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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第4章 サニーは晴れた日に
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 化け物をジャックとともに倒して数日後。


 あれから平和な生活がまた戻ってきて、私は普通の日常を送っていた。いつもどおり学校には友達はいないし、特にやることも見つからない。


 そんないつも通りの日常だった。


 そう、このこと以外は――


「はっ、はっ、はっ……やっぱり今日もいたあああ!」


 私は走っている。いつもの路地を。全速力で。走りなれてきたようで、走るフォームというものが少し固まりつつあった。体育の授業で学んだことがちょっとは役に立っている。陸上部の足が速いのは足が速い人が入部するからではなく、単純に毎日走っているからだという。癖というのかルーチンというのか。そういうふうに体を慣れさせて、要は学習させているらしい。


 私も学習してしまったのだ。


 登下校時に、決まってあの路地で遭遇するのだ。


 あの例の化け物と。


 何度も。


 あのとき化け物を一時倒せたのだろう。次の日は化け物は出なかった。そこで私は安心した。登校時にはそこを通っていたのだ。

 しかし一日もたたずに、つまり下校時にここを通ろうと思ったら、いたのだ。

 そう、そこからほぼ毎日、下校時にはいつも――


「ジャックぅぅぅ! 助けてぇぇぇ!」


 こうして、また化け物に追われているのだった。



「はぁ……疲れた」


 あのあと、というのは今日の帰り道に化け物に遭遇し、ジャックに助けられるといういつものことがあったあと。帰り道の最終目的地である家に着いたときのことだ。私は自分の部屋に行き、部屋着に着替えてベッドにあおむけに寝転がった。

 疲れたというのはもちろん化け物に遭遇し、走ったことだ。

 化け物に遭遇する以前、学校で疲れることなんてほとんどなかったのだから。


「はぁ……」


 ため息もこぼれる。


 どうしてあそこに化け物がいるのだろう? 私の通学路に。


「一つの町にとどまり続けるのは珍しいんだけどな」


 と、ジャックは言っていた。


「何年もあの化け物を追っていたが、そういう風に一つの町に、それも一つのポイントにいるのは異常だぜ」


 異常なのか。


 私にはわからない。あの化け物に関する普通だなんて私は知らない。


 でも私にとっても異常だ。あの化け物に遭遇してから、私の生活は少しずつおかしくなっている。登下校の時間があの化け物に奪われている。今日は町のほうを遠回りして帰るか、それとも化け物が今日はいないことを期待して、薄暗い路地を直進するか。


 神出鬼没、というジャックの言葉を信じて「今日はいないよね……」と思いながら路地に足を踏み入れてしまうのだ。


 そしてそんなときに限ってあの化け物に遭遇する。

 そうして一瞬でまわれみぎをして、化け物とのチェイスが始まるのだった。


 どすどすどす、と聞こえてくるその足音がまた怖い。


 意外と速いんだよ?

 重そうな外見してるけど。


「さあ? どのくらい重いんだろうな? 体重計に乗ってくれとか、そういうことは頼んだことがねえからな。ははは」


 そんなことを言われた。


 まあ、確かに正確な体重なんてものは見てわかるものじゃないしなあ。

 というか見てもわかるはずないか。あの色合い――はよくわからないけど。透明か不透明かもわからないんだから。

 しかしあの色はなんなのだろう。


 透明か不透明かわからない……とは言っているものの、あの色合いは本当に謎だ。それ以外にどう表現したらいいのかわからない。他に何も例えられるようなものはない。玉虫のようでもないしCDの裏面のようなものでもない。ガラス玉と言えばそれっぽいが、しかしそれも違う。透き通っていないガラス玉とでもいうのか、よどんでいるガラス玉とでもいうのか……そんな風でもないけれど。透明か不透明か、そのくらい普通はわかるだろう、とは思うだろう。私がもし他人からそういう表現を受けたら、そう返すに決まっている。

 でもやっぱりこの表現を使うほかはないように思う。


 そのとおり、透明か不透明かわからないのだ。


 頭がおかしいと言われてもいい。その表現を貫かせてもらおう。


 おかしいのはあの化け物なのだから。


「その通りだと思うぜ」


 その点だけはジャックにも賛同された。


「まあ、色合いやその性質……死んでも生き返るとかは差し引くといて、どう考えてもあの化け物はこの世のものじゃねえだろ」


 彼はコーラを飲みながらそういった。初めて化け物を倒したその次の日のことだ。倒してくれたお礼に、自動販売機でコーラを買ってやった。今日はその場でお返しをした。


「お前、まだあいつに傷とかつけられてねえよな? 触れられたり、してねえよな?」


 触れられたり……したことはなかったはずだ。傷もついてないし。化け物に関して付いた傷というのは、走って転んだ時に擦りむいた傷くらいだ。運動不足がたたってのことだ。あれは私の単なる不注意だった。


「あいつに傷をつけられたり、触れられたりしたら、まあまずは痛いが、そのあとに能力が芽生える。能力、異能力だ」


 そういえばジャックの場合は傷をつけられていた。肩から胸まで、切れているんだっけ。たぶん、その時に能力を身に着けたのだろう。


 能力が、芽生えたのだろう。


 芽生えたというより、埋め込まれた。


 移植されたのか。


 植え付けられたのか。


「犯された、ってのが俺の印象だ」


 彼はまたそう言った。


「普通の人生……普通の、いつも通りの日常。ものが上から下に落ちるという普通。普通の世界で生きてきて、急にあいつが入ってきた。傷をつけられた。日常に――傷をつけられた。俺にはもう、ものが上から下に落ちることを、当然だとは思えなくなってしまった」


 確かに、それは真実だ。

 ニュートンの発想は、リンゴが落ちるということに疑問を感じたことから始まる。そのくらいは私も知っている。そんな当然のことを疑問に思うことができたのが素晴らしい、という話だ。


 しかし彼にとっては、それはすでに当然のことではなくなっている。

 もしも彼がニュートンより前に生まれていたら、重力の発想は彼の栄誉になっていただろう。


 いや、あの化け物か。


 あの化け物が、この世界の理を乱してしまっている。

 だから――犯される、という表現。


 この世界の規則(ルール)を破っている存在。

 いや、他人にその規則(ルール)を、破らせるということ。


 嫌な話だが、結構的を射た表現だと言わざるを得ないだろう。


「やめておいたほうがいいぜ」


 と、また彼は言った。


「自分も能力を手に入れて、そしてあの化け物を倒そうとか、そういうこと思うなよ。今回また化け物は現れたが、それは偶然だ。お前の前に現れたのも、同じ場所に現れたのも、ただの偶然だ。本来お前が気にするような問題じゃない」


 そもそも私はあんな化け物とはかかわりたくないのだが。


「まず能力を手に入れる最低条件は、あの化け物に触れること。自分から触りに行くとか、逃げずに待ち構えるとかそういうことはやめろよ。まずはお前がけがしかねない。お前、あの化け物の一撃でも受けてみろ。死ぬぞ」


 死にたくはない。


「俺の傷だって、浅く済んだものだぜ。戦っている間も必死だ。一撃で死ぬ鋭さを、あいつは持っている。あいつは触れた人間を殺しかねない。むしろあいつは、人を殺すことを目的に、攻撃しているようにも思える――殺し損ねたやつには、異能力を与えてな」


 もとから近づこうとは思っていないものの、そう言われてしまったら恐怖を感じてしまう。死の恐怖というのは本能的なものなので理性ではどうしようもない。

 しかし、その考え方は、とても……なんというか悲しいと思う。


 異能力というのに期待を持ちすぎなのか。憧れはしないものの、そういった特殊なことに魅力を感じなくはない。重力の方向を変えるだなんて、かなり便利だと思う。空を飛べるし。……空を飛ぶ以外になにか便利なことはないか? 体重を減らせるとか……かな? でも大事なのは体重の数値よりも体形とか、身体にどれだけ脂肪がついているのかという話だろう。体重を上げたとしても良いことはないだろう。


 でもそんな力は、殺し損ねたから得た力。

 死に損なったから、押し付けられた力。


 自分の意志とか、そういうのは関係なく、悲劇の中の幸運としての能力。


 ……あまり実感はわかないけれど、どういう風に思うのだろう。自分の力を使うたびに、自分が死にかけた思い出を、かろうじて生き残った思い出を想起しなければならないなんて。

 彼はそう思っているのだろうか。


 もしくは、そうも思えなくなってしまっているのか。

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