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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
最終章 少し楽しいことかもしれない
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 翌日。


 私たちは紗那のいる病院に来た。紗那はまだ安静にしていなければならないそうで、背中に衝撃をあまり加えないようにとギプスをしていた。しかしそれ以外はとても元気だった。


「おはよー、さとり」


「うん、おはよう」


「いやー、やられちゃったよ」


「そんなに軽く言うこと? 結構ひどかったように見えたんだけど」


「ひどかったよー? もう動けないくらいに。ってか今も不要に動かないようにって言われてる。背中だから何気なく動かすことがたまにあって、そのたびに痛みに悶えてるよ」


「それは……不便だね」


「あはは、でもギプスにも少し慣れてきたから別に何も問題なし。ものを書くことはできるしね」


 紗那のベッドにはテーブルが備え付けられていた。そこにはノートと、そして参考書と思しきものが置いてあった。


「大学受験?」


「そ。まあ漫画家になることは別にあきらめたわけじゃないけどね。ある程度稼いで生活に余裕が出てきたら、また目指してみればいいしさ。それに、いい作品を描くにはいろいろ物を知っておかなきゃいけないらしいからね。大学に行くのも、まあ悪くないかなって」


 紗那は自分の中で夢と現実の折り合いをつけることができたらしい。怪我よりもそちらのほうが心配だったかもしれない。これで怒鳴られることはなくなるわけだ。いや、そういうことじゃないんだけど。もっと素直に紗那が元気になったことに喜ぼうよ、私。


「でもねー、受験勉強も面白いんだよー? 特に物理ね。これは好きにならざるを得ないよ」


「へぇ、そうなんだ」


「まあ、うちの先生はとても分かりづらいけどね。この本――」


 と紗那がサイドテーブルに手を伸ばしたとき、紗那の動きと言葉が停まった。どうしたのだろう。違和感とともに紗那を覗き見てみる。

 険しい顔をして、汗をかいていた。


()ぅ……」


「あーほらほら、じっとしてて。ちゃんと姿勢をたもって」


「うう、すまないさとり」


「いいって」


 紗那はどんなに元気に見えても怪我人なのだ。病人らしく、ベッドで寝ていないと。私は紗那をまるで介護しているように紗那の体勢を整える。


 物理の本は私自らがとった。読んでみたがそこまで面白いものなのかは私にはわからなかった。


「そういえば、私も、手に入れたよ!」


 紗那はテンションを高くして言った。


「何を?」


「ふふふ……能力だよ」


「……ああ」


 そうだった。化け物に触れられたのならば、能力を手に入れたはずだ。ルートの話が正しいのなら。この紗那の様子では、紗那は何か、能力を手に入れたようだ。ジャックやルートのような、そんな能力に。


「名前、聞きたい?」


「あ、考えたの? 天地指定(マイグラビティ)とか、拡張生命(ライフエクスミー)とか……そういう横文字のついたやつ」


「そう、私もちゃんと考えたんだー」


「へ、へぇ」


 ジャックやルートから話を聞いたときはそういうものだと思っていたが、いざこうして真正面から考えたと聞くととてつもなく違和感を覚える。中二病というのか。


「私の能力――幻像創造(アイムクリエイター)


 紗那は手のひらを上に向けて、私に腕を差し出した。

 何が起きるのか?


「…………」


 何も起こらなかった。


 もしかしてなにかが起こったのだろうか? それとも実は能力なんてなかったのだろうか? いや、ルートさんも言ってたじゃないか。


「ふふふ……見えないよね。でも、こうしたら」


 紗那はその手を傾ける。すると、何かが落ちたような音がした。布団にぱさっと落ち、そして床にぶつかる音がした。金属のような、それにしては鈍い音。


「私の能力、何度でもいうよ。幻像創造(アイムクリエイター)――それは、見えない物体を作り出す能力」


「え……」


 見えない物体、それが、紗那の能力だというのか。


「これで私も、能力者の仲間入りだね。いえーいやったー!」


「そう……だね」


 またもや物理法則を無視する能力に、私は驚きを隠せなかった。



 こうして、私と紗那は今まで通り、今までとは少し違う関係性になったのだ。能力も手に入れ、これから化け物との戦いも少し変わってくるだろう。

 しかし、あの化け物は紗那の絶望から生まれているというもの。私もそれが見えた。紗那の絶望が、化け物に入っていく様子が。紗那の絶望そのものが、私たちを襲ってきたということが。

 つまり化け物は誰かの絶望で、私たちはその化け物を殺す。こう考え直そう。私たちは、世界中のみんなの絶望を、昇華しているのだと。どこにも生きようにない絶望が化け物になる。私たちはその化け物を倒し、絶望の連鎖を打ち切ろう。


 私は化け物を引き付けるらしい。世界中の絶望をひきよせて、それを断っていけるのなら、それよりいいことはないだろう。私にとって迷惑極まりないことではあるが、それがそうならば仕方がない。

 それがそうであるならば、私たちはそれに従うだけだ。


 世の中と、化け物がめぐっているというのなら、わたしたちもそのめぐりの中にいる。


 おおきな化け物と言う異常な流れに。


 私たちはその流れの中にいる。


 そういえば、私たちの名前が決まったらしい。私は別にどうでもいいと思っているが、紗那がつけたのだから仕方がない。


 私たちの、能力者たちとそうでない私ひとりのチームの名前。


 名付けて、『プレイヤーズ』。


 能力者でもあり、祈禱者でもあるという意味らしい。『プレイヤーズ』。能力者が私以外だとしたら、私は祈祷者か。何を祈祷しているというのだろうか。


 できるならば、化け物すら現れない、絶望もない世界を祈祷したい。


 それでも出てくる化け物に手を焼かされる。


 いいだろう。それが現実なのだから。


 というわけで、これまで独りぼっちで誰とも何も関係してこなかった私に友達ができた。化け物によって、私の生活は、結局変わってしまったのだった。

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