜と、ひぃーふぅーみぃーって、こげなジャリ銭じゃタバコも買えんやないかぁ、、、、」
手のひらに乗っていたのは、100円玉が3枚に10円やら5円やら腹の足しにもならない小銭ばかりだった。
空を見上げ、誠はくしゃくしゃになったタバコを咥えながら今日一日の反省をする。
咥えたタバコからゆらりと煙が舞い上がる様を見てふと思う。
「あそこでやめとけば、勝っとったんじゃけどのぉ」
誠の言う、あの場面で止めておけば勝っていた。
この様な事は今に始まった事では無く、大抵のギャンブラーは追い銭からの追い銭、グラフの数値や確率何て一切考える思考を持ち合わせている筈もない。
こういうタイプの人間は大抵、運や引きでどうにかなると思っているのだから、パチンコ屋に通いつめるお客の大半はきっと、お金持ちの集まりなのだろう。
「お兄ちゃん遊んでいかない?可愛い娘居るよぉ!」
途中、ソープの誘いをされたが金を持って無いイライラをぶつけるついでに客引きのお尻に、誠はタイキックを1発食らわす。
「うっせぇー!ばぁーかぁ!! まーいっぺんいっちみぃ!!もう1発お見舞いすっど!!コラぁ!!!!」
慌てた様子で客引きは誠に平謝りし商店街の反対側まで走り去っていった。
この男、短気で絡むと面倒臭い、これも今に始まった訳もなく、誠は中卒上がりで高校は中退している。
理由は誠の短気が原因である。
学生時代に誠は授業中、急に席を立ち上がり先生に、今から昼休みにしろ等と意味の分からない事を言って、クラスの皆を困惑させた挙句、それを注意した教師に対して暴力を振るい隣りクラスの教師や騒ぎを聞きつけた教師が一同に集い暴れ狂う少年を取り押さえようとしたが、大の大人が5人掛りで押さえ込もうとしても誠はその包囲網を、いとも簡単に突破し先生達を滅多打ちにしてしまった過去の持ち主だ。
10代の頃は、よく警察にもお世話になっており、地元じゃちょっとした有名人だった。
身内の人達は家の面汚しだと忌み哀しんだが、誠はそんな言葉気にする事なく今の今まで定職にも付かずダラダラと生き抜いてきた。
こうやって生きていけるのも一つの才能なのかも知れないと馬鹿な考えを巡らせているうちに北浜に在る誠の行きつけの飲み屋の階段に到着する。
一旦呼吸を但し階段を1歩、また1歩と登っていく、先程まではイライラしていた感情は嘘のように晴れていく、しかし、、、、
金を持ち合わせていない自覚心からかママに会ったらなんと言おうか無い脳ミソを雑巾の様に絞るが、汁一滴垂れる筈もなく、カランコロンと誠の小さな脳が頭の中で悲しく鳴り響くだけだった。
誠は店の前まで到着すると両頬を自ら2度叩き、気合を入れてから入店する。
カランカラン〜 店のドアの音を聞き奥から早速ママが出てくる。
「あら、まこっちゃんじゃない!いつぶりぃ???」
ママの名前は [あや] ちなみにこの店の名前も [絢 aya] だ。
雑居ビルの2階に位置するこの店は唯一、誠を歓迎してくれるお店だ。
勿論アヤも誠がだらしない事なんか知っている、この歳でも、ちょっとした有名人だから。
アヤは誠が昨日もこの店に来ている事を知っているのに、わざとらしく声をかける。
昨日もまともに支払っていないので、誠は上手く返事を返せずにいると、ボックス席の方に見慣れない2人の客が誠の視界に舞い込む。
「ママ、客おるやん?大丈夫なん?」
思わず誠はママに自分の事はいいからお客の相手をと声を掛けたが間髪入れずにアヤは
「大丈夫大丈夫!!!」
「そ、そうかぁ、、あは、、あはははは」
と軽くあしらわれてしまう。
き、気まずいのぉ、、、この場をどうにかせねば!!!
誠はボックス席に1番近いカウンター席へ向かい着席すると同時に頭の上で手を合わせ、出来るだけアヤの顔を見ないように頭を下げ、勢いのまま口にする。
「ママごめん!!今日俺、お金もっとらんでぇ、まとまったお金出来たら絶対返すから今日はツケにして貰えんかのぉ???」
誠は怖くてアヤの顔を見る事が出来ないけど、数秒間の沈黙のあと
「今日も、でしょ?まこっちゃん?」
声で分かる。
怒っていないアヤの声が、誠はアヤの声に安心し顔を上げたが、アヤの目は完全に座っていた。
やっべぇぇぇぇぇ、しんけん怒っちょんやんママぁぁぁぁ
ぎこちない苦笑いでまともに酒など頼める筈もなく、アヤが静かに作ってくれた芋の水割りを片手に、誠はアヤにボックス席の客について質問してみる。
「あの客なんなんママ???」
「あぁ、あちらのお客さん?ちょっとした訳ありのお客さんよ」
「ふぅ〜ん、俺以外にもいるもんだねぇ〜訳ありってやつぁ〜」
「あのねぇ、まこっちゃんとは全然違うわよ!むしろ、まこっちゃんはこの店の金食い虫なんですからね!」
「ごめんっちゃぁー、ママにはしんけん世話なっとるけん、いつか恩返しする!!!必ず!!!命に変えてでも!!!」
思わず力んだ誠はカウンター席に両手を付き、席を立ち上がっていた。
くしくも、アヤに言われた金食い虫という言葉が効いたのか悔し涙を浮かべていたが、完全に泣くまでは至らなかった。
九州男児が泣かれんよ。
大抵クズなこの男でも、九州男児というプライドはあったみたいで、涙を流さずとも女には頭が上がらない性分だ。
誠の変に真面目な所をきっとアヤは買ってくれているのだろう。
するとどうだろうか、アヤが誠に耳うちし始めた。
「まこっちゃん、今さ、恩返しするって言ったよね?」
その言葉を耳にした誠の背筋に悪寒が走り、顔が引きつる。
「あ、あぁ、言うたよ??ママどげんしたん?」
「まさに、今よ!今がこの店に恩返しする時よ!まこっちゃん!!!」
ええぇぇ!!!!!
ムリムリムリムリ!!!俺まともに働いた事ねえぇぇぇぇ!!!
え、え、え、俺無償でまともな人も居ないような島で肉体労働させられんのか!!!!!????
ちょっと待て、一旦冷静になれ、俺この店のツケって、、、、、
やっべ!!! わかんねえぇぇぇぇぇ!!!!!!!
誠は青ざめた表情でママに問う。
「あのぉ、ママぁ恩返しって、、」
「勿論、お・し・ご・と」
アヤは誠にウィンクしながらそれを伝えると、誠は水割りを一気に流し込み、自分の過去の過ちを、普段絶対にお祈りしない神様達に軽く心の中で懺悔したのちに、目をギラつかせながらアヤに仕事内容を聞く。
「ママ!仕事ってなんね!!!俺、何でん頑張るけん!ママ!!!俺の事き:#!*&/:;*#で!!!」
勢い余って後半は噛み噛みだったが、ママ、俺の事嫌いにならんで、と誠は伝えたらしい
アヤはクスクスと笑いながら答える。
「なぁーに、まこっちゃんは大概馬鹿だけど、そんな酷い事するように見える??」
そんな酷い事をされそうで、怯えていた誠は作り笑いも虚しいくらい残念な表情でアヤに対して首を左右に振る。
「仕事って言うのは、あちらのボックス席に座って居るお客さんからよ」
「え、、、、、、???」
一瞬戸惑ったが、誠はアヤに言われた仕事の依頼主の方をそっと見る。
そこには、キッチリと皺一つなくスーツを着こなし髪をジェルでオールバックに整えた男性と、灰色のセーラー服を着た少女が座っていた。
え、、、、、、っと、、、
どういう組み合わせ!?!?!?
誠は今日来たことを後悔するが、今日という日から誠の人生は一変し始める。