表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第3章 手と手を取って
9/38

 昼休みになった。みんなが机を寄せ合ってお弁当を囲む。もしくは購買部にパンを買いに行く人たちが教室の外へ出る。


 あれから昨日はまっすぐ家に帰った。もう暗くなっていたので寄り道なんかできるわけがなかった。というよりも私が寄り道する場所なんてないのだけれど。ゲームセンターにもいかないし、本屋さんにもいくわけではない。


 あのジャックとかいう少年はどこかに行った。

 家まで送ってくれたというのか、家の前まで連れてきて、それじゃあ息災でとか言ってどこかに行った。


 いつもどこで暮らしているのだろう?

 定住している様子もないので、ホームレスなのかもしれない。いや、あの荷物の少なさから考えるに、どこかに定住所を持っているのだろうか? 近くに住んでいるとか、そういうことなのだろうか? だとしたら今までにもあってきたかもしれない。まあ、通学路しか普段通らないからエンカウント率は低いけれど。


 まあ、あの彼がどうしているかなんて私には何のかかわりもないことだけど。


 ただの他人だし。


 ……他人だ。他人だから、関係ない。


 私に関係している他人なんていないのだから。

 だから私は今日も教室の端っこで、一人でお昼ご飯を食べる。


 黙々と。


 黙って。


 それも浮かないように素早く。


 浮かないようになんて無理か。もうすでに浮いてしまっている。浮いてしまっていて、手を伸ばそうとする人なんていなくなるくらいに。いじめなんてない。いじられることすらない。入学してから初めのころはよくからかわれていたりした。半年くらいたってからはそういう人もいなくなった。


 クラスで独りぼっちだからと言って、いじられるタイプではないのだ。いじられるというのは面白い反応をするとか、どもるとかキョドるとか、そういうものだ。私は別に面白い反応をするわけじゃない。絡んできてもろくに受け答えをしないから。そういうやつは決まって「つまんねえ奴」と言ってどこかへ行く。そのあとは何も絡んでこない。そんなものだ。面白くないやつに絡むような暇は、誰にだってないのだから。


 そして別にキョドるわけでもない。コミュニケーション能力……退陣能力は確かに低いかもしれないが、普通に人と話すことくらいはできる。物怖じしない話し方くらいはできているつもりだ。人としゃべる機会があまりないというだけで、人と話せないわけではない。


 ……絡んできた彼らも、それを期待していたのだろうか。どもり、ごもる。そんな様子を想像して絡んできたのだろうか。だとしたら期待外れの振る舞いをしてしまったのか、申し訳ないと心にもないことを思う。


 まあ、そんな周りにいる――全員少なくとも二人以上の人間と食事をしている――人たちのことを、考えることなんてないんだけど。そんな人の目を気にするわけじゃないし。特に誰かに迷惑をかけているわけでもない。別に一人が好きというわけでもないが、結果的にそうなっている現状を変えようとしたこともない。なんというか、話す気にならない。他人のことを気にかけようと、あまり思わない。誰かが何かをしたとか、そりゃあ耳に入る程度のことは知っているが、あまり興味がない。


 人間に興味がない。


 ニュースはテレビを見ているから頭に入ってくるが、それも一度覚えてそして忘れてしまう。世間の流行にただ流されているだけだ。


 自分で何かをサーチしたこともない。

 興味が持てないから。


 ご飯を食べる。いつも通りの、おいしい、特に何も感じないご飯だ。おいしい唐揚げ、おいしいごはん、おいしい野菜。もぐもぐと、ただ口に運んでいく。咀嚼し、嚥下する。ただそれだけのことだ。一日のもう半分を生きるため。私はただ昼ご飯を食べる。そんなことを考えているわけではないけれど。ただ日課的に、日常的な習慣としてやることだ。


 私はいつもご飯を食べた後、本を読む。部屋にあった本だ。面白いかはどうかよくわからない。ただストーリーを目で追っているだけだ。字を、文を、目で拾っているだけだ。


 何も面白いことはない。

 それが私の日常だ。


「ごちそうさまでした」


 食べ終わる。誰も聞く人はいない。お弁当箱をしまう。今日も本を読もうか。そう思ってカバンに手を伸ばす。


 と、そこで手を止める。


 なんとなく嫌になった。なんとなく、今日は本を読みたくないと思った。


 私は席を立つ。

 何もすることはないのはいつものことだ。どうするか。


 とりあえず、中庭にでも行ってみるか。




 家に帰ろうとしていたら、学校の校門のところにいた。

 いた、という表現ではどちらかわからないか。化け物なのか、それとも助けてくれたあの彼なのか。


 校門にいたのは彼のほうだった。


「よぉ、生きてたか」


 気軽に気安く私に手を挙げて声をかける。青い髪にパーカーというヤンキーにしか見えない格好で、人目も気にせずに。

 そういうのはちょっとやめてほしい。


 まあだからと言ってやめてというほどのこともないんだけど。そんなことを言うほど私は真面目な子ではない。ここで彼に何を言ったとしても何もないだろう。


「生きてるって……もしかして死んでるとでも思ってたの?」


「そりゃあ思うぜ。俺が死にかけたんだからな。初めて会った時は。あれから会わなかったのか?」


「そうそう会うものじゃないでしょ」


 あんな化け物になんて。


「いや、会ってんだろ。お前の通学路にいたんだろ? それも2度も。こりゃあ何かあるとしか思えねえぜ。あの場所に、何かあるのかとしか思えないぜ」


「今日も、あの場所に行くの?」


「もちろんさ」


 はぁ……あきれた。それが彼の信条で、目的でもあるのだろうけれど。だけど好んで戦場へと足を踏み入れるなんて、そんなことをする人間がまだ現代日本にいたということこそが驚きだ。この平和な日本で、そんなことをしている人がいるのか。それも目の前に。


 現代日本らしからぬと言えば、それ以前に現実らしからぬことがあったのだが。化け物だなんてもの。あの色合いがよくわからない、透明か不透明かもわからないような、やけに形のはっきりした、それでいて不気味な形をしたもの。ああいう化け物としか呼びようもない化け物なんて現実に存在するわけないだろう。


 二度も会って、少しずつ受け入れつつはあるのだろうけれど、まだはっきりとは受け入れ切れていない。受け入れてしまったら本当に非日常に巻き込まれてしまう。

 いや、もう巻き込まれているのか。既に。


 ジャックの能力、天地指定(マイグラビティ)。重力の方向を変えるという能力。その能力を応用することによって空を飛ぶことができる。また、攻撃にも転用することができる。便利な能力だ。

 ただひとつ制限があることは、触れているものにしか適用できないということだ。化け物の重力だけを強くして、動きを緩慢にさせることはできない。


 ……冷静に分析してしまうが、本来あり得ない能力だ。能力だなんて、そもそもそんな言葉を使うものか。特殊能力だなんて。人間が本来持ちえない能力を持っている人なんて、いるわけがないだろう。


 というか、この世界に存在していいのか、疑問だ。重力は時間をゆがめると聞いたことがあるぞ? つまりこの能力は時空をゆがめることのできる能力だということなのだ。そんなことがあったら、なんというか……まずいのではないか?

 何がまずいとはよくわからないが、まずいものはまずい気がする。


 こう……世界の平穏的に?


「お前って、やっぱり結構落ち着いてんな」


 帰り道を一緒に歩きながら、ジャックは私に話しかける。一緒に帰るだなんて誰ともしたことはない。友達もいないのだから。みんな必ず二人以上で帰宅するため、私はここでも独りぼっちだった。

 しかも男子と二人きりで帰るなんて。そんなことをすることになるなんて思ってもみなかった。別にうれしいとかそういう感情はないんだけど。


「落ち着いてる、って?」


「いや、落ち着かねえだろ普通。あんな化け物が出てきた昨日今日なんだぜ? 学校に行こうだなんて思わねえよ。今日は一日ずっと家にいると、俺は思ってたぜ。あるいは、俺と同じように復讐に燃え上がり、進んで家を飛び出すか……。まあ、そういうことをするとは思わねえけどな。お前そんな奴じゃなさそうだし」


 まあ、確かに私は復讐に燃え上がるタイプではない。燃え上がったこと自体いままであんまりないし。何かに熱血したこともない。そんな無個性な奴だ。


「そんな、復讐とか大それたことしないって……」


「だろうな。何かに熱血するーってやつじゃあないんだろ? だとしても、あまりにも冷静すぎないか、お前。家に引きこもるか、外に出て化け物と戦うか。どちらにしても、お前は今日、学校に行くわけがねえんだよ」


「……どっちも、極端だと思うけど」


 化け物を恐れて、怖がって、もう外にも出たくないというのは、それはそれで臆病すぎる。化け物を憎んで、恨んで、自分から見つけ出し、倒してやろうというのも、それはそれで血気盛んすぎる。もうっちょっとニュートラルなものが普通じゃないか?


「いいや、極端でもなんでもねえ、それが普通だ」


 否定された。


「というか……もう少しうろたえるべきなんだよな。化け物に会ったことも、俺の能力を体験したことも。もう少し不思議に思って、怯えるべきなんだよ」


「怯える……」


「俺の姿を見た瞬間に、うわ、とか。こいつまた来やがった、とか。そういうことを思うべきなんだよ。だが、お前の顔にはそういうのはなかった。ただ単に、知り合いに出会ったかのような気軽さしかなかったぜ」


 知り合いにのように気軽かったのはジャックのほうだ……というのはこの場合不適切なのか。今は私の話をしている。彼が私に知り合いのように話しかけたように、私も彼に知り合いのように話しかけていたということか。異能力者に話しかけるような、怯えと恐れを含めたようにではなく。


 化け物との関係者に、話しかけるようではなく。


「淡白なのかねぇ……それとも心が本当に図太いのか。どちらにしてもお前、変な奴だな」


 知ってた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ