五歳児、秋。学園祭「正直イラッとする。」
更新、遅くなりました。すみません。
拙い文章ですが、暖かい目で見てもらえると嬉しいです。
九月末。季節は秋。夏の暑さが過ぎ去り、冬の寒さはまだ訪れない過ごしやすい季節だ。
私、天川花乃は、秋が一番好きな季節である。
「そう言えば王山の学園祭って、もうすぐでしたっけ?」
私は八神家の直也さんの部屋で、問題集に丸つけしながら、ベッドの上に投げ出せれている学祭のパンフレットを横目で見る。表紙には大きく王山祭と書かれている。
「あー。今週の土日だな。毎年のことながら準備大変だった……」
直也さんは宿題のプリントを解きながら、首をほぐした。
王山学園の生徒会選挙は夏休み前に行われる。生徒会長だった直也さんも例外なく、一学期に生徒会を引退した。だが、中等部から高等部へエスカレーターで進学できる王山学園では、引退後も元役員が生徒会に顔を出すのは伝統的暗黙の了解らしい。
直也さんと、同じく生徒会書記をしていたらしい赤井さんの二人は、夏休み中も引継ぎを兼ねて生徒会の集まりに参加していた。特にええカッコしいの直也さんは、後輩の役員に頼られたら断れるわけもなく、生徒会引退後も学園祭の準備に奔走している。
「準備に追われる日々も、もうすぐ終わりかぁ」
直也さんは伸びをして、息を吐く。お疲れのようだ。
「生徒会の仕事、少しは断ればいいのに。強制じゃないんですから」
高等部への首席進学を狙っている立場でありながら、面倒事を片っ端から引き受けるんだから、この人は。そのしわ寄せに、影ながら付き合わされるのはこの私だ。
「でも、高等部との連携もあるからな。高等部に行ってからすぐに生徒会入りする事を考えると、なるべく生徒会の仕事には参加しときたいんだよ。
それに出来る男は周りもほっといてくれないしな」
直也さんは困った風を装いながら、満更でもない笑顔を浮かべる。
イラッと来た。
王山の学園祭は、高等部と中等部の合同で行われている。同じ敷地内に校舎がある為、高等部と中等部の縦の繋がりは強い。それは生徒会に限らず、委員会・部活動も同じようだ。合同の行事も、学園祭だけではない。
「まぁ、高等部への首席進学を手伝う約束ですから、付き合いますけどね。でもあんまり出しゃばんない方がいいかもしれませんよ」
私は問題集の丸つけを終えて、間違っていた箇所をピックアップする。
「どういう意味だ?」
「…まぁ、周りとうまくいってるならいいんですけど」
首を傾げる直也さんに、私は肩をすくめた。
私には関係ないし、うるさくは言うまい。
「日曜が一般公開ですよね……」
「あぁ。来るの?」
「……どうでしょうね」
私は微妙な顔で、テーブルに頬杖をついた。
王山の学園祭には少なからず興味がある。知識だけある学園内を、実際に見てみたい。
だが私は目の前の男、八神直也が学校で調子に乗っている姿を見るのがおもしろくないのだ。
このええカッコしいの男の、最もカッコつけているであろう学校生活を想像するだけで、正直イラッとする。
さて、どうしようかな…。
「そうそう、俺のクラスは喫茶店をやる予定なんだ。執事の格好で給仕する事になってさ」
「へぇ~」
直也さんの執事姿ねぇ。正直、私はもうこの人では萌えられないわ……。やっぱり行かなくてもいいかな…。どうせ将来入学したら、いくらでも学園内なんて見れるしなぁ。
「夏志も同じクラスだから執事服着るんだけど、メチャクチャ嫌がってる。赤井のクラスも喫茶店なんだけど、そっちは和風喫茶で浴衣や着物なんだって」
「へぇ~」
行くしかねぇな。
私は雨が降ろうが、雪が降ろうが、槍が降ろうが、日本が沈没しようが学園祭に行く事を、心に誓った。
そうして迎えた週末。王山学園祭は、たくさんの人で賑わっている。右を見ても左を見ても浮かれている人でいっぱいだ。まさにお祭り騒ぎである。
もちろん私は誓い通り、王山学園に訪れていた。…………………………弟と共に。
私はそっと隣に立つ弟を見る。手はしっかり握っているが、油断ならない。こいつには前科がある。
正直言って、家に置いていきたかった。だが、プールの時と同じだ。完全にマークされてた。
何より怖いのは、私は弟に出かける予定を伝えていなかったことだ。知られないように注意していたのに、何故気づかれた!?
学園の前まではお母んに送ってもらったが、お母んは帰ってしまったし。
「直也君たちがいるから大丈夫。帰る時は携帯で連絡して。迎えに来るから」
お母んはそう言って、朗らかに帰って行った。我が親ながら、大胆というか豪快というか。色々な点が私と草士の生みの親だと納得できる人だ。
家を出る前にした弟とのやりとりが、何よりも私を不安にする。
『草士、絶対に姉ちゃんの傍を離れちゃダメだからな』
『ん』
私の言葉に弟は元気よく頷いた。
『勝手に動き回らない事。いいな?』
『ん』
『本当の本当におとなしくしてんだぞ』
『ん』
『絶対だからな』
『ん』
『……言っとくけど、フリじゃないからな。マジで』
『………』
おい!返事はどうした!!?
「………」
思い返したら頭痛がしてきた。
道場といい、プールといい、この弟は私の後について来たがる。弟がついて来たがらないのは八神家くらいだ。一度ついて来たのだが、私が八神家に行ってやる事は勉強と漫画を読むくらいである。弟的に、ついて行ってもおもしろい事はないと判断したようだ。それ以来、八神家に向かう私には興味を示さない。
ただ、恐ろしい事にこの幼児、八神家に行くのを装って出かけようとしても、百発百中で感づきやがる。どういうこっちゃ!?
「とりあえず、直也さんと夏志さんのクラスに行こう」
入口でもらったパンフレットを開いた。その際も、弟の存在を視界の端に捉えておく。
「二人は3-Cで、赤井さんは3-Eか。階段上るから気をつけような」
「ん」
弟と手を繋いで、人の波を進んだ。屋台や特設ステージのある校庭を横目に、中等部の校舎に向かう。
校舎内を進む間に、ちらちらと人に見られる。まぁ、そうだろう。
実は我々姉弟は、普段と違う格好をしている。それはキグルミパジャマのような格好だ。理由はお母んが、「せっかくだから、普段しない格好をしてみようか。お祭りだしね」と嬉々として着せてきたのだ。
猫耳付きのフードに、お尻のところに尻尾が付いているツナギで、私が三毛猫で、弟は黒猫の格好だ。弟が着た瞬間、携帯のカメラを連射してしまった。何だかんだ言ってても、弟は可愛いものだ。ただ、うちの場合、それに勝る厄介さがあるだけで…。
すれ違う人に微笑ましげに見られながら、階段を上る。何故か壁に沿って女子達がずっと並んでいるのが気になったが。
何してんだろ?この人たち??
「………」
中等部校舎、三年生の教室に辿り着いた私達が見たものは、おびただしい女子の群れだった。
3-Cと3-Eの教室の前には女子の列ができている。どうやら、壁に沿って立っていた女子達はこの列に並んでいるようだ。
「予想はしてたけど、ここまでとは……」
「むぅ」
うんざりした顔で並ぶ女子達を眺める。最後尾が見えないんですけど…。中等部だけでなく高等部の女子生徒も並んでいた。それに他校の生徒も加わってとんでもない人数が並んでいる。
「少なくとも、今三人が店番にいるのは確かだな」
「ん」
でも、こんなに並んでたら自分の順番が来る前に、三人のシフト時間が終わるんじゃないかな。後ろの方に並んでる人たちは、その事分かっているんだろうか?
入るのを諦めて、入口から教室の中を覗き込む。せめて目当ての姿だけでも見とかなければ!
覗き込むと、目当ての人物はすぐに見つかった。つーか、客、女子しかいないし…(汗)
執事服を着た直也さんと夏志さんがメニューをわたしている。直也さんお客さんに話しかけられると笑顔で対応しているが、夏志さんはメニューをわたすと、さっさとテーブルから離れていた。もちろんスマイルゼロだ。二人とも、いつもより大人っぽく見える。中学生の色気じゃないだろ(汗)
「お帰りなさいませ。お嬢様」
キラキラした笑顔で客の女子に挨拶している直也さん。のりのりだな。イラッとするくらいに。
自分がカッコいい事を自覚しての笑顔だよ。女子がキャーキャー反応するから、余計に調子づくんだよなぁ。
二人の普段とは違う執事姿に、この場の女子の目は釘付けである。完全に他の男子の立場と言うか、出番がない。多分、この二人の為にこの企画を通したんだろうな。男子の団体票は、女子の団体票には勝てなかったわけだ。売上重視で女子側に流れた人も居ただろうし。
夏志さんを見て、携帯のカメラを向けかけたが、入口の横にデカデカと書かれている。
【本人の許可なく写真を撮らないでください】
なん…だと!?
無断で写真を撮ろうとした人間が、すでにたくさんいたんだろうな。ここからでも夏志さんの機嫌の悪さが分かる。眉間にシワが寄ってて怖い。なんで皆、あの状態の夏志さんに好き好んで近づけるんだろ?恋する乙女のタフさを感じる。高等部の女子なんて、先輩の立場を生かして強気だ。
「八神君。ここ一緒に座ってよ。ちょっとお話ししよー」
「いや、仕事中なんで勘弁してください。先輩」
「ちょっとくらいいいじゃない」
直也さんが高等部のお姉様方に絡まれた。
おおう!!他の女子の目が殺気立ってるよ!怖っ!!でも高等部の先輩相手じゃ、中等部の生徒は注意しづらいんだろうな。恋する乙女たちの顔が、鬼のようになっている。可愛い顔が台無しだな。
「ちっ」
今、背後で舌打ちが聞こえた。ちらりと振り返ると、高等部の制服を着た男子生徒の背中が視界に映る。その背中はさっさと廊下を進んで行き、人ごみの中に消えてしまう。
「…ふぅん」
廊下から教室へ視点を戻すと、お姉様方と直也さんの間に夏志さんが入っていた。
「すみませんが、店員の仕事を妨害するのはやめてください」
夏志さんが全くすまなそうじゃない顔で、お姉様方を見下ろしながら言う。
うん。怖い!!
お姉様方も、夏志さんの冷たい表情に固まっている。完全に怒ってるもんな。年上だってビビるだろうさ。
「えっと…」
「おい、夏志…」
「さっさと仕事に戻るぞ」
夏志さんはそれ以上お姉様方を相手にせず、直也さんの背中を押して仕事に戻ってしまう。
何か私、夏志さんが執事じゃなくて、おイタをする客を追い出す的な怖い黒服の人にだんだん見えてきたんだけど…(恐)隣の弟でさえ怯えてるし。
直也さんは表に出してないが、チヤホヤされて満更でもないんだろうな。ちっ。
「んー」
「そうだな。赤井さんの教室も覗いたら、適当に冒険するか」
弟に手を引っ張られて、教室を覗き込んでいた顔を引っ込める。入れないんじゃ、いつまでもここにいても仕方がない。赤井さんを見たら、見つかる前にさっさと移動しよう。あんな注目されてる人達に話しかけられたら、面倒な事になりそうだ。
赤井さんのクラスも、すごい賑わっていた。もちろん女子で。
「こっちも入れそうもないな。分かってたけど」
「むぅ」
こちらも忙しそうで、赤井さんに懐いている弟は不満そうだ。
そっと覗き込むと、女子の熱い視線を集めながら接客している赤井さんがいる。紺色の落ち着いた柄の浴衣で、いつも通りの気さくな笑顔で客も店員も魅了していた。
場を明るく和ませる人柄で、しつこく話しかけてくる客も笑顔で躱し、クラスメートの失敗もすかさず笑顔でフォロー。とんでもなく接客業にむいてる人だ。思わず弟と一緒に拝んでしまった。
教室の前で、猫の仮装をしたちびっ子姉弟が、無言で合掌している姿が出来上がる。
「目の保養もすんだし、何か食べようか」
「ん」
弟と手を繋ぎなおして廊下を歩き出した。とりあえず適当に、飲食系の店を物色する。
ちょっと思ったんだが、今の私達って後ろから見たら、ぬいぐるみが手を繋いで歩いてるみたいに見えんだろな。少し客観的に見てみたい。第三の目とか開眼しないかな。マジで。
「っ!!」
「どうしたん?草士」
二人分のフランクフルトを買っていると、弟が肩を跳ねさせて何かに反応する。そのまま廊下の先に向かって威嚇し始めた。
「フ―――ッ」
「お前、この格好でその反応は絵になりすぎるぞ…」
とりあえず可愛いから写メる。弟にフランクフルトを差し出しながら、廊下の先に目を向けると、そこには七・八人の中等部女子のグループがいた。やっべ!夏休みに会った女子達もいるよ。
私は弟の手を引いて、彼女達の死角に移動する。顔を覚えられているか分からないが、直也さん達の関係者だと気付かれると面倒だ。将を射んとすれば馬から射よ。こんなお祭りのど真ん中で気付かれたら、馬から射ようと企むハンター達の集中砲火をくらいかねない。下手に動かず、彼女達が通り過ぎるのを待とう。
「八神君、マジカッコ良かったよね」
「ほんとほんと」
「黒宮君ともしゃべりたかったなぁ」
「無理無理。話しかけても全然反応してくんないもん」
「そこもカッコいいんだけどねー」
「赤井君、超優しかったー♡」
他の通行人の影に隠れながら、女子のグループをやり過ごす。
「でも後夜祭のイベント。あれ、どー思う?」
「ありえないでしょ」
「二年とか引っ込んで、八神君に任せとけっての」
「ホントだよねー」
「だから、あれやって正解でしょ」
「ちょっと、声大きいって」
「……」
フランクフルトを頬張りながら、女子達を見送った。話していた内容が少し引っかかるな。
振り返って女子達の背中を見つめたが、すぐに人に紛れて見えなくなってしまった。
「どう思う?弟」
「やー」
「そうだな…。嫌な感じがするな」
私一人ならまだしも、弟まで嫌な予感がしてるってのが、気のせいじゃない感じがする。まぁ、関係ないかな。
それからしばらく校内を散策する。弟と手を繋いで、キャッキャウフフしてただけだから省略しよう。これと言って特別な事も無いからな。
しいて言うなら、弟がイチイチお化け屋敷の前で止まるのが困った。絶対に入らんぞ。暗がりに乗じて何があるか分からんからな。こいつの場合、手を繋いで入っても、出た時には消えてそうだ。お化け屋敷自体も怖いが、それ以上に弟の逃亡癖が怖い。いやマジで。
「次はどこ行くか?高等部の校舎の方に行ってみるか、野外のイベントを覗いてみるか…」
「んー」
弟と共に学園祭を満喫しながら、校舎内を進む。そっと窓から外を除くと、屋外に巨大迷路まである。さすが金掛けてるなぁ。
王山学園は、別に超金持ちしか通えないよう学校ではない。もしそうなら、将来通う人生設計なんかたてちゃいない。だが、漫画のようなとび抜けた超金持ちも在籍している。王山学園は、半数以上が私のような比較的裕福な一般家庭・もしくは普通の一般家庭の者で、一部が世間でいう金持ちのお嬢様・お坊ちゃま、そして一握りのとび抜けた超金持ちという学校だ。
王山は金持ち組の寄付金のおかげで、大変羽振りの良い学校なのである。
確か攻略対象に超金持ちがいたな…。三人…いや四人だったかな?
「むぅ」
「疲れたん?」
弟がしがみ付いて、頭をグリグリと押し付けてくる。疲れたり眠くなった時の弟の癖だ。
「どっか休める所あるかな…」
キョロキョロと周囲を見渡す。
「ん!?赤井さん?」
「ん」
どこかに座れるところはないかと視線を巡らせていると、渡り廊下の向こうを赤井さんが走って行くのが見えた。ずいぶん慌てているようだ。
大好きな赤井さんの姿に、弟の眠気も吹っ飛ぶ。
「あっちは机とかの置き場になってる一般客立ち入り禁止の場所か…」
少し悩んだが、弟の手を引いて赤井さんの後を追う事にする。
赤井さんが慌てているというのが気になる。直也さんならほっときたいところだが、あの赤井さんがもし困っているなら大変だ。
人目につかないように、急いで渡り廊下を渡る。幸い、私達の背なら渡り廊下の窓よりも低く、外から見られることを気にして屈んで走らなくても良い。小さい身体を生かして、さっさとわたり切る。その時にはもう赤井さんは見えなくなっていた。
渡り廊下の向こうは特別教室棟で、学祭の間は邪魔になる机や教壇等が廊下に並べられている。ゴチャゴチャしているが、おかげで隠れる場所には困らなそうだ。特別教室の中を覗くと、ダンボールやガムテープなど資材がたくさん置かれていた。階下からは人の気配もする。どうやら飲食系のクラスが調理室を使用しているらしい。
赤井さんが向かっていた方向を頼りに、人気のない廊下を進んで行くと、複数の人の気配がする部屋を見つける。ドアの上についているプレートには、生徒会室と書かれていた。そっとドアの隙間から中の様子を覗う。
「どういう事なんだ!」
覗いてみると誰かが怒鳴っている。制服からして高等部の生徒のようだ。生徒会室の中には直也さん・赤井さん・夏志さんを含めた中等部生徒が八人と、高等部生徒が五人いた。
中心では高等部の少年が厳しい表情で中等部の少年を見下ろしている。見下ろされている少年は泣き出しそうだ。どうも高等部と中等部でもめてるらしい。他の高等部生徒の表情もずい分厳しいものだ。
「落ち着いてください。白鳥先輩」
直也さんが二人の間に入って、少年を庇う。
「これが落ち着いていられるか!クラウンの紛失なんて前代未聞だぞ!!」
高等部の生徒は直也さんにもきつくあたった。白鳥と言うらしい。
つーか、今クラウンの紛失って言ったか?
「後夜祭まであと三時間しかないんだ!クラウンがないなんて、どう言い訳するつもりだ!」
やっぱり言ってるな。
王山でクラウンって言ったら記憶にあるのはアレだな。高等部・中等部のそれぞれの生徒会に代々受け継がれているという王冠だ。現代日本の学園で、なんでそんなもんが受け継がれてるのかツッコみたい代物である。
王山の校章は王冠をモチーフにしたデザインをしている。多分、創立者がそんなんが好きなんだろう。
クラウンは一部の学校行事の際に、生徒会長が身に着ける習わしになっていて、平時は生徒会の金庫か何かに保管されている…と思う。
この学園祭でも、クラウンが用いられるイベントがあった。後夜祭で、高等部と中等部の生徒会長がクラウンを身に着けて挨拶をし、キャンプファイヤーに点火するのだ。
そのクラウンを紛失したって事か…。
なんじゃそりゃ?と言いたくなる伝統だが、もし受け継がれてきたものを失くしたとなったら、生徒会長の信用はガタ落ち間違い無しだ。
そりゃ泣きそうにもなるな。多分、あの少年が現生徒会長なんだろう。どこか自信の無さそうな地味な少年である。そしておそらく、白鳥という少年は高等部の生徒会長だ。眼鏡をかけた神経質そうな少年である。きれいな顔立ちだが、厳しそうだ。
「確かに午前中にはあったんです。この机の上に置いてあったのは皆が見てます」
少年が語尾を弱めながら白鳥少年に言い訳をした。少年の後ろで他の中等部生徒が頷いている。おそらく生徒会役員達だ。
「ようはクラウンを机の上に放置しておいたってことだろう。管理がずさんだからこんな事になってるんだ」
「そ、それは…」
白鳥会長の言葉にますます語尾を弱くした少年は、目で直也さんに縋り付いた。直也さんは少年の視線に頷く。
「白鳥先輩。今は青柳を責めても何も解決しません。クラウンを探す事を優先するべきです。責任は後回しで学祭の成功を第一に考えましょう」
直也さんの言葉に、ずっと俯きがちだった中等部生徒会が顔を上げる。その眼は、完全に直也さんに心酔しきっていた。白鳥会長は、考える素振りをする。
「そんな事を言って責任を有耶無耶にする気か!」
「そもそも八神!お前が付いていながら、こんな事態になってどうするつもりだ!」
「優秀な奴だと思ってたが、ガッカリだな」
白鳥会長の後ろに控えていた高等部生徒、おそらく高等部生徒会役員達が、直也さんをここぞとばかりに責め立てた。
直也さんは一瞬、悔しそうに顔を歪めたが、すぐに申し訳なさそうな顔をして無言で頭を下げる。
どうも高等部の先輩のウケが良くないっぽいぞ。
「そんな言い方…!」
「夏志」
赤井さんと夏志さんも悔しそうな顔をする。夏志さんなんて先輩相手に食って掛かりそうだ。赤井さんがきっちり止めてるけど。
「お前達、止めるんだ。八神も顔を上げろ」
白鳥会長が直也さんへの攻撃を止めさせ、頭を下げている直也さんにも顔を上げるよう促した。
「確かにここで話していてもどうにもならない。それで、どう探すつもりだ?」
白鳥会長は、直也さんではなく中等部生徒会長、確か青柳少年に向かって質問する。
「え!?えっと…その……」
青柳少年は口籠りながら、直也さんに視線を送った。その視線に答えて直也さんが一歩前に出る。
白鳥会長の眉がピクリと動いた。ほぅ…なるほど。
「とりあえず、混乱をさける為に一般生徒には伏せておきます。受付で怪しい者を見なかったか確認してみましょう。悪戯の場合はどこかに隠してあるかもしれないので、皆で校内を探してみます。先輩たちは通常の業務にお戻りください」
直也さんが妥当な作戦を告げる。まぁ、現状で出来る事はそんなものだろう。生徒の悪戯だった場合を考えると、大事にしずらい。悪戯ではなく盗難事件だと確定するのは難しいな。
「………」
白鳥会長は黙って直也さんを見ている。その顔は考えが読み取れない。
「ふん。まぁ頑張るんだな」
「行きましょう、白鳥さん」
「優秀だと有名な八神直也のお手並み拝見だ」
他の高等部の生徒会役員は言いたいことを言って、生徒会室から出て……って、こっち来るよ。隠れるぞ、弟!
急いでドアから離れて、廊下に置かれている机の隙間に隠れた。こういう時小さい幼児の身体は便利だ。
ぞろぞろと高等部の生徒会が出てくる。さっさと歩いて行ってしまうが、白鳥会長だけは足を止めて直也さんと青柳少年を無言で見つめた。青柳少年はその視線にビクつき、直也さんは負けじと見つめ返す。
「白鳥会長。どうかしたんですか?」
「…いや」
先に行った生徒会役員に声を掛けられ、白鳥会長は直也さん達から視線を逸らして行ってしまった。
白鳥会長はそんな素振りはしなかったが、やはり他の高等部生徒は直也さんの事を、あまり良く思ってないようだ。まぁ、みんな男子だったしな。
出る杭は打たれるってやつだ。高等部の女子からもあんなにモテてたら、杭も打たれるだろうさ。
「これからどうしましょう?」
「そうだな。まずはさっき言った通り、誰か受付に聞いてきてくれないか?」
「俺、行ってきます」
「俺も守衛さん達に聞いてくる。ついでに風紀にも声をかけてみてやる」
直也さんの言葉に、生徒会役員の一人が行動する。夏志さんもそれに続いた。
夏志さんは風紀委員だったらしい。無理やりならされたとか、以前愚痴っていたが、その辺は良く知らない。
夏志さん達が生徒会室を出て行った後、他のメンバーもぞろぞろと廊下に出てくる。
「僕たちはどうしましょう?」
青柳少年が直也さんを縋るように見る。
「そうだな…。最後にクラウンを見たのは?」
「はい。私が午前中に生徒会室に来た時にはありました。十一時半くらいだと思います」
直也さんの質問に、気の弱そうな三つ編みの女の子が答えた。
「その後、午後の一時くらいに僕達が来たら無くなってたんです」
青柳少年が泣きそうな顔で付け加える。なんか可哀想になってきた。
もっとも、それ以上に私はこの話の流れが気に食わないわけだが。
「その間に誰かが持ち出したのか」
「直也。先生方には知らせるか?」
赤井さんが心配そうな顔で尋ねた。
「生徒会顧問の黄島先生には相談しておこう。最悪、悪戯じゃなく外部からの盗難だった場合は、俺達じゃどうにもできないからな」
「もし見つからなかったら…」
青柳少年は顔面蒼白状態だ。他の役員達が必死に励ましている。
さて、私はまずどうするかな…。
話しながら渡り廊下を渡り、学祭中の教室棟に移動する直也さん達の後を、こっそり追いながら考えたる。
実はだいたいの目星は付いてんだよな…。
渡り廊下を渡った所で、直也さん達がバラけて行動するのを人影に隠れながら見送り、周囲を見渡した。多分、いると思う。
廊下の隅に目的の人物たちを発見した。やっぱりいたか。
紛失したクラウンを探すために行動している直也さん達の様子を覗っている者。廊下ですれ違った例の女子グループだ。
彼女達はクスクスと笑いながら、直也さん達の行動を眺めている。
今の状況を説明すると、直也さん達の様子を覗う女子グループ、の様子を覗う私………の隙を覗う弟である。
一瞬、握っていた手の感覚に違和感を感じて、弟の手を握り直す。「おい、コラ」という顔で弟を見ると、目を逸らされた。こいつ…懲りてねぇ。疲れてんじゃないのか!?お前。
弟の手を引いて、彼女達に近づいた。
「無くなってるのに気付いたみたいね」
「絶対に見つかんないわよ」
彼女達は意地の悪い顔で笑っている。犯人確定だ。
直也さんの背中を見送って、彼女達は人ごみに紛れて移動する。そのまま直也さんを尾行するなんて、犯人ですと自己紹介するようなマネをするほど馬鹿ではないらしい。
「案の定、八神君達に泣きついたわね」
「八神君ならもしかして…」
「大丈夫よ。いくら八神君でもこの広い学園から探し出すなんて無理よ」
「そうよね。しかも隠した場所があそこじゃねぇ」
「隠した私達だって見つけられないし」
「これで青柳の奴、とてもじゃないけど後夜祭には参加できないわね」
「そしたら後夜祭をまとめる中等部代表は、八神君しかいないわ」
「現生徒会長のクラウン紛失なんて騒ぎになったら、八神君じゃなきゃ治められないものね」
好き勝手いいながら廊下を進む。……こいつら。
「せっかくの中等部最後の学祭だもん。八神君の雄姿で終えたいもんね」
「その雄姿にクラウンがないのが残念だけど」
「しょうがないわよ。とにかく青柳が引っ込めば八神君が出てくれるって」
「後夜祭楽しみ♡写真いっぱい撮っちゃお」
「そうとなったら後夜祭まで学祭を満喫しよ」
「普段通りに振る舞わなきゃばれちゃうしね」
「私、外の屋台に行きたい」
私は階段に差し掛かった所で足を止め、そのまま階段を下りて行く彼女達を見送った。
とどのつまりアレだ。八神直也のファンが、生徒会長を引退した八神直也の目立つ姿を見たいが為に、現生徒会長の青柳少年をおとしいれようとしてるってわけだ。
確かにクラウンを紛失した青柳少年が、後夜祭に堂々と立つことは出来ないだろう。あの少年、面の皮がそんなに厚くは見えない。そうなったら、中等部生徒会長不在の後夜祭で、代理を務め、かつ全校生徒を治められるのは直也さんくらいだろう。後輩生徒会長の失敗を、前カリスマ生徒会長がフォローするってわけだ。
……ものすごく馬鹿らしい。正直、眩暈がするレベルの馬鹿らしさだ。関わりたくないなぁ。だがこの件で迷惑している人達がいる。それに面倒臭いが、あの女共の思い通りに進むのも、おもしろくない。仕方ないなぁ。
「直也さんの所にいくか」
「ん」
弟の手を引いて、直也さんの消えた方向に進んだ。携帯を鳴らしてみたが出ない。まぁ学祭の喧噪の中じゃ仕方ないか。
一回見失った相手を見つけるのは難しいと思うだろ?ところがそうでもないんだなぁ。八神直也の場合は簡単だ。女子が色めき立っている方向に進めばいい。爆発しやがれ。
「普段はイラッとするけど、こういう時は便利だよな。あの人の目立ちたがり」
「むい?」
「お前はまだ分からなくていいよ」
買い与えたワッフルを口いっぱいに頬張っている弟の頭を撫でる。そのまま二人で賑わっている廊下を進んだ。
程なくして、目的の人物を見つける事ができた。
直也さんは2―B『わくわくフリーマーケット♪』と書かれている教室にいた。生徒が持ち寄ったものを売っているらしい。金持ちも通ってるだけに、それ本当に売っていいの!?と聞きたくなる物まで並んでいる。
直也さんはフリマの商品を見ている風を装いながら、教室の中を探るように見ていた。時折、生徒に話しかけられ、笑顔で対応している。内心焦っているだろうに、そんな素振りは全く見せないとこらは、素直にすごいと思える。
その時、教室にいる人間の一部に違和感を感じた。一部の女子生徒が直也さんを遠巻きに見る眼に、熱情以外のものを感じ取れる。
「八神先輩、何も買われないんですか?」
「もっと見てってくださいよ」
「ごめんごめん。他の所も見て回りたいんだ。買うのは他の店も見て、財布と相談してからかな」
直也さんが教室から出てくる。引き止める後輩達を躱して、次の教室に向かおうとしていた。
そのまま次の教室に入られる前に、直也さんめがけて突進する。
「うわ!?」
直也さんの足に後ろからぶつかり、直也さんがバランスを崩しながらも持ちこたえた。そして、振り返り私を見て、目を見開く。
「え?花乃ちゃ」
「ママとはぐれちゃったの」
「は??」
私は直也さんの言葉を遮って、目を潤ませながら直也さんのズボンを掴む。
「一緒に探して」
迷子の子供を装いながら、私は顎で人気のない特別教室棟の方を示した。
「?ああ!うん分かった。お兄ちゃんに任せてくれ。事務室が迷子センターになってるから一緒に行こう。きっとママもそこにいるよ」
訳が分からないという顔をしていた直也さんだが、私の意図を察して私と弟の手を引いて、歩き始める。察しのいい男だ。
そのまま迷子と、迷子を面倒見る好青年を装いながら人気のない場所に移動した。
「来てたんだな、花乃ちゃん。ずいぶん可愛い格好で…」
特別教室棟の使われていない教室までくると、直也さんは私と弟を見ながら近くの机に腰をかける。
「ええまぁ。こんな格好を恥ずかしげもなく出来るのも幼女のうちですからね」
私は二つくっつけたイスに弟を横たわらせながら答えた。弟はウトウトしている。それでも油断ならないから、気を付けよう。
「そうだ。実は今大変なんだよ」
「そうですね」
「知ってるのか?」
「生徒会室でのやり取りを途中からですけど見てました」
私の言葉に直也さんが目を見開いて驚く。
「それなら分かるだろ?今忙しいんだ」
直也さんは肩をすくめながら、腰を上げた。
「余計なお世話かもですけど、直也さんに助言があるんですよ」
私は近くのイスに腰を下ろしながら、戻ろうとする直也さんを引き止める。それに直也さんは素直に応じて、上げた腰を下ろした。
「助言?」
「色々あるんですけどね。まぁ、話しの流れなんてもんは気にせずに一番言いたいことから言わせてもらいますね。
直也さん、出しゃばりすぎなんですよ」
「……」
「……」
しばし無言で見つめ合う。私の呆れかえった表情に、直也さんはポカンとしていたが、我に返ると顔を引き攣らせながら青筋をたてた。
「え?ちょっとどういう意味だ?」
「そのまんまの意味です。いつまで生徒会長気分ですか?あんた?」
失笑しながら言ってやった。直也さんの顔がますます引き攣る。
「とりあえず、言わないといけない事まだまだあるんでドンドンいきますよ。
まずはコレ、外部の盗人じゃなくて内部の悪戯…つーか嫌がらせです」
「なんで分かるんだ!?」
私の言葉に、直也さんが驚いて身を乗り出してくる。落ち着け。
「単純に、外部の人間が関係者以外立ち入り禁止の特別教室棟に行くのは目立つんですよ。渡り廊下は窓のせいで外からも丸見えだし、渡り廊下の近くの教室も学祭に使用されているから常に人通りがあります。外からの目を避けるには、窓より低く屈みながら進まなきゃいけない。でもそんな行動してたら間違いなく廊下にいる人間の目に入りますから」
「確かに」
「それに特別教室棟にも全く人気がないわけじゃないですしね。普段特別教室を使用している文化部の人間を主に、必要なものを取りに行ったりと人が出入りしてますし、調理室等を使用したりしているみたいですしね。渡り廊下以外の出入り口は、外から入る一階の出入り口ですけど、守衛さんが立ってます」
「そう言われるとそうだけど、可能性が全くないわけじゃないだろ?」
直也さんは考え込みながら、反論してきた。腕を組んで唸っている。まぁ完全に生徒を疑うのには勇気がいるだろう。
「ぶっちゃけちゃうと犯人分かってるから言い切ってるんですけどね」
考え込んでいる直也さんに向かってアッサリと打ち明ける。直也さんの動きがぴたりと止まった。
「………え?」
「犯人は見つけてあります」
呆けている直也さんに、もう一度告げる。直也さんは口をパクパクさせながら、百面相をしていた。そして私に向かって手を伸ばし、肩を掴んだ。
「そ、それを先に言えよぉぉぉぉぉぉ!!!」
「うっさいッス」
叫ぶ直也さんの手を叩き落としながら、淡々と言う。落ち着け。マジで。
アワアワしている直也さんを見ながら、ため息をつく。
「直也さん達の失敗は、まず生徒会室から出た後、周囲に注意しなかったことですよ」
「それってどういう…?」
「生徒の悪戯だった場合、いつ事件が発覚するか?発覚後、生徒会がどう動くのか?なんて事を気にせずにいられる奴はそうはいませんよ。犯人達が、渡り廊下の近くで直也さん達の事を覗っていましたよ」
犯人は犯行現場に戻るってやつだ。
「そんな……。それで犯人は?」
直也さんは近くに犯人がいたのに気付けなかった事にショックを受けている。そんな直也さんに対して、私は爆弾を落とした。
「犯人なら教えるつもりないですよ。つーか、捕まえません」
「……は?」
直也さんは何を言われたのか思考がついて行けないようで、しばし呆けた後、やっと反応した。無理もない。
「ちょっと待て!なんで!?」
「犯人達を吊し上げると、余計に面倒な事になりそうなんですよ」
私はいかにも面倒臭げにイスの背もたれに寄りかかった。
「面倒って…」
「単刀直入に言いますと、今回の犯人は直也さんのファンの女子です」
「え!?」
私の言葉に直也さんが固まる。
「彼女達の目的は、現生徒会長・青柳少年をおとしめて、直也さんを活躍させることです」
「はあ!?なんだそりゃ!??」
直也さんは青筋をたててドン引く。正常な反応だ。私だって「こいつら馬鹿か?」ってドン引いた。
「なんでそいつらを捕まえると面倒な事になるんだ?」
「直也さんが教室を回ってるのを見てて気づいたんですけどね、多分、結構な数の人間が今回の事件を把握してると思うんスよ。実行犯は私が見つけた人達だとしても、直也さんのファンの一部には今回の件、話がいってるんじゃないかな。いざとなったら口裏合わせてアリバイ証明みたいな?」
「なっ!?」
「直也さんが教室を見ている時、遠巻きに直也さんの行動を探っている女子達がいたんです。直也さんは普段から注目されてるから、いつもの事かとも思ったんですけど、どこか警戒と安堵を感じたんですよね」
そんなのが、校舎のいたる所にいた。どうなってんだ?この学園!?
「警戒と安堵?警戒は分かるけど安堵って?」
「見当違いの所を探してるっていう安堵ですよ」
「……」
直也さんは言葉もなく、顔を歪めた。無理もない。
「今回の事件は、直也さんの晴れ姿を見たいってもんですが、言い方を変えると青柳少年では不満だという事でもあります。犯人を吊し上げると、青柳少年に対して不満を持つ生徒が不特定多数いるという事を、浮き彫りにする形になっちゃうんですよ」
そんな事になったら、犯人だけじゃなく被害者の青柳少年だって居た堪れない。間違いなく遺恨を残す結果になる。そもそも黙認している生徒を含めると、犯人の数が多すぎだ。発覚したらギスギスした学園生活になる事だろう。
直也さんも想像できたのか、苦い顔をした。
「俺だけに教えるんのはダメなのか?犯人から取り返して、青柳達には隠してあったのを見つけたって言えば、大事にならずにすむだろ。犯人に御咎めが無いってのは、気持ち悪いけど」
「まぁ、それも考えたんですけどね。そうなると直也さんは犯人を知りながら、今後の学園生活を送る事になりますよ。それはそれで気持ち悪いでしょう」
「そうだな…。いや、誰が犯人か分からない状態も気持ち悪いだろ。そもそも多数の女子が関与してるって知った時点で、俺の学園生活に大打撃だからな。
夏志じゃなくても女性不信になりそうだよ」
直也さんはグッタリしながら項垂れる。
確かに、今後の学園生活でどの女子生徒は信頼できるのか、頭を悩ませる事になりそうだ。
直也さんの青春は暗そうだな…。ドンマイ!
「どこかで口滑らせて犯人バラしても面倒でしょう。知らずに済ませられるならその方がいいっスよ。
なにより今回の事件は、直也さんが活躍しないのがベストですしね」
「どういう事だ?」
直也さんが疑問を浮かべながら、項垂れていた顔を上げた。
「それらもふまえて最初に言った事なんですよ」
「最初って、俺が出しゃばりすぎってやつか?」
直也さんは納得いかない顔をしている。
「そうです。直也さん。私から直也さんに助言です。まず直也さんがするべきは、今回の事件解決の指揮を青柳少年に任せることです」
「青柳に?」
目を丸くする直也さんを真っ直ぐ見つめて、言葉を続けた。
「直也さん。この事件は現生徒会に起こった事件です。指揮を執るべきは元生徒会長のあんたじゃない。青柳少年です。直也さんは先輩として、出来る限りの手助けをするってスタンスでいいんです。そうやっていつまでも中心に立っているから、周りもあんたに期待するんですよ。引くべきところは引かないと」
この事件の主役は八神直也ではない。現生徒会長・青柳少年だ。
「でも青柳には荷が重いだろ」
「そこを手助けするんでしょうが。この事件は青柳少年が解決しないとダメなんですよ。青柳少年に自信を持たせて、周囲にも認めさせないと。でないと同じ事の繰り返しだし、いつまでも直也さんがいないとダメだって周囲に思われ続けるんです」
前生徒会長が目立つ人過ぎて、ここの生徒達は生徒会長への認識がマヒしている気がする。過度のカリスマ性を求めすぎなのだ。普通は中学の生徒会長に、ここまで期待を押し付ける学校などない。
「直也さんが青柳少年を生徒会長として認めているっていう態度を周りに見せないと」
「それはまぁ…そうだな」
直也さんも納得できたのか、気まずげに頷く。これからもっと気まずくなると思うけどね。
「あと、直也さんがとるべき行動は、今すぐ高等部の生徒会に頭を下げてでも助力を乞う事です」
「はあ!?」
直也さんは盛大に嫌そうな顔で驚く。やれやれだ。
「なんで?」
「クラウンは犯人が持ち歩いているんではなく、どこかに隠してます。単純に人数が必要だし、高等部校舎も探すなら、高等部生徒会に地の利があります。それに、高等部の力を借りた方が直也さん個人の為ですよ」
わざわざ犯人である証拠を持ち歩く者はいない。彼女達も隠したと話していたし、学園のどこかにあるのだろう。学祭中は高等部の校舎にも、普段以上に中等部生徒が出入りしている。隠し場所が高等部の可能性も少なくはない。
「なんで俺個人の為にもなるんだ?」
直也さんは不満ありと顔に書いて聞いてくる。このええカッコしいは、自分が活躍出来ないのがおもしろくないらしい。ぶっとばしたい。
「ハッキリ言います。直也さん。あんたキャラ設定舐めすぎです。完全に迷走してます」
私はイスから立ち上がり、腕を組み仁王立ちで言い張った。
「キャ、キャラ設定?」
「生徒会室での高等部の人達とのやり取りが間違いなんですよ」
目をパチパチさせている直也さんに指を突きつける。
「直也さんは出来る人間アピールを常にしてますよね」
「いや…まぁ、うん」
「そのアピールの仕方のチョイスが間違ってるんですよ。出来る人間には色んなタイプがいるんです」
「チョイス?」
直也さんは首を傾げて聞き返してきた。
「直也さんは皆から好かれる好青年であろうと努力してますよね。だったら生徒会室で先輩達に助力を乞うのが正解です」
「なんでだ?俺の出来る所を先輩達にアピールするなら、中等部の力だけで解決した方がいいだろ」
「そうやって実力以上のアピールするから、自分の首絞めることになるんでしょうが!」
いい加減に学んでくれ!マジで!!ホントにイラッとくるわ!!
……それどころじゃない。時間がないんだ。
「いや、その件は置いときましょう」
イラッとしすぎて取り乱してしまった。落ち着け自分。説教は後でも出来る。
「上の人間に実力を示して黙らせるのは俺様タイプの出来る男ですよ。直也さんのキャラじゃないです。直也さんの目指す出来る好青年は、自分の力だけで出来ますなんてアピールを先輩に対してするよりも、先輩の立場をたてるべきです。全体の和を大事にした方がいい」
「なるほど」
直也さんは呆けていた顔を引き締めて、熱心に聞き入っている。
「今の直也さんの立場は、中等部生徒会を引退した先輩であり、高等部生徒会に後々入る予定の後輩なんです。先輩をたて、後輩を育て、自身は双方を繋ぐ裏方でいた方がいいんです。
確かに直也さんが単純に活躍すれば、盛り上がる人達もいます。騒ぎたいだけのミーハーな人達はそれでいいでしょう。でもあんたと同じ優秀な人間は、もっと冷静かつシビアな眼で、あんたが出来る人間かどうか見てきますよ。自分ひとりの力を誇示するのではなく、全体の役割を見て、人を頼り、裏方という立場にも立てる人間かどうかを」
「優秀な人間って…?」
「少なくとも白鳥生徒会長はそうです」
「白鳥先輩が!?」
「白鳥生徒会長は最初から直也さんではなく、青柳少年に意見を聞いてました。それに、直也さんが助力を求めてくるのを待ってましたよ」
結局、直也さんが求めなかったから、そのまま去っちゃったけどね。あの人の事はよく知らないが、優秀な人なんだろう。少なくとも全体を見る目は直也さんよりありそうだ。
「それなら言ってくれればいいのに」
「直也さんが自分から行動できるか、見るつもりだったんでしょう。厳しい人なんですね、あの人。
試されたんですよ。直也さんは」
私の言葉に直也さんの目が見開かれた。思い当たったようだ。
「そもそも直也さん。自分の力だけでなんでも解決しちゃう優秀すぎる後輩と、素直に頼ってくる後輩、どっちが先輩ウケすると思います?」
「あ…」
私は溜息まじりに言う。結局のところ、これが先輩を頼るべき一番の理由だ。
直也さんは目から鱗が落ちたような顔をした。直也さんも高等部の先輩から良く思われていない自覚があったんだろう。だったらもっと早く気付け!
「王山の高等部生徒会に属する人達ですよ。皆優秀な人達です。頼ってくる後輩を無碍にはしないでしょう」
王山はけっこう優秀な学校だ。学園内の生徒会の立場も大きい。生徒会に入ってるくらいだから、役員達のスペックは期待できるだろう。
「結論を言うと、後輩に主役を譲り、先輩をたてて自分は裏方に回った方が、あんたのキャラと今後の人間関係的においしいって事です!」
「!!」
ビシッと言ってやると、直也さんの目が輝いた。自分の利点に納得したらしい。さすが、ええカッコしいだ。自分の評価を上げる事には反応がいい。
痛い目にあえばいいのに。マジで。
「納得出来たならさっさと行動!今すぐ青柳少年に指揮を任せて、白鳥生徒会長に会いに行きなさい!その後は全体のサポートに徹するんです」
教室の扉をビシっと指して、さっさと行動しろと急かす。後夜祭までの時間は約二時間半。
「ああ。分かった」
直也さんは立ち上がって廊下を目指す。
返事がいいのはいいが、幼女の意見に従う素直さもどうなんだろうな。この人、本当に将来カリスマ教師になるんだろうか…。
私は弟を起こして直也さんの後を追い、廊下に出た。直也さんは青柳少年と合流するべく、携帯でメールを打った。
「とりあえず青柳に皆への指示を任せて高等部に行くとして、その後はどうするんだ?」
「クラウンを後夜祭までに見つけ出し、事件そのものをなかったことにするのを目指します。クラウン発見は青柳少年がするのがベストです」
教室棟に向かいながら、今後の行動を話し合う。
青柳少年が解決したとなれば、犯人たちの見方も変わるだろう。
「そう都合よくいくか?」
直也さんが不安そうな顔で聞いてくる。この後も私に頼る気満々か…。
「私達でありそうな場所をある程度考えましょう。直也さんは青柳少年の指揮をうまく誘導してください」
「ありそうな場所か…。例えば?」
直也さんが期待を込めた眼でこちらを見る。本格的に頼り始めた…。
「そうですね。青柳少年に指揮を任す前に、考えとかないと…」
少し歩く速度を落として、思考する。
「ありそうな場所と言うより、ここにはないんじゃないかな、という場所ならあります」
「何処?」
「直也さんが必死に探していた、学祭中の教室棟」
「……」
直也さんの表情が露骨に引き攣った。
「…理由は?」
「さっき話したじゃないですか。見当違いの場所を探しているっていう安堵って」
「あー、言ってたな」
「大袈裟に考えて、各クラス・部活に今回の件を知っている女子がいるとしましょう」
直也さんのファンクラブと考えれば、学校中に共犯者がいてもおかしくない。
「それなら尚更教室が怪しいんじゃないか?どの教室にも共犯者がいるなら、隠し放題じゃないか」
「確かに、隠し物は自分たちが把握できる場所に隠したくなるものです。共犯者の誰かに、見つからないか見張らせたいところでしょうとも」
私は直也さんの意見に頷きながら答える。
「でも見張り役を誰がやるかが問題になります」
「?」
「自分の教室を探されても安堵できる奴はいいんですよ。探されたって痛くも痒くもないんですから。
じゃあ、痛くも痒くもある奴ってどうなんですかね?」
「あー、なるほど」
直也さんは納得した顔で頷いた。
「誰だって見つかったら怪しまれる役割なんて、引き受けたくないでしょう。だから使用されてる教室はないと思うんですよね。最悪見つかっても、自分達が犯人だって怪しまれない場所がいいと思うんですよ」
「そうなると、物置に使ってる特別教室棟か校舎の外か」
直也さんが来た道を、鋭い目で見つめた。
「そうですね。あとはあえて人が出入りしまくる場所とか」
弟が消えてないか確認しながら言う。絶対にこの手は放さない。
「出入りしまくる場所?」
直也さんが首を傾げる。
「例えばトイレとか。もしトイレの掃除用具入れとかから発見したとしても、不特定多数の人間が常に出入りしているわけですから、誰がいつやったかなんて特定するのは難しいッスよ」
女子が犯人だから男子トイレは除外するとして、この広い学園にはいくつトイレがあるんだろう?
「確かにそうだな。ひとまず青柳を、特別教室棟と外、トイレ等を中心に探すよう誘導するか」
「そこはお任せします」
「……それでも見つけられなかったら?」
直也さんが気まずそうな顔で聞いくる。残り時間と範囲の広さ、使える人数を考えれば、見つからない確率の方が大きいのが現実だ。
「そうならないよう全力を尽くしますが、最悪、後夜祭ギリギリまでに見つからなかったら、遺恨が残るの覚悟で犯人達を締め上げる事を、提案します」
クラウンなしの後夜祭で青柳少年だけがダメージを受けるより、犯人締め上げて双方ダメージくらう方を、私なら選ぶ。
「ただ、あくまで私の意見ってだけなんで、最終判断は任せます。遺恨を残した場合の学園生活を送るのは、直也さん達ですから」
直也さんからの返事は無かった。
直也さんは真剣な顔で、前だけを見つめる。そのまま私達は青柳少年との合流場所に向かった。
「直也先輩」
「どうだ?見つかったか?」
合流場所に着くと、青柳少年だけではなく、赤井さんと夏志さん、他の生徒会メンバー達も集まっていた。見覚えのない生徒もいる。おそらく風紀委員会だろう。
「いや、ダメだ」
「そんなぁ…」
直也さんが苦々しい顔で答えると、青柳少年が沈痛な表情で肩をおとした。他のメンバーも悲痛な顔になる。
この直也さんに頼り切った空気もなんとかせんとなぁ…。と思いながら、私は影から直也さん達を見守っていた。
一緒に行動しないのかって?するわけがない。私が直也さんの関係者だという事を、不特定多数の人間の前で明かすのは絶対にごめんだ。こんな直也さんに恋心を向ける可哀想な…じゃなくて、恋する乙女達の巣窟で、直也さんの妹(笑)ポジション認定されてみろ。間違いなく厄介な事に巻き込まれる。私を利用しようとハイエナ共…じゃなくて、恋する乙女達が群がってくること間違い無しだ。
そんなことになったら、私は毎晩お星さまに「大人になった時、全員の黒歴史になりますように」と祈る事になるだろう。ちょっと想像してみたけど、そんな幼女イヤだ。
「先生の一部には話を通しといたよ」
赤井さんが一歩前に出て、発言する。ちなみに今集まっているのは校庭の隅である。
「先生方はどうするって?」
直也さんが聞き返した。
「生徒の悪戯の場合を考えると、まだ事件には出来ないってさ。学祭が終わった後にも見つからなかったら、警察に連絡するらしい」
「やっぱり、そうなるか…。外部犯より内部犯の可能性の方が大きいからな」
「なんでですか?」
青柳少年が直也さんの言葉に首を傾げる。
「部外者立ち入り禁止の場所だからな。生徒以外の人間が出入りしようとしたら目立つだろ。一階の入口も渡り廊下も、常に人の目がある」
直也さんの説明に、青柳少年はなるほどと頷いた。
出来れば青柳少年が自分で気付くよう誘導してほしかったが、時間がないから仕方がない。さっさとまいて行かないと後夜祭になってしまう。急いで直也さん!
「生徒を疑わないといけないわけか…」
「どこのどいつがやったんだ」
赤井さんが苦い顔で俯き、夏志さんが忌々しげに目つきを鋭くする。この二人に迷惑かけるとは、実に腹立たしい犯人共だ。本当なら、さっさと公開処刑にしてやりたいところだが、今は我慢だ自分。
「これからどうしましょう?」
青柳少年が縋るように直也さんを見た。他の皆も直也さんに注目している。
直也さんは皆の視線から逃げるように一度目を伏せ、小さく深呼吸した。そして真っ直ぐ青柳少年と向かい合う。
「青柳。ここからはお前が指示を出すんだ」
直也さんの言葉に、全員が静まりかえった。周囲は学祭の喧噪に賑わっているというのに、この一角だけ音が消えたようにさえ感じる。
「え?あの?え?」
青柳少年は見ていて可哀想になるくらい青ざめている。うわあ。群れからはぐれた小鹿なみに弱弱しい。直視するのが辛い。
「直也?」
「どうしたんだよ!?」
赤井さんと夏志さんが直也さんに詰め寄った。二人とも直也さんの言葉に驚いている。
直也さんはそんな二人に顔を向けたが、何も言わず、すぐに青柳少年と向き直った。青柳少年は直也さんの視線に、肩をビクッと跳ねさせる。
「青柳、俺はお前の先輩としていくらでも力を貸してやる。でもそれだけだ」
「な、なんでですか?」
直也さんの落ち着いた言葉に、青柳少年は声を震わせている。
「こいつらのリーダーは俺じゃなくて、お前だからだ」
「…っ」
直也さんは生徒会のメンバーに目を向けながら、穏やかな声で青柳少年に言う。青柳少年の目が見開かれた。
赤井さんと夏志さんも「あっ」という顔をする。直也さんに目を向けられた生徒会メンバーも、お互いに顔を見合わせていた。
「俺がいつまでも出張ってたせいで、お前が先頭に立つ機会を奪ってたんだよな。ごめんな、青柳」
「そっ、そんな!そんな事ないです!!僕が先輩に甘えてて…」
青柳少年は必死に首を振る。
「でも、僕じゃ先輩みたいには出来ないです」
肩を落とす青柳少年に、直也さんがそっと手を伸ばし、その肩に手を置いた。
「言ったろ。先輩として力を貸すって。俺の事も使えばいい。どんどん指示を出してみろ。間違ってたらちゃんと教えてやるから、思いっきりやればいい。
任せたぞ。青柳生徒会長」
直也さんは「青柳生徒会長」の部分に力を込めて、真っ直ぐ言葉をぶつける。
「っ!………………はい!」
青柳少年は目を見開き、しばらく口を開け閉めして何かに葛藤している様子だったが、泳がせていた視線を直也さんに向けて、緊張した顔で頷いた。
見守っていたメンバーも、互いに頷き合っている。
これが青春か…。
私は生暖かい目でその様子を見守った。
漫画・小説・アニメ・ゲーム。二次元と言うフィルターを通すからこそ、青春あふれる学園生活は微笑ましく感動できるが、現実のむず痒さは如何ともしがたいな。これ本当に現実か?
あの空気を甘受できるのは、ゲームの世界的な何かが働いているのだろうか?
「それでは今後の事ですが…」
青柳少年が仕切り直す。自信満々ナルシストな直也さんと違って初々しいこと。
「闇雲に探しても時間が足りないと思うんです」
「容疑者が特定出来ないんじゃな…」
「生徒会に恨みがある奴なんて心あたりないもんな」
青柳少年の言葉に生徒会役員達が意見を出し合う。直也さんに負んぶに抱っこだった事を、皆が自覚したようだ。
「犯人探しは二の次で、クラウンを見つけるのに集中した方がいい」
直也さんが口を挟んだ。そうだ!急いで話を進めろ!!
「おい直也」
夏志さんが納得のいかない顔をする。
「今は後夜祭を成功させるのが先決だろ」
「……」
直也さんの言葉に反論はしなかったが、夏志さんの表情は不満げだ。真面目で武闘派な夏志さんは、犯人を捕まえたくてしかたないらしい。今回の真相を知ったら、夏志さんの女性不信に拍車がかかりそうだ。
尚更、真相を闇に葬らなくてはならなくなった。黒宮道場跡取り息子の夏志さんが、これ以上女嫌いになるのは門下生として見過ごせない。師範達に孫を抱かせてやってくれ、夏志さん。
「でも犯人が持ち歩いていたら…」
「常に人目のある学祭の中で、犯人ですっていう証拠を持ち歩くのは勇気がいるんじゃないかな」
三つ編みの女の子が不安そうに言うと、直也さんが肩をすくめて言葉を返す。
気の弱そうな三つ編みメガネっ娘。生徒会室で見た時から思っていたが、けしからんな。オタクのツボを心得ていやがる。
「青柳。時間がないんだ。いっそ探す場所を絞ってみないか?」
「ヤマをはるってことかですか?」
「青柳が言った通り、闇雲に探すには時間が足りないし、この学園は広すぎる」
直也さんの言葉に、この場の全員がうんざりした顔で頷いた。これまでの捜索時間で、学園の広さをその身で味わったのだろう。皆、疲れている。
「でも絞るとなるとどうやって?」
「生徒の悪戯だとしたら、本気で盗む気はないんだろうな」
青柳少年の質問に、直也さんは遠まわしに答えるつもりのようだ。
「……盗む気が無いってことは、隠し場所から回収する事は考えなくていいってことですよね」
青柳少年は少し考えてから、思いついたことを口に出す。
「そうか。学祭の片付けの時にでも、誰かが見つけてくれればいいわけですよね」
「自分で返しに行くなんて危険な事、わざわざする必要ないのか」
生徒会役員達も意見を言っていく。いい傾向だ。
「てことは自分の身近に隠す必要はないんですね。むしろ傍に隠したら、見つかった時に疑われるんだし」
青柳少年の言葉に直也さんは満足そうに頷いた。
「そうなると使用中の教室はないって考えましょう」
青柳少年が全員に向かって発言する。
「自分のクラスでもなけりゃ、誰にも気づかれず隠すのは難しいもんな」
役員の一人が同意する。他の皆も異論はないようだ。
「では物置に使っている特別教室棟と、校舎の外で人目につかない場所を探す事にします」
「見つかった時に疑われないって事なら、誰もが出入りする場所もありなんじゃないか?」
青柳少年の言葉に、直也さんが付け加える。
「誰もが出入りする場所ですか?」
「不特定多数の人間が自由に出入りする場所なら、発見されても誰が隠したかなんて分からないと思わないか?」
「確かにそうですよね。でも使用中の教室以外で自由に出入りする場所っていうと…。
トイレですね!医務室…は利用者が記録されるから違うか。体育館や武道場も、人の死角になる場所があれば隠せるかも」
青柳少年は直也さんの助言で、私達が用意した答えに行き着いた。
もともと優秀な少年なのだろう。直也さんと比べられさえしなければ、彼に不満を持つ生徒なんていなかっただろうに。
「それでは風紀委員は外と体育館と武道場を探してください。僕たちは特別教室棟を徹底的に探してみよう。林田と上野は教室棟のトイレを調べてから、こっちに合流してほしい」
「はい」
「分かりました」
風紀委員に指示を出し、生徒会を率いて行動開始する。青柳少年の目は、まだ緊張と不安の色があり、自信があるとは言えないものだが、無事に後夜祭を成功できたならそれも変わる事だろう。
何としても成功させてあげたい。
「じゃあ俺達は青柳たちと一緒に行くとするか」
「いや、俺はその前に行く所があるんだ」
赤井さんが直也さんの肩に手を置いて、青柳少年達について行こうと促したが、直也さんはすまなそうにそれを断る。
「え!!?」
直也さんの言葉に、校舎に向かおうとしていた青柳少年が振り返った。その顔はますます不安げになっている。他の者達も同じだ。
「直也?行く所ってどこなんだ?」
赤井さんが代表して質問した。
「白鳥先輩の所に行って、手伝ってくれるよう頼んでくるんだ」
「高等部の力を借りるのか?」
何てことないように言う直也さんに、夏志さんが不満そうに言う。生徒会室での先輩たちの態度に、腹が立ってるらしい。
「強がっててもしょうがないだろ。先輩に頼るのは後輩の特権さ」
直也さんは爽やかな笑顔で、さらりと言う。嫌味を言われた当事者が、何とも思っていない態度では、夏志さんもそれ以上何も言えない。
「それなら僕が行きます」
青柳少年が進みでるが、直也さんはそれを手でせいした。
「青柳は皆に指示を出す役目だろ。これは俺の仕事だよ」
直也さんはヒラヒラと手を振って、高等部校舎に向かって歩き出す。
「俺もすぐに戻るから、頼んだぞ。青柳」
「は、はい!」
青柳少年が力強く返事を返した。捜索開始だ。後夜祭まであと二時間ちょい。私も動き出すか。
高等部に向かう直也さんの背中を見送り、何処を探すか考える。
直也さんについて行こうかとも思ったが、高等部生徒会に助力を乞うだけなら私が見守る事も無い。高等部に関しては、何の不安もないからな。
白鳥生徒会長からしたら、助力要請は待っていた所だろうから断られる事はない。
それに多分、あの人はすでに高等部内の捜索を開始しているだろう。時間を無駄にする御人には見えなかった。
ここからは時間との勝負である。
学祭の店ではしゃいでいる小学生の一団が、私の前を横切って行く。すごく楽しそうだ。王山を受験するのかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えだすくらい、私は現実逃避したくてたまらなくなっているのかもしれない。
学祭を満喫する人達を見ながら私は弟と一緒に、廊下の隅にしゃがみ込んでいた。
生徒会役員が探し回っている特別教室棟は探せないので、私はそれ以外の場所を探し回った。とはいえ、幼児二人の体力では休み休み動くしかない。今も休み中である。休憩だけではなく、弟の機嫌も気にしないといけないから、なおさら時間がかかる。弟はさっき買ってやった飴玉を口の中で転がしていた。くつろいでいるようだが、片方の手で弟の手は掴んでおく。
直也さんとは定期的に携帯で連絡を取り合っている。常に携帯に気付けるようにしておくよう、指示はしておいた。
無事に高等部の協力は得ることができて、現在、全力で捜索中との事だ。先生方の一部も捜索に加わっているらしいが、いまだにクラウンは見つからない。
さっき外を走る夏志さんを見かけたが、ずいぶん苛立っている様子だった。
無理もない。今まさに、後夜祭まで一時間を切ったのだから。
あと一時間弱で一般公開が終わる。そうなったらすぐに後夜祭の準備だ。生徒会や風紀はその準備をする立場なのだから、一般公開が終了したら自由には動けない。一般客が帰ったのを確認して、後夜祭の準備に奔走しなければならないのだ。
私も内心、焦る。もうあの女共を締め上げる為に、探し始めるべきかもしれない。
直也さんからのメールの文章も、どんどん文字が少ないものになっている。余裕がないのだろう。おそらく全体がそんな感じだ。
携帯をポケットから取り出し、直也さんへメールを打つか悩む。
もう決断してもらうしかないのだろうか?犯人を締め上げて、事を表ざたにするのかどうかを。
それとも、もっと時間ギリギリまで粘るべきだろうか?
だが、直也さん一人で決断できる事ではない。結局、一番ダメージを受けるのは青柳少年なのだから。少なくとも青柳少年とは話し合う時間がいるだろう。その時間も計算に入れて、犯人達を学園内から探し出す必要がある。
幸いというか、夏休みにプールで会った女子達が犯人に含まれている。直也さん達に誰が犯人なのか生徒の名前を知らない私でも伝える事が出来るのが、せめてもの救いだ。でなければ、犯人の顔を見た私だけでこの学園内から探さなければならないところだった。
じっと携帯を見つめて、どうするか考え込む。もう見切りをつけて、決断を仰ぐか。それとも捜索を継続するのか…。
「…………」
私は携帯を握る手に力を込めながら立ち上がり、左に振り向きつつ一歩踏み出して、気配もなく歩いて行こうとする弟の腕をわし掴んだ。
「………」
「………」
無言で弟と見つめ合う。弟は無表情ながら、どこかつまらなそうだ。
こいつ、また私の手を抜けて何処か行く気だったな。だからなんで繋いでる手から抜け出せるんだよ、お前?
今回は手を抜けたのに気づくことができた。なんか私もこの弟の姉としてレベルアップしている気がする。いいんだか、悪いんだか…。いいのか?
「ふ」
弟がよくぞ気付いたという顔で、挑戦的な笑みを向けてくる。
どうしよう。三歳の弟をはったおしたくなってしまった。我慢するんだ。お姉ちゃんだろ。
いや……姉じゃなくても三歳児をはったおしちゃダメなんだけどさ。
「お前は嫌がらせの天才か?」
ため息を吐きながら、弟の頭を撫で繰り回した。猫耳フード越しに髪の毛をクシャクシャにしてやる。
「なー」
弟は構ってもらえるのが嬉しいようで、楽しそうに笑っている。同年代の子供と比べると、分かりづらい笑顔ではあるが、かわいいもんだ。癒される。
…………。
……………。
……嫌がらせの天才。
いやいや、いくら時間がないからってそれはどうよ?いや時間がないからこそありか?
「……なあ。草士」
「むい?」
そっと弟の肩に手を乗せ、顔を覗き込むように真っ直ぐ弟の目を見つめる。弟はこてんと首を傾げた。
私はゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「もし。もしだよ。かくれんぼするとしたら何処に隠れる?」
弟は首を傾げたまま、私の言葉にキョトンとした目を返してくる。
「……」
うん。まぁそうだよな。いくらなんでも三歳の弟を頼るってのは、焦りすぎだよな。弟ならいい隠し場所を理解してるかもなんて、実の弟をなんだと思ってんだ、私は。
「ごめん、草士。なんでもな…」
「ん」
「……え?」
私の言葉を遮り、弟はくるりと向きを変えて歩き出した。今度は私がキョトンとする番だ。
「むー」
弟はついて来いと言わんばかりに、お尻についてる尻尾をユラユラと揺らしながら、ご機嫌で歩いて行く。
「お、おおう」
私はその後を、同じように尻尾を揺らしながら付いて行った。え?マジで心当たりあんの?弟!?
しばらく弟の後ろをついて歩くと、校舎の外に出て、校庭の一角で立ち止まる。
「うい」
弟は自信満々な顔で、目の前の建物を指差した。
「………」
私は弟の頭を撫でながら、無表情でその建物を見上げる。
そうか。これも不特定多数の人間が自由に出入りする建物に違いない。
この学祭の為に学校側が業者に作らせた、本格的な巨大迷路。
もう学祭終了が近い為か、時間のかかる迷路に並ぶ人はいないようだ。係りの者らしい大人が二人、暇そうに話している。
ああ。そういう事か。
『隠した私達だって見つけられないし』
私の頭の中で、犯人達の一人が言った言葉がリピートされる。確かにそう言っていた。
迷路の途中で隠したなら、自分達でも同じ場所に辿り着くのは難しい。道を完璧に記憶しなければ、犯人だって見つけられないってわけだ。クソふざけんな。
迷うように作られている迷路の中に隠し物とは、まさにダンジョンの宝探しだ。厄介極まりない。
なるほど。とんでもなく効果的な嫌がらせだ。あのクソアマ共。性格悪すぎるだろ。
私は犯人達への怒りが湧き上がってきた。だがそれ以上に、三歳にしてこの嫌がらせ極まりない発想に至った弟に、恐ろしいものを感じる。
こいつ、かくれんぼするならここに隠れるって事か。やめてくれ。
「って、それどころじゃないんだった」
現状を思い出し、気を取り直す。とりあえず、迷路の中に隠せるような場所があるのか、実際に入って確かめてみよう。
「行くぞ、草士」
「ん」
私は弟の手を握り直して、迷路へと足を踏みだした。
迷路の中は西洋風の城のような通路になっていて、少しファンタジーがかった造りになっている。外から見た時に高いなと思ったが、どうやら三階まである立体迷路のようだ。ふざけんな。
結論を言うと、この迷路には隠せる場所が存在する。内装が無駄に凝っていて、通路のいたる所に装飾が施され、置物などが飾り付けられていた。所々、部屋のような空間も存在し、ファンタジーの世界に迷い込んだような展示がされていて、見る者を楽しませる演出がしてある。
普段なら、大変楽しい演出と私も感じる事が出来ただろう。ファンタジー世界のような空間に、五歳の幼女として心躍らせただろうさ。今の非日常な格好も、よりファンタジー感を醸し出している。
だが、今は「マジでふざけんな。ド畜生」としか思えない。金掛けすぎだろ。どんだけ寄付金貰ってんだ、この学校?
この無駄に凝った内装では、クラウンを紛れ込ませほうだいだ。しかも校章が王冠のデザインなだけに、至る所に王冠をモチーフにした装飾がされている。間違い探しですか?この野郎!
前世の知識の中にこんなのあったな。なんだっけ?ウォー〇ーを探せだっけ?
客や生徒を楽しませるための演出なのだろうが、もう盛大な嫌がらせにしか感じられない。
「ここだ。この中の何処かにある」
片手で顔を覆い苦悶の表情を浮かべる。もう片方の手で携帯を操作して、直也さんに連絡をつけた。青柳少年を含め、出来る限りの人間をこの場所に誘導してもらわなければならない。もう時間的に余裕がないのだ。完全にここにヤマをはるしかない。皆で探すんだ。
メールを送信すると、すぐに了解の返信が来た。直也さんなら上手く青柳少年を誘導してくれるだろう。あとは時間以内に見つかるかだ。
私は携帯を閉じて肩の力を抜いた。その次の瞬間、私は全身が凍りついたような感覚に襲われる。
冷水を浴びたような悪寒を感じながら、背中には汗がにじみ出て、まるで耳元で鳴っているように、心臓の音が鳴り響いている。ごくりと唾を飲み込む音が、やけに大きく感じられる。
私はまるで恐ろしいものを見るように、自身の震える両手を見つめた。
私はさっき迷路の厄介さに眩暈を覚え、左手で思わず顔を覆った。そして直也さんに連絡を取る為に、右手で携帯を操作したのだ。
つまり私の手は、弟を掴んでいないではないか。
私は床に両膝をつき、両手で目を覆って、天を仰いだ。
もう隣を見るまでもない。やっちまった。
私はわずか五歳にして、己の過ちと後悔の念に押しつぶされ、その場に崩れ落ちることになる。心が折れそうだ。これが絶望か。
なんて浸ってる場合じゃなかった。
ムクリと起き上がり通路の先を見つめる。
弟?ハハッ。いる訳ないじゃないか。さっきあいつ自身が言っていただろ。かくれんぼをするならここだって(泣)
こうしてクラウンに並行して、弟も探すことになったわけだ。泣いていいかな?
「ははっ…はははっ…」
ゆらりと身体を揺らしながら、私は迷路を進んだ。客がいないのが救いだな。多分、今の私の顔は、五歳の幼女にあるまじきものとなっているだろうから。
ゆっくりと歩き始めたが、ドンドンとスピードを上げていく。体力配分なんて知った事か!ガンガン行こうぜ!だ!!
今、猫の仮装をした幼女が、虚ろな瞳で迷路を徘徊し始めたのだった。
「ド畜生が…」
思わず悪態を呟きながら迷路の中を進む。
あれから歩き回ったが、クラウンも弟も見つからない。直也さんからの返信では、無事に青柳少年をこの迷路まで誘導できたとのことだ。他にも高等部の白鳥生徒会長と、赤井さんや夏志さんも迷路にきているらしい。
鉢合わせない様に気を付けよう。こんな終了時間近くに赤井さんと夏志さんに会ったら、もう帰る準備をするように即されてしまう。…弟が迷子だと言えば大丈夫か?いやダメだ。そんなこと言ったら、一緒に探すと言ってくれるに決まってる。そうなったら自由に動けなくなる。正論かつ善意なだけに断れないしな。
テケテケ歩いてたら、少し広い空間に出た。大量のぬいぐるみや人形が飾られているファンシーな部屋だ。正直、嫌いじゃないぜ。心の底から遊びで来たかった(泣)
「このクマとか絶対に高いんだろうな」
ぬいぐるみの近くに寄って眺める。絶対にお高いベアだ。人形もいかにもアンティークって感じだし。とことん金掛けてるな。クラウン盗難より、こっちの方が盗難事件起きそうだよ。出口で持ち物チェックでもしてんのかね?
「はっ!!」
バッとその場で伏せて、床に耳を付けた。
「………」
一人分の足音が近づいて来る!赤井さんか夏志さんだと面倒だ。
私はあたりを見渡して、隠れる所を探した。体力的に遭遇を避けて逃げ回るより、隠れてやり過ごした方がいいだろう。
グッと猫耳フードを深くかぶって顔を隠し、ぬいぐるみの中に紛れ込んだ。大きいものもあるし、多分いける。……弟の奴も同じ隠れ方をしてる可能性があるな。しかも私よりあいつの方がコンパクトだから有利だ。
「……」
カツカツと足音が近づいて来た。息を潜めろ。ぬいぐるみの仮面をつけるんだ!
ジッとぬいぐるみの中に身を隠していると、中等部の制服に身を包んだ少年が入ってくる。
「なんだ。直也さんか」
「うわぁ!?」
近づいて来た気配の正体は直也さんだった。隠れて損した。
ぬいぐるみの中から這い出てきた私に、直也さんは後ずさって驚く。無理もない。ぬいぐるみしかないと思っていた所から現れたんだからな。
「ビックリしたぁ。そんなとこで何してんだ?」
直也さんが引き攣った顔で聞いてくる。
「人が近づいて来たから隠れてたんですよ。夏志さん達と会ったら自由に動けなくなりますから」
直也さんは「あぁ」と納得した顔をした。
「そっちはどうです?てか、青柳さんは何処ですか?」
とりあえず近況を聞いてみる。青柳少年が何処にいるか分からなくちゃ、クラウンを見つけても青柳少年に発見させることが出来ないじゃないか。
「青柳なら近くにいるよ。離れすぎないように手分けしてるんだ。すぐそこにある別の部屋を調べてるよ」
直也さんは来た通路を指して答える。常に合流できるようにしているようだ。
「そっちは?」
直也さんが聞き返してくる。
「クラウンは見つかりません。………………………………草士も見つかりません……」
私は正直に答えた後、虚ろな瞳でボソッと弟の件も付け加えた。
「うわあ…」
直也さんが痛々しいものを見る目を向けてくる。草士がいない事に今気付いたようだ。
そのまま無言で頭を撫でてきた。
やめてくれ。今優しくされると泣きたくなる。子供の涙腺のゆるさ、なめんなよ。
「今回の礼はちゃんとするから、もうちょい頼むな」
直也さんは苦笑しながら、私を励ます。
「なら今度、何か奢ってください。十月九日がいいです」
私は荒んだ苦笑いで返した。もう疲れたよ。
「なんで十月九日なんだ?」
「誕生日なんスよ」
「そうなんだ!」
そう十月九日は私の誕生日だ。もうすぐ正式な五歳児になるわけだ。私が秋を好きなのは、秋生まれなのも理由に含まれている。
「それなら、お礼とは別に祝うよ。お礼はお礼で奢るからさ」
「いや、いいッスよ。今の私には直也さんの誕生日を祝う財力はないですから。フェアじゃないッス」
直也さんが笑顔で言ってくれたが、首を振って遠慮する。貰いっぱなしになるのは申し訳ない。
「それよりも今はやる事やりましょう。終わった後の話は解決後です」
「それもそうだな」
直也さんが顔を引き締めて、通路の先に目を向けた。
「あと三十分くらいか」
「厳しいですね。…あきらめて犯人確保に切り替えますか?」
私の言葉に直也さんは顔を苦渋に染める。
「花乃ちゃんはどう思う?」
直也さんが縋るような眼で聞き返してきた。五歳児の意見を仰ぐって、それでいいのか?
「正直、犯人共を吊し上げたいです。でも、それ以上に青柳さんに後夜祭を成功させてあげたいです」
真っ直ぐ見つめ返して答えると、直也さんは真剣な表情で頷いた。
「そうだな。よし、あと少し頑張ろう。それでも十五分してダメなら、先生に連絡して全部話そう」
「はい」
二人で頷きあう。その時、別の気配が近づいて来た。
「直也先輩。そっちはどうですか?」
青柳少年が息を切らせてやって来る。
私は再びぬいぐるみの中に隠れた。あれ?青柳少年からは無理に隠れる必要ないのか。
「いや、ダメだ」
「そうですか。あの部屋にもなかったです」
首を振る直也さんに、青柳少年は弱弱しく肩を落とす。見てて可哀想になってくる。
青柳少年だって女子にモテそうなのにな。確かに地味な少年だけど、素直そうな優しい顔立ちをしている。年上に可愛がられそうなのに、なんでこんな事になってんだろう。自信なさげな態度がダメなんかな?……いや、比べられる対象が直也さんなのが一番の原因か。
「直也先輩。僕、もうダメかもしれません」
青柳少年は泣きそうな顔で俯いた。さっそく弱気発言かい。
「何言ってんだ?もう少し頑張ってみよう。俺も頑張るから。な?」
直也さんが必死に励ますが、青柳少年は首を振る。
「本当にダメなんです。とうとう幻覚まで見てしまって」
「幻覚!?」
青柳少年の言葉に直也さんが声をあげる。幻覚って。そんなに追い詰められちゃったのか!?
直也さんと共に、悲痛な眼で青柳少年を見つめる。可愛そうに…。
「はい。実はここに来る途中で、動くぬいぐるみを見たんです!」
青柳少年が辛そうに言葉を吐き出した。
「「………」」
……動くぬいぐるみ?
「通路の向こうを、ぬいぐるみが歩いて行ったんです。黒猫が二足歩行で歩いてました。そんな幻覚を見るなんて…」
青柳少年は両手で顔を覆って、泣くのを堪えている。
つーか、それって…。
「青柳。多分、それ幻覚じゃないと思うぞ」
直也さんは気まずそうに声を掛けた。直也さんもぬいぐるみの正体が分かったようだ。何かもう、青柳少年に申し訳ない(汗)
それよりも、あの野郎。近くにいるのか…。
「直也先輩?幻覚じゃないって…?」
「追々話すから、今はクラウンを探すぞ。ほら、行こう」
「え?でも…」
「あとで話してやるから」
直也さんは青柳少年を宥めて、捜索の続きを促した。ちらりと私に目配せをして、そのまま青柳少年の背中を押して行ってしまう。
二人を見送って、ぬいぐるみの中から再び這い出る。そして二人が行ったのとは別の通路、二人が来た通路に足を進めた。
「こっちに草士はいたのか…」
そのまま通路を走る。一応、弟の目撃証言のある方に来たが、今はクラウンの方が優先だ。クラウンはタイムリミットがあるが、弟は最悪、終了時間が来てから係りの大人に一緒に探してもらえばいい。
体力が続く限り走る。なんとしても後夜祭に間に合わせねばならないんだ。
すまない、弟よ。お前は後回しだ。心の中で弟捜索を中断し、クラウンの捜索に集中した。
通路を走りぬけながらクラウンを探す。人間、切羽詰まると心が荒みだすものだ。ややこしい王冠の置物や装飾を壊しながら進みたくなってきた。マジで。
私の中で破壊衝動が生まれそうだ。いや、もう生まれてるか。片っ端からぶっ壊したい。
さっきもクラウンそっくりの置物を見つけて、本物と間違いかけた。あやうく床に叩きつけそうになったぞ。ややこしいったらない。
今も通路のわきに色々置かれている。色違いの王冠に、大きい王冠、小さい王冠、王冠をかぶった王様の置物。ほら、王冠をかぶった猫のぬいぐるみまであるよ。
「……」
ちょっと待て。
「……」
「………」
「にゃー」
ぬいぐるみが鳴いた。
お前か!!弟!!
置物が置かれている棚に、王冠をかぶった弟がチョコンと座って紛れ込んでいた。どこかご機嫌の様子だ。
捜索を中断したら見つかったよ!探し物の法則だな。探すのをやめると見つかるってやつだ。
つーか、王冠かぶった猫って。ケット・シーかよ!
「いろいろ言いたいことがあるけど、とりあえず目線こっち!!」
足をプラプラさせながらご機嫌の弟に携帯のカメラを向ける。
うおぉぉぉぉぉ!ちょっ!マジでかわいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
そんなことしてる場合じゃないが、弟が可愛いからしかたない。
「ん!?」
何枚か写メると、弟の王冠のデザインに引っかかった。見覚えがある気がしなくもない気がする。
………………………………てか、これクラウンじゃね?
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!何処で、お前、コレ!!???」
ゲームの学祭スチルを思い出す。間違いない。これだ。
「なー?」
興奮してパニくる姉に、弟が首を傾げた…………拍子に頭のクラウンが弟の頭部から滑り落ちて、落下した。
……………。
わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
床に落ちる前に、ヘッドスライディングでキャッチに成功する。多分、これまでの人生の中で二番目に速く動けたと思う。ちなみに一番は変質者から逃げた時だ。
心臓をバクバクさせながらクラウンを抱きしめる私の横に、弟が棚から降り立つ。そして私のフードについている猫耳をふにふにと握った。何がしたいんだ?
弟の意味不明な行動で、ちょっと冷静になれた。
立ち上がって弟の頭を撫でる。
「今は何処で見つけたかとかは、どうでもいい。行くぞ」
「ん」
クラウン発見の知らせを直也さんに送って、どこかで合流だ。
ちなみに携帯を操作する際は、弟を抱き込みながら行った。もう隙は見せん。
この時、私はある事に気付いていたが、気付かなかった事にした。
弟の身長では、あの棚に一人でのぼる事は不可能だという事なんて、私は決して気付いてはいない。そう、決して気付いてなどいないんだ。
ほどなく、先程出くわした部屋で直也さんと合流する。
「見つけたって!?」
「はい」
目を輝かせている直也さんに、見つけたクラウンを見せる。
「間違いない。本物のクラウンだ」
直也さんがホッとした笑顔になる。私もつられて笑った。
「あとはこれを青柳さんに見つけてもらうだけですね」
「青柳なら近くにいる。すぐに青柳の所に行こう」
直也さんと一緒に急いで青柳さんのもとに向かう。弟は直也さんに抱っこで運んでもらった。三歳児のスピードに合わせてる余裕はない。
すぐに青柳少年を見つけた。今いる曲がり角の向こうに青柳少年はいる。
「直也さん。すぐそこに丁度いい部屋があります。そこの置物の中にクラウンを紛れ込ませておきますから、青柳さんを誘導してきてください」
「分かった」
弟を下して、直也さんは青柳少年のもとに向かった。私も早く行動しなければ。
弟の手を引いて、近くの部屋に入る。そしてクラウンを置物の中に紛れ込ませた。
これで、あとは青柳少年を待つだけだ。弟と一緒に部屋の隅に隠れる。
すぐに人の気配が近づいて来た。よしよし。時間ギリギリだが、何とかなりそうだ。残り時間、十五分か。
………あれ?何かこの気配、複数あるような気がする。それに青柳少年と直也さんとは違う方向から来るような…。
この部屋には三つの通路が繋がっている。青柳少年が来るとしたら真ん中の通路からだ。だが、右の通路から人の気配が近づいて来る気がする。
そっと右の通路に足を踏み入れ、気配のする方を覗き込んだ。
「見つからないな」
「直也と連絡取ってみるか…」
赤井さんと夏志さんがこっちに向かって歩いてくる。
やばい!このままでは青柳少年より先に二人に見つけられてしまう。ここまで来たら、何としても青柳少年に華を持たせてやりたい。こうなったら仕方ない。
「草士。赤井さんに甘えてきていいぞ」
「にゃー」
弟を二人に向かって解き放った。弟は嬉しそうに通路の向こうにまっしぐらだ。
「にゃー」
「え!?草士君??」
「なんで草士がいるんだ?」
通路の向こうから聞こえる声に背を向け、部屋に戻る。
これで二人の足止めになるだろう。やれやれだ。
って、今度は左の通路から誰か近づいて来る!うおぉい!!?
慌てて左の通路に駆けこんで覗き込んだ。そこには白鳥生徒会長がいた。
マジか!?青柳少年、急いでくれ!!
白鳥生徒会長はどんどんこっちに近づいて来る。あと一つ角を曲がったら鉢合わせだ。つまり、クラウンのある部屋に辿りついてしまう。
考えているうちにも白鳥生徒会長は近づいて来ている。気配がもう曲がり角に差し掛かっていた。
白鳥生徒会長が曲がってくる瞬間、私は彼に泣きながら突っ込んで行った。
「うわあぁぁぁん」
「え!?子供??」
最終兵器・弟がいない今、私が足止めするしかない。
「どうしたんだ?」
白鳥生徒会長はしゃがみ込んで私に視線を合わせる。赤井さんのような優しさや、直也さんのような爽やかさ(胡散臭い)はないが、真面目さが伝わってくる人だ。
「出口が分かんないです」
泣きマネしながら、彼の足にしがみ付いた。迷路から出れなくなった子供を装う。
「大丈夫だ。もうすぐ終了時間だから係りの者が見回りに来る。それが待てないなら一緒に出口まで行こう」
なるべく優しい声で私に話しかける。いかにも子供に慣れていない不器用な手つきで頭を撫でてくれた。
ふうむ。夏志さんみたいな硬派キャラや、赤井さんみたいな身も心もイケメンもいいが、知的眼鏡もいいなぁ。
白鳥生徒会長の優しさと真面目さを利用して足止めしながら、大変不謹慎な事を考えてしまった。反省。
「あった!見つけた!!直也先輩、ありました!!見つけました!!」
その時、背後の部屋から嬉しそうな青柳少年の声が響いて来た。
「!!すまない。ちょっと待っててくれ」
白鳥生徒会長はバッと顔を上げて、部屋の方へと駆け出した。私もその後を追う。弟回収しないといかんからな。
部屋に入ると青柳少年が嬉しそうにクラウンを抱えていた。その眼にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「青柳。見つけたんだな」
「白鳥先輩!!」
白鳥生徒会長に声を掛けられて、青柳少年はバッとこっちを向く。隣の直也さんは私が一緒にいるのに驚いていた。あんたらがモタモタしてるから、足止めしてたんだろうが。
「は、はい。先輩方にもご、ご迷惑を、おかけして…」
青柳少年は緊張で、声をつっかえさせた。
「青柳。よくやったな」
「っ!!」
白鳥生徒会長は、そんな青柳少年に労いの言葉を掛ける。その表情に、青柳少年を責める色はない。あるのは本気の労いである。
青柳少年は感極まって、声が出なくなる。よっぽど嬉しいらしい。
「見つけたって!」
「直也、青柳」
弟を抱っこした赤井さんと夏志さんも部屋に駆け込んできた。弟は赤井さんの腕の中で寝ている。
「ああ。青柳が見つけたんだ」
直也さんが青柳少年の肩を叩きながら、誇らしげに言う。
「やったな。青柳」
赤井さんが嬉しそうに笑った。
「動くぬいぐるみ……」
青柳少年が私と弟を見て、ホッとした顔で呟く。幻覚じゃなかったと安心したようだ。
「のんびりしてられないぞ。速く出口に向かわねぇと!」
夏志さんが声をあげる。そうだ。ここから出ないと間に合った事にはならない。
「その通りだ。急ぐぞ」
白鳥生徒会長も皆を急かす。そこで初めて夏志さん達は白鳥生徒会長の隣にいる私の存在に気付いたようだ。
「花乃ちゃん。なんで先輩と一緒にいるんだ?」
「お前たちの知り合いか?そこで迷っていたのを保護した」
「はい。俺の近所の子なんです」
直也さんが答えるのに合わせて、私は直也さんに駆け寄る。そのまま飛びついた。
「花乃ちゃん?」
「抱っこ」
「!ああ。疲れちゃったのか」
甘えるようにしがみ付く。常とは違う私の態度に、直也さんは何かあると思ったらしく、そのまま抱っこしてくれた。察しがいい男だ。
私は直也さんの耳元でそっと囁く。
「ここからなら何処か分からない出口目指すより、入口に逆走した方が速いですよ」
「入口は分かるのか?」
「通った道は覚えてます。誘導するから走ってください」
「さすが花乃ちゃん」
この人の手柄になるのは面白くないが、今はそんな事言ってる場合じゃない。
「青柳。白鳥先輩。ここからなら入口の方が近そうです。急いで向かいましょう」
直也さんは皆に声をかけ、返事を待たずに動き出した。
「入口って、道はわかるんですか?」
青柳少年が慌てて直也さんを追いかける。
「任せておけ」
「それじゃあ、入口まで任せるぞ。八神」
白鳥生徒会長も直也さんに続いた。異論はないようだ。
「直也。花乃は俺が持つか?」
夏志さんが手を差し出しながら直也さんに聞いて来る。
「いや。大丈夫だ」
直也さんは爽やかな笑顔で断っているが、内心焦りながら断った。
そんな事したら、直也さんの耳元でこっそり誘導出来ないからね。
そこからは皆、無言で走った。直也さんは私の言うとおりに進み、皆はそのあとについて走る。
皆、運動神経もいいんだろう。残り時間五分というところで迷路の脱出を果たすことができた。
「間に…あったぁ…」
「他のメンバーにも…知らせ……ないとな…」
「風紀に連絡してくる」
「花乃ちゃん…気を付けて帰るんだよ…」
皆、息を切らせている。息切れしてないのは夏志さんだけだ。さすがに鍛え方が違う。
それぞれ後夜祭に向けて動き出した。私は寝ている弟を抱きかかえてそれを見送る。
「八神」
「白鳥先輩?」
白鳥生徒会長が足を止めて直也さんを引き止めた。おいおい。時間ないぞ。
「俺はお前の評価を誤っていたようだ」
「え?」
白鳥生徒会長は直也さんに真っ直ぐ向き合う。
「お前は俺達高等部の助けを借りないと思っていた。それどころか、自分が中心に立つのが当たり前だと思っていて、青柳に何もさせないとさえ思っていた。すまない」
白鳥生徒会長は、直也さんに向かって謝罪した。直也さんは目を見開いて驚いている。
いや、その認識、間違ってませんよ。その通りの人間でした。八神直也という奴は。
「白鳥先輩」
直也さんは誠実な笑顔を作る。私にとっては胡散臭い笑顔だ。
「俺はただ、先輩を頼り後輩を育てる。そして二つの生徒会の間に立つ。そんな自分の役割をしただけです。当たり前の事をしただけですよ」
いけしゃあしゃあと言いおった。
どっかで聞いたような言葉を繋ぎ合わせたような言葉だな。おいコラ。やばい。あのカッコつけな笑顔、イラッとする。早くお母ん呼ぼう。
「そうか」
白鳥生徒会長がフッと笑顔を見せた。クール眼鏡の笑顔って貴重そうだな。
「それより急ぎましょう」
「ああ」
二人は並んで校舎へと歩いて行く。
私はそのまま二人の背中を見送り、お母んの迎えを待った。
何か、直也さんの評価を上げる形になったのがイラッとするが、皆の役に立てたなら良しとしよう。
今日は本当に疲れた。
お母ん、早く来ないかな…。
その後、後夜祭がどうなったか部外者の私が見る事はもちろん出来ないわけだが、後日直也さんに聞いた話だと、青柳少年は堂々と後夜祭で役目をまっとうしたらしい。
なんでも後夜祭の挨拶で、もう直也さんの影に隠れない。皆から生徒会長と認められるよう日々精進する事を全校生徒の前で宣言したとの事だ。どうやら今回の事件の真相、犯人の目的に気付いていたらしい。その上での宣言だ。今後、彼への評価も変わる事だろう。
こうして、青柳少年…いや、青柳生徒会長は後夜祭を無事に成功させたわけだ。
めでたしめでたしとしておこう。
今回はあまり弟が目立ってません。と言うか、全体的に誰も目立ってない気がします。