Ⅲ
「……なんですかこれ」
私は学校を出て、校門を出ていつもどおりの通学路を通ろうとしていたが、いつも通りになったのは校門までだった。
校門には、リムジンが停まっていた。
……いや、絶句するほかはなかった。まさかリムジンなんてものを、現実に見るとは思ってもみなかった。リムジンだ。あのよく漫画とか、もしくはテレビの向こう側にある世界でよく見る、黒塗りのリムジンだ。大きくて長い車だ。交差点を曲がれないんじゃないか、とかその長さから皮肉気に言われるものだ。しかしこのリムジンはそこまでは長くない。バスの長さを考えれば交差点くらいどうってことはない。狭い道を曲がるのには、無理そうだけど。
待っていたのはルートと同じような、黒い背広を着た男。この時点で私は嵌められたのかと思った。ルートという人間は本当にヤクザで、私を襲おうとしているのだと、この長い高級車に乗せて、私をなにか現実から切り離した非現実に放り込み、こう……身代金とか要求するのではないかと思った。その様子を見たのか、ルートは私の肩に手を乗せて言った。
「安心しろ。俺の車だ」
いや、それはそうだろう。だから怖いんだって。ルートの立ち振る舞いが怖いというのも、私の恐怖感を生み出しているのだろう。
「ははは、より怖がってんぞー」
ジャックが囃し立てる。ルートはそんな私の様子を見て、やれやれ、と言う。
「そんなに怯えてやるな。ルートはそんなに悪い奴じゃねえよ。いけすかねえ奴ではあるが、ちゃんと他人のことを優しくするやつだぜ?」
「俺のことをそんな風に語るなジャック。俺は別に優しくない」
「はん、いけず」
「黙れジャック」
おや、どうやらこの二人、とても仲がいいようだ。気の置けない仲のようだ。特になにか気を使わなければならないようなことを持っていない、間に遠慮を置いていない関係だ。つっけんどんで、歯に衣着せぬ感じで話している。
その会話で、私も少し安心した。人をさらう前にこんなにフランクに話す人がいるものか。人をさらう前ってのはなんかこう、物騒な雰囲気の中やるものだろう?
それは私の妄想だろうか。もしくは願望だろうか。
にしても怖いことには何も変わりはなかった。
「ほら、入れ。おい、例のところに出せ」
「はい」
私と、そこにいた背広の男に、ルートは指令する。指令された男の声もドスがきいていて低い。おお、ヤクザだ。ままヤクザだ。ってやばくないか私。もしかして本当にやばいんじゃないか? このルートという人は。
ジャックと知り合った時はなんとも放浪者、という感じで、それはそれで危険な存在だとは思っていたがルートはまた違う。ルートはなにか組織の後ろ盾があるのだろう。何らかの組織。でないとこんなぴかぴか光るリムジンなんか手に入れられない。何か大きな、それも経済力のある後ろ盾。
なんだろう。
暴力団……?
いや、そうはあってほしくないけれど。化け物よりもより現実的な恐怖だ。
そんな恐怖を、乗り越えられずに言われるがまま私はリムジンに乗る。
内部は質素だった。いや、一般人から見れば質素なんて言葉では片づけられないほど高級感あふれたものなのだが、特に何もきらびやかなものなどない、質素と言うべきものだった。他の言葉で言うならば、シンプルだ。黒い皮の座席が、車の壁面(と言っていいのかわからない)に沿うように座るように設置されていて、その中央にステンレスの足のあるガラスのテーブルが置いてある。私はどこに座っていいかわからず、入ってきた側と逆側の座席に座る。
ああ、座ってしまったよ。見てよ、リムジンの高級感あふれる内装から、さびれた高校の校舎が見えるよ。あ、あの中庭にならこのリムジンは合うかもしれない。でもそんなところに私が座っているなんて、まったく考えられなかった。
あの化け物に出会ってからおかしいことだらけだ。チャラい男には出会うし、ヤクザのような人にも出会うし。
二人も車に乗り込む。私と向かい合うように、ルートと、ジャックが乗り込んでくる。外にいた人がドアを閉めて、運転席へ。そのまま発車する。
車体が揺れる。
「…………」
なんだこの状況は、と私は遅まきながら思う。目の前には男二人。女は私だけ。そんな三人がリムジンの中。
一人はヤクザ、一人は放浪者、一人は女子高生。
奇妙なパーティだ。
「……で、私の能力って、なんですか」
本題に入る。いつまでも雰囲気に呆けてもいられない。
ルートは先ほど屋上で、私には能力があると言った。そこでリムジンが来たので詳しくは車内でとなったのだ。
「私には、化け物を倒すための……何らかの能力があるって、ことですか?」
私はそういうことをいままで一度も気にしたことはないけれど。
「んなわけないだろ。ルート。バカも休み休み言えよ。能力は化け物に触れられないと身につかない。能力ってのは化け物に近づきすぎると手に入れてしまう、そういう力だ」
ジャックは言った。
「俺はこいつを一度も化け物に触らせたことはねえ。殺すための攻撃用としてその体重を利用させてもらったが、それだけだ。あの化け物にちょっとでも触れさせるもんか」
俺が守ってやるというかっこいいセリフを言っているが、体重のことに触れるか。別に気にしてはいないもののそこまでデリカシーのないことを言うか。素直に喜べない。
しかしその通りだった。手を握られて戦っているのは正直ものすごく怖いが、化け物の本体にはいまだ一度も触れていない。触れられていない。化け物のそのままの魔の手が私にかからないようにジャックは気を配ってくれているのだ。事実、私が少しでも危なくなると感じたら一歩引くようにしているのだ。それが、ジャックの優しさなのだと私は思う。
そんな気遣いのもと、私は化け物と接触することはなかった。私が能力を得ることなんてないはずだ。ジャックの話が正しければ。
「あの化け物が触れたかどうか、という話だが……」
ルートは口を開く。この車内において自分が一番偉いというように、彼は脚を組む。指を組む。その様子がなかなか様になっていた。サングラスをかけているから威圧感がものすごいのだけれど。その部分がなければとてもかっこいい絵になっただろう。しかし今はそんな風には考えられない。本当にヤクザに恐喝されているのではないかと思う。
「俺は、リリの能力はそういうものではないと思う」
リリ。ああ、そうだった。ジャックから話を聞いているというのなら、その名前で伝わるべきだろう。ジャックには言われ慣れていたのだが、ほかの人にも言われるとは思っていなかった。自分のことをあだ名で呼ばれるようになるとは。それに二人も。
しかしリリって。その外見でこういわれてしまうと、何とも言えない気持ちになる。なんというか、響きが自分で言うのもなんだけどかわいいじゃん? ゴツい見た目とのギャップが大きい。
「リリの能力は化け物とは関係ない。いや、関係ないというわけではないが、化け物に起因するものではない」
「ああ? どういう意味だ? 説明してくれ」
「ああ、もちろんだ。まず、俺がこのことに気付いたのはリリの行動だ」
「え?」
私が何をしたか。
「リリ自身の行動というわけではない。リリの通学路の一部である、あの路地。あの路地に化け物が集中的に発生する。その統計が問題なのだ」
統計?
化け物が出てくる場所の統計……?
私はあの路地でしか見たことがないけれど……もしかして、化け物は別の場所にも、現れていたのだろうか。
「つまり……1か所に集中的に現れていることは、異常だってことですか?」
「そのとおり。普通は、こんなことはない」
私には普通が分からないけれど。ジャックはルートの話になるほどとうなずいているようだ。
「で、それが……どうして私が能力を持っているということになるんですか?」
まだ経緯が見えない。今までと今が違うことを指摘しても、それが別のものに関する因果関係を説明がなされたわけではない。
「俺は、ある仮説を立てた」
ルートは言う。自信満々に、断定的に。ある意味ナルシズムの極みのように。
「リリ、お前には――化け物を引き寄せる力がある」
――嘘だろ。
さすがにそう思った。




