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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第5章 生命拡張
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「~♪」


 カラオケボックスの中に女二人と男一人。そんな中に私はいるのだが、これは少しアンバランスではないか? 男と女が一人ずついるのならわかるが、その中に女子がさらに一人いる。アンバランスだ。男女比が偏っている。


 そしてそんな女子は私だった。

 だから私は帰ったほうがいいのではないだろうか。


 しかし返してもらえるとは思えない。

 特に紗那に関しては、無理にでも私と仲良くなろうとしているきらいがある。どうしてそんなに私に興味を持つのだろうか? わからない。まあ他人のことなんてわかるはずないか。あきらめよう。


 この二人からはもう逃げられないだろう。せめて2時間が終わるまではこの部屋の中にいよう。


「ねえ、さとり歌ってよー」


 私に話しかけてくる。紗那。

 デンモクを私に押し付けてくる。あまり歌うのは得意じゃないというか、好きじゃないんだけどなー。

 でも私にそんなこと言えるはずもなく、断れるはずもなく。えーと、とりあえず知っている曲を選ぶか……。


 そんなこんなしている間に、私の知らない曲のイントロが流れてくる。聞いたことがない。イントロがJポップらしくない。洋楽か? 誰のだ?


「……ん? もしかしてジャックが入れた?」


「ああ、悪いな、歌ってる間にでも考えてくれ」


「うん、わかった」


「洋楽だね。ジャックってこういうの歌うんだ」


 紗那も知らないようだ。となると海外のバンドか? 国内のアーティストは一通り網羅していると、この部屋に入ったときは豪語していたから。


 メロディーに入るのを待っているジャックに目をやって、私はまたデンモクに目を落とす。まもなくジャックが歌いだす。

 その瞬間だった。


「I will~♪」


 私は耳を疑った。言葉には表しようのないことだが、とにかく驚いた。


「ちょっ、うまっ!?」


 そう、うまい。洋楽の歌詞なので英語だが、とにかくその発音もうまいのだ。ネイティブの発音だ。そして音の作り方もうまい。本当に出来のいい歌はメロディラインだけでも、アカペラでも魅力があると言われているが、ほんとうにそんな感じがする。カラオケ音源がスピーカーから流れているが、そんなもの必要のないほどにジャックの歌はうまかった。


 嘘だろ……絶対に英語とかできないと思っていたのに。化け物と戦うくらいしか能のないバカだったと思っていたのに。

 いや、それは関係ないのか? 英語ができることとものをよく考えられるのは無関係なのかもしれない。アメリカとか英語圏では3歳児でもネイティブの発音をするのが普通だ。結局は慣れの問題なのかもしれない。学校で勉強してもそういうものは身につかないということか。癖の問題。もしかしたら英語の勉強方法はそうやったほうがいいのかもしれない。


「うまい……」


 私も声が漏れる。ジャックのほうを見る。うっとりと、感情をこめて楽しそうに歌っている。本気で歌っている。もしかしてジャックは音楽が好きなのかもしれない。ちょっと意外だった。


「……ねえ、ジャックって帰国子女?」


 紗那が小声で私に聞いてくる。


「さあ。知らない」


「でもうまくない?」


「……うん、うまい。確かに」


 音楽の心得がこれっぽっちもない私でもわかるうまさだ。下手したら街中で聞くBGMとしてのロックバンドの方々よりうまいかもしれない。下手なプロよりうまい気がする。


「めちゃくちゃうまくない……? どっか海外のバンドの人だったりするの?」


「それも知らない」


 Bメロが終わり、サビに入る。盛り上がってアップテンポなメロディーに突入する。それに合わせてジャックも目を開き、全身でそのリズムに乗る。

 私はそんなジャックの歌声に目を離せない。目で聞くとはそういうことだったのか。その言葉を聞くたびに「目では聞けないだろ」と思っていたのに。


「…………」


 紗那のほうを見る。


 紗那も口をぽかんと開けていた。ジャックのほうを一心に見つめている。彼女もまた目を奪われている。そうか……アイドルってこういう風に生まれていくのか。


「heart……♪」


 歌が終わった。ジャックは椅子に座り直し、ジュースを口に含んだ。

 私たち二人は何もできず、ぼんやりしている。


「ん? 二人ともどうした?」


 この直後に歌いたくない。


「……あ、ああ。ちょっと私トイレ行ってくる。二人で何か歌っててー」


 紗那は何かを感じたのか、私を置いて席を立つ。ちょっと待て、次に私が歌わなきゃいけないのは変わらないだろう。私も連れて行ってほしい。ジャックのあとに歌ったらその落差に私は落ち込んでしまう。立ち直れないかもしれない。

 別に歌声にプライドを持っていたわけではないけど。


「あ、二人でごゆっくりねー」


 部屋を出る寸前に紗那は私たちに言う。部屋に居づらいから出ていくのに私のことをまたいじってくる。別に出ていく必要はないだろう。


「……あー。ジャック、ものすごく歌うまいね」


「そうか? このくらい普通だと思うがな」


 普通じゃなかったから紗那は部屋から出て行ったのだけど。自分のほうが気にしていないというのか。


「心をこめて歌えば、それに従って声もついてくるさ。まあ、好きこそものの上手なれってことだよ」


「あ、そんなものなの? 何か……アメリカとかに住んでいたとかそういうのなの? 英語の発音すごくよかったんだけど」


「いや? ただ真似をしてただけだけどな」


「へぇ。じゃああの発音は誰かが歌っているのをまねてるだけ?」


「まあ、そういうことだ。別にしゃべれないわけでもないけどな。Can you speak English?」


「うぇ、え。あいきゃんと」


 いきなりネイティブ発音が来たからトチる。


「ははは」


 笑われた。私ははぁ、と一つため息をつき、オレンジジュースを一口口に含む。


「……そういえば、さっきさ、ヤンキーって答えたよね? その……なんで?」


 先ほど紗那に質問をされて、そのときジャックはヤンキーだと答えた。最近ここにたむろしていることが多いとか、何とか。その質問をされたとき、私はどう答えるべきか、まったくわからなかったのに。


「あ? 巻き込まれないようにだよ」


「巻き込まれないように……化け物に、ね」


「そうだ。あの化け物のことを知る人間は最小限で良い。あんなやつに出会って悲しい目に誰かを遭わせるわけにはいかない。それが、化け物を殺す俺の役目だ」


「役目……か」


 役目というか、使命感というか。

 心が強いなと思う。


 歌っている時もそうだったが、ジャックは心を本当に大事にしているのだろう。私にはそういうことできない。心を大事にするなんて、まったく考えたことない。


「……これを紗那に聞かれないようにしなくちゃね」


 私はどうでもいいと思っているが、そういうことはちゃんとしなければならない。ジャックのプライドを守るためにも。


 プライド、か。

 私には最も縁遠い言葉だ。

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