風のいたずら
メイデンの賛美歌が風に運ばれてきた。美しい賛美歌の音に惹かれて飛んでゆくと、二人の少女が今日もまた仲良く謳っている姿が目に入る。
ふわふわな白いじゅうたんにちょこん座り、短く切りそろえた髪を風に揺らして楽しそうに謳うのはアルタ。
じゅうたんに寝転がって長い髪を手で弄ぶアリサという女の子は、アルタの声に合わせて足をばたつかせた。
短髪の少女、アルタは言う。
「ふーん。あの子、トゥインクルって子が好きなのね」
「トゥインクルってお城のお姫様じゃなかったっけ?」
「そうよー。下街の小さな男の子がお城のお姫様に憧れる。よくある展開よね。お城の兵隊になってお姫様を攫うんだって、可愛い!」
アルタは笑う。アリサは琥珀色の目を大きく開いてお城の窓をみつめた。
「当のお姫様はベッドで寝ているわ。退屈そうね、その男の子、お姫様の部屋に飛び込まないかなぁ。それでお姫様がびっくりあわてて大騒ぎになったらとても素敵なのに」
「それは名案ね、きっととっても楽しいわ!」
「ちょっと遊んでみる?」
いじわるな笑みを浮かべてアルタはアリサに提案する。アリサは待ってましたと言わんばかりに、にんまり笑って大きく首を縦に振る。
アルタは立ち上がり、先程とはちがう賛美歌を謳いだした。高音が伸びやかに響くゆっくりな詩。それは風の流れを左右させる詩で、当然のごとく風はアルタのもとへ集まった。アリサはしなやかな手先を見せつけるように堂々と舞った。アルタの声に合わせてくるくると。彼女の舞に合わせて今まで下界に降り注いでいた光は、指す方向を変える。全身を使って指し示した方向へ光はまっすぐ飛んでゆく。それはまるで矢の如く。迷いのない彼女の性格を表すかのように。
トゥインクル姫のお城へまっすぐ飛んでゆく光を誘導するように、アルタに操られた風が後を追う。
「いっけー!」
二人の声はぴったり揃い、彼女たちの祈りはまっすぐまっすぐ飛んでゆく。他の天使たちも集まって顔を見合わせては黄色い声をあげはじめた。
白く輝く光は白い雲をすり抜けて、時には無理やりに雲を突き抜けた。窓の前までたどり着くと、ぱんと弾けてキラリと眩しく光る。
目のいいアリサがよく目を凝らすとカラフルで綺麗なガラス窓はバリバリに破られていた。
耳のいいアルタには姫の叫びとお城の兵隊の足音がよく聞こえ、口角をあげて振り向きアリサ、と長髪の少女を呼んだ。
アリサは下界の小さな少年を大きな瞳で探し出し、アルタにあそこと指を差す。アルタが詩を謳い始めると、風は円を描いて少しづつ少年へ這い寄る。しゅるりしゅるりと少年の足首に巻きつき、次第に少年のからだは浮いてゆく。
「よし、捕まえた!」
「でもアルタ、お姫様の部屋に人が集まっているわ!」
トゥインクルのお城の兵隊が窓の割れる音で飛んできて、窓の周りに張り付き警護をはじめていた。堅い鎧を身に着けて、凛とした瞳で遥か下から彼女たちを睨んでいるようだった。少年をお城の中に放り込むことはできなさそうだ。
「ちぇ。また失敗か」
アルタがしょんぼり声を上げると、アルタの頭の上の輪っかの光がまた薄くなる。アリサの腕についたブレスレットのカラフルな色も一つ消えた。
彼女たちはそれにまだ気づかない。