4話:肩書き
電車に乗って40分。クラスに合流できたのは、そのまた10分後だった。駅を降りると、観覧車の上の部分がすぐそばに見える。
「すいません。電車乗り遅れました」
駅前の公園に、俊以外の生徒みんなは集まって座っていた。
「みんなと一緒に駅に行ったのに、乗り遅れるとは、お前は何をしてたんだ?」
「いや、リスのやつがですねぇー・・・」
俊は口を滑らせた。
「リス?」
「すいません。間違えました。えっとですね……、リスクですリスク。リスクが大きいので、はい」
俊は、また前と同じように身振り手振りを使って言い訳をする。
「まぁ良い。お前は置いていく予定だったからな」
「えっ、えぇーッ!!」
「私の前で土下座したら許してやろう」
「それは教師としてあるまじき行為。よろしければ教育委員会まで……」
「やっぱいい。今回だけは無条件で許してやろう」
こんな会話から始まった校外学習は面白いはずもなく、俊は、一人でジェットコースターに乗ってばかりしていた。始まったと思った青春も、どこかへ飛んでいったしまった。
「あいつ……、何してんだ?」
ジェットコースターの上から、助けた冴木の姿が見えた。俊はジェットコースターを降りたらすぐ、冴木の見えた場所に向かった。通路からは死角になるアトラクションの裏だった。
「こんなとこで何やってんだ?」
「来ちゃダメ……。来ちゃ……」
顔をもたげていた冴木が、ゆっくりと顔を上げた。
「お前その顔……」
「ごめんね……。誰にも気づかれたくなかったんだけど……」
冴木の顔は、アザだらけになっていた。誰にやられたのか、両手を後ろで縛られて、白い制服は靴の跡で泥だらけになっていた。
「やっと現れたわね。線路に落ちたはずのこいつを何だか分かんない力で助けたのは、お前だな?」
「……そうだよ。俺だ。何か用か?」
物陰から、髪を真っ赤に染めた不良女子が3人歩いてきた。
「クラスの主役の私たちをこけにしたらどうなるか。みんなに教えてやらなきゃいけないんでね」
不良女子は体の後ろに隠してた金属の長い棒を取り出す。
「女の子に暴力を振るうのは嫌いなんだが……、仕方ないみたいだなッ!! すぐ終わるさ」
俊は左手の甲の魔方陣に目を落とした。
「これでまた……、俺の寿命は短くなるのか……」
俊に迷ってる暇はなかった。俊は右手の人差し指を左手の上へ乗せ、星を書いた。
「もうこれ以上、俺の前で誰も悲しませないッ!!」
俊は顔を上げた。俊の視界の左上端に時間が表示される。俊はポケットからユニバルのパンフレットと蛍光ペンを取り出した。そして、パンフレットの上に大きく文字を書いて地面に落とした。
「とっとと済ませないと時間が足んなくなる」
俊は動かない不良たちの両手を後ろで縛った。
「郊外学習が終わるまであと3時間だ。二人で思いっきり楽しむぞ」
俊は抱え上げた冴木にそう呟いた。もちろん冴木は、時間が止まってるため意識はあっても動けない。でも、俊はそれでも良かった。自分の力で誰かを助けられる。小学生のヒーロー願望のように、俊の心もまた、自分の高校生活にほんの少しの希望が湧いてきていた。
「えっ!? どうなってんの? 手縛られてんじゃないのよ」
時間が流れ始めた時には、もちろん俊たちはどこにも見当たらなかった。
「パンフレットに、なんか書いてある」
不良女子の一人がパンフレットを見つけた。ゆっくりと拾い上げたそのパンフレットには、こう書いてあった。
「…冴木に手を出したら、俺が許さねぇーっ!!…」
不良たちは遊園地が終わってから、暗闇の中、先生たちの捜索隊によって見つけられた。幸い誰の仕業かは先生たちにばれなかった。不良女子たちも、自分の悪巧みがばれてほしくなかったのだろう。
「名字じゃなくて名前で呼んでよ。私、冴木 瑠璃菜。また助けられちゃったね」
ジェットコースター乗り場に着いた二人は、長い列の最後尾に並んだ。
「そんなの気にすんな。それより、ジェットコースターは最初に乗るのがおすすめなんだ。なんと言うか、テンションを上げるっていう感じの?」
「ふーん。……でも普通この状況だと、私のこと心配するんじゃないの? 怪我してるのかどうかとか」
話す時だけテンションが上がってしまい、知らないうちに調子に乗ってると言われ、ついにはいじめられる。でも、異性には弱く見られたくない。だから、女子は、男子にお嬢様気取りで話す。男子は、女子に自慢話を始める。そんな人が必ずやクラスに一人はいる。そう、俊の学校の場合、冴木も俊も、その一員だった。
「あぁ、大丈夫だったか? すっかり忘れてた」
「普通そこ忘れる? まぁいいわ。もう痛くないし」
いつの間にか、奥死路 俊と冴木 瑠璃菜は笑い合えるほど仲良くなった。それが良かったことだと、最終的に思うのかは別だが。
「俊……。女の子のことを心配せずに、ジェットコースターの自己理論を話し始めるなんて、ほんまに男としてはマイナス150点くらいやな」
「えっ!? 誰?」
鞄からひょっこり顔を出してるリスが喋ってるとは、瑠璃菜には想像もつかなかった。だからこそ、鈍感な瑠璃菜には分からなかった。
「うわっ。いや、これは……、ハハ、ハハ。……そう、友達からのメールを喋ってくれるんだ……」
俊は、笑いごまかしながらリスの頭を鞄に押し込んだ。
「そんなケータイもあるのね」
「まぁね」
笑ってごまかしたが、これによって奥死路 俊には、特殊なケータイを持つ少年のレッテルが貼られた。
「……せっかく、正義のヒーローの肩書きが出来上がってきてたのに……」
俊は、鞄を睨みながら呟いた。