【プロローグ】とある乙女ゲー会社+αの終焉
はっはっは、ついに投稿してやったぞ。
早速後悔しているけど……。
すいません。完全に見切り発車の初投稿作品です。
どうか長い目で見てやってください。
よろしくお願いします。
「~という訳で、誠に残念なことではありますが、本日を持ちましてこの会社は業務停止。
皆さんは即日解雇ということになります」
「……うそん」
弁護士を名乗るスーツ姿の男の言葉に、俺を含め辺りは騒然となった。
時刻は4時を過ぎた頃だろうか。
恐らく初めて社員全員が呼び出された会議室は、かなり手狭になっていて熱気が籠っている。
思わず現実逃避気味に、今担当しているタイトルの作業進捗へと意識が飛ぶ。
しかし、すぐにそれ自体に何の意味もなくなったことに気づく。
どうせ発売されないのだから、もうマスターアップの日付を気にする必要はない。
ふと我に返ると、周囲の喧騒はより大きくなっていた。
「皆さん! 落ち着いてください!
まだ説明は続いていますので、どうかお静かに! 質問は後で受け付けます!」
弁護士の張り上げた声に、徐々に騒ぎは沈静化する。
それから事務的な説明が始まった。
俺を含めた過半数の人が、習慣で持ち込んでいた手帳を開いてメモを取っていく。
保険のこと。年金のこと。給料のこと。今後のこと。
機械的にメモを取り、一通りの説明が終わると、個別の質問タイムが続いた。
書くことがなくなった俺は、メモ帳から顔を上げて周囲の様子を窺う。
弁護士の隣に目を向けると、経営陣である重役達が下を向いて悄然と立ちつくしていた。
……が、その内の一人、トップであるワンマン女社長だけは違う。
マニキュアの塗られた爪を手持無沙汰に弄っている姿は、控えめに見ても気だるげで退屈そう。
いっそ清々しいほど普段通りの『女王様』っぷりであった。
「……チッ」
小さな舌打ちの音に振り向くと、隣の社員が殺気の籠った視線を社長へ送っていた。
ギラギラした眼光とは裏腹に、顔は能面のような無表情。
先輩にあたるその人『金木英男』は、数少ない家庭持ちである男性社員だった。
独身で彼女もいない俺とは違い、この事態は文字通り死活問題なのだろう。
何ともご愁傷様だが、パワハラセクハラの常習犯で、元から嫌いな人物だから同情はしない。
俺は目が合う前に顔を逸らした。
ざわざわ。
全体の8割を占める多くの女性社員は、思い思いに島を作って話し込んでいた。
俺も含め2割しかいない男性社員も、話すことはなくとも部屋の一角に自然と集まっているくらいだ。
こういう時こそ、人間関係の差は如実に出るようで、孤立している者もチラホラ見える。
その表情は男女とも様々。
悄然とした顔。怒った顔。困った顔。泣きそうな顔。沈んだ顔。興奮している顔。
しかし意外なことに、一番多いのは笑っている顔だった。
実のところ、俺もその一人。
「……明日からどうするかな~」
何というか、笑うしかないという状態だった。
別に何が面白いという訳ではないが、自然とヘラヘラ口元が歪む。
どうしようもない事態に突如陥った時、自分は半笑いになるらしい。
社会人3年目にして初めて知った。
ぶっちゃけ、死ぬまで知らなくてもよかったのに。
そうこうしているうちに質問タイムが終わり、資料を配られて解散になった。
後はデスク周りの私物を回収して帰宅するだけだ。
呼び出された時に指示があったので、PCは既に電源が落とされている。
窓の外を見れば、既に空は夕焼け色に染まっていた。
会議室にいた時とは打って変わって、黙々と私物を回収する社員達。
皆、分かっているのだ。
同じ会社の社員という繋がりが消えれば、ほとんどの人が赤他人となる。
学生時代の卒業式以上に呆気ない幕切れ。縁の切れ目。
連絡先を交換したのは、仲の良い数人程度だった。
元々プライベートでの付き合いは、会社が自粛するように圧力を掛けていたので、連れだって飲みに行くようなことも少なかったのだ。
仕事上の付き合いは、仕事が消滅すれば自然と消える。
「マスター直前だったのに、残念だったね」
「はは……。まあ、仕方ないですよ」
「来月発売予定だった新作、どうなるんだろう?」
「さあ~? そのままお蔵入りなんじゃ?」
「やっぱそうなるか。あー、でも、ファンの人にはちょっと申し訳ないよね」
「そうですね。でも俺達じゃどうにも出来ないし」
「どうしようもないか」
「どうしよもないですね~」
まとめたゴミを捨てに行く際、鞄を持った社員の一人と雑談する。
しばらくどうでもいいことを話して、「それじゃ」と軽く手を振って別れた。
恐らくもう二度と会うことはないだろうが、お互い未練もなかった。
自分のディスクに戻ると、既に大半の者が帰ってしまった後だった。
俺もまとめた荷物を背負い、スリッパと置き傘を回収して会社を後にする。
エレベーターから降りて外に出ると、既に夕日は山の陰に沈みきっていた。
もはや黄昏時とも呼べない時間帯だったが、いつもの終業時間を思えば破格のスピード帰宅だ。
何せ、普段は日付が変わる直前まで仕事をしているのが常なのだ。
体調不良で早退でもしない限り、こんな時間帯に帰ることはない。
徹夜こそ"ほぼ"なかったが、限りなく黒に近いグレーな会社だったと思う。
俺は決して会社大好き人間ではなかったが、それでも職場としては意外と愛着を感じていたのだろう。
そんなことを思うと、ようやく会社が倒産したことを実感できる気がした。
「……最近ご無沙汰だったし、最後に行っておくか」
らしくもなく感傷的な気分になって、俺は少しばかり引き返してエレベーターに乗った。
行き先は会社の屋上。
途中から階段を使う必要があるので少々不便だが、その分いつも人気のない場所だった。
それほど景色がいいわけではないが、俺にとっては休み時間を静かに過ごせる憩いの場。
明日からは建物自体が閉鎖されるらしいので、今日を逃せば二度と入れないだろう。
「~~~~だ!」
「~~~~~~~わよ!」
異変を感じたのは、エレベーターを降りて屋上の階段に差し掛かったところだった。
何やら屋上に続く扉の前で、男女が言い争っているらしい。
しかし声は大きくとも、反響して内容までは細かに聞き取れない。
(……この声って、クイーンと金木さん?)
思わず耳をそばだて、静かに階段を上って様子を窺う。
ちなみに『クイーン』というのは、社内での非公認な社長の仇名だ。
(うげ~。あの二人の噂ってマジだったんだ)
二人が不倫関係にある、というのはかなり以前から社員の間で語られていた噂だった。
反響して断片しか聞き取れないが、会社の倒産と痴情のもつれで随分ヒートアップしているらしい。
もはや感傷に浸る気分ではなくなり、げんなりした気分で踵を返す。
話している内容に興味がないわけではないが、ばったり顔を合わせることになるのは御免である。
俺は、足音を立てないようにゆっくりと階段を下りていき、
「このクソアマっ!!!!」
一際大きく聞こえた怒鳴り声に反射的に振り返った。
そこには、もつれ合いながら階段下へダイブする男女の姿が―――
「んな!?」
こちらに向かって落下する肉の塊を前に、俺は間抜け顔を晒すことしか出来なかった。
くしくも、階段は手狭で逃げ場がなく、両手は私物の入った紙袋と鞄で塞がれて受け身も取れない。
俺は二人分の体重を受け止めきれず、そのまま巻き込まれて階段を転がり落ちる。
そして、ガツン! という鈍い衝撃と共に、俺『立川昴』の意識は闇に染まった。
こうしてその日、都内の某乙女ゲー制作会社は、その短くない歴史に幕を下ろした。
……そこに勤めていた元社員数名を道連れに。
※この作品はフィクションであり、 実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。