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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第2章 天地指定
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 つまりあの時点で彼は能力を使用し、重力の方向を変えた。上から下への向きではなく、下から上へ。地面から空へと。重力の方向を変えることで、私たちは上へ落下した。だから空へ飛翔したのだ。私がそうかもしれないと思っていた力は、やはり当たっていたということである。上空へ向かって落ちていく感覚。それはそのまま、上空へ向かって落ちていただけなのだ。


 恐ろしい能力だ。


「つっても、あの化け物にかかる重力だけを大きくして、足止めするってことはできねえんだけどな」


 山を下りながら、そんな話をする。そこまで高い山じゃない。単なる丘程度だ。家からは歩いて帰ることができる。近所の山というだけでどのあたりにある山なのかはわかる。このジャックというやつを信頼するのならばだけれど。


「だってお前、相当きつく抱きしめてたからな、俺も苦しかったんだよ。早く下ろしてやらねえと、俺の肋骨が割れかねなかった」


 そんなに強かったのか。それは悪かった。しかし今思えば思いっきり抱き着いていたのはとても恥ずかしい。いまさらだが年頃の女の子のように羞恥心が出てくる。別にそういう目で見ていたわけではないのだけれど。


「この能力が使えるのは、俺に触れているものだけだ。俺と、俺が触れているものの重力を変えることができる」


「ああ、だから……」


 いきなり抱き着けといったのか。まったく、なんて恥ずかしい思いをさせるんだ。あのときは必死だったからそんな余裕はなかったのだけれど。


 そしてもう一つ思い至った。彼がどうやって私を助けに来たのかだ。三方塞がり、そして目の前には化け物という状況だった。そこで彼が助けに来るのならば、怪物の裏からでしかありえないはずだ。しかし彼は化け物に対峙するように、自ら三方塞がりに入ってきた。彼は上空からあの場所に来たのだ。私にとっては逃げ道はなかったが、彼にとってはまだ上下という逃げ道があったのだ。

 彼にとっては、動ける次元が一つ違う。


 ……それってものすごく強くない?


「ああ、強いだろ?」


「それ、自分で言う?」


「誰も言っちゃくれねえだろ? だったら俺が自分で言うしかないだろ」


「……そう」


 しかし重力とは、なかなかに汎用性が高い。先ほどのように空を飛んで逃げることもできるし、ひょっとするとあの剣さばきも、重力による重みを加えているのかもしれない。だからあんな物騒な音をしていたのか。


「にしても、便利な能力だね」


「そうでもないぜ? 加速するときにはGがかなりかかるし、高速に移動できたからって特に何かがあるわけでもねえ。人込みで使うわけにはいかねえしな。まあ、あの化け物を追うときには便利だがな」


「あの化け物……ねえ、いろいろ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「どうぞ?」


「あの化け物と、どのくらいの頻度で戦ってるの? あ、いや――殺しに行ってるの?」


 言葉には気を付けよう。


「そうだな……最近は1週間に一度くらいの頻度だったが、昨日の今日で出たしな……基本的にはあいつはいつ出るかわからねえ」


「神出鬼没ってこと?」


「ああそれだ、神出鬼没。いつ出てくるかわからねえが、わかったらすぐに駆け付けるようにしている。んで! 殺しに行く」


 彼は背中の細長いバットケースのようなものを指さす。あの中に、日本刀があるのだろう。にしても、あの日本刀は本当に、強度的には大丈夫なのだろうか? 追加された重力とともに振り下ろすのは、刀身にものすごい負担がかかるのではないかと、素人目には思うのだが。いや、あの化け物には突き立てても大丈夫なのか? この世ならざる物質でできてそうだったけど、だからといって現実の物理法則は適応できないと決めつけるのは感覚的に納得できない。


「ほかにも質問があるんだったよな?」


「あ、そうだ。えっと……あの化け物は、人を襲うの?」


「は?」


 何を言っているんだ、というような顔をされた。


「当たり前だろ……じゃなかったらお前は逃げることなかったじゃないか」

「いや、そうなんだけどさ、あの化け物……ただ逃げてる人間を追っているだけなのかもしれないじゃない。ただ襲われていると勘違いしているだけで……」


「そんなわけねえじゃねえか」


 ジャックは言う。あきれたように。何も知らない私に対して、なんでもないことを教えるように。つまらない、だれでも知っているような常識的なことを教えるように。

「あいつは事実、俺を襲ってきた」


「…………」


「あの爪を見たか? なかなかに鋭いぜあれは。なにせ肉がえぐれるくらいだからなぁ」


「肉っ……?」


 私はジャックの言葉にぞっとした。冷たい何かを背中に流されたような感じ。足の先からびりびりと、痛みに似た何かが駆け上がってくるのを感じた。


「この、肩から胸のあたりまで、一撃でやられた」


「一撃で……」


 あの爪は、そんなに鋭いのか。えぐれるというのがどのくらいの程度を言うのかはジャックの言葉からはよくわからなかったが、相当なものだということは想像できる。その表現を使うということは、そういうことなのだろうから。


「一撃で済んだのが助かったもんだけどな。家にあったこの刀を見つけて、それで殺したってわけよ」


 その日本刀にはそんな過去があったのか。なるほど、命を守ってくれた大事な刀ということか。武器として非効率的とか、そういうことはあまり考えたことがないのかもしれない。ただ自分を守ってくれた、そういう存在として大切に思っているのだろう。


「殺した、って言ってるけど……生きているわけだよね?」


「……まあ、そうだな。よみがえってるのかどうかは知らないが、とにかく倒してもきりがねえ。その場では、完全に消滅したように見えるんだが……どうしてか、あの化け物はまたよみがえる」


「消滅って?」


「消滅だよ。ある程度ダメージを与えられたら、死ぬようだ。その場で、ぱあっとな」


「ダメージって……」


 ゲームであるやつだ。そういうところまで子供っぽいのか。しかし私はその様子をみたことがないためわからない。本当にそんな感じなのだろうか。


 見たいとは思わないのだけれど。

 もうあの化け物には会いたくないんだけど。


「化け物、っていうけど……あれって、名前は何かあるの?」


 でも私は、化け物のことをまた訊ねてしまった。


「名前なんかつけてねえよ。化け物は化け物だ。あんた、自分の食う肉に名前なんか付けないだろ」


 まあ、確かに言われればそうだ。彼にとって、化け物との戦いは狩りなのだろう。傷をつけられた恨みで戦っている。その恨みが晴らせれば、そこで終わり。晴らすためには、あの化け物を殺さなければならない。


 でもあの化け物はよみがえる。

 よみがえるたびに、殺しに行く。


「どのくらいの間、戦い続けてるの?」


「殺し、だ。そうだな……」


 ジャックは遠い目をした。


「もう何年か……数えてねえな」


 ――バカだ。


 もう、戻りようもないほどの、バカだ。狂っているほどの、バカだ。


「さて、質問攻めはそのあたりでいいか? 今度はお前に興味がある」


「な、なんでしょうか……」


 興味があるって。


 その言い方はとても怖いぞ。変質者のようだ。いやまあ、格好は変質者なのだけれど。

 ちなみにあたりはもう暗くなっていて、星や月が空に瞬き始めている。薄暗い路地もこの時間になると薄暗いどころではなくなる。足元が見えなくなる。女子にとって危険とかそういうところではなく、普通に歩くことが危険だ。あの道には何があるのかわからない。


 最近は化け物も出始めるようになったのだから。

 冗談でもないけれど。


 そういうわけで遠回りにはなるが、人通りの多い道を通る。周囲からはどう見られているのだろうか。青い髪をしたチャラ男と、地味で平々凡々な女子高生。……ミスマッチだった。急に恥ずかしくなった。


「お前のことについて教えてくれ」


「……私のこと?」


「そうだ。なんだかんだ言って、お前は結構質問してたからな……俺が質問する権利もあるだろ」


「ああ……そういうこと」


 なるほど、私は情報を手に入れるだけ手に入れておいて、彼に何か対価を与えたわけではない。むしろ命の恩人で、恩義を感じるべきなのは私だ。恩返しをしなければならないのは私だ。


「いいよ、私にこたえられることなら、なんでも聞いて」


 私は半ばあきらめ気味に、そう言った。


「お前、彼氏とかいんの?」


 ――一瞬、思考が停止した。彼の表情を見るとにやにやとしていて、ただのからかいのように見える。

 ただ、そのからかいも私にとっては地雷だった。


「……別に、いないよ」


 暗く、低く、私はそう言った。


「およ。なんだよ。最近の女子はかなり進んでいるって聞いたんだが」


「……進んでるって?」


「いくとこまでいってるってわけさ」


 品性の低い話だった。ため息をつく。


「別に、そういうのは一部だと思うよ。一部の、そういう何も考えてないような人たち」


「ああ、まったくだ。早熟すぎて嫌になるねえ」


 はははっ、と彼は軽快に笑う。……ちょっと意外だった。彼こそ、いっているところまではいっている人だと思っていたのに。失言をしてしまったと思ってしまったのに。


「恋愛くらいはいいんじゃねーのか? そんくらいならみんなやってるだろ」


「……そうだね」


 そのとおりだ。みんな、やっている。


 私には友達もいないのに、恋人なんてできるわけがない。

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