Ⅲ
「へへっ、いいところを選んだじゃねーかリリ! こーゆーところなら、戦いやすいぜ!」
私が化け物を誘導したのは、近くにあるほとんど無人の駐車場だった。車すら止まっていない。あの路地ほどではないけれど、ここもなかなか人通りは少なかったはずだ。平日の昼間ならなおさらだろう。そしてその条件はジャックが戦うのにはもってこいだった。
ジャックは化け物との間合いを図り、着実に化け物にダメージを与えている。日本刀の良さを引き出しているというのか、そういえば剣道はこういう間合いでやるものじゃなかったかと思う。うろ覚えだけど。
引き合って、一撃。化け物の攻撃をさばきながら。そして退く。ただの猪突猛進ではなくなっているところを見ると、とてもいい戦い方だと思う。
「はん、やるなあ、おい! ほら、ならこれで、どうだ!」
……あの化け物の攻撃一つ一つには、紗那の背中を切り裂いたような鋭さと重みがあるのだ。間近で見たからその怖さはわかる。それが、あんなに自分の方向に向かってきているのか。そう思うとジャックはとてもすごいことをしているのだとわかる。
「よし、一気に決めるぜぇ!」
「うん!」
私のほうにジャックは走ってくる。もうこの状況にも慣れるものだ。ジャックは私の体重を借りて、例の必殺技、天地分裂をしようと考えているのだ。私のことをただの重しにするというのはどうかとは思うが、必要としているようなのだからとやかく言うことじゃない。
私は手を差し出す。
すると、ジャックは私に抱き着いてきた。両手を広げて、私を肩から抱擁した。
「えっ」
突然の全身への衝撃に驚く。体の中心軸からは外れているとは言っても、男の子がぶつかってきたのだ。それなりの重さはある。
それより、抱き着くとは。
いつもと違うぞ?
そのまま私が何もできずに固まっていると、ジャックはおかまいなしに能力を使用し、空を飛んだ。いつもの重力が消えて、ゆがめられる感覚。
「な、なんで抱擁?」
「こっちのほうが、体重かけやすいだろ」
「あ、まあ、うん」
手をつないでいるだけで効果があるのかは自分でも疑問だったが、こうして抱擁しているのなら十分に乗るだろう。
「んで、俺の手を握れ」
そう言ってジャックは日本刀を差し出す。いや、差し出しているのは柄を握っている右手だ。これを上から握れということだろうか? 私は戸惑いながら、ジャックの右手に左手をかぶせる。一緒にダンスを踊っているかのようだった。胸と胸が近い。男の子のごつごつした手。少し大きな手。いつも握りなれているのでそれほど抵抗はなかった。
「じゃあ、今回は飛ばすぜ」
「うん」
いつもより今日は高く上がっている。化け物もまた翼を広げて、私たちに向かってくる。あの化け物、地上ではあまり早くないが、空を飛んでいるときはまた速いようだ。すぐに追いつかれそうな気がする。
「早めにやろう。上がってくる前に!」
「そうだな、行くぞ」
ジャックは刀を振り上げる。もちろん私の左腕もそれに従って振り上げられる。しかし化け物が思ったよりも速い。これは間に合うか……? 疑問だったがやるしかなかった。
「さんにいいちで合わせるぞ。しっかり振り下ろして、そこから地面に叩きつける!」
「うん!」
化け物が上がってくるのを待つ作戦か、なるほど理解した。ただこの作戦の場合化け物と腕一本、いや二本で迎え撃つことになる。なかなかにハードそうだ。
化け物が、こっちに近づいてくる――
その時、化け物がよろめいた。ぐらっと、速さの向きが少し変わった。
何か、見えないものに当たったかのようだ。その様子にジャックは驚く。何が起こったのだろうか。ほんの一瞬の出来事だが、違和感があった。
その直後も、がん、と。がん、がんと化け物は何かにぶつかっているようだった。何かがあるのか?
「一体、何が……」
「おい、ジャック!」
声がした。地面のほうを見る。いつも通りの真っ黒のスーツ姿で、ルートさんがそこにいた。
「決めろ! 今だ!」
「へ! そんなことわかってら! おら、喰らええええ!」
ジャックはルートの言葉に答えるように、地面への加速を始めた。さっき取り決めた約束なんてなかったかのように。何の予告もなしに。
「え、えええええええ!」
ジャックは腕を振り下ろす。もちろん私もそれに従って左腕を振り下ろすことになる。
ええい、ままよ! 私も負けじと振り下ろす。化け物の姿が近づく。透明か不透明かはわからないけれど、それでも形ははっきりしたものである。その形にむけて、奇奇怪怪な形状に向けて、私はジャックの腕とともに、刀を振り下ろす――
入刀時の音はしなかった。
でもそこから、ぐい、ぐいと奥に切り込んでいく感覚がする。化け物の中身がどうなっているのかはわからない。透明なのか不透明なのかもわからないが、その内部構造というのはどうなっているのだろう。人間のように臓器があるとは考えられない。感触的にもそういうのはないように思えた。
そしてそんな抵抗と戦わなければならないのはもう一つ。下から上に吹き上がってくる風、そして自由落下以上の感覚――恐怖と気持ち悪さと戦わなければならなかった。
こればっかりはどうしようもない。吐かないように胃を腹筋で抑えて、怖いのは肝を鍛えるしかなかった。
化け物のなかに刃を入れたまま、地面に叩きつける――ジャックの天地指定の衝撃に耐えることがなによりも重大なことだった。
「ううう……!」
ジェットコースターに乗ったことはないものの、それよりも強い浮遊感と衝撃。耐えるために私はもっとジャックにしがみつくのだった。胸が当たっていることを気にせざるを得なかったがそうならざるを得ないのだから仕方がないだろう。もちろん嫌だがそうも言っていられない。
「うおおおおおおおお!」
地上が近づき、そして――
着地する。
地面の衝撃をうち消すように、化け物を地面にたたきつける。刀を――振り下ろし切るっ!
「うりゃあっ!」
「――であっ!」
ジャックの言葉につられて、私も声を発する。
地面にたたきつけられ、刀で切り付けられた化け物は、そのダメージに耐えきることができなかったのか――その場で、つぶれるように破裂した。
ぱん、と破裂した。
……化け物が破裂した後の、きらきらとしたものが空を舞う。
私はジャックから腕を振り払ってその場にへたり込んだ。ジャックは非常に軽く私を離してくれた。
「ふぅ、大丈夫か」
「うん、大丈夫……あ、そうだ! 紗那は!?」
ルートさんがいたはずだ。聞けばわかるはずだ。あのあと紗那はどうなったのか。かろうじてあの時は生きていたに違いないが、私はあのあと、見捨ててしまった。紗那の傷を診もせずに、その場を離れてしまった。もちろん私が診たところでどうなるというわけでもないし、私はあのとき化け物を学校の外に出さなければならなかったのだから仕方がないと言えば仕方がない。
でもそれはただの後付けの言い訳でしかない。実際に起こったことはただ私が紗那を見捨てたということなのだから。
「ああ、無事だ。命には別条はない。出血多量の、寸前だったけどな。今は病院にいるはずだ」
よかったと、胸をなでおろす。これでひと段落したというものだ。
「でも、そういうことは……つまり、さ」
「ああ、紗那は――能力を手に入れた」




