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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第4章 サニーは晴れた日に
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「よっ、そいつは……お前の友達か?」


 あの路地の手前、私はジャックに会う。私の帰る時間を見計らってここで待っていたのか。いつもどおりの手軽な服装。手軽な荷物。やっぱりどこに住んでいるのだろう? やはりホームレスなのだろうか? 話題に出したことはないけど。


 この出会いは私にとって予想外だった。今は紗那も連れているのだ。紗那とこの人は確実に初対面だろう。こんなところで人間関係を作られては困る。人間関係の輪ができてしまう。友達の輪。友達の輪は広がってしまうのだ。私とジャックが知り合いなこと、私と紗那が知り合いなこと。これではまだ枝状の人間関係だが、ジャックと紗那が知り合いになってしまったらそうはいかない。円状の、相互的に関係性のある関係になってしまう。


 だから私はここでジャックに出会ったことを、少し不運なことだと思った。

 特段に嫌がったりするわけではないが。


「あれ、この子、さとりの友達? もしかしてボーイフレンド?」


「違う」


 こういう反応になることは読めていた。だいたいの人は知り合いの知り合いと出会ったらその関係性を知ろうとするのだ。それが普通と言えば普通なのだが。


「今日はいないみたいだぜ」


「あ、そうなの?」


 てっきりいるものだと思っていたが。


 今朝は遠回りをしたが、もしかしたらいらない心配だったのかもしれない。まあ、朝にいなかっただろうとは言えないのだけれど。もしかしたらもう完全にいなくなっていて、よその町とやらに移っているのかもしれない。本当に前回のやつで殺し切ったのかもしれない。

 どちらにしてもいいことだった。


「じゃあ、私はここで。さようなら」


 私は彼と彼女に手を振って、路地へと足を踏み入れた。


 その瞬間に、腕を引っ張られた。


 後ろを振り向くと、紗那が笑っていた。にやついた笑いをしている。私は少しひきつったような笑いを浮かべる。


「……何?」


「逃がさないよ……君の彼氏さんがせっかく帰ってくる時間に合わせて待っていてくれたんだから、ちゃんと付き合ってやらないと」


 だから彼氏じゃないって。


 紗那は私をぐっと引き寄せて、口元を私の耳に寄せる。


「……っていうかけっこうイケメンじゃない? あんたこんなやつどこで拾ってきたのよ。うちの学校の生徒じゃないよね?」


 ああー。

 食いついてきた。


 ジャックに興味を持ち始めた。


「あー……あの人についてはあまり触れないで」


 正直に言った。


「ははーん。照れ隠しだな」


 なぜそうなる。


「おお、お前ら仲いいな。やっぱりリリの友達か?」


 ちょっとー!

 リリなんてあだ名で呼ばないで!


 そんな心の叫びはジャックにも紗那にも届かないし、もちろん彼が口に出してしまったという事実には届かなかった。


「リリ? リリ!? あんたそんな風に呼ばれてるの!? あー、思い出した! あんた男子にそういじられてた! 女子はさとりのほうがやわらかくていいって言ってたけど!」


 ああーもう思い出してしまったじゃないか!


 別にどうとも感じてはいないけど過去のことを思い出すというのはそれだけで恥ずかしいものがある。


「ははっ、なんだ、おまえの小学生自体からの友達か」


「まあ……そんなところ」


 そんなところというのはそもそも友達ですらないというところだ。昨日までは話すこともしなかったし、紗那の言葉の通りなら今日初めて見つけたということだったはずだ。下校時間のほんの十数分では友情なんかできるはずがないだろう。そんなんだったら新幹線に同乗している人のほうがもっと長い時間を共有するぞ?

 そしてさらに言えば小学生時代に友達だったという記憶もない。


 ただ紗那に言わせれば私は立派な友達になるのだろう。

 この数十分でもうすでに友達になったようなもので、小学生時代ももちろん友達だったから。


 だから、そんなところ。


 私は納得してないけど、紗那のほうは友達と思っているということ。


「星宮紗那です! さとりの親友させてもらってます!」


 親友にされた。


 親友ってのは親しい友、つまり友達関係からさらに一段高い場所にある関係じゃないか? そんなに軽々しく言われる覚えはない。

 もちろん紗那にとっては十分に親友と呼べるだけの時間を共有したということなのだろうけれど。こんなに短い時間だけど。


「さな、さな、ねぇ……。漢字はどう書くんだ?」


「あ、えーっと、ぺん、ペンないかな?」


「……これでもどうぞ」


 メモ帳とシャーペンを貸す。「ありがと」と言って紗那はジャックにその名前を店に行く。


「はぁーん、なるほど。難しい名前だな」


「よくあだ名ではさっちゃんて呼ばれますよ」


 案外あだ名はダサかった。

 さっちゃんって。


「ダサいな。その名前は」


 ほら言われてやがる。


「さな、さな……あー結構無理やりだが、サニーって呼んでいいか?」


 その呼び方は馬鹿にしすぎだろう。え? 街中でばったり会った時に「おうサニー」とか言うの? なにそれ公開処刑じゃないの? ジャック並みにダサいというか、中二病と言うんだったっけ? とにかく周りの人はびっくりするぞ。


「サニー? ぷっ……はははは! なるほど! そう呼ばれたのは初めて! ねえさとり、あんたの彼氏さんいいね!」


 紗那は噴き出す。


「だから彼氏じゃないって」


 何度目かの否定になるけれど、たぶんもう彼女の中ではそれは確定してしまっているのだろう。


「で、俺の名前はジャックだ。よろしくな、サニー」


「あははは、よろしく、ジャック」


 あ、認めるんだ。自分がサニーとか言われて嫌じゃないんだ。そしてジャックの話の運び方がうまい。相手に変なニックネームをつけて、そして自分もこんなに変な名前なんだと自虐的に話を進める。そしてお互いに笑う。


 でもたぶん、紗那はジャックという名前をニックネームだと思っているぞ?


 そのあたりはいいのか?


「あ、そうだ! みんなでカラオケに行こうよ!」


 紗那が唐突に提案する。


「ああ、いいな。リリとも随分と長い仲になってきたからな。ちょっとここらで親睦でも深めておくか?」


 ジャックもその提案に乗る。


 二人は私を見る。この二人が同意してしまったのなら、もはや私には選択肢はない。長いものには巻かれよ。


「あー……うん。行くよ。別に何も予定ないし」


 べつに歌えないわけじゃないし。歌わなくていいのなら部屋の中にいるだけでもいいだろう。


「やった!」


 純粋に喜ぶ紗那。


「で、どこのカラオケに行くんだ?」


「商店街の裏手に安いとこがあるんだ。でも内容は充実している、すごいところ!」


「へえ、このあたりの地理に詳しいんだな、サニー」


「まあねー。ほら、さとり、行くよ」


「ああもう。わかったよ」


「で、長い仲って言ってたけど、どのくらい長いの?」


 1週間ないくらいだ。


「ご想像にお任せするぜ。まあ、いろいろあったよな、なあ?」


 あいまいな答え方をするな。


「そんなに長くはないよ。ほんの数日」


「へぇー。なかなかできたてほやほやで」


 何ができたてのほやほやだ。何も出来てない。本当に紗那は私とジャックの関係を勘違いしているようだ。というよりも、いじってる? 楽しいのだろうか、それ。

 楽しそうではあるけれど。


「あ、そういえば」


 私たちが歩き始めてしばらくして、紗那は振り向いた。


「さっきジャックが言ってた、『いないようだ』って、何がいなかったの?」

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