Ⅱ
「……何やってるんだろ」
私は、町にあるもっとも高い建物にある展望台に来ていた。人はそこまでいないようだ。こんなにきれいなところなのに、どうして来ないのだろうか。みんな忙しいんだろうな。そう思いつつ、双眼鏡を覗く。
見ると、さとりと、ジャックと、そして例のイケメンが話していた。わきには学校でみたリムジンもある。やはり何の話をしているのだろう? さすがにこの距離じゃ何も聞こえない。千里眼ならぬ、遠い耳……いや、遠い耳と言うのは違うか。それはきこえないほうだ。私が言おうとしてるのはなんでも聞こえるほうだ。
ああ、そうだ、地獄耳だ。お母さんとかがそうだ。本当にいい能力だよなあと思う。いろんな話が聞けるのはいいことじゃん?
「…………」
しかし何をやっているのだろう。まったくわからない。話しているようだということはわかるが口がどう言う風に動いているのかはわからない。分かっても読唇術は使えないんだけど。
おや、場所が変わった。何か意図のあるような動き方だ。何をやっているんだろう。ポジション分けのようだが、何のポジションなのか。どんな意図があるのかはさっぱりわからなかった。
「ふー……」
コンビニで買ってきたマシュマロを開ける。ひとつ取り出し、ふにふにして半分だけ噛み切って食べる。中には何も入っていないシンプルなマシュマロ。これがいいんだよねー。しゅっと口の中で溶け始める感覚。口にもちゃもちゃと含みながら甘さを堪能する。ああ、おいしい。甘い。
噛み切ったもう半分を口の中に入れる。二つ目はそんなことも気にせずにそのまま食べた。
もう一度双眼鏡を覗きこむ。見ると、長身のイケメンが薄暗い路地に入っていく。しかし残りの二人、さとりとジャックは動かない。何か警戒しているのか、動かない。本当に何をしているのか? 上空から見てやろうと思っていたが、何か後ろめたいことをしているような気がする。
そして、長身のイケメンが走って戻ってきた。その瞬間に、さとりは走った。ジャックのほうはと言えば、走っていなかった。
何があったのだろう――と、訝しんだその時。
そこに、変なものが見えた。
透明か不透明か分からないけれど、輪郭だけは、はっきりしている。
奇妙な形をした、それを見せつけるような――存在。さとりとかジャックとか、後ろめたさとか、そういうことを一切忘れて、私はただその存在に驚愕した。
見たこともないようなもの。見てはいけないようなもの。色彩だけが少しわかるものの、それが、存在しちゃいけないと。あんなものが存在しちゃいけないと感じた。存在自体が、ありえないような。存在することは、この世の理に反するような――そんな風に感じた。
びっくりした。驚いた――あんな、化け物が。化け物が、いるなんて。
漫画やアニメの中じゃなくて、現実世界に出てくるなんて。
ぱさ、という音がする。マシュマロの袋を落としてしまったことを遅ればせながら気づいた。拾おうと思った瞬間に、私は息が詰まっていたことに気付いた。
怖かったのだ。
恐怖していたのだ。
心臓が、少しずつばくばくと鼓動する。
興奮? いや、違う――恐怖だ。
双眼鏡越しだが、あれほどまでに――異質なのか。
「さとり……!」
そうだ、さとりは!? あの化け物、さとりのほうに向かって行った気がする――
双眼鏡を、必死でつかみ、覗く。どうしてこんなに焦っているのかというくらい慌てて動く。
見る。そのとき私はまた腰を抜かすことになる。というか、実際に腰を抜かすことになった。双眼鏡から手を放し、思わず後ろに足が
ジャックが、飛んでいたのだ。さとりと一緒に。まるで鳥のように。そしてその後ろを化け物が追っている。まるで映画のような、まるでのつかない非現実が。
あ、あ、あ。声にない言葉が口から出ない。
――踏み込んでしまったのか?
私は――見てはいけないものを見てしまったのか?




