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六歳児、春。四月「なにこれ?怖い。」

 サブタイトルの年齢なのですが、小学校に上がったら年齢ではなく学年で表記する予定です。その為、一年間を四月から三月で区切り、その年の誕生日に何歳になるかで表記してあります。分かりづらいかもしれませんが、すみません。

 直兄達が高校入学した春。無事に主席入学を果たす手伝いをする約束をやり遂げ、私は肩の荷が下りた気持ちだ。



 私も今年の秋で六歳児。来年は小学生か…。

 私はそんな事を考えながら放課後の王山学園に訪れていた。


 本来、放課後とはいえ部外者の私が学園に勝手に入るのは良くないだろう。と言うか、門には守衛さんが立っているのだから普通に入れない。

 だが、私は入る。

 

 ようはアレだ。勝手にじゃなければいいんだ。関係者が一緒なら大丈夫。実は一人いい内通者を作っておいたのだ。卒業式で黄島先生とアドレスを交換しておいたのは、我ながらファインプレーだった。

 本人は大変頼りない先生ではあるが、彼の後ろには学園の最高権力者・理事長がついておられる。権力って素敵だよね。口に出しては言わないけど。幼女の口からそんな言葉が出たら、親が泣きかねない。

 校門の前で「あーそーぼー」とメールを打ったら、普通に応じてくれた。放課後とはいえ暇なのか?幼女を平気で招き入れるいい加減な性格と、それを補う権力という後ろ盾は私に都合がいいのだが、人として心配になる。つーか、こんなメールの内容に応じる社会人って…。


「チビちゃん。八神達に会いに来たのかぁ?」

 黄島先生に手を引かれて王山学園の敷地に入る事に成功する。

「いえ、ブラブラとテキトーに遊びに来ただけです。中等部の生徒会室に遊びに行こうかなって」

 直兄には正直用はないのだ。今日は黄島先生と青柳さんに会いに来た。

「今、生徒会は忙しいですか?」

 首を傾げながら黄島先生を仰ぎ見る。

「あ~。うん。大丈夫大丈夫」

 黄島先生は気の抜けた声でテキトーに返事した。…本当に大丈夫かな?

「チビちゃんは来てないの?」

「??私はここにいますが?」

 きょろきょろと私の周囲に視線を彷徨わせながら聞いてくる。

「もっと小さいチビちゃん」

「弟ですか。家においてきました」



 最近、弟をおいていく成功率が上がった。昼寝をしているか、テレビに夢中になっているタイミングが狙い目だ。とは言っても十回中一回の成功率だが。昨日なんてぐっすり寝ているのを確かめて音を立てずに玄関に向かったのに、玄関で靴を履いた瞬間リビングからペンギンのキグルミパジャマを着た弟が飛び出してきた。去年の学祭以降、キグルミブームが弟に訪れたらしい。現在、弟のクローゼットは動物園と化している。

 ペンギン姿の弟が廊下を腹で滑りながら、シャーーーッと私めがけて突っ込んできた時は、純粋にこいつスゲェなと思ったものだ。


 今日は良い子の番組を見ながら、テレビの音楽に合わせて踊っている隙に出てきた。ああいう所は普通の幼児だなと微笑ましく思う。ただ、うちの弟のダンスはテレビのダンスにアレンジが加わっていて、うっかりそのまま見そうになる。なんだろう?あの不思議な動きは?詳しい事は、もし機会があれば語るとしよう。



「私と弟、どっちもチビちゃんなんですか?」

「んー。じゃあ、ちっさい方のチビちゃんは、チビオちゃんで」

 名前で呼ぶという選択肢はないらしい。別にいいけど。

 ちなみに黄島先生が弟に会ったのは、春休み中に開かれた生徒会の卒業・進級を祝う集まりである。弟と一緒に参加させてもらった。あの時の弟が、どこか感心したようにこの大人を眺めていたのが未だに心に引っかかっている。見習ってはいけない大人に出会わせてしまった事が悔やまれる。

「一人で来たのかぁ?」

「はい。近いんで」

 手に握っていた防犯ブザーを掲げて答える。家から十分くらいの距離だ。お母んにも言ってある。

 …友達の家に遊びに行くような気軽さで、学校に遊びに行ってくるという娘をアッサリ見送るお母んってどうなんだろう?帰りは絶対に直兄と帰ってくるように言われてるから、メール入れとかないと。 


「ふぅ~ん」

「………」

 興味なさそうな目で見降ろされるのだが、この人にはどこか見透かされているような、そんな気がする事がある。

「ところで黄島先生。何かおもしろい事ってありませんでした?」

「おもしろいことぉ?あー、なんかあったかなぁ」

 私の質問に、黄島先生は顎に手をあてて首を傾げた。

「数学の碇先生のカツラ疑惑が噂になってるなぁ」

「そういったデリケートな噂は気軽に口にしてはいけません(汗)……そういうのじゃなくてですね、なんか…その…、気になる女子生徒とかいません?気になるとまでいかなくても、ちょっと可愛いなって思った生徒とか。新しい出会いみたいな……」

「……チビちゃん。もしかして俺、教師として疑われてる?」

 黄島先生の顔がキョトンとする。

「いえ、そんな事ないですよ」

「だよなー。ビックリしたぁ。生徒に手出してるとか思われてんのかと思ったぁ」

 黄島先生はホッと胸を撫で下ろした。我ながら行き成りすぎたな。


 新学期が始まった最初の一週目。危惧しているヒロインの存在を探るため、私はやってきたのだ。

 高等部の様子を直兄から探っているが、そもそも高等部入学という出会いに溢れた時期だ。新しい出会いなどいくらでもあって、ヒロインかどうかなど話だけで分かるはずがない。

 なので今日は中等部の二人の視点を探りに来たのである。


 もし相手が転生ヒロインで、赤井さんと夏志さんが犠牲になりそうな場合、いざとなったら直兄を生贄に捧げる事も辞さない覚悟だ。赤井さん達に負けないイケメンだ。ヒロインもお気に召すだろう。


「出会いねぇ。特に目立った生徒はいないと思うけどなぁ」

「そうですか」

 ふむ。まだ出会っていないのか、私の考えすぎでヒロインなんていないのか。

「そう言えば先生。相手してもらっといてなんですが、お仕事はいいんですか?」

「あ~。うん。大丈夫大丈夫」

 なんか、生徒会が忙しいか聞いた時と、答え方が全く一緒なのが不安になるな。

 話しながら歩いてるうちに、生徒会室のある特別教室棟の入り口に辿り着いた。

「こっから生徒会室まで一人で行けるか?」

「はい。黄島先生は行かないんですか?」

「んー」

 そう言って黄島先生とは、入ってすぐの階段の前で別れる。ふらふらと手を振りながら生徒会顧問は去っていく。

 私は廊下の奥へと消える猫背を見送ってから、階段を上った。



「こんにちはー」

「花乃ちゃん。遊びに来たの?」

「はい」

 いきなり現れた私を中等部生徒会の人たちは笑顔で迎えてくれた。テケテケと生徒会室の中に入る。

「八神先輩は一緒じゃないの?」

 上野さんに近づく私に青柳さんが尋ねた。

「はい。後で高等部に会いに行きます」

「そう。その時は送っていくね」

 青柳さんはニッコリと微笑んだ。

 ふと机の上を見ると、書類の束が並んでいる。

「忙しかったですか?」

 あのボンクラ教師の言葉を鵜呑みにして訪ねてしまったが、忙しいならすぐに出直そう。

「いや。そんな事ないよ。今日はこの書類を提出したら、もう急ぎの仕事はないから」

 青柳さんが私の頭を撫でながら微笑んだ。私もホッとする。

「………青柳会長。黄島先生の書類がまだ出ていません」 

 後輩役員・林田さんの言葉に青柳さんの笑顔が固まった。


「……花乃ちゃん。悪いんだけど、ちょっと出てくるね」

「青柳会長。行くなら俺が…」

「いいよ。僕が行くから皆は花乃ちゃんの相手をよろしくね」

 青柳さんがどこか疲れた笑顔で扉に向かって行く。

「青柳さん…。黄島先生はこの特別教室棟の一階の奥の方に歩いて行きましたよ」

「ありがとう」

 ぼんくら教師の最後の目撃証言をして、青柳さんの背中を見送った。扉を閉める音がやけに大きく響いた気がする…。


「いつもこんな感じですか?」

「まぁ、そうかな…。青柳会長、黄島先生の事を探すのが日々上手くなっていってるよ」

 林田さんが苦笑する。

「黄島先生にも困ったもんだよな。毎回締切ギリギリでさ」

「そうですね。でも、なんだかんだ間に合わなかった事ってないですよね」

「あの人、どれくらいならオーバーしても大丈夫か計算してるんじゃないかな」

「…そういう計算上手そうですもんね」

 他の生徒会メンバーも話し出す。みんな黄島先生に対して思うところがありそうだ。


「花乃ちゃん。青柳君が戻ってくるまで何してようか?」

 上野さんがしゃがんで私の目線に合わせながら問いかけてきた。

 ……さて、目的の青柳さんがいないしどうするかなぁ。とりあえず、本人じゃなくて周りの人達から探ってみるかな。

「ねーねー。青柳さんって彼女いますか?」

 子供らしく無邪気に聞いてみた。

「え?青柳君??えっと、その…」

 上野さんが突然の質問に驚く。

「青柳会長に彼女はいないよ。やっぱり女の子ってそういうの興味あるんだ」

 狼狽えている上野さんに代わって林田さんが答えてくれた。

「青柳って去年の学祭からモテだしたよな」

 書類の枚数を数えながら会計の原さんが言う。

「そうですね。ちゃんと自分の意見を言うようになってから、女子に騒がれるようになりましたよね。俺、この前二年の女子から告られてるの見ましたよ」

 それに同意するのは副会長の松嶋さん二年生。やっぱりモテだしたのか。

「マジで?」

「断ったみたいですけど」


「高等部の女子からはどうなんでしょう?」

 重要な点を聞く。おそらくヒロインは最も攻略対象の多い高等部一年生と思われる。

「高等部?年下好きな人から好かれてそうだけど…」

「高等部は青柳先輩よりもハデにモテる人達がいますしね」

 もっともな意見を返される。確かにあの人達がいたらなぁ…。

 とりあえず、今のところは青柳さんの周囲にヒロインの影はないらしい。

「……」

 ふと隣に立つ上野さんを見上げると、しょんぼりと俯いていた。


 ……上野さんって。

 前々からもしかしてとは思ってたけど、そういう事なのだろう。やっぱり。

 もしヒロインが碌でもなかったら、最優先で青柳さんを守ろう。一番女性不信が進みそうな夏志さんを守らねばと思ってたけど、上野さんの笑顔には代えられない。乙女の笑顔を守る為なら、兄弟子には自力で試練を乗り越えてもらうのも仕方ないだろう。


 上野さんの淡い思いを守る決意を固めていると、原さんの携帯が鳴りだす。

「青柳からだ。もしもし?………………………ああ、分かった。そっちにすぐ行くから」

 原さんは青柳さんからの連絡を聞くうちに、ドンドン顔色を悪くし、最後は遠い目をしながら携帯を切った。その様子に、みんな黙って手を止める。

「……悪い知らせだ。黄島先生が書類のデータをどっかに落としたらしい。今日の生徒会活動は探し物に変更だ」

 

 やりやがった。あの男!!



 急いで二人のもとに向かう。邪魔にならないよう帰ろうかとも思ったが、探し物には自信がある。主に弟のせいで。

「青柳」

「みんな」

 特別教室棟の隅でしゃがみこんでいる黄島先生と、先生の前で疲れ切っている青柳さんと合流した。

「来てすぐで悪いけど、探し始めよう。黄島先生。今日行った場所をみんなにも説明してください」

 青柳さんは私達の顔を見て、前置きもなく話を進める。生徒会メンバーも無言で頷いた。もう慣れてるんだな…と切ない気持ちになったが、口には出さないでおこう。

「あ~。今日は駐車場に車を停めて、校舎裏で猫に餌やってから教員玄関に行って、売店でパン買ってから職員室に行った。その後はSHRと授業で職員室と教室棟を行ったり来たりだなぁ。あぁ、昼休みは校舎裏で猫と昼寝してた。あと第一資料室にも行ったなぁ」

「猫に餌付けしてたの先生だったんですね…」

「失くしたのに気付いたのは何時ですか?」

「あ~。放課後になって出さなきゃなぁって思ったらなかった。一応、それからずっと探してはいる」

「…僕がここに来た時、座り込んで話してたじゃないですか……」

 青柳さんが頭を抱える。お疲れ様です。

「つーか、放課後になって気付いたってことは、私がメールした時ちょうど探し中だったって事じゃないッスか」

「そのとおり」

「幼女のメールに答えてる場合か!」

 この人は本当に……。

 目の前の頭を掻いている大人をぶっ飛ばしたい。


「とやかく言ってても仕方ないです。とにかく手分けして探し始めよう、みんな」

「「「「「はい」」」」」

 青柳さんの号令で、行動を開始した。

「よろしく~」

「あんたも探すんですよ!!」

 手を振って見送ろうとする黄島先生に体当たりをかました私は絶対に悪くない。



 それから思い当るところを探したわけだが、全く見つからなかった。広い校舎だが、行動した場所が限られているからそれ程時間はかからない。

「見つからないんですけど…」

 青柳さんがグッタリしながら黄島先生を見つめる。黄島先生はどこ吹く風だ。

「ん~」

「先生。何時まで手元にあったか分からないんですか?」

「どうだったかなぁ…。いちいち放課後まで確認しなかったしぃ……」

 必死な生徒会メンバーに対して、黄島先生だけが呑気だ。そろそろぶっ飛ばしてもいいんじゃないかな。

「どうします?せめていつ失くしたのか分かればいいんですけど」

「もう一回、先生の行動を追ってみようか…」

 青柳さん達が真剣な顔で相談し合う。その相談に黄島先生が加わる気配はない。


「……ちょっと気になったんですけど」

 ボーっとしている黄島先生に近づいて、先生のシャツの裾を引っ張った。

「んー?どしたん?チビちゃん」

「学校に着いてから放課後まで一度も無事にあるのを確認してないんですよね?」

「してないなぁ」

「学校内で一度も見てないんですよね?」

「見てないなぁ」 

 私の質問に、黄島先生がのんびり頷く。


「………そもそも持ってきてたんですか?」


 時が止まった。

 きっとこの表現はこういう時に使うんだと思う。


「…………」

 黄島先生は無言で私を見つめ、相談し合っていた青柳さん達が無表情で黄島先生を見つめている。とても重たい沈黙だ。黄島先生はズボンのポケットに入れていた右手をゆっくりと出し、私を指で差して頷いた。


 それだ。


 青柳さん。もうこの大人をぶっ飛ばしてください。私が許します。


「先生……」

 青柳さん達がその場に崩れ落ちた。原さんと松嶋さんがギッと先生を睨む。

「ほんっとうにいい加減にしてください!!」

「毎度毎度、スムーズにできないんですか!!」

「あ~。すまんすまん」

 二人に怒鳴られても黄島先生が動じる気配はない。

「お、落ち着いて!二人とも!!」

 青柳さんが慌てて間に入った。

「青柳。いい加減お前も怒った方がいいぞ」

「青柳先輩。庇ってもきりがありませんよ、この人」

 黄島先生を庇おうとする青柳さんに二人は抗議するが、青柳さんは首を横に振って否定する。

「僕のミスでもあるよ。花乃ちゃんに言われるまで、こんな根本的な事に気付けなかった僕も悪かったんだ」

「青柳会長…そんな事……」 

 林田さんが困り顔で青柳さんを見る。青柳さんは握った拳を胸にあてて、悲痛な顔をした。

「真っ先に聞くべきだったんだ。そもそも黄島先生が忘れずに持ってきていたのか、疑問を持つべきだった。黄島先生なら家に忘れててもおかしくないって、少し考えれば分かるのに。もっと先生の事を疑ってかかるべきだったんだ」

「青柳会長!フォローになってないですよ!!」

「フォローしているようでディスってる!?」

「青柳のこれは天然だな」

「え?」

 皆のツッコミに青柳さんは首を傾げた。本当に素で言ってたようだ。

 

 青柳さん…恐ろしい子……。


「み、みなさん。落ち着きましょう。そ、その、時間もあまりないですし……」

 騒いでる男子たちに上野さんが遠慮がちに声を掛ける。騒いでいた一同がハッと動きを止めた。

「そうだった。上野の言うとうりだよ。黄島先生。ご自宅まではどれくらい掛かりますか?」

 青柳さんが黄島先生に目を向ける。その言葉に他の者も黄島先生に注目した。

「ん~。車で十五分?くらいかなぁ」

「そうですか。良かった。それなら提出時間に間に合いますね」

 行って帰って約三十分。思ったほど時間がかからない事を知り、全員でホッと息を吐いた。


「しゃーない。とってくるかぁ」

 黄島先生は大きく伸びをしながら職員玄関の方向に足を向ける。青柳さん達はその背を大人しく見送ろうとしたが、私は先生のシャツを掴んで待ったをかけた。

「?どしたん?チビちゃん」

「私も行きます」

 首を傾げて見下ろしてくる黄島先生に同行を申し出た。

「なに?俺んちに遊びに来たいの?」

「寝言は寝て言ってください。遊んでる場合じゃないでしょうが」

 寝ぼけた事を言う黄島先生にピシャリと言い放つ。

「…遠慮がドンドンなくなっていくなぁ。チビちゃん」

「青柳さん。疑い方が足りないですよ」

 肩をすくめる黄島先生を無視して青柳さんに顔を向けた。

「この男一人で行かせたらダラダラ寄り道するか、そのまま家でのんびりくつろぐかしかねない!これくらい疑ってかからないでどうするんですか!!」

「本当に遠慮がなくなってくなぁ!チビちゃん」


 私の言葉に青柳さん達はハッとする。さすがに真顔でツッコんできた黄島先生を無視して、私達は真剣に頷きあった。このボンクラの見張りは任せてください!


 こうして私は青柳さん達、中等部生徒会メンバーに見送られ、黄島先生宅に向かう事となった。

 ……直兄に高等部に行くのが遅くなるってメールしとかないと。




「チビちゃん。コンビニでアイスでも買わねー?」

「いいから前見て運転してください」

 ヘラヘラと寄り道を提案するボンクラを見張りつつ、車の助手席で直兄からの返信メールを読む。どうやら直兄も高等部の生徒会に顔を出している為、下校が遅れるらしい。

 正直、この大人の運転する車に乗るのは怖いなと思いながら乗り込んだが、意外にも運転は丁寧で安心した。本当に良かったと思う。……着いた先はもっと意外だったけどね。


 宣言通り黄島先生の自宅には十五分くらいで着いた。

「俺んちここの最上階」

「……ここっスか?」

 黄島先生は車から降りて目の前の建物を指差す。私が呆然と見上げる超高級マンションを。つーか、億ションかもしれない…。

 黄島先生は目の前の建物にしり込みする私の手を引いてさっさと中へと入り、玄関ホールを突っ切ってエレベーターに乗り込んだ。隣に立つ黄島先生を横目で眺める。


 ぶっちゃけ意外だった。この目の前のボサボサヨレヨレの男におしゃれな高級マンションとか、イメージが合わなすぎる。勝手に築何十年のボロアパートとか想像してたよ。でも考えてみたら意外でもないのかもしれない。名門私立王山学園の理事長の甥っ子だ。見た目はアレだが、よくよく考えてみたら結構なお坊ちゃまだ、この人。


 自分の中で自己完結して納得していると、黄島先生と目が合った。

「意外だと思ってたろぉ?」

 ニヤニヤとしながら言い当てられる。勝手な想像をしてたのが気まずくて目を逸らすと、気にするなと笑われた。

「ボロアパートの方が俺のイメージに合うよなぁ」

「ハハハ。イヤイヤ、ソンナ事ナイデスヨ」

 勝手な想像を当てられた。乾いた笑いで誤魔化すが、超棒読みになってしまった。この人、なにげに鋭いんだよな。

「まぁ、実際に大学時代はボロアパートだったしなぁ」

 黄島先生がフッと眼元を和らげて呟いた。どこか自嘲気味にも見える表情だ。

「は?」

 ?金持ちの坊ちゃんじゃないのか?疑問を口に出そうとした瞬間にエレベーターが目的の最上階に着いて、口を開くタイミングを逃してしまう。

 エレベーターを降りて口を開いたが、目の前の光景に言葉が出なかった。

 

 この階、ドアが一つしかない………。

 その一つしかないドアを黄島先生は迷いもなく開けた。つまり最上階丸々黄島先生の部屋って事ッスか!?マジっスか!?

 呆然としたまま手を引かれて、黄島先生の部屋に御邪魔する。

「お…おじゃまします」

「どーぞどーぞ」


「…………」

 高級マンションの最上階はさすがの内装だった。おしゃれで広いリビングはホームパーティーもできそうだ。散らかってさえいなければだけど…。

 住んでる建物は黄島先生のイメージに合わないものだったが、部屋の状況は黄島先生のイメージに合ったものだった。ようは散らかってるって事。床やソファには脱ぎっぱなしの衣類、テーブルの上にはビールの空き缶とツマミの袋が散乱している。

「なんつーか、せっかくの高級内装が残念な事になってますね」

「男の一人暮らしなんてこんなもんだろぉ」

 まぁ、働きながら家の事もこなすのは大変なのだろうが、ゴミくらいまとめようぜ。


「なんか飲むー?ジュースってあったかなぁ?」

「もてなさんでいいから、さっさと目的のもの取ってきてください」

 リビングと隣接しているダイニングキッチンに向かおうとする黄島先生を止めて、目的を急かす。

「あ~。どこやったかなぁ」

 フラフラとリビングから自室へと向かう背中を見送った。大丈夫だろうか?ここにきて失くしたとか言ったら、マジでどつくぞ。


 ……黄島先生の背中を見送ったはいいが、暇になってしまった。他人の家で勝手に動くのはアレだが、他人の家で手持無沙汰に突っ立ってるのも気まずい。とりあえず、テーブルの上に散らかっているゴミをまとめよう。

 ゴミはゴミ箱に突っ込み、ビールの空き缶は捨てる前に洗うべくキッチンへと運ぶ。キッチンの中も黄島先生のイメージ通りだった…。適当なイスを踏み台にして空き缶をゆすいで逆さにして水を切る。放置されている食器や床に散乱している衣服も気になったが、本人の許可なく触るのは良くないだろうな。


「…遅いな」

 戻って来ないんですけど。本当に失くしたんじゃないだろうな?

 やる事がなくなったから、黄島先生を急かすべくリビングから廊下に出る。…が、いくつもドアがあってどの部屋に黄島先生がいるのか分からなかった。なに?この広さ??間取り聞いてみようかな。

「黄島せんせー?」

 なんか広い家に一人きりみたいで心細くなってしまった。この辺が私も幼女だよなぁ。トボトボと廊下を進むと少し開いてるドアがあったから覗き込んだ。

「黄島先生、いますかー?…うお!?」

 覗き込んでギョッとしてしまった。


 その部屋は何ていうかアレだ。本の海と言えばいいんだろうか。壁一面に本棚が並び、棚に並べきれずあふれた本が床と机の上に積み上げられている。とにかくすごい。

 本の山を崩さないように部屋に踏み込む。ここで雪崩が起きたら間違いなく埋まるな私。

「ジャンルがバラバラだ」

 ザッと本のタイトルを見渡すとそのジャンルは統一されていないようだ。多種多様の辞典に色んな国の歴史書。経済学に帝王学、天文学や農学などの幅広い専門書。医学書や数学書、六法全書もある。

「図書館みたい」

 画集や音楽史など芸術方面も少ないが存在した。専門書ばかりかとも思ったが、海外の小説や絵本もある。どこの国の本かも分からないものも多い。背表紙に書かれたタイトルが読めない。何語だ?

「英語じゃない事だけは分かる」

 未知の本の山に、なんだかワクワクする。


 この本全部黄島先生の私物なのか?これ全部読んだわけ??……今日一番の意外だわ。この多種にわたる専門知識を有しているとしたら、あの人そうとう優秀なんじゃないか?


「む?」

 本棚を見渡していると、写真たてを発見した。届く高さにあったので手に取ってみる。


「おおう!?」


 写真には中高生くらいの少年と大学生くらいの青年が写っていた。

 少年の方は直兄達を見慣れている私でも「うわぁ」となる程の美少年だ。街ですれ違ったら十人中十人が二度見するだろう顔立ちをしている。カッコいいと言うよりキレイな顔だ。まさに美少年!

 一緒に写っている青年は少年と比べてしまうと地味な顔立ちをしていたが、真面目で誠実そうな青年だ。ふと気になって少年の方を手で隠して青年単体で見れば、青年の方も整った顔立ちをしていた。少年と並んでいるから地味に見えてしまうのだろう。それだけ少年の容姿がすごすぎるのだ。

 青年の手は少年の肩に置かれており、二人は仲良く並んでいる。少年の輝くような笑顔に青年の穏やかな笑顔。写真の中の二人は幸せそうで、見ている方も幸せになる写真だ。

「高校の入学式か」

 二人の背後には高校の校門と入学式と書かれた看板が写っている。知らない学校名だ。なるほど、少年の方は高校一年生か。ついこの間まで中学生だった初々しさもあり、まだ子供っぽさが残っている笑顔をしている。青年の方は制服ではなくスーツを着ているからやはり大学生かな。落ち着いて見えるが、社会人という年には見えない。


 ……この少年…?


「チビちゃん」

「にょっ!!?」

 ビビった!!写真に集中してたらいつの間にか黄島先生が背後に立っていたらしい。

「ご、ごめんなさい!!勝手に入って!」

「別にいいけど…。なんかおもしろいもんでもあったかぁ?」

 慌てて振り返りながら謝ると、黄島先生はヘラヘラと笑いながら私の手元を覗き込んだ。

「………っ」

「せんせー?」

 私が持つ写真たてを見て黄島先生の目が微かに見開いた。怒らせてしまったのだろうかと不安になり、黄島先生の顔を下から覗き込む。黄島先生は私の表情に気付くとすぐにいつものヘラヘラした笑みを浮かべた。

「此処にゃあチビちゃんが読むような本はないだろぉ」

 黄島先生は笑いながら私の手元から写真たてを優しく取り上げ、棚へと戻す。自然な動作だったが、写真たては伏せて置かれた。「何も聞くな」という無言の拒絶なんだろう。


 もとより私に黄島先生のプライベートに踏み込む意思はない。だから写真について何も聞かないし、その為に謝罪も飲み込む。何も分からない無邪気な子供を装う。だけど、写真たてを伏せる一瞬に見せた黄島先生の常にはない表情が頭に残った。とは言っても黄島先生の普段見てる表情何ていくつもないんだけどね。眠そうな顔にダルそうな顔。面倒臭そうな顔にやる気の欠片もない顔。ヘラヘラと人を舐め切った顔に小馬鹿にしたような顔。

 ……碌な顔ねぇな。

「メモリー見っけたから学校戻るぞぉ」

「はーい」

 いつも通りのダルそうな顔で玄関に向かう黄島先生の後を追いかけ、そのまま学校へと戻る。


「なー。コンビニでアイス…」

「いいから学校に急ぎますよ。ただひたすら前見て運転してください」

 道中の黄島先生もいつも通りで、写真たての事にはお互い触れなかった。


「黄島先生戻ってきましたー!」

「おー。みんなの先生が戻ったぞぉー」

「お待たせしました」

「花乃ちゃんおかえりなさい」

「花乃ちゃんお疲れ様」

「花乃ちゃん、よくやってくれたね。ありがとな」

「あれ?俺に労いの言葉はないの??」

「「あんたは自業自得だろうが!!」」

「先生。急いで書類をプリントしてください」


 校門で待ち構えていた生徒会メンバーに出迎えられて、黄島先生は原さんと松嶋さんに引きずられるように連行されていった。

「花乃ちゃんも行こう」

「いえ。そろそろ高等部の方に行きます。直兄も帰る頃だろうし。送るのはいいので青柳さんも仕事に行ってください」

「そう?今日はありがとうね。また遊びに来てよ」

「はい」

 青柳さんに別れを告げて、高等部の方へ歩き出す。思ったよりも黄島先生宅訪問に時間がかかってしまった。直兄にメールすると、自分達もそろそろ帰ると返信が来た。


 しかし、あの一瞬に見せた黄島先生の顔は何だったんだろうなぁ?怒ってるのとも違ったと思うし、何か拗ねてるような不機嫌なような、つまらなそうなような何かに耐えるような…。よく分からん。



 答えの出ない事を考えながらテケテケと進む。校庭で活動している運動部の目を気にしながら下駄箱に向かうと、遠目にも目立つ人達を発見した。

 放課後で良かった。人目のある時間帯だったら近づきたくないほどの目立ちっぷりだ。


「あ。花乃ちゃん」

 目立つ人達の一人、赤井さんが私に気が付いた。一緒にいた直兄と夏志さんもこっちを見る。もう一人一緒にいるようだが、知らない人だ。遠目にも分かる金髪だ。三人の友達かな?


「直兄、夏志さん、赤井さんこんにちはー。もしかして待たせました?」

「いや、俺達も来たところだ」

 テケテケと近づくと直兄が頭を撫でてくる。便乗するように赤井さんと夏志さんも私の頭に手を伸ばしてきた。

「…その子は?」

 一緒に居た見知らぬ青少年が声を掛けてくる。

「「「俺の妹」」」

 三人の答えがそろう。…またか。

「……八神の妹か?」

「ああ」

 訝しげに聞かれる。無理もない。直兄がドヤ顔で答えたのにイラッとした。

「ちげーよ。なんで直也のなんだ?!」

「正解は直也の近所の子で、俺達三人の妹分だよ」

 夏志さんは面白くなさそうに咬みつき、赤井さんは笑顔でネタ明かしする。

「いや、八神だけ直兄って呼ばれてたから…」

 金髪の青少年の答えに、夏志さんは面白くなさそうな顔を私の方に向けた。矛先がこっちに来そうだ。

「…なんで直也は直兄で、俺は普通にさん付けなんだよ?」

 夏志さんは「俺は兄弟子だぞ」と顔に張り付けて、ふて腐れる。

「特に深い意味はないですよ。直兄が一番一緒にいる機会が多いから、くだけた付き合いになってしまってるだけです。それに兄弟子みんなを兄呼びしてたらキリないでしょう」

 道場の兄弟子みんなを兄としたらとんでもない事になる。そもそも、私が直兄を直兄と呼ぶようになった本当の理由は、ただ純粋に八神直也という存在をさん付けで呼びたくないからだ。敬語も最近はテキトーになっている。

「………」

 夏志さんは納得していないようだが、性格的にこれ以上駄々をこねる事も出来ず、大人しく引き下がってくれた。

 つーか、兄弟子をお兄ちゃんと呼ぶのなら、夏志さんも冬樹さんを冬兄と呼ぶという事だ。まぁ、そんなこと言ったら夏志さんが怒るの分かってるから言わないけどね。…冬樹さんは大爆笑しそうだけど。


 そんな事よりも私はこの見知らぬ青少年が気になる。正確に言うと彼の顔が。

「天川花乃です。こんにちは」

 直兄の制服を掴みながら挨拶をする。

紫田(しだ) 響希(ひびき)だ。こんにちは」

 青少年・紫田さんは先程までツンとした表情だったが、私に向けては柔らかい笑みを浮かべて挨拶してくれた。

 シダさん…か。

 恥ずかしがるように直兄の影に隠れて、直兄の制服をクイクイと引っ張った。

「どうした?」

「シダさんって、どんな字書くんスか?」

「紫の田んぼ」

 はい!紫入りましたー!!


 やっぱりな!ひと目見た時からそうだと思ったよ!!だって顔面偏差値たっかいもんね!!

 紫田さんは金髪碧眼のイケメンだ。ハーフかクォーターなのだろう。精悍な顔つきで二枚目の正統派イケメンである。……似ているというわけではないのだが、顔の系統が直兄と被ってる気がする。なんか嫌な予感がするなぁ…。


「何歳なんだ?」

 紫田さんがしゃがみ込んで目線を合わせて聞いて来る。けっこう子供に慣れてる感じだ。

「今五歳です。今度六歳になります」

 右手を開いて紫田さんの方に突き出す。

「じゃあ来年から小学生か」

「はい」

「そうか…」

「?」

 紫田さんは何故か私の歳を聞いて思案顔になった。幼女ですが何か?

「どうかしたのか?」

「ああ。いや、なんでもない」

 赤井さんに声を掛けられて、紫田さんは私に合わせていた目線から立ち上がる。

「八神、赤井。今日は生徒会に紹介してくれてありがとうな」

 紫田さんは直兄と赤井さんに向かって礼を言った。この人も生徒会に入るのか。

 今の感謝の対象から外されてて気づいたが、生徒会に入らない夏志さんは二人をただ待っていたのだろうか?ちらりと夏志さんを見上げると、面白くなさそうな顔をしている。これは冬樹さんあたりに捕まったかしたのかもしれない。夏志さんには悪いけど、多分高等部でも無理やり風紀委員会に入れられるんだろうな。だって冬樹さんの方が上手だもん。


「気にするなよ。別に俺達も生徒会に顔を出すつもりだったからさ」

「白鳥先輩も優秀な人材が入るのは助かるって言ってたしさ。外部入学組の首席だもんな。先輩達も期待してたよ」

 直兄と赤井さんが爽やかに返す。

 ……赤井さん。今何て言いました?


 外部入学組の首席?それってあれっスよね。高等部から外部受験で入学してきた人たちの首席って事ですよね。つまり今、直兄という内部進学組主席と外部入学組の首席が並んでいるわけだ。うん。しかもイケメン具合が被ってる二人がだ。

 うわぁ。なんだろね。嫌な予感しかしないんだけど…。


「期待以上の働きをしてみせるさ」

 紫田さんは自信満々の表情で言い切った。なるほど。謙遜はしないタイプなわけね。

「…ああ。これから三年間、お互い頑張ろう」

 直兄が(胡散臭い)爽やかな笑顔を張り付ける。…今、何か発言前に間があったな……。

「しっかし、入学早々の実力テストの一位と二位が入るんだから、今期の生徒会は頼もしいよなぁ」

 赤井さんが(真の)爽やかな笑顔で笑いかけた。


 ……ああ。忘れてた。そうだ。実力テストだ。

 王山学園の高等部一年生は、入学してすぐに定期試験とは別に国・数・英の三教科のみの実力テストが行われる。内部進学生と外部入学生を合わせての生徒の成績を把握する為のものだ。基本的に狭き門である外部入学を果たした外部入学組が毎年上位を占める傾向が強いと聞く。つまり先に述べた理由は建て前で、内部進学組に発破かけるのが本当の目的だという事は暗黙の了解らしい。

 その実力テストが先日行われて、結果発表が今日なのを忘れていた。あれだけ直兄が騒いでいたというのに…。


 てか、赤井さん今一位と二位って言ったよね。どっち?どっちが一位?その結果によっては直兄の今後の反応が怖い。

 恐る恐る直兄を見上げたが、(胡散臭い)爽やかな笑顔を張り付けたままで結果が良かったのかどうか読めない。機嫌が悪いようにも見えないが、外面が病的に良いので判断しづらい。

「…今回は八神に負けたが、次の試験はこうはいかないからな」

 紫田さんがムッとした顔で直兄を睨む。良かったー。直兄が一位だったんだ。

「ははは。お手柔らかにな」

 直兄が爽やかに返す。……勝ったわりには、いつものイラッとする余裕を感じないなぁ。どうした?

「負けたって言っても二点差だろ」

 夏志さんが面倒臭そうに言った。

 ………二点差。なるほどね。


「夏志の言うとおり今回は僅差だったからなぁ。マグレの一位かもな」

「僅差だろうと負けは負けだ。次は負けない」

 勝ち負けに拘ってない様子の直兄を、紫田さんはキッと睨みつけて宣戦布告した。負けず嫌いなんだなぁ。

「俺も紫田に負けないよう頑張るよ」

 直兄はライバルと競い合う事を楽しむような爽やかな笑顔で紫田さんに頷き返す。純粋にぶっ飛ばしたい。どうして直兄のこういう笑顔ってこんなにイラッとするんだろ…?答えは分かっている。その笑顔の裏にある本当の顔を知っているからだ。


「そういや花乃。中等部で何してたんだ?こっち来んのに時間かかってたみてぇだけど」

 目の前のテスト上位者争いに興味がないらしい夏志さんが話題を変えた。

「生徒会に遊びに行って、上野さん達とお話しして…」

 私は中等部でのことを無邪気に指折りながら話した。赤井さんが微笑ましそうに相槌をしながら聞いている。

「それで黄島先生がやらかしました」

「「「………ああ」」」

 直兄達の目がいっきに死んだ。黄島先生パネェ。紫田さんだけが首を傾げている。

「黄島先生って中等部の教師か?」

「…中等部の生徒会顧問で古典の教師。高等部に教えに来ることもあるから生徒会と授業でそのうち顔合わせる事になるぞ」

「俺達からできるアドバイスは、あの人と付き合っていくうえで大事なのは諦める事だ」

 赤井さんと直兄が遠い目をしている。夏志さんに至っては荒んだ眼をしていた。そうか…。高等部に上がったからって、あの人との縁は切れないんだ(涙)

「お前たち。先生に対して失礼じゃないか」

 紫田さんが真面目な顔で反論した。

「「「「そう言っていられるのも今だけだぞ」」」ですよ」

 私達四人の声が完全にハモる。

「…そんな問題のある教師なのか?」

「会えば分かる」

「悪い人じゃないんだけどな。………多分」

 不安そうな顔になった紫田さんに、直也さんが目を逸らして言葉を濁した。あの赤井さんまでもがフォローに多分をつけるとか……。


「いい加減、帰ろうぜ」

 夏志さんが面倒臭そうに帰宅を即した。これ以上黄島先生の話題を続けるのは嫌なようだ。

「そうだな。帰るか」


 

 その後、一人だけ逆方向の紫田さんと校門で分かれて帰路についた。ぽつぽつと雑談しながら進み、すぐに家の近くに辿り着く。

「じゃあな。直也、花乃」

「また明日な。花乃ちゃんもバイバイ」

「おー。二人ともじゃあな」

「バイバイです~」

 夏志さんと赤井さんに手を振って別れた。さてと。嫌な予感もするし、さっさと家に帰……。

「…花乃。まだ時間大丈夫だよな。ちょっとウチに寄ってかないか?」

 ………。二人の背中が見えなくなった所で直也さんが笑顔で誘って来た。今の時間は五時前。まぁ、近所だし家に連絡入れとけば問題ない時間だ。

「いや~。今回は遠慮しときます」

「そう言わずに」

 笑顔で断り足を進めようとする私の腕を直兄も笑顔で掴む。チクショウ。

「漫画の新刊あるぞ」

「………」

 直兄は対私用、魔法の呪文を唱えた。卑怯也、八神直也。


 自由に漫画を買えない幼女の身が恨めしい。



「………」

「あああああああああああああああああああああああああああああ」

「……………」

 今、私は直兄の部屋の直兄のベッドの上に座り込み、直兄のうめき声を聞きながら漫画の新刊を読んでいる。

「ううううううううううううううううううううううううううう」

 しっかし、この漫画の作者はすごいな。まさか前回の話からこんな展開になるとは。良い意味で予想を裏切られたぜ。

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ぁぁ………ぁ…………」

 二巻の伏線がこんな所で生きてくるとは、粋な展開だ。ああ。次の巻が待ち遠しい。

「……………………………………………………………………」

 ……直兄がうずくまったまま動かなくなった。仕方ない。漫画も読み終わったし、声掛けるか。やれやれといった態度で溜め息をつくと、直兄の肩が揺れる。漫画をベッドの脇に置いて直兄の方に向き直り声を掛けた。

「帰っていい? 」

「話聞いてくれるんじゃないのか!?」

 直兄がガーンという効果音がしそうな表情で顔を上げた。

「漫画読み終わったんで」

「今、いかにも話を聞きそうな空気だったろ!」

「メンドクサイ予感しかしないし」

「俺と花乃の仲だろぉぉぉ!!」

 直兄が必死に縋り付いて来る。この人、日に日に私を頼るのに抵抗を失くしていくな。溜め息が出る。

「……で、今回は何なん?」

 結局、折れるしかないのだ。乗りかかった船って奴だよね。いっそ沈めたい気もするけど。


「今回のテストの件なんだけど…」

 こっちが話を聞く姿勢を見せると、直兄は一瞬で真面目な顔になった。

「あ~。一位おめでとうございます」

「ありがとう。……………二点差ってどう思う?」

「………二位と何点差だろうと一位は一位でしょう」

 スッと虚ろな眼になった直兄に、冷や汗を流しながら答える。

「たったの二点差だぞ!簡単にひっくり返されかねない差だ!!」

 直兄がガバッと勢いよく顔を上げた。虚ろなだった瞳に火が灯る。嫌な火だが。

「あと一問、紫田が正解してたらアウトだったんだぞ!しかも英語の点数は紫田の方が上だったし!!」

「へ、へぇ…。そうなんだ」

 勢いよく捲し立てる直兄に引きつつ、相槌を打つ。帰りたい。

「外部から入ってくる奴らは手ごわいって分かってたけど、ここまでとは……!!」

「そうは言われても、高等部の勉強は私あんまり役に立てないし」


 中等部時代に勉強を教えていて分かったのだが、私の前世の知識では王山学園の高等部の勉強を教えるのは難しい。大学受験まで終えた知識だが、そもそもの学校の偏差値が違う。王山が名門私立なのに対して、前世が通っていた高校は悪くはないが良くもない平凡な学校。合格した大学も三流ではないが一流でもない二流大学だ。中等部は何とかなったが、高等部となると私も余裕がない。名門舐めてたわ。この事に気付いてすぐ、直兄には高等部の勉強は家庭教師出来そうもないと伝えてある。


「そうなんだけど。そうなんだけど………!!」

 直兄は呻きながらベッドに顔を突っ伏した。紫田さんの前では一位に拘ってないみたいな涼しい顔してたくせにこの有り様だ。ああ、ぶっ飛ばしたい。

 突っ伏したままの直兄の後頭部を見下ろしながら、ため息をつく。

「……なぁ花乃。紫田の事どう思った?」

 呻いていた直兄がポツリと問いかけてきた。……やっぱりこの質問きたか。

「…………金髪・碧眼。ハーフかクォーターだよね」

「クォーターらしい…。それから?」

「………………イケメンだよね」

「やっぱりそうだよな!!」

 突っ伏していた顔を上げて叫んだ。やっぱ気にしてたか。

「成績が俺と互角の上、イケメン!しかも俺と同じタイプのイケメンじゃないか!?被ってるよな!あきらかに俺とポジション被ってるよな!?」

 自分でイケメンって言ったよ。この人。

「生徒会に入るのも一緒だし!あいつも生徒会長を目指すって言ってたんだ!!首席もモテポジションも未来の生徒会長の座まで俺とぶつかりまくりじゃないか!!」

 直兄はそう叫んでまたベッドに顔を突っ伏した。顔を上げたり下げたり忙しい男だ。


 いつになく取り乱してる。とどのつまり直兄は焦り戸惑っているのだ。

 何だかんだで才能あふれ、エリートかつ一位人生まっしぐらだった直兄は、初めて自分の一位の座を脅かすライバルの登場にビビっているわけである。しかもその人物は成績だけでなく、顔まで良いときてる。直兄の言うとおり色々被っているのは確かだろう。その上、向こうの宣戦布告。相手は競い合う気満々だ。

 

 常に爽やかで涼しげでガツガツしていないキャラを演じている為、直兄が愚痴を吐ける存在は少ない。こと成績などに関しては、親友の夏志さんと赤井さんの前でも気にしてない態度を取ってるだけに、こんな姿を晒せるのは私くらいだ。

 普段いかにも一位に拘ってないみたいに言ってるくせに、一位の座を取られたらどうしようなんて口が裂けても言えんだろうさ。どの口が言うんだって話である。

 弱音一つ吐くのも苦労する生き方をしてるあたり、本当に自分で自分の首を絞めている。もっと楽に生きりゃあいいのに。これだけのスペックがあるんだから、欲張らずに要領良く生きる道もあるだろう。


 自分のすぐ横にある後頭部を無言で撫でる。滑稽だがある意味憐れな生き物である。カッコいい自分設定に縛られちゃってさ。取り乱して縋り付く相手が近所の幼女だなんて……(泣)


「………………なぁ」

 しばらく無言で直兄の後頭部を撫でていると、直兄が弱々しく声を掛けてきた。

「ぶっちゃけ俺と紫田、どっちがカッコいいと思う?」

「………」

 直兄の言葉に手が止まる。そうきたか。

「……気休めこみの返答と、身内の贔屓目こみの返答と、社交辞令こみの返答と、思ったままの事実のみの返答、どれがいい?」

「………………事実のみ…」

「ぶっちゃけイーブン。マジで互角。負けてはないが勝ってもない。直兄のいうとおり被ってるよね」

「だよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 遠慮なく言うと、直兄が項垂れる。ドンマイ。

 ナルシストだが、こういった他者との比較は冷静だ。


「勉強に関しては今迄通り頑張るしかないっしょ。出来る事があれば手伝うからさ」

「……んー」

 直兄はべッドに突っ伏したままくぐもった声で頷いた。まぁ愚痴聞くぐらいしら出来ないかもだけどさ。今後も漫画借りたいし、手は貸そう。早くお小遣いもらえる年になりたい。

「ありがとな。ちょっとスッキリした」

 直兄は少し落ち着いた表情で顔を上げた。そりゃ良かった。

「そんじゃあ、私はそろそろ帰るよ。おいてった草士の機嫌も取らなくちゃだし」

「それなら貰い物の菓子があるから持って帰るか?」

「あざーッス」

 ベッドから立ち上がって帰る意思を伝えると、直兄も立ち上がった。一緒に部屋を出て一階に向かう。


「草士もなぁ。なんでいつもついてきたがるかなぁ?あの歳なら姉よりも母親にベッタリくっ付いててもいいのに」

「お姉ちゃんっ子だよな、草士君は」

 お菓子の入った紙袋を持った直兄と共に玄関を出る。送ってくれるらしい。とは言ってもすぐ近くなんだけどね。

 二・三分で着いたうちの前でお菓子の紙袋を渡される。

「草士君も淋しいだろうし、今度は一緒に遊びに行こうな」

「……ああ。うん」

 直兄はそう言って「じゃあ、またな」と踵を返して帰って行った。私はその背中を見送りながらボーっとする。


 〝淋しい〟


「………そうか」

 帰り際に直兄が言った単語がストンと私の中に落ちたのだ。


 あの時の黄島先生の顔は、淋しそうな顔だ。


 分からなかった事が分かり、腑に落ちた。まぁ、だからどうしたって話なんだけどね。黄島先生のプライベートとか、私が関わる事もないし。

 一人納得しながら玄関のドアを開け、我が家へと入った。やっと帰って来れたよ。






 

 あれから数日が過ぎ、日曜日になった。春の陽気に包まれた、まさに麗らかな日曜日だ。


 私はリビングでのんびりとくつろぎ、弟はテレビから流れる良い子の体操の曲に合わせて踊っている。その光景を両親が微笑ましそうに見ていた。

 これだけ言うと、たいへん微笑ましい休日の風景だろう。だが、そうじゃないのが天川家だ。


 弟は何処で見つけてきたのか疑問を持たずにはいられないアリクイのキグルミを着ている。お母んは何処で買ってくるんだろう?こういうの??まぁそれだけならいいんだ。いちいち気にすまい。弟のダンスの振り付けがテレビと全く違うのもいつもの事だ。

 今私の身に起こっている事をありのままに言おう。アリクイの格好をした弟が手足をユラユラと揺らしながら、リビングの真ん中に座り込んでいる私の周りを虚ろな瞳でグルグルと回っている。その瞳には一切の光が無く、夢も希望も感じられない。ただそこにあるのは猜疑心と絶望。まるで「もう誰も信じない」とでも言っているようだ。幼児とは思えない深い闇を感じる。一瞬も私から目を放すつもりはないらしく、ジッとこっちを見たままだ。つーか、こいつ瞬きしてなくね?


 なにこれ?怖い。


 いや。理由は分かってるんだ。この間おいて行ったのをまだ根に持ってるのだこの弟は。もう目がマジだもん。今度は絶対に置いて行かれてたまるかって、私を見張ってるんだ。助けてー。

 つーか、うちの両親はよくもまぁこの光景を微笑ましそうに見てられるよな。さすが私と草士の親だよ。

 なんだろう。だんだん肩が重くなってきた気がする。弟の踊りの効果だろうか?どうしよ?うちの弟そんな事まで出来んの?!


 何やら私の目まで虚ろになりかけていると、軽快な音が鳴り響いた。玄関のチャイムだ。誰か来たらしい。お母んがパタパタと玄関に向かって行くと、すぐに聞きなれた声が聞こえてきた。


「花乃ー。直也君が遊びに来たわよー」

 玄関からお母んに呼ばれる。助かったー。……草士もついて来たけど。虚ろな瞳のまま…。


「ちわっす。どうしたん?」

「やあ花乃。ちょっとお願いがあってさ。遊びのお誘いに来たんだ」

 玄関に行くと私服姿の直兄が立っていた。直兄の背後を見ると、家の前で夏志さんと赤井さんが待っているのが見える。二人も一緒なら厄介なお願いではないのだろう。

「お願い?」

「このまま出かけたいんだけど、今日は何か予定あるか?草士君も良かったら一緒にさ」

「うい」

 直兄はアリクイ姿の弟に一瞬ビクッとしたが、今回は弟もと誘ってくれた。弟が嬉しそうに返事をする。直兄の言葉に弟の瞳に宿っていた闇が晴れたようだ。本当に良かった。

「予定はないよ。リビングでゴロゴロしながら弟の呪いのダンスを強制的に眺めてただけだから暇ッス」

 直兄の質問に首を横に振る。今日は予定なしです。

「そっか。それなら………ごめん。今なんか変な…」

「じゃあ、用意してくるんで待っててくださいな~」

 テケテケと弟の手を引いて着替えに向かう。さすがにこの姿の弟と外を歩く気はない。

「ちょっと待った花乃?さっき変なこと言わなかったか!?」

「オカーン。親父ー。ちょっと直兄達と遊びに行ってくるねー。草士も一緒ー」

「あらそう~?気を付けてね~」

「遅くならないようにな~」

 なんか玄関で直兄が言ってるけど無視する。

「いや、ちょっと?花乃??」

「草士ー。今日は一緒にお出かけだぞー」

「なー♪」

 部屋に着くとご機嫌な弟が着替えさせろと万歳をした。可愛いなぁ。

「……花乃ー(汗)」

 玄関から聞こえる直兄の声を無視して、出かける準備を進めた。




「で、今日は何処に行くんですか?」

 出かける準備を終え、直兄と手を繋いで歩く道すがら今日の予定を聞く。ちなみに弟は赤井さんと繋いでいる。夏志さんが半眼で自分の両手を見つめているが、気付かなかった事にしとこう。

「あ~。今日は何て言ったらいいんだろうな~。普通に遊びに行くって感じなんだけど…」

 直兄はどう説明するか言葉を選びながら話す。なんだろう?とりあえず駅の方に向かってるみたいだけど。

「実は今日のお願いは俺達からじゃないんだ」

「桃山さんの気の毒な頭関係だったらダッシュで帰らせてもらいますよ」

「一息で言ったな!!」

 眉を下げながら話す直兄に思いつく最悪のパターンで先手を打った。あの魔の冬休み。決して忘れはしないぞ。

「大丈夫だ。今回は桃山は関わってないから」

 直兄の苦笑付きの返答に心の底からホッとする。じゃあ誰だ?

「今回は…ああ。あいつだよ」

 直兄は私に向けていた顔を正面に戻し、道の先にある公園の入口に立つ人物を指差した。


 そこは近所の公園と比べるとずっと大きい駅近くの公園で、その入り口には最近見たばかりの金髪の青少年が立っている。

「……紫田さん?」

「そう。紫田」

 首を傾げる私に直兄が頷く。一度会っただけで自己紹介以外ほとんど会話をしてない人物が何の用なんだ??

 チラチラと通行人の視線を集めている金髪イケメンに近づく。まぁこっちも通行人の視線を集める顔ぶれだけどね。


「…!来たか」

 紫田さんは私達に気付き、寄りかかっていた公園の入口から背を離した。

「悪い。待たせたか?」

「いや大丈夫だ。今日はわざわざ悪いな。その子は?」

 赤井さんの言葉に紫田さんは首を振り、赤井さんと手を繋ぐ弟に目を向ける。

「この子は花乃ちゃんの弟の草士君。花乃ちゃんと二歳違いなんだ」

「うー」

 赤井さんに紹介された弟は、赤井さんの影に隠れて紫田さんを見上げている。人見知りしてるのか?敵か味方か見定めているようだ。

「そうか。えーと、俺は赤井のクラスメイトの紫田響希。実は花乃ちゃんと草士君に頼みたいことがあるんだ」

 紫田さんはしゃがみ込んで弟に自己紹介した。私だけじゃなくて草士にも頼み?

「私達に頼みですか?」

「あー。実はその…俺には歳の離れた弟と妹がいて……」

 紫田さんは立ち上がりながら言いにくそうに話し出した。目が泳いでいる。

「弟さんと妹さんですか?」

「…キミの一つ上で今年から小学校に通い始めた双子で……」

 小学一年生って事は九歳違いか。なるほど離れてるなぁ。

「さっさと要件を言えよ」

「うるさい。今から話すんだ」

 歯切れの悪い紫田さんを夏志さんが急かす。紫田さんはムッとしながら続きを話し出した。眉間にシワを寄せ、深刻な顔で口を開く。


「……実は弟と妹が学校で浮いてるみたいなんだ」

 …言いにくそうにするわけだ。けっこう重い頼みきたぞ。

「えーと、うん?」

 小学校にも上がってない幼女にどうしろと?

「小学校に入学して何日か経ったが、一度も友達の話をしないから問いただしたんだ。そうしたら一人も友達が出来ないらしくて…」

「…はぁ……」

「理由に心当たりはあるんだ。うちの家族は一年前までイギリスに暮らしてて、まだ幼い弟たちは日本の生活に慣れてない。それに俺の見た目で分かると思うけど、弟たちもクォーターで日本人離れしてるから見た目のせいもあると思うんだ」

 紫田さんは本当に弟さん達のことを案じているのだろう。辛そうだ。子供ってのは残酷だからなぁ。ちょっと違いを見つけたら集団で攻撃してくるんだよね。ひどい話だ。

「それでお願いなんだが、弟と妹の友人になってくれないか?」

 紫田さんの真剣な瞳が私を射抜いた。

「歳の近い友人が出来れば二人も喜ぶと思うんだ」

「はぁ…」


 なるほど。紫田さんが私の年齢を聞いた時に思案してたのはこの件か。

 別に断る理由もないんだよなぁ。実は同年代から浮いてるのは私も同じだし。近所の同年代の中でうちだけ幼稚園に通ってない為、ちょっとばかし繋がりが薄いというか、生活範囲がずれている。まぁ一番の原因は他にあるんだけどさ。無視されたり避けられてるわけじゃないけど、いまいち関係が薄いのだ。それでも黒宮道場に入ったおかげで、小学生組の友達はできたんだけどね。

 ここらで私ら姉弟も道場の兄弟子以外に友達らしい友達を作るのはいいかもしれない。


 そっと直兄達に目配せすると、三人とも優しく頷いた。「花乃の自由にするといい」と目が言っている。

「私で良ければ」

「そうか。ありがとう」

 ニッコリ笑って頷くと、紫田さんはホッとした表情になった。

「弟たちは向こうにいるんだ。二人とも素直な奴だから安心してくれ。キッカケさえあれば友達もできるんだけど…。ちょっと繊細でな」

 紫田さんが誘われるまま公園に入ると、入口から一番近いベンチに座っている二人の子供が目に入る。離れていても分かる金髪、あの子達に間違いないようだ。

「ただいつも通り遊べばいいから」

「はい」

 この時は正直気楽な気持ちで頷いていた。



「二人とも待たせたな」

 紫田さんがベンチに近づくと座っていた子供たちが立ち上がる。

「こいつらが俺の弟の晃希(こうき)と妹の瑞希(みずき)だ」

 紫田さんは私達の方に向き直り、二人を紹介した。


 ……おおっふ。


 目の前の男の子と女の子は、ビックリするぐらい間違いなく紫田さんの弟と妹だった。

 紫田さんと同じ金髪碧眼。フワッフワの髪質に白い肌。男女の違いはあるが、双子だと分かる特徴の似た整った顔立ち。男の子の方は髪が短く、白いワイシャツに緑のチェックのベストと半ズボン。女の子の方は背中まで伸ばした髪に赤い大きなリボンをつけており、ロリータなピンクのフリフリワンピースを着ている。おそらくどちらもブランドものと思われる。二人ならんでいるとものすごく目立つ。ハリウッド映画の子役もビックリだ。天使みたいと言ってもいい美少年と美少女である。さすがイケメンの弟妹!!

 

 ただ、なんだろう。前情報と印象が違う気がする。二人とも気が強そうな目をしていて、口元をムッと尖らせてツンとした表情でこちらを睨んでいる気がするんですけど…。


「晃希、瑞希。こいつらは俺の同級生で赤井と八神と黒宮だ」

「こんにちは」

「よろしくな」

「…ちわ」

「「こんにちはー」」

 まずは年長三人が紹介され、それぞれ会釈した。双子が声をそろえてお辞儀する姿はたいへん愛らしい。さっきまでの顔と違って笑顔を三人に向けている。私の気のせいだったのかもしれない。

「それでこの子達が今日二人と遊んでくれる花乃ちゃんと草士くんだ。二人より一つと三つ年下なんだ」

「天川花乃です。こっちは弟の草士。今日はよろしくね」

「……うい」

 ニコニコ笑って自己紹介する。同年代の友人ができるのは私も嬉しい。弟はなんか警戒してるみたいだけど…。子供に対してこんなに人見知りする奴だったかな?


「「………」」

「?」

 私と弟の自己紹介に対して双子の返事が返って来ない。どうしたのか分からず首を傾げる。

 双子の顔からは笑顔が消えており、まるで品定めするかのように私と弟を上から下まで見た。


「ブス」


 ………………………………………………………………………………………はい?

 今なんか、天使のような顔から暴言が聞こえた。多分気のせいじゃない。


「お、おい!晃希!!」

 一瞬場が静まりかえり、ハッとしたように紫田さんが声を上げる。その顔は少し青ざめていた。

「兄さん。なんで俺達がこんな地味なブスと冴えないチビなんかと遊んでやらないといけないんだよ?」

 双子の男の子の方、晃希だっけか…。晃希は眉を寄せて完全にこっちを馬鹿にした表情で鼻で笑っている。顔がいいとこういう慇懃無礼な態度も様になるんだな。覚えておこう。

「ダッサイ子。こんな子とお友達になんてなりたくないわ」

 双子の女の子の方は瑞希だったよな…。瑞希は私をジロジロと心底嫌そうに見て、完全に見下している。ある意味少女漫画にいそうなタイプだ。もちろん良い意味ではなく。小学一年生と言う若さでたいしたものだ。いや、成長してからの方が問題か?少なくとも私なら間違いなく黒歴史になる。お手本のような高飛車だ。将来、彼女の心の傷が小さい事を祈ろう。


「お前達!何てことを言うんだ!!」

 紫田さんが双子を怒鳴りつける。双子は肩をビクッと跳ねさせ怯えた表情を一瞬浮かべたが、すぐにふてぶてしい表情で口を尖らせた。

「だって兄さん。こんな奴らじゃ俺達には釣り合わないよ」

「私達のお友達には役者不足だわ」

 双子はツンと澄まして、まったく反省する気はないようだ。


「……おい。紫田ぁ………」

 背後で夏志さんが地を這うような声を放った。あ。これはヤバい。振り返ると夏志さんだけじゃなく直兄と赤井さんも口元を引き攣らせている。兄貴分達がご立腹だ。弟はすでに双子を視界に入れてさえいない。

「すまない。すぐに謝らせるから…。二人とも!謝るんだ!」

 双子の暴言と怒れる同級生に挟まれ、紫田さんは顔面蒼白だ。可哀想に…。

 紫田さんは眉根を寄せて双子を再度注意する。

「本当の事言っただけだし」

「そうよ」

 怒れる高校生(実の兄込み)を前にして、晃希は自分の正当性を訴え、瑞希はそれに同意する。なかなかに肝の座ったお子様たちだ。


 さてさて。ここまでリアクションせずに傍観していたが、背後から感じる気配………なんだろね?怒気って奴かな?そんなんがドンドン膨れ上がってんだよね。見なくても分かる。多分今、夏志さんの両腕は直兄と赤井さんにそれぞれ抑えられてる。間違いない。

 つーか、なんだろね?素直で繊細ってなんだろう?紫田さん…身内の贔屓目って奴ですかね?こいつぁちょっとばかし話し合う必要がありそうだぞ。


「おい紫田。聞いてた話と違くないか?」

「いや、俺もこんな事になるとは思ってなくてだな…。すまない」

 さすがに子供相手に感情のまま怒れない直兄は、努めて冷静に紫田さんに問いかけている。紫田さんも冷静を装うが、焦っているのが見て分かる。大変だなぁ。

「兄さんが謝る事ないって。こいつらがダサいのがいけないんだ」

 KY…じゃなかった。晃希が私を指して暴言を重ねた。誰のせいで紫田さんが謝ってると思ってんだ? 紫田さんの顔が怒りに染まる。

「晃希…!いい加減に……」

「紫田さん」

 紫田さんが兄として双子を正そうと声をあげたタイミングで横槍を入れた。クイクイと紫田さんの服を引っ張る。思ってもみなかった横槍に、紫田さんは一瞬呆けた顔になった。直兄達は私が動き出したため、とりあえず傍観する姿勢のようだ。分かってらっしゃる。


「あ、花乃ちゃん。すまない。こいつらにはすぐに謝らせるから…」

「いや。そんなん後でもいいんで。それよりも我々には話し合いが必要ですよ」

 心底すまなそうな顔を向けてくる紫田さんの言葉を遮り、事態の収拾を求める。それを見た双子が吠えだした。

「直兄も言ってた通り、聞いてたのと違うんですけど…」

「おいブス!なに兄さんに馴れ馴れしく話しかけてんだ!」

「紫田さんも把握できてないって感じるんですよね…」

「ちょっと。無視するんじゃないわよ!」

「その辺をハッキリさせたいんですけど…」

「聞いてんのか!ブスが……」

「うっさい。ちょっと黙ってろ。今お前らの為に話し合ってるんだろうが」

 ギャーギャーとうるさい双子を言葉で切り捨てる。良い子(?)だから大人しく待っとけ。

 言い返されると思っていなかったらしい双子は真っ赤な顔で口をパクパクさせた。

「「------っ!!?」」


「紫田さん。オブラートに包みまくって結論を言わず解決を遅らせるのと、気分を害すでしょうけどハッキリ直球で結論を言って話をさっさと進めるの、どっちがいいですか?」

 双子が怒りで固まってるうち紫田さんと話す。紫田さんは私の物言いに唖然としていた。

「…ちょ…直球で…(汗)」

「紫田さん。友達出来ない原因なんですけど、日本に慣れてないとかクォーターだからとか、そんなんじゃないでしょう。これどう考えても弟さん達の性格が原因ですよ」

「………」

 紫田さんの目が死んだ。


「…認めるのは辛いでしょうけど、これが現実なんですよ」

 肩には手が届かないので、紫田さんの腰のあたりをポンと叩いて慰める。決してセクハラではない。

「ふざけんな!誰の性格が悪いってんだ!!」

「年下のクセに生意気よ!」

 項垂れている紫田さんを慰めていたら、またもや双子が吠えだした。うるさい。

「ちょっと今大事な話してるから吠えんな。お前らの性格のせいでこんな事態になってんだろうが。あと今は年齢は関係ない」

「「なーっ!!?」」

 双子の顔がますます赤くなる。

「……我が儘で生意気な所があるのは分かってたんだが…、まさか同年代の子供に対してこんな態度を取ってたなんて……」

 紫田さんがとうとう顔を覆ってしゃがみ込んだ。頭が痛そうにしている。本当に把握していなかったらしい。まぁ、歳も離れているし、学校での行動なんて知らなくてもおかしくないわな。


「おいブス!俺達にそんな生意気な口きいていいと思ってんのか!」

 紫田さんを気の毒そうに見ていたら、晃希の方が怒鳴ってくる。瑞希はその横でこっちを睨んでいた。

「いや、口に関してお前らに言われたくないし。暴言吐いてんのそっちじゃん」

「なんだと!ふざけんな!!」

「うわ!?」


 呆れた様に言い返したら晃希に突き飛ばされた。一年の体格差もあり、そのまま地面に倒れる。

「っ!!晃希!!」

「「………!!」」

「花乃ちゃん!?大丈夫??」

 紫田さんが血相を変えて怒鳴った。夏志さんの怒気が強まり、直兄がとっさに夏志さんに抱きつく。赤井さんが青ざめた顔で私に駆け寄った。

 ケツ打った。痛い。さすがに物理的攻撃はキツイ。目尻にジワリと涙が浮かぶ。その様子に紫田さんが眉を吊り上げて双子を睨んだ。

 だが紫田さんが説教をかます前に、誰よりも速く動いたものがいる。


「むー!!!」

 弟だ。弟が晃希に掴みかかった。正直見直したが、ちょっと待て!

「なんだ!?このチビ!!」

「まう!」

 しかし私以上に体格差がある弟が、小学一年生に勝てるわけもない。今度は弟が突き飛ばされて地面にコロンと転がった。さすがに手は抜いたようで、私の時ほどの勢いはない。が、そういう問題ではない。……やりやがったな。


「いい加減にしろ!!」

 紫田さんの怒りが爆発した。弟の行動に兄として我慢の限界がきたようだ。自分より明らかに小さい子供に暴力を振るったのだから、当然の反応だろう。

「…っ!だって兄さん…」

 さすがに怒り爆発の兄を目の前にしては、双子もふてぶてしい態度を保てないらしい。眉を下げてタジタジになっている。いかん!

 このまま紫田さんが叱れば、双子は反省するかはともかく謝罪するだろう。それじゃあダメだ。そんなのは認めない!

「だってじゃない!やっていい事と悪い事の区別も……」


 私は尻餅をついた状態から勢いよく立ち上がり、直兄達が止める間もなく双子と双子を叱りつける紫田さんの間に割って入った。突如邪魔に入った私に紫田さんが息を飲んだのを背後に感じる。晃希と私の目が合った。


 私はそのままの勢いで晃希の頭部めがけて平手をフルスイングした。


「うおらぁ!」

「ぎゃあ!!?」

 パシーン!っと軽快な音が響いた。我ながらいい殴りっぷりだ。

「な!?え??」

 紫田さんが呆然とする。直兄達も「うわあ…」って顔だ。


 やれやれ。良かった。間に合ったよ。

 紫田さんに説教されて謝罪されてからじゃ、やり返せないもんね。口先だけでも謝罪した相手を殴ったら、角が立っちゃうところだったよ。危ない危ない。私はね、謝罪を貰うよりもこの手で報復がしたいんですよ。平和的解決?知るかそんなもん!

 満足していると、コロンと転がっていた弟が立ち上がり寄ってきた。

「「………」」

 無言で見つめ合って、そのまま無言でガシッと手を組んだ。弟の目が「グッジョブ!」と語っている。


「ふ……!」

 晃希は涙ぐんで頭を押さえた。小一の涙腺じゃあ無理もない。肩が震えている。瑞希は晃希の横で、不安そうにオロオロしていた。

「な…、なにすんだぁ!!」

「こ、晃希」

 晃希は目に涙を溜めて怒鳴った。完全に鼻声だ。紫田さんが慰めるかどうか迷っている。

「さきに手を出したのはそっちじゃん」

「あぁ!?年下で庶民のくせに!」

「暴力なんてサイテーよ!」

 いや、暴力はそっちもだし。つーか庶民て(笑)

「あんたらさぁ。学校でもそんな態度とってんの?」

 呆れた声で問いかける。もしそうなら、友達が出来ないじゃなくて、友達を作らないって言った方が正しい。

「ふん。俺達は勉強もスポーツもそれ以外でも、そこらの奴らとは出来が違うんだ。優秀なエリートなんだから当然だろ」

「私達は他の子とは育ちが違うのよ」

 双子は胸を張り、自信満々に言い切った。…紫田さんが頭を抱えてしゃがみ込む。掛ける言葉も見つからないッス。さっきまで怒っていた夏志さん達も憐みの目を向けていた。

 もうここまでいったら、双子への怒りより呆れの方が上回る。


「…学校で殴り合いの喧嘩とかイジメにあった事ってある?」

「あるわけないだろ!俺達にそんな事する奴がいてたまるか!」

「そうよ。なんで私達がそんな目にあうのよ」

「………紫田さん。弟さん達、むしろクラスメートに恵まれてるじゃないですか」

「………」

 双子の舐め切った返答にもう「なんだかなぁ」って気持ちになる。

「こんな態度とってて誰にもはっ倒されないなんて、クラスメート達優しすぎです」

 とんでもない草食系の群れだ。私だったら初日でガチンコだぞ。

「本当にそうだな…」

 紫田さんも疲れた声で同意する。先日の自信にあふれた姿が嘘のようだ。

「ちょっと!兄さんまで何よ!?」

 瑞希が紫田さんの同意に面白くなさそうに反応する。

「何よじゃないっつーの!おまえらなぁ!!言ったら言い返される!やったらやり返される!!そんな事も知らんのか!!」

「「!!?」」

 双子がビクッと反応した。

「自分達は何をやってもやり返されないとか思ってんの?お前ら頭ん中お花畑か?蝶々飛んでんのか?ああ??世の中そんなお優しく出来てないぞ、コラ。少なくとも私はやり返す。いいかお前ら。他人に攻撃するって事はな、敵を作るって事なんだぞ。その辺覚悟の上でやってんだろうな?わざわざ自分達で生き辛い環境作ってなにが優秀だ。笑わせんなよ。クソふざけんな」

 言いたいことを早口で言ってやる。ちなみにノンブレスだ。我ながら噛まずによく言えたな。


「うわぁ…」

 背後で直兄が呟いた。

「こ、こいつ…!」

「晃希!」

 顔を真っ赤に染めた晃希が、掴みかかってこようとする。紫田さんが慌てて止めに入った。

「だいたい優秀ぶってるけど、私と喧嘩しようって時点で頭悪いぞ、お前ら」

「なんだと!」

「なんですって!」

 紫田さんに取り押さえられている晃希と、目を吊り上げてこっちを睨んでいる瑞希を鼻で笑う。

「年下に喧嘩で勝つ」

「「!?」」

「年下に喧嘩で負ける」

「「……」」

 私に掴みかかろうとしていた晃希が大人しくなった。理解したのだろう。

「分かった?勝っても負けてもお前らが得るものは何もない。むしろ失うだけだ。年下の幼女相手に喧嘩で勝ってもカッコ付かないからな。優秀だってんなら、もっと打算的で自分の得になるように要領よく生きたらどうよ?」

「「-----っ!!」」

 双子が苦虫を噛み潰したような顔になる。

「いや、花乃ちゃん。それはちょっと…」

 赤井さんが困った顔でツッコんだ。打算的うんぬんは、小一には早かったかな。


「そもそもお前ら、もっと紫田さんの気持ちを考えろ!誰の為にこんな事してると思ってんだ?ついこの間『次は負けない』とか、ある意味ライバル宣言みたいなのをした相手に近所の幼女を紹介してくれなんて頼んだんだぞ!宣戦布告した後に頼み事だぞ!その辺分かってんのか!!」

 紫田さんを指して叫んだ。

「!!!!!」

「花乃ー!オブラート!!」

「花乃ちゃん!そこは言っちゃダメなやつだって!」

「触れてやるな!武士の情けだ!!」

 私の発言に直兄達が慌てた。真っ赤な顔で絶句している紫田さんに、みんな気まずそうにしている。すんません。勢いで口が滑りました。


「「兄さん…」」

 さすがの双子も兄の事を言われると、眉を下げて不安げな声を出す。

「…大丈夫だ。俺の事は気にしなくていい」

 居心地悪そうに項垂れていた紫田さんだったが、双子の声にぎこちないが笑顔を浮かべた。

「すみません、紫田さん。失言でした。でもこの双子に関しては謝りませんよ」

「ああ。むしろ謝るのはこっちだ。すまない」

 紫田さんが申し訳なさそうな顔をする。双子はムスッとした顔でこっちを睨んでいるが、さっきの言葉が効いたのか、黙っている。


「あ~。ところでそろそろ移動しないか?」

 話が途切れたところで赤井さんが気まずそうに発言する。その言葉に周囲を見ると、通行人にチラチラと見られているのに気づく。……そう言えば、ここって公園だ。ただでさえ目立つメンツなのに、公共の場であれだけ騒いでたら、そりゃ目立つか(汗)

「…そうだな。何所か店にでも入ろう」

 紫田さんの言葉にみんな頷いた。これはけっこう恥ずかしいな。



 公園から駅前のショッピングモールに移動して、適当な喫茶店に入った。とりあえず、飲み物を頼んでみんな落ち着く。

「そもそも紫田さん。小学校に上がる前はどうしてたんですか?」

 オレンジジュースを飲みながら、目の前に座る紫田さんに尋ねる。

 ちなみに通路側から私・直兄・赤井さん・夏志さん、テーブルを挟んで向かい側に紫田さん・晃希・瑞希で座っている。弟は赤井さんの膝の上だ。あきらかにこちら側が狭い。だが、あの双子と同じ側に座る気にはなれなかった。弟は未だに晃希を睨んでいる。まぁ、向こうもだけど…。

「イギリスからこっちに来て最初の一年は、ほとんど二人は家にいたんだ。まだ日本語も慣れてなかったし、うちは母が専業主婦だから無理に幼稚園や保育園に入れる必要がなかったからな。少しずつ日本に慣れさせようと、日本語や日本の習慣を教えてたんだが…」

 紫田さんが悔やみながら話した。なるほど。入学するまで、同年とはあまり関わらなかったわけか。いや、でもさぁ…。

「イギリスではどうだったんですか?まさかこの性格がイギリスでは通るって言いませんよね?」

「…イギリスではちゃんと友達がいたし、確かに我が儘なところはあったが、あんな言葉をぶつけるのは見た事がない…はずだ」

 紫田さんが苦々しそうに言う。考えてみたら九歳差だもんな。生活範囲が違うんだから、把握するのも難しいだろう。

「おいブス。兄さんを困らせるな」

 困らせてんのはお前だ。クソガキ。


 とりあえず双子の暴言を聞き流しつつ、どうしてこんな事態になってるのか紫田さんと話し合った。その結果をまとめるとこうだ。


 紫田家は双子が誇るほどに良い家柄であり、双子は英才教育というものを受けたエリートである。

 双子はたいへん高飛車で、自分より能力の低い人間を見下す性格をしている。

 イギリス時代の友人たちは家同士の関わりのある子供達で、双子と同じく育ちの良いエリートゆえ見下す理由がなかった。つまり同等の類友だ。

 その為、紫田さんも両親も、双子が人に暴言を吐く姿を見る機会がなかった。

 日本に移り住み、これまで一般家庭の子供と関わる事のなかった双子が小学校に入学した。

 その結果、英才教育を受け他の子よりも優秀な双子は、周囲の子を見下しまくった。


「つまり、これまで家族の目の届く範囲の狭い世界で生きてきたお子様が調子に乗って舐めた態度を取ったってわけですね」

「…花乃。オブラートに……(汗)」

 直兄が隣で冷や汗をかいている。紫田さんは反論する気も起きないようだ。疲れた表情で手元のコーヒーカップを覗き込んでいた。お兄さんも大変だ。

「言わせておけば…。やっぱり生意気よ!」

 双子がギッと睨んでくる。

「だったら友達作りなよ。別にあんたらだってこのまま友達出来ないままでいいって思ってるわけじゃないんでしょ?」

「お、俺達と釣り合う奴がいないのがいけないんだ」

 どうやら友達がほしくないわけではないらしい。反論にこれまでの勢いがない。

「釣り合ってないのは、お前らの人間性だ。歩み寄るって事を知らんのか」 

「なんですって!?」

「優秀なんでしょ?協調性と処世術も勉強したら。何処の世界に暴言しか言わない人間と喜んで友達になってくれる奴がいると思う?言っとくけどそんなんマゾだけだから。真正のマゾだけだから。そういう世界にしかいないから。子供にはまだ早いから」

「ぶっ!?」

「うわ!」

「よし。花乃、ちょっとストップ」

 マゾの辺りで夏志さんがお茶を噴出した。赤井さんが慌てておしぼりで拭く。直兄が作ったような笑顔で私の頭にポンと手を置いた。目が笑ってない。

「今…、何か幼児の口から似つかわしくない単語が聞こえたんだが……」

「気のせいだろ」

 紫田さんが口を引きつらせてこっちを見る。直兄は平然とした声で返しているが、目は紫田さんから逸らされていた。

 肝心の双子は理解できなかったようでキョトンとしている。どうやら本当に子供には早かったようだ。


「ふん。そこまで言うなら庶民に合わせて遊んでやるよ。それくらい出来るってのを見せてやる!」

「仕方ないわね。私達が折れてあげるわ」

「………」

 双子は生意気な調子をスッカリ取戻し、尊大な態度で言い放った。紫田さんが申し訳なさそうな眼で私を見てくる。

「じゃあ、当初の予定通り遊びに行きましょうか」

 もう、この上から目線の発言は諦めましょう。紫田さん。


 双子を除いた全員のため息が重なった。



 喫茶店を出て、ショッピングモールを移動する。

 当初の紫田さんの予定では、待ち合わせていた公園で遊ぶつもりだったようだが、先程の注目を集めてしまった出来事を考えると公園に戻る気にはなれない。 


「見てあの洋服。私にピッタリでしょ!あんたじゃ着こなせないでしょうけど」

「うん。そうだねー」

「今着てるこの服もブランドものなのよ。私くらいになると、着る服もそれなりのレベルじゃないとダメなのよね」

「へー。すごいねー」

 子供服の店の前で瑞希が自信満々に私に話しかけてくる。まぁ、自慢話くらいなら可愛いもんだ。若干暴言混じってるけど。これくらいなら聞き流せる範囲だ。

 実際に言うだけあって、瑞希が指したマネキンが着ている服は瑞希にとても似合っている。さすが美少女。

 反論しないで相槌を打っていると、瑞希は気をよくしたらしい。他の服も指して同じように言ってきた。私も同じ相槌を繰り返す。こうやって普通(?)に会話する分には瑞希は可愛いし目の保養になるな。


「ブスには似合わないだろうな」

 瑞希と並んで話していると、後ろから晃希が口を挟んできた。

 殴った事、根に持ってんだろうな…。言っとくけど、こっちだって私と弟突き飛ばした事忘れてないからな。

「はぁ。そうだね。こーいうヒラヒラした可愛いのは瑞希が似合うと思うよ」

「…はっ。なんだよ?言い返さないのか?」

 メンドクサイから適当に流すと、晃希は鼻で笑って拍子抜けしたように馬鹿にしてくる。瑞希は私の言葉にちょっと嬉しそうだ。

「いや、もうメンドクサイからいいよ。ある程度は聞き流してあげっから好きに言いな」

「な!?」

 おざなりに返すと晃希は真っ赤な顔で絶句した。不満そうにギリリと歯を噛み締めている。


 そんな私達の後ろを、直兄達が黙ってついて来ていた。紫田さんはハラハラ心配しながら、直兄はやれやれと見守りながら、赤井さんは少し微笑ましそうに、夏志さんはもう面倒臭そうにしている。弟は赤井さんの横で双子を威嚇していた。

 少なくとも私が怒るか泣くかしない限り、手は出さない方向らしい。


「あ。おい!あれやるぞ!」

 晃希がゲームセンターの前で立ち止まり、店頭にあるゲームを指差した。

「ゲーセンか。いいよ。特に行くとこもないし」

 何度か直兄達に連れてきてもらった事があるし、ゲームは普通に好きだから異論はない。後ろをチラリと見ると、紫田さんも頷いた。保護者の許可も下りたし、ゲームセンターに向かう。


 晃希の指定したゲームは有名なリズムゲームだ。音楽に合わせて太鼓を叩くというアレである。

「勝負だ!」

 晃希は1P側に立ち、私を指して自信満々に言った。どうやら勝負をご所望らしい。

「別にいいよー」

 断る理由もないし、大人しく2P側に立つ。直兄が私の分のお金を出そうとしたが、それよりも早く出掛けに親に持たされた小銭を入れた。ゲームスタートだ。


 さすが幅広い年齢層に楽しまれるヒットゲームだ。楽しい。リズムに乗って軽快に太鼓を叩く。

「上手だなー。花乃ちゃん」

「へへ。音ゲーは得意な方なんですよ」

「っ!!」

 2Pの勝利が画面いっぱいに表示される。私の勝ちだ。晃希が苦々しい顔をしている。勝ったと言っても僅差だ。圧勝と言うわけじゃない。

「もう一回だ!」

「…別にいいけど」

 悔しそうな晃希の叫びでもう一勝負開始だ。結局、十戦した。


 勘違いしないでほしいのだが、私が全勝したわけではない。十戦六勝四敗だ。私が勝ち越しているのだが、四回は晃希が勝った。何故か晃希の奴は勝っても再戦を挑んできて、十戦もする羽目になったのだ。

「どうだ!俺の勝ちだ!」

「そうだね」

「ーーーっ!!」

 自信満々に勝ち誇っていたので、素直に同意してやったら何故か悔しそうに顔を歪め「もう一回だ!」を繰り返した。なんなんだ?お前は??

 最終的に後ろに人が並んだので別のゲームに移動した。


 その後、シューティングゲーム、格闘ゲーム、レーシングゲームと挑まれたが、全てが全て同じ具合だ。勝っても負けても晃希は悔しそうに地団太を踏んでいる。特にレーシングゲームに至っては、晃希の方が得意で勝ち星が多かったのに不満げだった。本当になんなの?お前??


「俺が勝ったぞ!」

「?そうだね。強いじゃん」

「ーーーーーーっ!!!!!」

「?」

 勝ったのになんで悔しがるかな?


 直兄達は「あ~」と生暖かい目で見ていた。


「ねぇ、今度はこれやるわよ」

 勝負を眺めるばかりで飽きたらしい瑞希が、クレーンゲームを指差す。「これがほしい」と兎のヌイグルミを指してるので、自分でやりたいわけじゃないようだ。

「クレーンゲームか…」

 正直得意じゃないんだよなぁ。このゲームはうっかりハマると、お金がブラックホールの様に吸い込まれていくんから怖い。

「なんだよ?怖気づいたのか?」

「うん」

 晃希が私の様子に気づいて心底楽しそうに聞いて来たから素直に頷く。

「俺の不戦勝だぞ。いいのか!?」

「金のかかる勝負だからね。やりたくない勝負はやんないよ。無駄遣いはしたくない」

「!?なんだよ!逃げんのか!?」

 晃希は理解できない様子で顔を歪める。一瞬勝ち誇った顔をしたのに、無駄遣い発言に食って掛かる。金持ちのお坊ちゃんでまだ小学一年生の晃希には、お金のやり繰りは理解できないらしい。

「財布の中身は無限にはないんだよ…」

「なんだ。だったら俺が出してやる。勝負するぞ」

「だが断る。得意じゃないんだって。それに簡単に出してやるなんて言うもんじゃないよ」

「彼女の言うとうりだ。晃希、無理強いするんじゃない」

「………っ」

 私の言葉に紫田さんが同意する。兄に止められて引き下がるが、晃希は明らかに不服そうだ。


「瑞希はこれがほしいのか?」

「うん」

 紫田さんがクレーンゲームの前に立って瑞希に確認する。どうやら取ってあげるらしい。瑞希は嬉しそうだ。晃希はぶーたれてるけど…。

「花乃はほしいのあるか?」

「えっとねー…あれがほしい」

 直兄が聞いて来るから、素直におねだりする事にする。クマのヌイグルミを指差す。


 他意はなく素直にねだってしまったが、直兄がクレーンゲームにお金を入れてから気が付いた。直兄と紫田さんが同時にクレーンゲームで、意図したわけではないが同じくらいの難易度のヌイグルミを取ろうとしている。

 これって直兄と紫田さんが勝負する形になってないか?


 どうやら本人たちも気付いたらしい。互いに隣に目をやってハッとしている。紫田さんは分かりやすく好戦的な目でアームを睨み、直兄は全然そんな気はないように振る舞っているが、本性を知っている私には分かる。勝つ気満々だ。目がマジだもん。

 本人と私以外は勝負しているとは思ってないから、静かに決着がつく。直兄の方が早く、お金を掛けずにゲットした。お礼を言ってヌイグルミを貰う。

 兎のヌイグルミを嬉しそうに抱いている瑞希の横で、紫田さんは悔しそうに直兄を見ている。

 多分赤井さんと夏志さんは、紫田さんが一方的に勝負した気になって悔しがってると思ってるんだろうな。違いますよ。直兄も勝負意識してましたから。メチャクチャ勝ち誇ってますから、この人。


「花乃ちゃん。これもいる?」

 赤井さんがニコニコ笑いながら猫のヌイグルミを差し出してきた。どうやら別のクレーンゲームで取ったらしい。

「いいんですか!やったぁ」

 かわいい。嬉しいです。弟が腕の中のヌイグルミにジャレついて来る。弟も一緒に喜んでいるようだ。

「直兄も赤井さんもありがとうごさいます。すっごく嬉しい」

 貰ったヌイグルミを二つ腕に抱きしめて、ニッコリ全開笑顔でお礼を言う。今日は来た甲斐があった。

「ふふ。良かったな」

「どういたしまして」

 直兄と赤井さんが笑顔で私の頭を撫でる。それを面白くなさそうに見ている人がいた…。


「俺もやる」

 夏志さんだ。不満げな顔でクレーンゲームの前に立った。

「え!?夏志?」

「ちょっ!あー……」

 直兄と赤井さんがバツの悪そうな顔で夏志さんを見る。中途半端に止めようと上げた手が所在なさげに彷徨っていた。

 その理由はすぐに分かる事になる。


「夏志さん…」

「夏志。そろそろやめておいた方が…」

「うるさい」


 夏志さんのセンスは皆無だった。多分、いや絶対に私よりも下手だ。直兄と赤井さんがドンドンとクレーンゲームに吸い込まれていく百円玉を止めようとするが、夏志さんも意地になっている。

 私の為に取ってくれようとしている手前、私が止めるのは気が引けるし、居た堪れない。

 どうしたもんか……。


 双子もゲームセンターに飽きたようで、瑞希は腕の中の兎のヌイグルミをいじってるし、晃希はブスッとした顔で私を睨んでいた。

「黒宮。いい加減にしたらどうだ?」

「なんだよ」

「花乃ちゃんは無駄遣いを自重したのに、お前がそんな姿を晒してどうするんだ」

「な…!?」

 紫田さんがビシリと夏志さんを止める。夏志さんは不満げだが、正論の為押し黙った。言い方はキツイが、全く持ってその通りです。

 しばらく紫田さんの事を睨んだ後、夏志さんはクレーンゲームから離れた。直兄と赤井さんがホッとしている。私も胸を撫で下ろした。

 夏志さんの負けず嫌いも困ったものだ。…………シスコン具合もな。


「とりあえず、今日は帰らないか?もう四時だし。紫田たちは電車だろ?」

 赤井さんが場を取り持つように明るく言う。

「そうだな。そろそろ帰るか。今日はありがとうな」

 紫田さんもそれに頷いた。


 今日はこれにて解散だ。ゲームセンターを出て、紫田兄妹と別れる。

「勝ったと思うなよ!」

「また遊んであげてもいいわよ」

「あー。またねー」

 微妙な捨て台詞と上から目線な物言いに、棒読みで手を振った。なんだかなぁである。


 こうして私達も帰路についた。不機嫌な夏志さんと共に…。勘弁してほしい。






 歳の近い友人が欲しかったが、なんだかメンドクサイのができちゃったなぁ。この歳で出来た友人って事は幼馴染になるのだろうか。

 弟が最後まで威嚇してたのが心配だ。前途多難。



 余談だが、後日夏志さんが犬のヌイグルミをくれた。クレーンゲームで取ったらしい。

 満足そうな顔にいくら注ぎ込んだのか聞けなかった。嬉しいけど、ほどほどでお願いします。マジで。 


 

なんか色々新しい人の名前が出ました。書いてる本人が混乱しています。中等部生徒会メンバーは正直あまり出番がありません。

そろそろ天川姉弟にも友達を作ろう!と思ってたら、こんな事になりました。話がドンドンメチャクチャになっていきます。どうしよう…。

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