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吉光里利の化け物殺し 第一話  作者: 由条仁史
第3章 手と手を取って
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 今度は彼に抱き着いてもいないため、自分の足元の景色もしっかり見えた。町、ミニチュアのように少しずつ遠くなっていく町。昨日見たよりもきれいに見えたのはおそらく昼だからだ。夕方に見るのとはやはり違う。もう少しで日も暮れるけど。

 夜になるとまた違うのだろうか――


「あわわわわわわわわ!!」


 そんなことを考える暇もなく、私は足元がない不安をどこにぶつけてもよいのかわからない。脚をばたつかせるようなことはしない。ばたつかせるよりも足をぴんと伸ばしたほうが安全な気がする。安全も何もあったものじゃないんだけど。ジェットコースターというものに乗ったことはないのだが、ジェットコースターよりも怖いかもしれない。だってジェットコースターは乗り物に乗っているが、彼との空中浮遊では何にも載っていない。乗り物というならば彼のこの左手だけだ。私は浮いたその瞬間に、恐怖で彼の左手を両手でつかんでいる。がっちりとだ。


「もう騒ぐことでもねえだろ。ほら、もう少ししっかりしろい。空中でも安定した動きにはできるだろ」


「そ、そそ、そんなこと……」


「ほら、もうちょっと落ち着けい」


 彼もまた私の手を握る。少しは落ち着けというのだろうか。確かにこの手こそが重力を共有する唯一の命綱なのだ。この手を放してしまったら、この手がもしも何かの拍子に外れてしまったら一瞬で落ちてしまう。今度は地面に。宇宙に向かって落ちるというのも怖いが、やはり地面に落ちるのは怖い。この間飛び降りて自殺してしまった人の話を聞いた。もしかしたら飛び降りる気はなかったけど死んでしまっただけなのかもしれないけれど。というかあのニュースに関して私は何も興味はなかったのだけれど。


 でも怖い。

 人間というよりも生物としての本能で、高いところを恐怖に思うのは避けられない。


「ちょうど重力を打ち消した。だから体制さえ万全なら立てるはずだぜ」


「え、と、と」


 頑張ってみよう。こう、足を下(?)に。頭を上(?)にする。呼吸をする。吸って、吐く。吸って、吐く。

 少しは落ち着いてきた。


「さて、あいつも来るぜ」


「えっ」


 下を見る。ミニチュアの町を見る。恐怖が上がってきて、そして、化け物も上がってくる。


 翼をはためかせて、私たちに向かってくる。


「ひっ」


 まさかあのわけのわからない化け物が、下からやってくるとは。自分の足の下から黄色を帯びたような、透明か不透明かわからない、それでもやけに形のはっきりした化け物が出現するとは。


「さあ、殺すぜ」


「こ、ここで!?」


 彼はやけに確信的に言う。まさか、ここで殺すのか? あの化け物を。


 先ほどの剣劇で手数が多くなっていたのは、地面に足をつけているからだったと思っていた。こんなところでやってもうまくはいかないと思う。刀を振ったとしても自分が引きずられてしまう。第2撃を打ち込むことはできないだろう。

 彼はどういうつもりでそういったのだろうか。


「ぶち込むぜぇ。だからしっかり掴んどけ」


「う、うん」


「ああ、力強く引っ張んなよ。バランス崩れるから」


「い、今から行くの?」


 私がジャックの左手を掴んでいるのなら、彼には両手で刀を振るうことはできない。片手で振り下ろすのだろうか? あまり力が入らないと思うのだが。


「ああ、開けたところなら力をかけられるんだろ?」


「……っ!?」


 やっぱりバカか? 私は広いところに出てほしいといったが、それは広場か何か、左右に自由になった状態で戦おうという意味で言ったのだが、彼にはそうは伝わっていなかったようだ。彼はただ、開けた場所で戦ったほうがいいという忠告を、ただそのまま受け取っただけなのだ。


 たとえ地面がなくても。


 むしろそちらのほうが開けてると。


 しかしそれもまた事実だった。

 上から下に振り下ろすのが――一番強いのだから。


 強度はあっても、一撃の強さには弱いかもしれない。卵のように、割れたらもう形を保っていられないようなものなのかもしれない。


 だから昨日も倒せなかったのだとしたら。


 一撃の強さが大事なのだとしたら。


「おらぁぁぁ! いくぜぇぇぇ!! 天地指定(マイグラビティ)天地分割(ブレイクアウト)ォ!」


「ひええええ!!」


 ぐん、ぐん、ぐん、と。重力が倍々になっていく感覚がする。その重力をかけて、さらには二人分の体重をかけて、さらに怒涛の高度をかけて――かなりの力が、化け物にかかる。

 私は彼の手を離さずに、化け物に切り込む様子を見る。振り上げた刀を、ジャックは力をかけて振り下げる。


「調子に乗んなよ、この化け物がぁぁぁぁ!」


 ざくん、と化け物に突き刺さる音は、私の心にも何かの切れ目を入れたようだ。何かを開くような、これまでになかった何かを開くような。そんな寂しくもある気持ちの中、化け物はぱん、という音とともに、はじけ飛んだ。



「結局、あの化け物は倒せたの?」


 地面におろしてもらって、少し腰が抜けた。しばらくの間がたがたと震えていた。今回は吐かなかったから、少しは成長したと思っている。


「さあな、今回は殺せたが、これで確実に死んだとはわからねえ。またよみがえってくるかもしれねえ」


「ぱん、ってはじけるようだったけど……あの化け物は、いったい何なの?」


 風船か何かなのか? そんなわけないか。


「さあな、それもわからねえ。だが、この世のものならざるものだってことはわかってる。この能力も、あいつのせいだからな……。あいつは不死身だったとしても、何の不思議もねえ」


「不死身……」


 ということはあの化け物はまた現れるのだろうか。怖いものだ。


「だがまあ、もうこの町には出ないだろうな。神出鬼没、っつーんだからわからねえがな」


「……ジャックはどうするの?」


 昨日今日の付き合いだが、2回も空中浮遊をした仲だ。いや飛行か。心配するのは普通だろう。


「いつもどおり、化け物を殺しに行くんだよ」


 まだ戦うのか。しかも同じ相手と。バカなのだろう。でもそんなバカであればいいんだ。彼は今までそう生きてきて、これからもそう生きていくのだろう。


「じゃあな、また会うときは、元気でな」


 荷物は少ししかない。細長いバッグを肩に背負って、ジャックは私に背を向けた。別れは、案外あっさりしたものだった。


「あ、あの!」


「ん?」


 呼び止めた。言わずにはいられなかったのだ。昨日から言う機会を逃していた。


「助けてくれて、ありがとうございました。本当に、ありがとうございました」


 ジャックは振り向く。そしてにっと笑う。


「こちらこそ、リリ。面白かったぜ」


 リリと呼ばれたのは、初めてだったと思う。

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