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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第6章 男二人、女も二人
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「あのあとー。何があったのぉー?」


 甘ったるいような声で私に話しかけてくるのは、隣の隣のクラスからやってきた紗那だった。星宮紗那。昨日から私につっかかってくる、世話焼きなやつだ。世話焼きというのは現代の子供にはあまりふさわしくない表現かもしれない。

 世話焼きというか、自分勝手というか。


 今まで突っかかってきた女子について言えば、私と接するときはほんの数分しかかからなかった。何も話が進まないから、何もしてこないのだ。人と話すことは確かに楽しいのかもしれないが、それほど時間を費やすものことないのだ。時間はどんな人にも、平等に一日は二十四時間。私と話すのに時間を割く余裕なんて彼女たちにはないのだ。くだらないことに貴重な時間を無駄にするなんてことはしない。


 ……しかしそんな一般論に反して、私につっかかってくるのがこの紗那であった。

 にやにやした顔で私のほうを見る。


 ……なにこの期待まんまんの目。

 こんな目をされたことは一度もないんだけど。


「別に……何もないよ。あの人とはそんなに深い縁じゃないんだって。ただ数日前に知り合っただけの、友達ですらない。ただの知り合い。紗那の考えているようなよこしまな関係じゃないし」


 できる限りの否定をする。


「いやでもー。とてもただの知り合いには見えなかったよ? いやいや、私がトイレに行っている間に何があったんだか」


 話を聞いていなかった。

 もしかして紗那は妄想癖というか、現実を決めつける癖があるのだろうか? そこまで断定的で深いものではないかもしれないが、少なくとも私をいじって楽しんでいるということが分かる。いじられることのないように私は言葉を選んで話しているというのに、どうしてこの紗那という子は私に対してこうも興味を持っているのだろう。

 小学生の時に同級生だったからここまで馴れ馴れしく接しているのか?

 私にはそうは思えないけど。


 それだけを理由とするならば、紗那はほかの子とも仲良くなっているはずだ。確かに、この学校は小学校の学区からはほんの少しとはいえ離れている。元の小学校の人たちと会うことはあまりない。高校は中学のようにエスカレーターじゃないのだ。中学校に入学するときには、近くの小学校に通う子供たちが一度集約される。そして散りながら別々の高校に行く。しかし、散り散りになると言っても、大概は近いところだ。

 だから結構な確率で私と、紗那の通っていた小学校出身の人はいるはずだ。この高校には。だから「同小(オナショウ)だから」という理由では私のことをここまで気に掛けることにはならない。

 そう思うけれど。


「あー……でもいいなあ、彼氏。私もほしいなあ……」


 うっとりしたような顔で紗那は誰にともなく言う。もちろん私に向かってつぶやいているのだろうけれど。つぶやきは一人でなくてもできる。誰かを対象にしても独り言を言うことができる。

 こういう一言は誰もいないときは絶対に言わないだろうに、どうしてこういう風に他人がいるときは語ってしまうのだろうか。口に出してしまうのだろうか。

 よくわからない。そんなことを言う必要もないのに。どんな必要性があるのだろうか。そもそも必要性なんて、他人のやることにいちいちかなえる必要もないのだろうけれど。


「別に彼氏じゃないって、何度言えばわかるの?」


 少し語気を強めて言ってみた。そろそろうざったい。


 そんな私たちはいま教室にいる。昼休みだ。お弁当を取り出して食べようというときに、紗那はやってきたのだ。

 その手にはお弁当の入っているかわいらしいかばんを持っていた。


 いつも一人でお弁当を食べているものだから、自分がこうやって誰かと一緒にお弁当を食べるとは思っていなかった。私ははじめ彼女の姿を見たとき、いったいどこの誰からと思った。昨日の今日で姿を覚えているわけもなく、名前も覚えていなかった。

 興味がないとこんなものだ。


「それひどくなーい? ちょっと紗那傷ついちゃうなー」


「ごめんってそれも謝った。いい加減許してくれてもいいじゃん」


「いや、普通人の名前なんて忘れないでしょ」


「…………」


 忘れるぞ。

 クラスメイトの名前すら覚えてないぞ。


 勉強と同じだ。やり続けないと必ず忘れる。記憶というのは放っておくとなくなっていくものなのだ。

 私の場合対人の記憶力というものははじめから放っておいている。だからだんだんと消滅していくのだ。授業を受けている先生の名前すら覚えていない。授業を受けるのにその先生の名前を憶えている必要はないから。


「まあ、そんなんでもいいと思うけどねー。人生の中で覚えておかなきゃいけないことなんて、ほんの少ししかないんだし。あはは。学校の勉強なんて必要ないでしょ」


 紗那もそういう考え方を、部分的ではあるが、しているようだ。

 ただ、人に対してはそういう考えをしないようだ。


「あー、そうそう、本当にあの後、何があったの?」


「だから何もなかったって」


 私は再度、嘘をついた。


 あのあと、何があったか、何を見たか。


 あのあと、つまり紗那と、ジャックとカラオケに行き、あの路地の手前で別れたあと。路地に踏み込んだ私たちが化け物に会い、空中飛行をしながら逃げて、そしてジャックの知り合いと思われる男に出会ったということ。


 新しい能力者に、出会ったということ。


 すべて、紗那に教えない――教えるわけにはいかない。教える必要も、ない。


「あのあとジャックとも別れて、私は家に帰ったよ。それよりもメッセージ連投はやめてくれないかな。うるさかったんだけど」


 カラオケボックスで連絡先を一通り交換したのが不運だったか。あの着信音とバイブレーションの連続は、今までなかったがゆえに案外うるさいと感じる。何かをしている最中にも鳴るし、テレビを見ていようが風呂に入っていようが鳴る。うるさいのが風呂に入っても聞こえてくるのだ。


 案外うるさかった。

 ……それで名前を覚えていないというのはやはり薄情か。


 でも、寝て起きたら記憶なんてそんなものだ。学校にはケータイは持って行かないし。持って行っても使わないんだったらしょうがない。


「反応してくれないから気付いてないのかと思ってね。鳴っている間気付かないなんてこともあるでしょ? テレビ見ているときとか、お風呂に入っているとか」


 ……そういうときにウザったく鳴っていたんだけど。


 まあ、どうでもいい。

 私は弁当に口をつける。箸で食べ物を口まで運搬し、咀嚼する。誰がいようと、食べる方法は変わりはしない。


 にしても、あの男は、いったい誰なのだろう。男は――そうだ、ルートと言ったっけ?あの男はジャックを連れてどこかに行った。

 そのあと、私はとぼとぼと帰路についた。

 そういう意味では、本当に紗那の期待することはなかった。ジャックと一緒に帰ったわけでもなく、とぼとぼと帰っていった。

 どこにも寄らず。一人で誰にも会わずに帰った。


 真っ暗だから女子一人が歩くのは危険だと言われるかもしれないが、私はこれまで不審者と言う人に出会ったことはない。この町は結構安全なのだろう。そして私に女性的魅力がないということはもう分り切っていることだ。そういう心配はしていない。


 ……女性的魅力というのなら、紗那は本当に、多くのものを持っている。

 かわいらしさ、快活さ。


 私は持とうとも、思わないけど。

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