夢精9
お前たちは…愛し合わねばならない…
「なんだ今の声…、誰だ!」
「ひいくん…」
ミケが震えた声を上げる。
お前たちは…愛し合わねばならない…
「どういう事だ、僕たちは愛し合っているぞ!」
なら…
突然目の前に二つの杯が表れた。飲めということだと、なぜだか分かった。
「師匠…、やはり」
「何も言うな、貴宋。お主も気付いておるじゃろう。あの松本という少年は天才じゃ。普通猫又に取り憑かれ夢精を繰り返せばその分どんどん弱っていく。しかしあの少年は夢精をするたびにむしろその霊力を強めていっておる」
「しかし、それでは彼はいずれ霊力が暴走し、魔王のようになってしまうのでは…」
「今松本くんが霊力を強めておるのは、霊界の者と繋がりが出来たからじゃ。一定を越えれば普通通りに猫又に霊力を吸われるようになるじゃろうて」
「しかし…」
「ああ、そうじゃ。その頃には松本くんの霊力は暴走するレベルに達しておるじゃろう。しかしあの猫又がいつまでも松本くんの霊力を吸い続ければ、松本くんが魔へ身を落とすことはない」
「しかしあの猫又は今松本くんを好いているから取り憑いているに過ぎません。もし関係が拗れたらそれだけで松本くんは…」
「ああそうじゃ、だからあの岩窟には特別な惚れ薬のような物を用意した。飲み干した時に見た相手を一生好ましく想う、そういう薬じゃ」
「しかしあの薬は家畜の品種改良等に使われる物です! 彼らには耐えきれません!」
「もしそうなら彼は死ぬだけじゃ。放っておけば魔王になる器質…。致し方有るまい…」
杯の中身を飲み干して、ミケの方を確認した。僕の方は別段異変はない。しかし…
「う、うあああ!」
ミケが呻き声をあげた。
「みっちゃん、大丈夫!」
そういう間もなくミケの姿がどんどん変じていき、終わりには一匹の巨大な虎と化した。
「なんて事だ…」
元ミケの大虎は僕に襲い掛かり肩へかぶりついた。
虎を殺さば…ここから出してやる…
いつの間にか僕の手にはナイフが握られていた。虎は僕の肩へ噛みついたきり大人しい。いまなら首もとを狙える。でも…
「みっちゃんを殺すくらいなら、死んだ方がましだ!」
そうか…
その途端扉が開いた。突然の光に一瞬目をつぶり、開くとそこには泰声が立っていた。
「泰声さん…」
みっちゃんはいつの間にか元の姿へ戻り、気を失って僕にもたれ掛かっていた。
「よろしい。お主をこれから弟子とする。その猫又を守るすべを叩き込んでやる、良いな!」
「はい!」
あれから長い月日が流れた。僕もすっかりいっぱしの陰陽師だ。
「今まで、つらい修行によう耐えた、教える事は何も無い!」
「はい、泰声師匠!」
「これから一人前になるにあたってお主に新しい名を授けねばならぬ。そこでじゃ、わしとお前をここに導いた夢範から一字ずつとり、夢声とする。徳川夢声みたいで良いじゃろ」
「夢声ですか…、夢声…」
「不満か?」
「いえ…」
そんな会話をしていると貴宋が向こうの部屋から慌てて飛び込んできた。
「大変です。群馬県警の陰陽師、高崎の狂犬こと木本休彦がこちらへむかっていると情報が入りました!」