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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第5章 生命拡張
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「じゃあ、また明日ねー!」

 今日一日しか付き合っていないはずなのに、私のことを長い友人だというように手を振る。後ろ向きに歩きながら、ぶんぶんと手を振る。私も軽く手を振る。紗那の姿が少しずつ小さくなっている。曲がり角に紗那が消えるまで見届ける。

「……ふぅ、ようやく行ったね」

「ああ、まあ、これからが大変なわけだけどな」

 ジャックは横目で狭い路地を見る。

 そう。あの化け物に何度も会った薄暗い路地、私の通学路だ。

「あの化け物は、さっきはいなかったが……今いないとは限らない」

「そして、いた場合は逃がすことはできない……だね」

「そうだ。あの化け物が他人に危害を加える前に殺さないといけない」

 私たちは今日もあの路地に入っていく。いつもの、少し薄暗い路地。確かに、何かが出そうな感じではあるのだ。誰にも見られることのない、そういう場所。日の当たるところではない。人の目という意味であり、そして物理的に太陽の光の当たる場所でもない。

 化け物が現れるのにふさわしい場所ということなのだろうか。

 ジャックのうしろにつきながら、私もまた入ってく。ジャックはもう刀身をあらわにしている。いつ現れてもいいようにだ。いつ現れても、すぐに殺せるように。

「……にしても、あの化け物ってどうしたら死ぬんだろうね」

「――それがわかりゃあ苦労しないんだがな」

「いや、さすがにキリがないと思うんだけど。殺しても殺しても、死なないなんて……辛くない?」

 私はとてもつらい。

 毎度毎度、化け物に出会うたびに心臓に悪い体験をするものだから。追いかけられたり、空を飛んだり。そんなアクロバティックなことはしたことがなかったから。遊園地とかに行って、絶叫マシンで楽しむような人間ではないのだ、私は。

 というか遊園地に行ってもあまり楽しもうとはしない。なんというか、そういう雰囲気に乗ろうとすると、一気に冷める。

 なんなのだろう。

 夢の国のテーマパークに居ながら、私だけリアルの現実にいるようなものなのだろうか。だとしたらそのテーマパークのコンセプトに対して申し訳ないと思う。私が楽しまないばっかりに、その純粋性が崩れてしまうとは。

 私には関係ないけど。

 ただそういった非現実性の面で言えば今の私の状況と同じだ。化け物とかかわるときは、現実感をなくしておかないといけない。

 でもまあ、冷静さだけは保っていないとどうしようもないからなあ。正気を保つというか、現実感をなくして本能的な恐ろしさを解消するというか。

「……っと、来たぜ」

「……っ!」

 細い十字路から、あの化け物がゆっくりと姿を現す。相変わらず透明不透明かわからない姿。今日は赤い。どうやら、あの化け物の色に関してだが日によってその色合いを変えるようだ。初めて会った時は、思い返してみれば白だったのだろう。

 そして……私のこのつたない考察が正しいのであれば、おそらくジャックは苦戦する。ちょっとまずいかな、と私は思う。ジャックが私と逃避行をした(逃避行というか、逃飛行)ときの色と同じだ。あまり逃げたことがないと言っているジャックが、珍しく逃げた例。苦戦を強いられる気がする。

 もちろん、気がするだけかもしれない。そういう経験則があるならばジャックのほうが敏感に気付いているはずだ。赤色がそういう危険色だというのなら、ジャックはもう少し対策をかけていたはずだ。

 ……いや、あのときは私を助けるために慌てていたのか。色はあまり関係のないのかもしれない。

 でも私はすこし警戒せざるを得なかった。赤が危険色だと……なかなかに洒落のきいた話だ。

「そら、行くぞ」

「ええっ!?」

 私もかよ。なぜみんな、私を巻き込もうとするのか?

 私は手を握られる。ぐんっとジャックに流されて私も前に出る。

「うおおらああ!」

 ジャックは化け物に特攻する。

 化け物も私たちを認識して、突進してくる。

「いっくぜえええ! 天地指定(マイグラビティ)!」



「……お、あれか。ようやく見つけた」

 彼はある高層ビルの展望台にいた。双眼鏡を覗いている。オールバックの長身の男だ。カジュアルな服ではあるが、全体的に黒でまとまっている。彼は双眼鏡から目を離し、サングラスをかける。黒味がまた増す。

「というか、あいつはどうして気にしないのか……こんなに噂になってるっていうのに」

 彼は手に持っていた週刊誌を開く。そこにはこの街の怪奇現象について書いてあった。謎の飛行物体!? 宇宙人再来か!? 三流のゴシップ紙だ。

「火のない所に煙は立たぬ……もう少し気を配れって話だよ」

 もちろんその飛行物体とは、里利とジャックのことだ。他人が見つけて、それが記事にされているのだ。軽いうわさになっている。もちろんそんなありえないことがあるかと大半の人は馬鹿にしているけれど。

「ジャック」

 その当事者の名前を、この男は知っている。

 無関係では、ないのだ。

「さて……赤色、か」

 彼は化け物の色も注視していた。

「ジャックには荷が重そうだ……どうやら、ツレもいるみたいだしな」

彼は手荷物を持って歩き出す。

いや――違う。荷物には触れただけだ。ただ手のひらで撫でただけだ。

そのとき、荷物がひとりでに飛び跳ねる。それは男の伸ばした腕にしがみつき、その腕を器用に通らせる。この男は何も力をかけていない。

「さあて、あのバカに、もう一つ教えてやろうか。」

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