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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第1章 吉光里利
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 帰り際に、私はもうあの化け物に会わないのではないかと思っていた。もう昨日のことは私の妄想だったということで結論にしたい。もう気にすることも疲れてきた。あまりものを考えることをしてこなかったのだから、あの化け物はなんだったのかと自問自答するのはただの徒労だった。考えたところでまったく状況は変わらないのだし、状況という状況は昨日のあの1分足らずのことだけだったから。


 ……今思い返しても、やっぱり夢か妄想、考えすぎだったのではないかと思う。

 なので今日も何も変わることなく、あの薄暗い路地を通って帰ることにした。


「……と、通りますよー」


 誰もいない路地で、私は発声する。本当に誰もいないものであってほしい。ただ、昨日は違ったから心配せずにはいられない。いや、あの件は私の中では妄想で片付いたんだっけ? どちらにしても、声に出したものは、もうどうしようもなかった。


 私は自分の声に従うように、その道に一歩を踏み出した。


 その瞬間に、出た。


「――――」


 声も出なかった。


 いつも通りの路地裏に、また昨日と同じ化け物がいた。ただ、今日は赤色が多いようだ。透明か不透明かはわからないが、色合いだけは昨日とは少し違うようだった。形は同じであるようだ。形だけははっきりとしている。少し放心していて、そして昨日より冷静に考えられる。この化け物の形状。


 概形はカエルの姿のように見える。しかしところどころがいろいろ違う。翼が生えている。ドラゴンみたいな翼だ。あれで空を飛べるのだろうか? たぶん飛べるだろう。脚は……なんというのだろう。カエルのように長いゴジラみたいな脚だ。といえばわかりやすいだろうか。たぶんわかりにくい。体もゴジラのような肌をしているようだ。触ったことがないからわからない。


 触りたくない。


「きゃああああ!」


 叫んで、私はまた路地を引き返す。

 やっぱり私はこの路地を通るべきではなかったんだ! ひええ! 化け物様! どうかこの路地はもう絶対に通らないので許してください! お願いします!

 心の中で言ってもしょうがないことだった。


「お願いですぅぅ! 許してくださいぃぃ!!」


 振り向く。


 飛んで追いかけていた。


 やっぱり飛べるんだ。なんて感心している場合じゃない!

 言ってもしょうがない。止まらない。やっぱり化け物には言葉は通じないいい!


 私は走る。心なしか昨日よりも走り慣れている気がする。追われ慣れているというのか。昨日帰ってきてから妄想していた逃走ルートを目指す。

 妄想していた甲斐があるのかどうか。私は昨日のようには転ばなかった。昨日よりはあまり疲れていないようだ。よし。


 ……なにがよし(、、)だ。自分で自分の思考に突っ込む。


 とにかく逃げないと、逃げないと! 人通りの多いほうへ! とにかく人通りの多いところに行けば、まずは私個人の問題ではなくなる。警察沙汰になってくれればなんとかなるはずだ。なんとか? 化け物に対して警察が何かしてくれるのかははなはだ疑問だが。とにかくこれを、この恐怖を、他人にも共感してほしかった。


 逃走ルート、あれ、右だっけ? 違う左だ! 迷っている時間が恨めしい! こうしている間にも、化け物は追ってきているんだ――


「あれ?」


 ちょっと後ろを振り向いたとき、そこに化け物はいなかった。今日も、いなくなった。私は足を止める。


「どこ行った……?」


 そんな探すような言葉を出す。あの化け物を探す義理はないのだけど。警察に突き出したいという気持ちだろうか。そんなわけでもないのだけれど。怖いものがどこにいるのかを把握したいというものか。


「……んー?」


 昨日と同じように、いなくなってしまっていた。あの化け物は、やはりあそこに居ついているのだろうか? 地縛霊みたいに。

 だとしたら迷惑だ。いますぐ撤退してほしい。そう願う。


 その瞬間――私の頭上に影が現れる。


「あっ……!?」


 翼が生えていたのを思い出した。翼がある。翼とは空を飛ぶためのものだ。つまり、化け物は空を飛ぶ……!


 見上げる。化け物は――飛んでいた。


「きゃあああああ!」


 再び叫んだ。私はまた、走り出した。

 今度は、路地のほうへ。


 愚かな選択だと気付いたのは走り出して、もう後には引けないところだった。



「……おーっと、昨日と同じ場所に現れやがった」


 彼は近くの高層ビル、その展望台にいた。双眼鏡をのぞきながら、ガムをくっちゃくっちゃと噛んでいる。身長はそこまで高くない。しかしその外見はとても奇抜だった。短髪の、赤い髪。赤黒かったり、鮮やかな朱色だったり、まばらに染髪されていて一見しただけではなんと言うこともできない、奇妙な色だった。春も真っ盛りなのにパーカー。ダメージジーンズ。そして登山用と思われるトレッキングシューズだった。

 彼は噛んでいたガムをごくりと飲んだ。


「まーったく……バカの一つ覚えかぁ? 今度は。これじゃあまるで退治してくれって言ってるようなもんじゃねえか。あそこに、なんかいるのかねぇ……もしくは、誰かいるのかねぇ」


 彼はパーカーのポケットから今度は長いチョコバーを取り出す。そして袋をばりっと破り、頭からがぶりとかぶりつく。ごりごりと、口の中でかみ砕く。あたりにはお菓子の食べかすが散らばる。


「どうしてあそこにいるのか……昨日と同じ場所にいるのか、これはやっぱり調査が必要だよな。はははっ、調査とか、そんな頭のいい言葉使ったの、久しぶりだなぁー」


 彼はばりばりとチョコバーを食べきる。ゴミは持ち帰らず、その場に捨てる。

 それに代わるように、彼は床に置いていた荷物を持ち上げる。その荷物は、竹刀袋のように細長かった。


「じゃー、行きますか。……あの化け物、いつになったら死ぬのかな」

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