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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第1章 吉光里利
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 翌日、というか翌朝。


 私は遠回りをした。

 いつもどおりの薄暗い道を通ることが、昨日の今日でできるわけがない。あそこを彼(化け物のこと)がテリトリー、すなわちなわばりにしているのなら、もう通ることができるわけはない。


 彼……と便宜上、あの状況ではなぜか思ってしまったが、あの化け物に性別はあったのだろうか? ないと思う。化け物だし。でもどうして彼と言ってしまっているのだろう? うーん。別に彼女でもいい気はするが、やはり彼というほうがしっくりくる。

 だって、女子を追い回すのは男だから。そう相場は決まっている。


 って、私は女性的魅力が皆無なのだった……。そんな男がいるわけもない。私を追う人なんて。となると私の妄想か? 私が追い回されるほど、女性的魅力を持っていると。少なくともあの瞬間だけは感じられるように、私の脳が無意識で生み出したものなのか?


 それは……嫌だなあ。


 もちろんまったく可愛げのない私のことは嫌いだけど。私のことは――私が一番嫌いだ。


 いつもと違う道を通っているために、人の往来に驚く。にぎやかなお店が様々な広告音声を出し、人々をいざなう。なんというか、ここを通ってはいけないような気がしてくる。テリトリー感か。私はあの道を、自分のテリトリーとでも思っているのだろうか。あの薄暗い道が、私にとってある種排他的な領域となっているのだろうか。


 確かに、小さいころから、引っ越してきたころからあの道を通っていたから思い入れがないとは言えない。


 ……かもしれない。


 あの場所に執着を覚えたことはない。


 テリトリーといえば、やっぱりあの化け物を思い出してしまう。どうしてあの化け物はあそこにいたのだろう? テリトリーにしていたというのは私の妄想のまたひとつだったのだろうけれど、どうしてあそこにいたのか。疑問に思わざるを得ない。


 あの薄暗い路地に、どうしてあんな化け物はいたのだろう?


 化け物に理由を求めてはいけないのだろうけれど。


 ……なんだか、私はことあるごとにあの化け物のことを考えている。そこまであの化け物に惹かれたか。いや、今でも思い返してみれば怖い。あの嫌な色、そしてやけにはっきりした形。どすどすと進んでくるあの恐怖感。


 そして、突然消えた……。


 何があったんだろう?

 あれは……そのことも、私の妄想だったのだろうか? ここまで妄想を推し進めるか。あの薄暗い路地で化け物に出会って、逃げて、怪我をしたというあれは……単なる私の妄想だったのだろうか。


 だとすれば私はものすごく哀れな子だ。

 間抜けなことをしてしまったのかもしれない。



 学校にいたが、やはりあの化け物のことが頭にちらつく。いつあの化け物があらわれるのか、びくびくしながら授業を受けていた。ちら、ちら、周りの様子をうかがっていたりした。完全な変な子だった。いつもは授業にただ集中して、周りの人たちのことなんか見向きもしないのに。結局化け物は現れなかったが、周りの人と目が合ってしまって、気まずくなることが多々あった。


 ……やっぱり私の妄想だったのだろうか。やっぱりあんな非現実的な色合いは夢の世界にしか登場しないのか。何色だったか。透明だか不透明だかわからない、そんな色合い……うっすらと思い出せるが、描けと言われて描けるものではないだろう。非現実的なんだもの。描けるはずがない。


 描けないなら、存在しない?


 それはそれで、なんか嫌な考え方だと思う。


 ただまあ、絶対にクラスメイトに話したところで理解はしてもらえないだろう。帰りがけに私化け物にあったのー色合いが変で形ははっきりとした化け物にねー。でー、化け物から逃げてたら転んでケガしちゃったんだー。とか。


 ……はぁ。そんなこと、気軽に話せる友達なんていないのに。

 昼ご飯を一緒に食べる友達もいないのに。


 ……授業中に化け物に警戒しつつ、まわりの人たちを見て思った。いろんな人がいるな、と。

 ある授業には熱中し、その他の授業にはまったく無関心な偏った人がいる。授業中にも本を読んでいる人もいる。内職している人もいる。どの授業にもまったく関心を持たず、携帯電話をいじっている人もいる。


 みんな、何か違う。


 みんなは私と違って、友達もいるし、ともすれば恋人もいるのだろう。いろんな人たちがいる中で、かたや私は何だろう?

 授業には集中している……でもそれは、他に何もすることがないからだ。真面目とか、大学に受かって何かを成し遂げてやろうとかそんなんじゃなくて、ただ暇だから。授業という1時間が、暇だから。

 家に帰ってもそうだ。何もすることがない。食事をして、テレビを見て、それが終わったら勉強をして。普通で、何も特筆すべきことのない、平凡さ。


 そんな平凡さ。

 何かをしようと、成し遂げようと、一瞬たりとも思ったことのない平凡さ。


 ……実際、これはおかしいのだろう。異常なのだろう。


 変な人だ。まったく夢のない、『何がしたい』や『何がほしい』がまったく少しもない人間というのは。ただ流されるだけ流されて、高校生になった。私のいた小学校から、みんなの行く近くの中学校。大半の人が行く、高校。そして、偏差値50をふわふわしながら日常を生きている私。


 夢なんてない。


 だから多分、大学に行くにしても、公務員で終わると思う。公務に従事して、そしてそこで終わり。結婚なんてこの性格じゃできないだろう。そして年金を受給するかどうかというころ合いで、死んでしまうのが定石だろう。


 平凡で、起伏のない人生。


 ――あの化け物が、いなかったならば。


 私は知らずのうちに身震いしていた。


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